第121話~元奴隷達を迎えに行きました~
28、29日は12時と21時に更新します!_(:3」∠)_
翌日の朝、割と早い時間から俺達は動き出した。受け容れ施設の最終確認と物資の用意、人員の手配に炊き出しの段取りに用地の確保、食材の下拵えなどなど当日になってからやることがそれなりにあったからだ。特に大量の食材やら衣服やら寝具やらを運ぶなら俺が動くのがもっとも効率的かつ早く、安全だからな。
ネーラは王たるものが些事にかかずらうのは良くないですわ! とプリプリ怒っていたが、誰も損をしないし、適材適所ということで納得してもらった。
「少し時間が余ったわね」
炊き出しスープの下拵えをしている人々を眺めながらリファナが呟く。ピンと尖ったエルフ特有の耳がピクピクと動いていた。この動きを見るとどうしてもむんずと掴みたくなるのだが、一回やったら涙目で蹴られたので自重している。
ちなみに、彼女も俺の嫁だ。どうだ、羨ましかろう? しかもエルフはエルフでも褐色肌の銀髪エルフちゃんだぞ。更に言えばテンプレなツンデレ気質で可愛さは倍率ドン、更に倍って感じだ。
「炊き出しでも手伝ってきましょうか?」
もっふもふな狐の尻尾を揺らしながら狐娘のシェリーが首を傾げる。
シェリーはカレンディル王国の森の中にあった獣人の隠れ里に住んでいた娘だ。獣人の隠れ里に来る前はカレンディル王国のどこかの貴族の愛玩奴隷だったようだが、奴隷紋を刻まれる前に羊娘のカレンと一緒に逃げ出してきたらしい。そのシェリーとカレンを街から連れ出して森に連れて行ったのがメルキナだと聞いている。
まぁ、過去はどうあれ今は俺の可愛いお嫁さんの一人だ。カレンディル王国の貴族だろうが王族だろうがなんだろうが、今になって何かを言われても知らぬ存ぜぬで通すつもりである。それで納得しないようなら正面から殴ってぶっ飛ばす。俺は悪い魔王だからな、ははは。
「約束の刻限まで四半刻ほどじゃ。手伝うにしても中途半端になるの」
「下手に手を出さないほうがいいかもねぇ。結局混乱させることになっちゃうかもしれないよ」
シェリーの申し出をクスハとデボラが却下する。彼女は熊の獣人で、俺の嫁の一人でもある。見た目は二足歩行する熊のようにも見えるが、彼女もれっきとした獣人である。顔にもモフモフの体毛が生えているからわかりにくいが、よくよく見てみると顔の作りは熊よりもかなり人間に寄っていたりする。
面倒見のよい姉御肌な性格で、見た目通りに力も強いが嫁の中で一二を争う家庭的な女性だったりする。うちの家族のご飯は大体彼女が作っているのだ。
提案をクスハとデボラの二人に却下されてしまったシェリーの狐耳がふにゃっと萎れてしまったので、励ますようにそのモフモフな耳と頭を撫でておく。よしよし、気を落とすことはないぞ。もふもふもふもふ。
そうして撫でているうちに元気を取り戻したのか、再びシェリーの狐耳がピンと立って尻尾がゆらゆらと揺れ始めた。かわいい。
「主殿、今日はその格好でゲッペルス王国に向かうのか?」
「うん? そのつもりだったけど」
今の俺の格好は丁寧に鞣したヒュドラ革のレザーパンツにクスハが自分の糸で織ってくれたシャツ、ドラゴン革ジャケットと、同じくドラゴン革製の剣帯に神銀製の長剣と短剣という出で立ちだ。鎧を着てはいないが、最低限の武装はしている。オフの日の冒険者とかこういう格好なんだよな。実際楽で良い。寛ぐ時は剣帯ごと長剣と短剣を外せばいいし。
「もう少しこう、威厳のある格好にしたほうが良いのではないか? ほれ、この前ドワーフと作っておった鎧があったであろ?」
「えぇ、アレか?」
数日前にこのクローバーで鍛冶仕事を一手に引き受けてくれているドワーフのペロンさんを訪ねたのだが、その時にまた二人で変なテンションになって『魔王っぽい鎧・ばーじょんつー』を作ってしまったのだ。
前回作った魔王っぽい鎧のコンセプトは魔力を遮断する黒鋼製の鎧でありながら、装着者が十全に魔法を使えるようにする、というものだった。黒鋼というだけあって黒っぽい金属だったということもあり、悪乗りしてデザインにドクロっぽい意匠を取り入れたり、特に特殊な効果はないけど禍々しい感じのオーラを発してみたり、兜にボイスチェンジャー機能をつけてみたりとやりたい放題で作った逸品だったのだが……。
「別に構わないけど、怖がられるかもしれんぞ」
「最初は怖がられるくらいで良いじゃろ。王たる主殿が舐められて良いことなど無いぞ」
「うーむ、それもそうかな?」
親しみやすい王様ってのもアリだと思うが……それはおいおいってことで、とりあえず威厳のある、強くて怖そうな王様を演出するというのはアリかな?
