第112話〜再びカレンディル王国を訪れました〜
今回も短め_(:3」∠)_
今日も朝から忙しい。朝食を終えたらまずはできる馬こと馬獣人のヤマトが働く物資集積場へと赴き、昨晩のうちに作っておいたトレジャーバッグを幾つか押し付けた。
「一個あたり馬車一台分くらいの物資が入るから、使ってくれ」
「あの、これは物凄く高価なものなのでは?」
ガタイの良い二足歩行の馬が壊れ物か何かを持つように革製のバッグを抱きしめている絵面は……なんというかシュールだな。
「ネーラ曰くそれ一個で屋敷が建つそうだ。盗まれるなよー」
「いやいやいや! こんな高いもの怖くて使えませんよ!」
「明日の朝、クロスロードに連れてくから交易品を手配して詰めとけ。護衛も手配しろよ。それと慣れろ、これから先そういう金額を右から左へ動かすようになるんだから」
「話を聞く気がありませんな!?」
ヤマトの抗議を完全に聞き流して俺は立ち去った。いや、走り去った。俺も予定が押しているのだ。きっとヤマトならやり遂げてくれる、そう信じている。頑張れ、ヤマト。
次に向かうのは捕虜収容所である。昨日のうちにフラムが頑張ってカレンディル王国出身の捕虜を分けておいてくれたので、そいつらをカレンディル王国の王都へと移送する。人数は二百人ほどで、捕虜全体の四分の一くらいだ。
彼らはカレンディル王国へと移送後、王国への反逆に加担した罪で労役が課せられることになっている。とは言っても彼らは領主に逆らえる立場では無かったことも確かであるので、労役の期間は三ヶ月と大変軽い刑で済まされるのだそうだ。
それ以上拘束すると来年の作付けに影響が出て彼等の故郷で飢饉が起こりかねない。そして、飢饉が起こった場合にその対処をするのは結局カレンディル王国なのである。ならば最初から飢饉が起こらないように対応しようということになったというわけだ。
「ご主人様、移送の準備はできております」
「ありがとう。大変だっただろう?」
「いえ、このくらいなんでもありませんよ」
フラムはそう言って笑ってみせるが、侵攻軍の対応にずいぶん長いこと気を張らなければならない日々が続いているはずだ。俺もついつい頼っちゃうしな。
「任せられるところは部下に任せて、今日は早めに休んでくれ。一番上のフラムが休まないと部下も休めないからな」
「はい、わかりました」
「それじゃあ移送準備に入ってくれ。俺は先に向こうに飛んで、移送先を確認してくる。それから転移門を開くから、後の対応をよろしく」
そう言ってから魔力を集中し、長距離転移魔法でカレンディル王国の首都アルフェンに飛ぶ。転移先は王城の正門前だ。このブラックアウトと浮遊感にも慣れてきたな。
「はい到着っと」
正門前に到着すると、突如現れた俺にびっくりしたのか正門を守る衛兵が目を丸くしていた。
「おはよう、勇者のタイシだ。捕虜の移送の件で来たんだが、担当に取り次いでくれ」
「は……はっ! 少々お待ちください! おいっ」
門番の一人が目配せし、軽装の兵が勝手口を通って全力で走っていく。ふむ、重装備の門番が守護を担当して、軽装の兵が各所への連絡役をやっているのか。これはクローバーの防衛でも使えるノウハウかもしれないな、覚えておこう。いや、ケンタウロスとか獣人がいるからあんまり意味ないかな?
などと考えているうちに担当の騎士が正門に現れ、捕虜の受け入れ先である城内の大訓練場へと案内された。ここは近衛騎士や城勤めの衛兵が日夜訓練を行っている場所で、俺とマールもこの城に滞在していた時に何度も使った覚えがある。敷地は広く、二百人の捕虜も余裕で入りそうな大きさだ。
「それじゃあ転移門を開いて捕虜を移送してくるが、準備はいいか?」
「はっ、問題ありません」
「それじゃあ行くぞ」
魔力を集中し、転移門を開く。闇色の扉のような転移門が出現し、警備役である騎士や衛兵達から驚きの声が漏れた。
「誰か随伴するか? 大樹海のど真ん中にあるクローバーを見てきたって自慢できるぞ」
「では私が」
「某も是非」
数人の騎士が名乗りを上げたので、彼等を伴って転移門を潜る。転移門を抜けると、狙い通り捕虜収容所近くの広場に転移門が繋がっていた。転移門から出てきた俺と騎士に捕虜達の注目が集まり、場がざわつく。
「カレンディル王国民の諸君、整列して転移門へと進め! 諸君の祖国が待っているぞ!」
着いたら労役だけどな。命を取らないだけありがたく思ってくれ。
騎士達とクローバーの警備隊の支持でぞろぞろと整列した捕虜達が動き出したが、どうも転移門を潜る勇気が沸かないらしく詰まってしまっている。まぁ怖いよね、初めてだと。
「おい、そこのあんたとあんた、こっちに来てくれ」
