第119話〜またもや駄神の手の平の上で転がされました〜
ちょっと長め_(:3」∠)_
それから三日間、俺は無心に魔物を狩って狩って狩りまくった。白い毛皮の大猿や、光学迷彩で隠れるオオトカゲ、火を噴く大狼や毒を吐く大蛇、超音波を操る馬鹿でかい鈴虫のようなやつに、強烈な魔法を操る骨の魔術師、鉱物を鎧のように身に纏う地竜……そんな奴らを狩って狩って狩りまくった。
狙うのはひたすらに大物だ。俺でなければ殺せない、いや俺が居なければ死人が出かねない魔物を狙い、ひたすらに狩りまくる。食事はストレージに予め入れておいたすぐに食えるもので済ませ、館に帰ることもなく、殆ど寝もせずに昼も夜もなく暴れまわった。
ストレージには俺が狩りまくった強力な魔物の死骸が溢れんばかりだ。これだけ狩ればレアな素材とか強力な魔核とか採り放題だろう。
「はぁ……かえろ」
いいだけ暴れた結果、アーネストの死によって渦巻いていたやり場のない感情は落ち着いた。そして今後どうやって同じような事故を防ぐのかという問題にも筋道をつけられた、と思う。
とりあえず、疲れたし嫁達の存在が恋しいし帰ろう。長距離転移を発動し、クローバーの館へと帰る。家の前で極光剣をストレージに放り込み、汚れた身体と服を浄化でまっさらに綺麗にする。でも後で風呂に入ろう。扉を開ける。
「やっほー、おかえり」
「あ、帰ってきたんですね。おかえりなさい。なかなか帰ってこないんで奥さん達が心配していましたよ」
扉を開けるなり目に入ってきた光景に目眩を覚える。
「お茶頂戴」
「はい、リアル様」
館に入ってすぐのホールで駄神が優雅にお茶を飲んでいて、死んだはずのアーネストがその駄神に甲斐甲斐しく給仕をしている。一体全体どういうことなのか全く意味がわからないが、この光景の原因だけははっきりと分かる。
俺は早足で歩き、駄神の頭をむんずと鷲掴みにした。
「キミもお茶飲あががががががが痛い痛い痛い割れる!?」
「リ、リアル様!? タ、タイシ殿流石にそれは」
「説明しろ」
駄神の頭を締め付ける手の力を緩め、冷たく言い放つ。自分でもびっくりするくらいドスの利いた声が出た。
「はい! あなたの超絶可愛いリアルちゃんが色々まるっと上手く解決しました!」
「もう少し詳しく」
「ええ、めんどくさ――はい! つまりね、コールゴッドで術者が差し出した魂っていうのは別に砕け散るとか神の贄になるとかそういうことじゃないんだよ。肉体の時間は停止し、肉体を離れた魂は研磨され、術者は来るべき時に復活する。だからその魂をちょろまかしてきて戻せば復活できるわけさ」
なるほど、理解できた。理解できたが、こいつは何故そんなことをしたんだろう。とにかくなんだか救われた気分だ。
「あっ、なんだいもう……ふふふ」
リアルの華奢な身体を抱きしめる。リアルは突然の俺の行動に面食らったようだが、満更でもないのかその華奢な腕できゅっと抱きついてきた。光の反射の仕方によっては虹色にも見える美しい白金色のつむじにキスをしながら考える。何故リアルがわざわざこんなことをしたのか。
一連の流れで俺に強く印象づけられたこととはなんだ? それを考えるうちにリアルの狙いがおぼろげに見えてきた。
「んっ……あれ? ちょっと熱烈すぎない? 苦しいよ?」
「で、どこからどこまでがお前の筋書きだ? 思えば不自然だよなぁ? ミスクロニア王国にいたアーネストがわざわざ遠回りでカレンディル王国に行き、そこで偶然ソーン達に出会った。行きの行程で街に泊まるのは懲り懲りだと思っていたソーン達が何故か街に宿を取ったからだ。しかも、俺を害そうとしていたアーネストを何故か殆ど悩む様子もなくクローバーに連れてきた」
「あ、それはその、ね?」
魔力を練り、空間魔法で幾重にも結界を施す。あらゆる次元に逃げられないように複雑に、幾重にも結界を施した上で空間を固定する。
「思えばアーネストと魔物駆除班が束になっても敵わない、そんな魔物がクローバーの近郊に現れるのも都合が良すぎる気がするな。一人も逃げられないなんて状況はいかにもおかしい」
「あっ、あれっ!? 逃げられない!? キミ、いつの間にこんな封神級の空間断絶結界を!?」
「愛してるよ、リアル。愛しくて愛しくて殺してしまいそうだぁっ!」
「や、やめっ――んぎゃあぁぁぁ!?」
リアルの絹を裂くような……というには少々汚い悲鳴が館に響き渡った。くはははは! 鳴け! もっといい声で啼けぇっ!