今回のコンセプトは『魔物素材を最大限利用しよう』である。
大樹海には実に多種多様、かつ強力な魔物達が跋扈しているのだが、その大部分は未知の魔物であったり、幻と言われるほど目撃例や討伐例が少ない魔物であったりする。言い換えれば、資源として使われてきた実績が少ない魔物達である。
勇魔連邦の外貨獲得手段として特に有力視されているものの一つなのだが、実際の所その価値は未知数だ。何せ実績がない、未知の素材なのだから。最初は珍品、あるいは研究資料として高く売れるだろうが、供給が多くなるにつれてその価値は徐々に下がっていくのは間違いない。
なので、我々としてはこれら魔物素材を有効活用する術を早急に開発しなければならないわけである。今回拵えた鎧は、その集大成とも呼べる逸品だ。
「それじゃあリクエストにお答えして……装着!」
ストレージの機能を使って変身ヒーローよろしくスパパっと新作の魔物素材鎧を装着する。ククク……滾る、滾るぞぉ! 主に魔力的な意味で! 今回のコンセプトは魔物素材の有効利用ッ!
金属よりも遥かに魔力伝達能力の高い魔物素材で全身を包み込み、その上多数の魔晶石によって着用者の魔力や身体能力をアップさせる効果付きなのだ! さぁ、新型鎧に身を包んだ俺を褒め称えろ!
「……黒いのう」
「……黒いねぇ」
「……黒いわね」
「……黒い、です」
三者三様――いや、四人だから四者四様?――の感想に俺は大満足だ。ああ、大満足だとも。
「……他の感想はありませんかね?」
「正直に言うとあまりに邪悪な感じで引いておる」
「なんか見てると寒気がするね」
「どう見ても悪の魔王的な感じよね」
「かっこいい、ですよ?」
シェリーに気を遣われて泣きそうです。
「ちなみにそれ、何の素材なの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
「あ、面倒臭そうだからいいわ」
「良いから聞けよ!? まず主な装甲は強力な昆虫型の魔物の甲殻でな、軽くて丈夫で魔力の通りが良い。胸の部分は瞳をイメージしているデザインなんだが、実はここにはテラーゲイザーの水晶体が入っていて、魔力を流すとこうなる」
胸甲の部分がゾロリとスライドし、テラーゲイザーの水晶体が露出した。うんうん、この動きには拘ったんだよ。ぶっちゃけこの自然な動きを再現するのが一番時間かかったね。
「うわキモッ」
「気味悪っ」
リファナとデボラがドン引きして後退る。
「キモいとか言うなよ!? この状態で更に魔力を流すと見たものを恐怖状態に陥れる精神魔法が発動するんだぞ! かっこいいだろ!」
「いや、そのなんか生物的な動きで目が開くのは気持ち悪いわ」
「くっ、そこに拘ったビックリドッキリ機能なのに」
どうやら俺とペロンさんの追求するロマンはリファナ達には理解されないらしい。ヒトは何故わかりあえないのか……。
「のう、主殿、それだけか? 何やら微妙に寒気がするんじゃが」
「はっはっは、よくぞ聞いてくれました。実はこの鎧には高位アンデッドの素材も使われていてな。ちょっと長いキーワードを唱えると周囲から魔力と生命力を吸い取る機能を発動させられるぞ」
「……範囲は?」
「歩いて五十歩くらいの全周囲かな?」
「それ、他の人に奪われたりしたら大変じゃない?」
「大丈夫だ、一定以上の魔力抵抗が無いと着ただけで生命力と魔力を吸われて昏倒するから」
「のう、主殿。それは一般的に呪いの装備というのではないか?」
「おっとそろそろ時間だな。さぁ行こうすぐ行こう」
クスハの指摘を遮るように大きな声を出しながら転移門を開くべく魔力を集中する。
この鎧はストレージとか時空庫にしまわない場合は黒鋼製のケースに入れておかないとちょっと勝手に目が開いたり周りにいる人が体調不良になったりするけど、呪いの装備ではない。いいね?
