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第105話〜戦場の後始末をしました〜

更新を再開します! 次巻である9巻は4月発売予定!

よろしくおねがいします_(:3」∠)_

 どうも、タイシです。

 大森林でどきどきわくわくな大冒険の末に力を取り戻して、何人かの神と話をつけてやっとこさマイホームに戻ってきたタイシです。戻ってきたら嫁が二人妊娠していたことが発覚して幸せ絶頂のタイシです。ひゃっほう。


『ボクも孕ませてくれても良いんだよ?』


 脳裏に少女の声が響く。

 出たな駄神。お前は……その、マズいだろう? というかデキるのか?


『そりゃやることやってればそのうち自然にできるよ。というか、もう何回か致したわけだし、やろうと思えば今すぐにでもお腹ポッコリできるけど? 何せボク、神様だからね』


 やめろください。俺の家庭の平穏のためにステイ。


『しょうがないにゃあ……いいよ』


 お前のそれは毎回やらなきゃいけない流れなのか? まぁどうでもいいけど。


『どうでもいいでスルーされるのは少し悲しいなぁ』


 しくしくと嘘泣きする声が聞こえるが、華麗にスルーする。構っていたらキリがないからな。

 さて、色々と動くにあたって状況を整理したいと思う。

 まず、最大の脅威である神々に関してだ。いや、今となっては俺達の側についてくれている神々もいるわけだから、ここは俺を敵視――危険視してきているヴォールト達、と言い換えるとしようか。

 奴らの危険度は俺と駄神――リアルが鍛冶神バルガンドを始めとして酒神メロネル、風幸神ゼフィール、戦神ディオールを味方に引き入れたことによって、直接的に俺を叩きにくることはできなくなった……らしい。依然として最大の脅威であることは変わりはないが、直接俺や嫁達を殺しにくるようなことはなくなった、というのは大幅な状況改善と言える。

 あいつらと直接殴り合うのはしんどいからな。一対一なら負ける気はしないが、奴らは複数で襲い掛かってくるから始末に負えない。

 今のところ奴らに対する抜本的な対策は俺には打てないが、リアルが何かやっているようなので基本はそっち任せだ。直接奴らとやり取りするコネクションがリアルにしかないのだから仕方ないんだけどな。頼むぞほんと。


『大丈夫大丈夫。任せてくれていいよ』


 うん。で、次なる脅威はこの領都クローバーに攻め入って来ている人間の軍隊だな。脅威とは言っても先日マールが仕掛けた大型魔核地雷で主力部隊が消し飛び、今は絶賛敗走中なわけだが。

 ああ、魔核地雷ってのはどうにも字面がヤバいな。強力な魔物から手に入れた大型の魔核を用いた地雷だから魔核地雷。[トル]これくらいの兵器ならこの世界の人間でも簡単に作れそうな気がする(実際に魔核地雷はマールが作った)のだが、製作者のマール曰く。


「そもそも強力な魔核を一発限りの使い捨ての武器にするって発想がありませんでした。タイシさんの作った魔導砲や飛翔魔弾を見ていなかったら、私も思いつきませんでしたね!」


 とのことである。普通、強力な魔核は持続的に効果を発揮する高価かつ高度な魔導具の材料にするのが一般的で、使い捨てにするなんてことはこの世界では有り得ないらしい。

 俺の発想が元でこの世界の魔核利用に革命が起きてしまうかもしれない。ちょっと取り扱いに気をつけたほうが良いだろうか……まぁ、兵器テクノロジーの今後についての問題はとりあえず横に置いておいて、問題はその魔核地雷の威力と敵に与えた損害の大きさである。

 その威力は俺の放つ極大爆破のおよそ一・五倍ほど。爆心地を中心に半径七〇mほどが綺麗に吹き飛んでいた。運の悪いことに侵攻軍主力のど真ん中で炸裂したらしく、その被害は目を覆うばかりであった。訓練を受けた正規兵の大半が魔核地雷によって跡形もなく吹き飛び、生き残ったのは一番前にいた農民兵と、後方で指揮を執っていた指揮官とその護衛兵であったようだ。

 傷ついた農民兵達は見捨てられ、指揮官とその護衛兵、あと更に後方の兵站部隊は潰走して退却してしまったらしい。

 なので、侵攻軍の脅威は現時点でほぼ無視して良いレベルとなった。残った兵でクローバーを落とすことなどできはしないし、そもそも士気が最低レベルまで落ち込んでいるだろうからこれ以上何かをすることはできないだろう。

 現状、わざわざ追いかけてまで殲滅する意義を俺は見いだせていないが、マールやティナ、ネーラ辺りだとまた違う意見かもしれない。後で聞いてみるとしよう。クスハ辺りは追いかけて一人残らず殲滅するべきだと主張しそうな気がする。

 で、次だ。これが目下一番ヤバそう。このままだと食料が足りない。

 いや、今日明日ですぐにどうこうって話じゃないクローバーの住人の分だけであれば何の問題も無いんだが、これから食い扶持が増えそうな予感がビンビンしている。なんせ城壁の外には負傷して苦痛に喘いでいる侵攻軍の兵がゴロゴロと転がっているのだ。助ける義理は無いと言えば無いのだが、そのまま捨て置くわけにもいくまい。