「酷い目に遭ったよぉ~」
「自業自得ですよ」
俺から開放されたリアルが芝居がかった様子でマールに泣きつく。そんなリアルをマールが少し呆れたような様子で慰めていた。
館内に響き渡った悲鳴は嫁達を呼び寄せ、彼女達の必死の説得の結果俺は奴を解放した。そして俺達は全員でリビングへと場所を移し、こうして寛いでいるというわけだ。今日はどういうわけか全員がこのリビングに揃っている。
ちなみにアーネスト君はリアルに追い払われて外へ働きに行った。哀れな。
「ボクが全部説明する前に勝手に気づいて勝手に怒ったんだよ。ボク悪くない」
「掌の上で弄びやがって。許さん」
「事前に言っていたら意味が無いでしょ。キミが自分で悩み、気付かないと意味が無いんだから。キミがヴォールトに言ったのはつまりこういうことだよ?」
「あーはいはいそうですね! おっぱいおっぱい」
「あらあら、膨れちゃって。大丈夫? おっぱい揉む?」
「揉む」
隣に座っていたエルミナさんがそんなことを言ってきたので即答してその胸に顔を埋め、思うままに揉み揉みする。ああ、癒される。もうずっとこのままでいたい。
「うふふ、よしよし」
「いいなぁ」
なんか羨ましそうなフラムの声が聞こえる。うん、あとでフラムのおっぱいにも癒やしてもらおう。おっぱいはいいよな。おっぱいは嫌なことを忘れさせてくれる。
「それで、本題に入りましょうか」
「そうだね。そのためにわざわざ色々とお膳立てをしたわけだし」
なんだか真面目な話をする雰囲気になったので、名残惜しいがエルミナさんのおっぱいから離れる。俺に揉み揉みされていたエルミナさんはなんだかツヤツヤした顔をしていた。俺から何かパワーでも吸収したのだろうか。
「タイシはボクが何を伝えたいのかわかってくれたね?」
「人の身でやれることには限界があるってことだろ。んなこた最初からわかってるっての」
「本当に?」
「……実感したよ。これでいいか」
「うん、それでいい」
リアルが満足げに頷く。というかこいつ、普通にここに混ざってるけど自分がどういう存在なのか皆に説明したのか? いや、なんか大丈夫そうだな。
「つまりね、そろそろ真面目に考えて欲しいってわけさ。結論を出すのはまだまだ先で構わないけど、ちゃんと話し合ってほしい。こうでもしないとキミはずっと黙っているだろうと思ったから、ボクはこうしてお膳立てをしたってわけ」
むぅ、このまま自然消滅するのを狙っていたんだが。
「つってもな、俺自身に神になりたいなんて願望がないし。俺は当然寿命で死ぬつもりだから、その後は野となれ山となれじゃないか?」
「タイシさんがそう考えているならそれを優先しますけど、私の欲を言えばいつまでもタイシさんと一緒に……というのは魅力的ですね」
マールの言葉に皆が頷く。いや、愛されてるなぁ。重いとも言えるけど、それくらいに慕われているというのは素直に嬉しくはある。
というか、この口ぶりからすると死後の昇神の話とか眷属の話とか、皆詳しく聞いたみたいだな。
「死後、天界に昇って永遠に結ばれるというのはロマンチックですわね」
「さりとて主殿が望まぬというのなら、それは尊重されるべきじゃろうな。妾はそう思うぞ」
「……俺だって老いればどうなるかわからんぞ。そのうち欲に囚われた圧制者になるかもしれんし、恐怖で国民を縛り付ける独裁者になるかもしれない。あるいは、皆に愛想を尽かされるようなゲス野郎になるかもしれない」
「そんなことを今から心配しても仕方ないでしょ。タイシは私達を幸せにしてくれるんじゃなかったの? 結婚の時にそう誓ってくれたでしょう?」
「そりゃそうだけど……」
正直自信があるかというと微妙だ。俺の両親も……まぁ離婚してたしな。俺は幸せな結婚生活を送っていると思うが、いつまでもこんな幸せな状況が続くのだろうか? と不安になることはある。