☆★☆
「はいとーちゃく、と」
到着したのはゲッペルス王国の王都、その片隅……というのは無理があるか、王都の北側、王城のそばにあるゲッペルス王国軍の駐屯地である。その広さは数千人規模の軍が駐留できるだけのものであるから、王都の片隅というのはやっぱり少し無理があるな。うん。
駐屯地の周囲は人の背の高さの二倍ほどの石壁と堀に囲まれており、王都の防壁が破られても更にここで防戦ができるようになっているようである。でもまぁ、ここにまで攻め入られたら実質的には負けだろうな。ここで防戦しても王都の街や王城は攻撃を受けるだろうし。
「ほう、ここがゲッペルス王国か。ふむ、大樹海よりも少し暖かく感じるな?」
駐屯地の防備を眺めているとクスハが声を上げた。心なしか、額に輝く三対の赤い宝石のような複眼が輝いている気がする。クスハは意外と寒がりなんだよな。
「大陸の北側で、海から近いからな」
「すんすん……嗅いだことのない匂いがします」
「ふんふん……これが潮の香りってやつかね?」
「流石に私には何も匂わないわね。空気の質がぜんぜん違うのはわかるけど」
獣人ノーズには何か感じるものはあるらしいが、エルフノーズには何も感じるものはないらしい。その尖ったエルフイヤーでは何かを捉えているのだろうか。クスハは……スパイダーアイが凄いのだろうか? なんか自分でも何が言いたいのかわからなくなってきたな。
俺? 俺はノーマルな人間だからそういうのはないです。ただ、スキルのおかげで危険察知能力だけは高いよ。
「さて、あまり待たせても悪いし行こうか」
俺達が転移門で現れた場所は駐屯地の真正面である。つまり、入り口を守る歩哨からは丸見えの位置であり、こうして話している間にも入り口に詰めていた兵士の一人が駐屯地の中に向かって全力でダッシュしていっていた。恐らく上官に俺の来訪を告げに行ったんだろうな。
駐屯地の入り口に近づいていくと、槍を手にした歩哨に声をかけられた。
「ピドナ駐屯地へようこそ。タイシ様、ですね?」
「いかにも。これなるは勇魔連邦の主、我らの王、タイシ=ミツバじゃ。約定に従い、亜人達を貰い受けに来た。案内せよ」
「ハッ、こちらです」
俺が何かを話すまでもなく話が進んでいく。俺は黙って後ろをついていくだけだ。案内の兵もむやみに早足で歩くということがなかったため、割とゆっくりめなペースで駐屯地内を練り歩くことになった。
「ううむ、見られておるの」
「俺とクスハが注目の的だな」
クスハはアルケニアというだけでめだつからな。単純に下半身の蜘蛛部分がでかいし、蜘蛛部分も合わせると俺よりも頭が高い位置にある。つまり、結構でかい。それにクスハは美人だしな。それで視線が集まっているって面もあるんじゃないかな。
俺に注目が集まる理由? そんなのはどうでもいいじゃないか。単に怖がられてるだけじゃないかな。もしかしたら鎧が目立ってるのかもしれないけど。
「あ、見えてきました。あの人達でしょうか?」
「そうでしょうね。武器も鎧も身に着けていないし」
というか、そもそも亜人達ばかりなので遠目にも非常にわかりやすい。ゲッペルス王国にも亜人の兵士は全然居ないからな。見た感じ服装や体格、その他諸々が完全にバラバラだな。まさにカオス。一番多いのは身体の何処かに獣の特徴を持つ獣人達だ。次点でケンタウロス、あとはもうバラバラでよくわからないが、リザードマンは遠くからでもわかりやすいな。ドワーフも背が低いからわかりやすい。他にもいるのかもしれないが、ごちゃごちゃしててわからんな。なんかでかいのもいる。
「まるで統一性のない面子じゃの。わかっていたことじゃが」
「だな。しかし、少数だけど身なりの良いのもいるな」
「そうだね。しっかりとした服を着てる人もいる。きっとああいうのが知識奴隷とかいうのなんじゃないかい?」
しっかりとした紳士服を身に纏い、旅行鞄のような手荷物を持っている山羊獣人の紳士、仕立ての良い服に身を包んだ有翼人の男性、商人風の服を着た矮躯の鼠獣人なんかがそういう感じの人達なんだろうな。ウサ耳メイドもいるが……メイドは知識奴隷なのだろうか?