クローバーの警備兵の一人と、カレンディル王国から随伴してきた騎士の一人を転移門の直近へと呼び寄せる。
「俺達が先に入るから、後に続けよー」
そう言って二人に目配せをしてから転移門を潜る。すぐに視界が切り替わってカレンディル王国の修練場への転移が成功した。俺の後を追って騎士と警備兵も修練場へと現れる。
「良い経験だったろ?」
「はい、貴重な経験でした」
「へぇ、ここがカレンディル王国か」
騎士が真面目な表情で頷き、クローバーの警備兵は物珍しげに修練場を見回した。この警備兵の名前は知らないが、青肌の鬼人族なので鬼人族の里から移り住んできた奴だろう。俺がクローバーから離れている間に鬼人族の里やアルケニアの里、川の民の居住地から移住してきた奴らが結構いるんだ。
「知ってるかもしれんが、タイシだ。あんたの名前は?」
「ソウジだ。すげぇとは聞いてたが、大将の魔法はほんとにすげぇな」
お互いに自己紹介などをしながら転移してくる捕虜達の様子を見守る。先に俺達が転移門をくぐったから少しは安心できたのか、おっかなびっくりという感じながらも次々に転移してくる。
約二百人の移動にかかった時間というのはさしたるものでもなかった。最後にクローバーに残っていた騎士達が転移門をくぐり、戻ってくる。
「全員の移送を確認しました。名簿と照らし合わせますので、少々お待ちください」
「わかった。一度転移門は閉じるぞ」
転移門を閉じ、捕虜の名前が一人一人読み上げられていくのを眺めていると、ソウジが小声で話しかけてきた。
「大将、これが終わったらすぐ帰るのか?」
「そのつもりだが、どうした?」
「いや、人間の街ってのを是非見物してみてぇなと」
「ふむ」
考える。この後はゲッペルス王国にカチコミをかける予定なので、そんなに時間をかけるつもりはないんだよな。それに嫁相手ならともかく、男とデートしてもつまらんし。
「悪いが忙しいんでな、街を案内する時間はない。ここでの用事を済ませたら次の用事がある」
「そうか……」
「だがまぁ、この城からなら王都アルフェンを眺められる場所の一つや二つはあるだろ。そこで少し街を眺めるくらいなら良いぞ」
「本当か? さすが大将、話がわかるぜ」
青鬼のソウジが嬉しそうに笑みを浮かべる。青肌で角が生えてるっだけで人間の若い兄ちゃんと何も変わらんな。
そんなやり取りをしているうちに名簿との照らし合わせが終わったらしいので、王都を一望できる場所への案内を頼むと快く案内をしてくれた。案内されたのは王城を囲む外壁の上、正門の上部で見事に王都を一望できる場所である。
「おー、眺めが良いな」
「我々のような城勤めの者達だけが見られる絶景です。我々はこの光景を見て、この王都を守らねばという気持ちを強く胸に抱くのですよ」
「こいつは確かにすげぇや」
「だな。こういう街を目指していきたいもんだ」
ソウジは目の前に広がる街の光景に感動しているようだった。王城の近くには大きな貴族の屋敷や荘厳な神殿施設が立ち並び、奥に行くに従って小さな建物が増えていく。人口何人くらいなんだっけか? 忘れたな。まぁクローバーの人口が千にも届いていないわけだし、比べるのも無駄というかなんというか。
「んじゃ、戻るぞ。街の見物がしたいならヤマトが明日クロスロードに行商にいくから、その護衛に立候補でもしてみろ」
「ああ、わかった。ありがとな、大将」
「おう。んじゃ、俺らはこれで帰るんで。王には何かあったら通信してくれるように言っておいてくれ」
「はっ、お気をつけて」
敬礼する騎士に手を振り、ソウジの肩を掴んでクローバーへと転移する。
「おお、本当に一瞬だな。幻術か何かで化かされた気分だぜ」
「さよか。んじゃ俺は次の用事があるから、達者でな」
「ああ、ありがとうな、大将!」
感謝の言葉を述べるソウジに手を挙げて応え、フラムの姿を探す。すると先にあちらが俺を見つけたようで、小走りに走り寄ってくるのが見えた。こちらからも近づく。
「無事、移送は完了した。向こうで名簿もチェックしたからこれで大丈夫だろう」
「お疲れ様でした、ご主人様」
「うん。それで、残り七百人くらいだっけ?」
「そうですね、それくらいです。食料に関してはまだ数ヶ月は大丈夫そうですが……」
「あまり余裕はないか。今からゲッペルス王国に行ってくるから、後は頼む」
「はい、お気をつけて」
俺がゲッペルス王国にカチコミをかける件に関しては昨日のうちに話し合っておいた。口約束とはいえ、約束を破ったからには容赦はしない。前回は王太子をボコるだけに留めたが、今回は実力行使も辞さない構えだ。
俺は心配そうな表情のフラムに手を振ってから魔力を集中し、ゲッペルス王国上空に転移した。