「タイシくんが私達を幸せにしてくれるように、私達もタイシくんを幸せにしてあげる。そんなに心配はいらないわ。私達がついているから、ね?」
「うんうん、仲良きことは美しきかなというやつだね。そんなわけで、ちゃんと話し合ってくれるならボクに不満はないよ。すぐ決めろとは言わないけど、できるだけ早く決めてくれたほうが良いのは確かだからね。色々と準備もあるし」
話の流れを見てニコニコしているリアルを見ながらグッタリする。これはリアルによる事前の根回しがあったと見るべきだ。嫁が全員乗り気となれば俺一人だけ否と言うのは難しい。
「お前、何を企んでるんだよ。一体俺を神にして何がしたいんだ?」
「別に何も企んでないよ。停滞したこの世界に一石を投じる、ボクの目的は最初から一貫してる」
「何で俺なんだ?」
「実は君は旧世界に滅ぼされたある神、その生まれ変わりなんだよ」
「嘘だろ」
「うん、嘘」
にぱぁっ、と笑うリアルにイラっとする。
「キミを選んだことに特に理由はないよ。あっちの世界から適当に見繕って引っ張り込んだだけだし。完全に無作為ってわけではないけどね」
「というと?」
「本質的に善人っていうのは大事だよ。力を得て、自分の欲望だけを優先する獣になられても困るしね」
「ああ、本質的に善人……そうですね」
リアルの言葉に納得するところがあったのか、フラムが頷く。本質的に善人とか嘘やろ? そんなわけないと思うんだが。
「純粋に誰かのために何かをしたことなんてないぞ、俺」
「いや、旦那様……それちょっと通らないかと」
「そうだったら私達はここにいないし、クローバーも存在してないさ」
「タイシは優しい」
ティナが俺の言葉を苦笑しながら否定し、デボラとカレンがそれに追従する。
「タイシさんが居なかったら私達の村は全滅してました」
「人を助けて何の対価も要求しないなんて、普通はないです」
シータンとシェリーまでそんなことを言う。違うんだよ。あのまま見捨てたら寝覚めが悪かったからだよ。その場で見捨てて、後でそのことを思い出したらどんな幸せな気分も吹き飛んじゃうじゃないか。だから自分のためだったんだよ。大樹海の先住民とかケンタウロスの件だって同じだよ。
そう主張したが皆に生暖かい視線を向けられるだけだった。解せぬ。
「くそう、みんな馬鹿だ。違うのに」
「あっはっは、お嫁さん達の前じゃ神をも下すキミも形無しだねぇ。まぁ、前向きに考えておいてよ。悪いようにはしないからさ」
ケラケラと笑う駄神。そんな折、マールが不思議そうに首を傾げて爆弾を投下した。
「うん? 何を他人事みたいに言ってるんです? リアルさんもタイシさんのお嫁さんの一人なんですよね?」
「……へっ?」
「……はっ?」
リアルと俺から同時に変な声が出る。いやいやいや、マールさん何言ってるんですか。こんな邪神が嫁とかないっすわ。そりゃ見た目は可愛いし、虹色にも見える白金色の髪の毛も綺麗だし、じっと見てるとなんだか辛抱たまらない感じになる華奢な体つきもしているけどさ。
「いやぁ、その、それは、ねぇ?」
「まぁ、なんというか、なぁ?」
ありえんだろう、と思うんだがなんでこいつこんなに動揺してんの? なんか不覚にも可愛いんですけど。いやいやいや、冗談きついって。ねぇ?
「あ、あはははは。それじゃボクはこのへんでっ!」
ビシュッ、と凄い早業でリアルが消え失せる。空間魔法のようなそうでないような、いつものやつだ。あれマジでどうやってんだろ。
「逃げましたね」
「逃げたの」
「逃げましたわね」
リアルを追い払った嫁達がニヤニヤしている。やだこわい。神を追い払うとかうちの嫁達強すぎ?