「でも、殆どはボロを纏ってるわね。やっぱり早めに服を用意しなきゃいけないわ」
「そうですね。衛生面から考えても清潔な服や下着は必要です」
シェリーが両手を握りしめてフンスと鼻息を荒くする。この前の争いで捕らえた捕虜達への対応や妊婦となった嫁達の世話で色々と考えることがあったらしく、俺から魔導具作成や彫金を習う一方でシータンと一緒に助産師さん達から医療技術について聞いてみたり、医療関係の本を読んでみたりと精力的に新しい知識を学んでいるのだ。このまま行くとシェリーはマールと同じような方向性に進んでいきそうだな。いや、色々な意味でマール二号になりそうなのは実はシータンなんだけども……あ、お腹痛くなりそう。考えるのをやめるんだ、俺。
「どうしたの? 急に顔色を青くして」
「いや、ちょっと一昨日飲まされた薬のことを急に思い出してな」
「……あれは嫌な事件だったわね」
リファナがそっと俺から目を逸らす。とりあえず、俺の身体は産業廃棄物処理場とかそういうのじゃないので、調合に失敗した薬のような何かを軽い気持ちで飲ませるのはやめて欲しい。泣いてる子も居るんですよ、ここに。
痛くなりそうなお腹にこっそりと回復魔法を使いながら亜人奴隷達に近づいていくと、文官風の男が走り寄ってきた。仕立ての良い服を一切着崩さずにきっちりと着ている真面目そうな男だ。
「お待ちしておりました、タイシ様。私は今回王より人員の管理任務を賜ったルトナーです。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。長々と話すようなこともないし、さっさと済ませよう」
「はっ、今回集められた人員は総員で三百八十七名、うち三百十一名が農奴で、知識奴隷が二十三名、愛玩奴隷が二十名、三十三名が犯罪奴隷です」
「なるほど、人員のリストは?」
「こちらになります」
ルトナーと名乗った文官が差し出したリストをパラパラと眺めてからクスハに手渡す。リストに書かれていたのは名前、年齢、奴隷の種類、どんな作業に従事してきたかということが簡単に書かれたものだった。家族は家族で最後の方でまとめて書かれている。
「なるほど、わかりやすいな。では貰い受ける」
「はっ、第二陣の準備が整い次第、またご連絡をさせて頂く形となるとのことです」
「了解した」
頭を下げるルトナー氏に頷きを返し、こちらに視線を送っている亜人奴隷達の元へと向かう。
俺は彼等の前に立ち、不安と期待の入り混じった視線を向けてくる。これから俺が背負う命たちだ。その姿をしっかりと目に焼き付けておく。
「これから転移門を開く。整列して順番に入っていってくれ」
彼等の姿を目に焼き付けた俺はすぐに転移門の発動を行うべく魔力の集中を始めた。メニューを開き、転移先にクローバーを指定する。魔力の操作も慣れたものだ。この世界に来てからどれくらいの月日が流れただろうか? 一年は過ぎていると思うが、今まであまり日付を意識して生きてこなかったな。それだけ生きるのに必死だったということか。
程なくして黒い扉のようなものが出現した。いつ見ても威圧感あるよな、転移門。
俺はすぐに転移門を潜り、移動先に問題がないか確かめる。扉をくぐって辺りを見るとちょうどそこは奴隷達の受け入れ準備をしている場所の近くだった。概ねイメージ通りだな。離れた場所で受け入れ準備をしていたエルミナさんに手を振り、ゲッペルス王国に戻る。
「問題なく通ってる。リファナ、シェリー、先導を頼む」
「はい」
「わかったわ。それじゃあ皆、私に続いてこの黒いのの中に入ってね。何も怖くないから、慌てず、騒がず、順番に」
事前の段取り通りにリファナとシェリーが奴隷達を先導し、転移門の中に入っていく。やはり転移門の放つ異様な雰囲気が怖いのか、先頭だった奴隷は顔を青くしていたが、小さなシェリーも物怖じせずに転移門へと足を踏み入れるのを見て決死の表情で転移門に飛び込んでいった。
そうなると後の流れはスローペースながらもスムーズだ。特に詰まることもなく、粛々と転移門に人々が飲み込まれていくのをただ眺める簡単なお仕事である。
「……今回は居なかったから良かったけど、妊婦とかいたらどうっすっかね。俺が抱いて飛んでいくしかないか」