「あー……で、結局どうなったんだっけ」
「つまり、リアルさんはこう言いたかったんですよ。今、タイシさんがやっていること。それをもっと手広く、効果的にできるようになるから、ボクと一緒に神様やろう? ってことです。そうすればリアルさんも気兼ねなくタイシさんと睦みあえるとかそういうことだと思いますよ」
「えぇ……」
「一途じゃの。主殿は神すらも魅了するのじゃな。いや、流石は主殿よ」
「えぇぇ……」
そういうことなのだろうか。そういや神になれとか言い出したのはあいつと一緒に行動し始めてからか……? えぇ……? よし、考えるのを止めよう。これ以上考えてはいけない。俺の精神衛生上よくないからね。
「とりあえずあいつのことは横に置いておいて」
「あらあら、タイシくんも逃げ始めたわ」
「逃げ方が似てる」
「あー、あー、聞こえなーい。君達はあれか、俺がいずれ神になって、その眷属としてずっと一緒にって感じで良いのか」
俺の質問に全員が頷く。
「決断早くない? もう少し考えても良いんだよ?」
「タイシさんは嫌なんですか?」
「いや、なんというか……実感がない? ピンとこない? そんな感じ。俺達が死ぬなんて何十年も後の話だろうし」
「それもそうですね。それまでにタイシさんに愛想を尽かされないように、私達頑張りますね!」
「いや、愛想尽かされるのは俺じゃないかと思うんだけど」
元の世界じゃ自慢じゃないけどモテた試しがなかったからね。実際の所、嫁が十二人もいる今の状況もなんだか実感が沸かないんだ。
「主殿はたまにそうやって自信がなくなるというか、ナイーブになるのう。ほら、こっちへ来るがよい。妾の胸で慰めてやろう」
「あー、ズルいですよ! タイシさん、私のおっぱいで癒やしてあげます! 初めて出会った頃に比べると大きくなりましたよ? ほーら、タイシさんが育てたおっぱいですよー」
「ん、私の胸でも良い。撫で撫でしてあげる」
おお、神よ。いくつものおっぱいが俺を誘っている。神はなぜこんな試練を与えたもうたのか。神は何も答えてくれない。ならば俺は全てのおっぱいを愛でるとしよう。
☆★☆
駄神襲撃事件から一週間の時が流れた。たったの一週間だが、内容は非常に濃かった。交渉のためにティナやネーラを連れてゲッペルス王国に行ったり、カレンディル王国にある地方貴族の領地を落とすためにフラムやソーン達も連れて出撃したり、先日のような死亡事故対策のために色々作ったり実験したりと忙しかったのだ。
勿論嫁達へのサービスも忘れない。日中に時間を取って数時間のデートを楽しんだりしたし、夜は夜で精一杯頑張った。そう、頑張ったのだ。
「ご主人様……あの、私もついにデキたみたいです」
「私もデキた」
顔を赤くしたフラムと、堂々たるダブルピースを見せつけるカレン。
「フラムはともかく……やってしまった」
「ヤってしまったらデキる。自然の摂理」
カレンは今日も絶好調である。ああ、こんな小さい子に……いや、彼女は立派な大人だ。出会った頃に比べれば身体も大きくなっているしな。身長も小柄なマールより少し低いくらいだし、痩せ過ぎだった身体にもしっかりと肉がついた。どこに出しても恥ずかしくない健康体だ。
「ちなみに、私達獣人は人間よりも出産が早い。大体半年ちょっとくらいで生まれる」
「ということは、マール達と同じくらいの時期か?」
「うん、多分近い」
なるほど、まだ先の話だが気をつけたほうが良いな。
「タイシは私と子供ができないほうが良かった?」
「そんなことない、嬉しいよ。頑張ろうな、カレン」
「ん」
カレンをそっと抱きしめて頭を撫でる。
「それに、フラムも。ありがとう。これからも大切にするよ」
「はい、あなた」
フラムは俺のことをご主人様と呼ばず、あなたと呼んで瞳から涙を零した。フラムもカレンと一緒に抱きしめる。これで四人か、より一層奮起して嫁達と子供達を養わないとな。
「妾の鑑定眼で視たからの、間違いないぞ。二人とも、今後は激しい運動などは控えて安静にするのじゃぞ。もう、お主達一人だけの身体ではないのだからな」
「はい」
「うん」
二人が神妙に返事をする。いや、ほんと実感がないとか寝ぼけたことは言ってられないな。マールとメルキナのお腹も少しずつ大きくなってきている気がするし。
出産については今のところあまり心配していない。イルさん経由で風幸神ゼフィールの神殿から回復魔法使いと助産婦が派遣されることになったからだ。勿論食べ物や病気、飲酒など気をつけなければならないことは沢山あるが、そのあたりに関しても対策は打っている。
「万病に効くというエリクシールもあるから滅多なことはないじゃろうがな……とにかく、身を慎むように」
俺が先日狩りまくった強力な魔獣の素材を売り払い、マールはその金に物を言わせて必要な材料を買い漁った。そして自らの手で霊薬エリクシールを調合して見せたのである。
『腕が未熟なんで効果が長続きしないんですけどねー。でもそこは時空庫とタイシさんのストレージで対応できますし』
とは彼女自身の言葉だ。品質が低いために普通に置いておくと効果が二週間ほどで切れてしまう粗悪品になってしまったらしい。マールの言う通り保管方法があれば何の問題もない。
☆★☆
ゲッペルス王国関連の色々な案件も着実に進行している。ゲッペルス王国からの賠償金は亜人奴隷や食料の購入費用と相殺して大した額にはならないが、潰した地方貴族や商人の資産がなかなかの額になりそうだ。まだ試算段階だが、勇魔連邦の国庫がかなり潤いそうである。いや、あまり期待しない方が良いか。侵攻軍の編成で宝物庫の宝を叩き尽くしてるかもしれないし。
「そうですわね、過剰な期待はしないほうが良いですわよ。でも、かまわないでしょう? 勇魔連邦は特産品と交易だけでも十分やっていけるだけの素地を持っているのですから」
「そうですよ。耕作地もどんどん広がっていますし、本当にいざとなれば時空庫に眠っている魔物素材や財宝を売れば良いのです」
ゲッペルス王国の首都ピドナで会談を終えた後、ピドナ観光のために乗っていた馬車の中でネーラとティナの二人がそう言う。
「そんなに楽観的で良いのか?」
「楽観するのはよくありませんわね。そう思っていても楽観できるほどに勇魔連邦の経済面は盤石であるということですわ」
「懸案は食料生産力の低さだけですね。旦那様を別にして考えても軍事力は不足していませんし。外交面に関しても今日の会合で概ね目処はつきました。私達の先行きは明るいですよ」
こんな感じの話をしながらゲッペルス王国の王都ピドナの観光地を周る。流石に王都というだけあって、立派な劇場や美術館、大神殿などは目を見張る立派さだった。いずれあんな施設をクローバーにも作りたいものだ。
「フラムちゃんが妊娠しちゃったから、その穴は私達が埋めるわね」
エルミナさんはそう言って警備隊の指揮と訓練に精を出してくれることになった。リファナも一緒だ。
警備隊の仕事は大きく分けて二つ。クローバー内の治安維持と、クローバー周辺の魔物駆除だ。魔物の駆除任務は食肉の確保も兼ねている。つまり狩人も兼ねているということだ。
「なんだかんだで私はこういうのが性に合ってるわ。この酷い森もなんとかしたいしね」
リファナは狩人としての活動だけでなく、歪な魔力で歪んでしまっている大樹海そのものをなんとかしようと精力的に働いている。エルフ独自の植物に干渉する魔法で正常かつ清浄な森作りに勤しんでいるようだ。
「接近戦は悪くないわ。でも弓がなおざりなのはいただけないわね」
警備隊の訓練にエルミナさんのスパルタ式弓術訓練が追加された。複雑なアスレチックや、複数のタイトロープが設置されて警備隊の隊員達はその間を跳び回る。落下して怪我人が続出するが、回復魔法で回復されて再び訓練に戻る。そしてリファナとエルミナさんに弓で撃たれる。隊員達はそれを回避しながら弓か投擲武器でターゲットを狙わなければならない。勿論アスレチックやタイトロープの間を跳び回りながらだ。
みるみるうちに痩せ細っていく警備隊員達。流石の俺も不憫に思って物言いを付けた。
「エルミナさん、もう少し手加減してあげてください。あまりにきつすぎて任務に支障が出たら本末転倒ですから」
「仕方ないわねぇ」
エルミナさんに進言した結果、俺は警備隊員達から神のように崇められるようになった。まさかこれを狙っていたわけじゃないよな? 怖いからあまり考えないでおこう。うん。
☆★☆