「それも刺激が強そうじゃがの。どちらにしても主殿は気にし過ぎではないか?」
「それが原因でお腹の子供になにかあったら悔やんでも悔やみきれないだろう」
ゲッペルス王国にも妊婦の奴隷が居た場合には無理に動かさず、とりあえず清潔で健やかにお腹の子供を育める環境を提供するように伝えてある。その費用はこっち持ちだ。
転移魔法が胎児に与える影響に関してはしっかり検証しないと駄目だな……まずはネズミとかで試したら良いんだろうか。過去にそういうのを調べた文献とかないのかね。
「うーん、どうにか調べてみないとな」
「神様に聞けないのかい?」
「……おお!」
その手があった。あとでリアルに聞いてみるか。リアルが知らなかったら知ってそうな神様に聞いてきてもらおう。そうしている間に最後の一人が転移門に入っていった。
「これで全員だな。では、俺達も撤収する」
「はっ、お疲れ様でした」
転移門の持続時間にも限りがあるので、ルトナー氏に挨拶をしてさっさと撤収する。別に閉じちゃったらまた作れば良いんだけどさ、魔力を無駄遣いするのもな。
転移門を通ってクローバーに戻ると、奴隷――いや、元奴隷達が温かいスープを飲んでいた。スープの効果が出たのか、どこか緊張していた様子だった彼等の雰囲気も少しは落ち着いたようである。
元奴隷達のうちの何人かが俺が現れたことに気づき、それを皮切りとして全員が俺と、一緒に戻ってきたクスハとデボラに注目した。どうにもこういうのは慣れないなぁ。しかし黙っているわけにもいかない。ここはできるだけ明るく振る舞ってみるか。
「はい、お疲れさん。ようこそ、クローバーへ! 俺の名はタイシ、タイシ=ミツバ! これからお前達の王になる男だ! よろしくな!」
人々の反応は……うん、全体的に困惑してるな。仕方ないね、急な話だからね。
「この後のことについてだが、スープを飲んで温まったらまずは仮設宿舎に移動してもらう。それから一人一人面談を行う。別に難しい話をするわけじゃない、今までどんなふうに働いてきたのかとか、そういう話をするだけだからな」
皆の顔を見回してみるが、特に何かを言ってくる人は居ないようである。まぁ、この雰囲気で質問をぶつけてくるような根性のある人はそうそういないか。
「まずはここの環境に慣れる必要があるだろう。しばらくは面談を行いつつ、このクローバーで簡単な仕事をしてもらうことになると思う。何せこの街はまだできたばかりでな、仕事はいくらでもあるんだ。いろいろな意味で人手が足りない。やる気と、実力をつける根気があるならなんだってやってもらうぞ。今までは言われた仕事をこなすだけだったかもしれないが、もし希望があるなら様々な仕事についてもらうし、その支援もする。俺は勇魔連邦の主として、お前達を飢えさせはしないし、凍えさせもしない。そして住む場所を、仕事を与える。約束する」
人々がざわめき始めた。期待か、不安か、それとも驚きか。一人一人にどんな感情が渦巻いているのかを知る術は俺にはないが、俺の考えを彼等に伝える方法だけは明確だ。手を挙げ、声を張り上げる。
「この勇魔連邦に来た時点でお前達は奴隷という身分から解放された! お前達はこの勇魔連邦の国民に、俺の守るべき民となった! お前達を縛り、操っていた鎖は外された。これからはお前達自身の意志と力で自分の生きる道を決めるんだ。躓くこともあるだろう。転ぶこともあるだろう。もしかしたら力尽きることだってあるかもしれない。だが、お前達の隣には共に歩み、助け合う勇魔連邦の民が、仲間がいる」
掲げていた手を下ろし、拳を作って自分の胸を叩く。胸甲と手甲がぶつかり、ガァン、と大きな音が鳴った。
「そして、困り果ててどうにもならないとなったら俺に頼れ。その時は俺がなんとかしてやる。俺からは以上だ」
どこからかパチパチと拍手が鳴り始め、それは瞬く間に広がって万雷の拍手になった。いや、なんか照れるなこれ。
拍手が静まったところでスープを配っていたエルミナさんが前に出てくる。
「じゃあスープを飲み終わった人はこっちに来てね。宿舎に案内するわ」
こうして元亜人奴隷の第一陣はクローバーでの生活を始めた。さぁ、ここからが大変だ。