「タイシさん、ここの魔法文字でこれであってますか?」
「ん……ああ、大丈夫だ。シェリーは器用だな」
「えへへ」
今までカレンとの同期魔法を使って農地の開拓を手伝っていたシェリーだったが、カレンが妊娠して同期魔法を使えなくなってしまったため手持ち無沙汰になった。そこで色々と挑戦させてみたのだが、彼女は魔導具作成と彫金の才能を開花させた。
まだまだ技術は駆け出しレベルなのだが、芸術的なセンスは俺より上のようだし手先も器用だ。カレンと一緒に同期魔法を使っていた成果なのか、魔力の精密操作も上手で手作りのアクセサリなんかも作っているようである。最近は俺よりも工房に篭っている時間が長い。
武器や防具などよりも生活に役立つ道具を作るのが好きなようで、俺が教えた元の世界の家電製品を魔導具で再現するべく奮闘している。
「お茶とお菓子を用意してきました!」
シータンは屋敷の外での活動を少なめにして屋敷の中の家事を頑張ってくれている。ネーラのお付きの侍女であるステラや、ミスクロニア王国から派遣されてきた助産婦さん達と一緒にだ。どうやら助産婦さん達から産婆としての知識を伝授してもらっているらしい。最近はマールにくっついて錬金術も学び始めているようである。
「皆の健康を守れるような人になりたいなって、最近思ってるんです」
夜、一緒に寝る時にシータンはそう言って微笑んでいた。彼女は彼女なりに、俺の妻としてただ生きるだけでなく、自分の目標を持ち始めたようだ。
☆★☆
「ほほ、娘っ子達もようやく大人の仲間入りじゃな。そう言う意味ではカレンが最初に孕んだのも頷けるか」
「どういうことだ?」
「カレンはあの三人の中で一番大人ということじゃ。あれはいい女じゃぞ?」
くつくつと笑いながらもクスハの両手と一番器用な前足が忙しなく動き続ける。また何かを編んでいるんだろうけど出来上がるまで俺にはそれが何なのかわからない。布ができていってるのはわかるんだけどな。
「知った風なこと言ってるけど、クスハは俺の嫁になるまで乙女だったじゃないか」
「主殿ぉ……その話を持ち出してくるのは反則というやつじゃろ」
クスハがへにょりと肩を落とす。五百年モノとか言わないだけいいじゃないか。
「確かに妾は長く生きておる嫁き遅れじゃったとも。しかし、今は最愛の主殿がおるし、長く生きた経験はそう捨てたものではないぞ?」
ため息を吐きながらもその手と前足の動きには一切の淀みがない。まるで工業製品を作る機械のように正確で、それでいて徐々に出来上がっていく作品そのものはとても綺麗で、芸術的だ。
俺はそんなクスハの手作業を眺めながら彼女と話をする、こんな時間がたまらなく好きだ。クスハは彼女自身が言うように長く生きた経験からか為になる話をよくしてくれるし、里を治める長としての経験も長いからクローバーを治める上での相談相手としても適している。
それに、彼女は家族のことを本当によく見ている。家族との接し方について何か悩み事や相談事があればクスハを頼るのが一番だ。
☆★☆
「あんたはさ、この先どうしようと思っているんだい?」
二人で湯船に浸かり、揃って情けない声を上げた直後にデボラはそう問いかけてきた。唐突な質問の意図がわからず俺は首をかしげる。
「神々の試練とやらも乗り越えたし、ここを狙ってくる人間も撃退した。クローバーは、勇魔連邦はとりあえずの危機を乗り越えてあんたも自由の身だ」
「うん、そうだな」
「で、あんたはこれからどうするのかって聞いておきたいのさ。あんたの力があればなんだってできるだろう? なんだって思いのままだ。きっとなんだってできるだろう。世界を征服することだって不可能じゃないかもしれないよ?」
デボラはおどけるような声音と雰囲気でそう言っているが、その視線は真剣な色を帯びている。
「俺がそんなことに興味を持つと思うか? そんな面倒くさそうなことは真っ平ゴメンだよ。そんなことよりもみんなと一緒に家でゴロゴロしてたほうが百倍有意義だね」
「ま、そうだよね。あんたはそういう男だ」
デボラは笑いながらお湯を掬って自分の肩にかけた。この湯船だと大柄のデボラにはちょっと浅いんだよな。新しく作ってもらってる屋敷の湯船はもう少し深くしようかな?
「そうだぞ。四人も妊娠してる奥さんがいるのにそんなことにかまけている暇なんてあるか。そんなことをするくらいなら俺は一個でも多くの記録結晶を買い集めるね! 生まれてくる子供の可愛らしい姿を収めるのに必要だからな」
記録結晶というのは一個につき大体二十四時間くらいの映像を記録することができる魔法道具だ。結構貴重な品で、古代文明遺跡からの発掘品という形でしか存在しない。なんとか同様のものを作れないか試行錯誤中である。
「あたしもさ、考えるところがあるんだよ。死後にあんたが神になるとか、私達がその眷属となるとかさ。勿論そんなのはまだまだ先の話なんだろうけど、あんな話をされて平然とはしていられないさ」
「あの件に関しては本当に気にしないほうが良いぞ。俺も考えないようにしてるし」
「あんたはもっと悩みなよ。当事者なんだから」
「いいんだよ、これくらいぞんざいで。考えても見ろ、この俺が『新世界の神になる!』とかいって嫁に甘えることもおっぱいに癒やされることもなく聖人みたいに振る舞ったら気持ち悪いだろ? そんなのは俺の形をした別の何かだね。そもそもそんなの五分も持たねぇけだろうど」
「あはは、そいつは間違いないね」
☆★☆
「というような話を昨日デボラとしてな」
広いベッドの上。両脇に夜着のマールとメルキナを侍らせて風呂での出来事を二人に話す。
「うーん、なるほど。デボラさんでもそうなんですねぇ」
「気持ちはわかるわね」
マールは意外そうな顔をして何かを考えるように唇に人差し指をあて、メルキナは納得するような顔をしてウンウンと頷いている。
「つまりはね、これから全部、何もかもうまくいくのかな? っていう漠然とした不安を感じているわけよ。これまでなんだかんだでトラブル続きだったでしょう? でも、今回タイシが帰ってきた何もかもにある程度の決着がついた。これから先はただ穏やかに暮らしていくだけよね? 本当にそんな穏やかな日々を送れるのか? もしかして今までとは比べ物にならないような苦難が迫りつつあるんじゃないか? そんな不安に囚われちゃってるわけね」
「なんかそうやって説明されるとあれだな。まるで居もしないおばけを怖がる子供みたいだ」
「あはは、その例えは言い得て妙ですね。でも、その通りだと思いますよ。なんというんですかね、順風満帆に見える今が実は嵐の前の静けさなんじゃないか? という疑いをもってしまうというかなんというか……わかりません?」
「うーん、なんとなくわかるけどこの会話をこれ以上続けると巨大なデス・ノボリが立ちそうだからやめよう。話題を変えよう」
既に手遅れ感があるが、きっと気のせいだ。俺、あと半年もすれば子供が生まれるんすよ、赤ちゃん用の服なんかも用意してあったりして……なんてもう完全にアレな気がするがきっと気のせいだ。いいね?
「そうですか? それじゃあうーん……メルキナは何か話題ありません?」
「んー、そうね。そんな壮大な話よりも明日の朝ごはんとかおやつのほうが心配だわ」
「あはは、それはそうですね。タイシさん、愛する妻達に何か目新しいものをお願いします。この前のわたあめは良かったですね」
「わたあめは良いわね。私も好きよ!」
「えぇ? いきなりだなぁ。うーん……俺はあんまりお菓子のレパートリーはないんだよなぁ」
プリンは前にこっちの世界で食べた覚えがあるしな。ぜんざいも食べたし……ん、ぜんざい、白玉粉があればアレを作れるか? あんこもゴマもあるし。
「思いついたのがあるけど、材料があったらな。作るのは俺も初めてだし失敗しても知らんぞ」
「やった、言ってみるものね」
「これは明日が楽しみですね」
二人が嬉しそうな声を上げる。これは頑張らないといかんな……いざとなればポイントを使って調理のレベルを上げることも検討しよう。そう考えながらはしゃぐ二人を宥めて俺は眠りについた。
こんな日々がずっと続けばいいのに、と考えながら。
今回の更新はここまで!
次は5月上旬くらいから週一か隔週くらいで更新していきたいなぁ_(:3」∠)_