 ところで、今のクローバーの人口は六百五十人を少し超えるくらいらしい。

 俺が大森林に飛ばされる前に荒野を彷徨っているケンタウロス達を探して連れてきたのがいくらかいたのと、あとは俺が大森林を彷徨っている間に大樹海の他の集落や里から移り住んできた人がいたのだとか。それで前に数えた時よりいくらか増えていたと。

 で、今回攻め込んできた侵攻軍の総数がおよそ三五〇〇人ほど。そのうちのどれくらいの人数が捕虜になるかわからんが、五十人や百人ということはあるまい。下手するとクローバーの総人口よりも多い数の捕虜を抱える可能性すらある。

 その物資管理の負担は領都クローバーの物資の管理をしている馬獣人のヤマトに向かうことになるであろう。すまぬ……すまぬ……! だが仕事を放り出すことは許されない。暫くはブラック企業も真っ青の勤務体系になるかもしれないが、できるだけ早く解決するのでヤマトには頑張って欲しい。馬車馬のように。

 この件に関して俺にできることといえば、可及的速やかに食料を調達するなり捕虜を返すなりする、ということだろう。食料と言っても肉に関しては大樹海の魔物を狩ればいくらでも手に入るので、問題は野菜と穀物である。肉食系の動物の因子がある獣人とかアルケニアなんかは意外と肉だけでもいけるのかもしれないが、草食系な獣人やマール達のような普通の人間。それにメルキナ達みたいなエルフなんかはそういうわけにはいかないのだ。あと捕虜達も。

 捕虜、捕虜か……頭の痛い問題だな。見捨てるには忍びないから収容はするつもりだが、その扱いをどうするべきだろうか。貴族や騎士なら身代金を取って解放すれば良いんだろうが、その他の一般兵というのは大半が徴兵された農民だろう。

 ここは大樹海のど真ん中だ。武器を持たせたまま解放したとしても、来た道をそのまま帰らせたら早晩魔物どもの餌食になるのがオチだろう。奴らが進軍してきた北側ルートには魔物除けなんて設置していないからな。

 東西に伸びている大樹海横断街道であれば魔物除けも設置してあるからそこそこ安全に抜けられるだろうが、武器を持った敗残兵なんてのは基本的に山賊・野盗予備軍みたいなものである。カレンディル王国やミスクロニア王国にそんな奴らを解き放つのは心苦しい。

 住人として受け容れるという方法も無くはないが、難しいだろうな。国に帰れば彼らにも家族がいるのだろうし、クローバーの住人達も敵兵を隣人として迎えるのはなかなか受け入れ難いだろう。

 うーむ、現状はこんなところだろうか。うん、少なくとも俺が認識している範囲ではこんなところだな。帰ってきて早々問題は山積しているが、一つ一つ解決していくとしよう。


☆★☆


 領都クローバーに帰ってきた翌日。

 いや、流石に昨日はあのまま家族団欒というかなんというか……団欒というには少々激しかった気がするが、とにかく嫁達と水入らずで過ごした。俺としてもやはり嫁達に甘えたいというか、いちゃいちゃしたいというか、とにかく癒やされたかったので大満足だ。うん。

 大満足なんだが、あまり安穏ともしていられない。取り敢えず朝食を終えてエルミナさんとリファナ、そして獣人三人娘――羊娘のカレン、狐娘のシェリー、犬娘のシータンの三人だ――と連れ立って領都クローバーを歩き回っていたのだが、西側に行こうかと足を向けた辺りで俺以外の皆の様子がおかしくなった。

 なんだか鼻をクンクンさせたり耳をピコピコさせたりして落ち着かない。


「どうしたんだ?」

「血と臓物の臭いがする」


 羊娘のカレンがいつも通りのちょっと眠たげな表情でバイオレンスな言葉を吐き出した。もう少しこう、オブラートに包んでも良いんですよ?

 それにしても奇矯な物言いは相変わらずだな。どこかから怪しい電波でも受信してるんじゃなかろうか。でも、カレンは不思議ちゃんであると同時にとても頭が良いというか、大人びた思考能力を持つ娘でもある。その頭の良さ、というか柔軟な思考にはマールやクスハでさえも一目置くほどだ。

 ただ、彼女の身体はとてもミニマムである。というか、ばっちり少女である。幼女ではないけど、元の世界で言えば完全にアウt……いや、何も言うまい。この世界では彼女も立派な大人なのだ。そして俺の嫁の一人なのだ。あまり深く考えてはいけない。俺の心の平静を保つために。


「昨日の戦闘で出た負傷者かな?」


 魔核地雷で盛大に吹っ飛んだアレを戦闘と表現して良いのかどうかわからんが、クローバーに攻め込んできた侵攻軍は死傷者多数だろうな。俺は特に負傷者の収容指示とか出してなかったけど、誰かが気がついて収容したんだろう。ふむ、様子を見に行くか。負傷者が沢山いるなら俺の回復魔法が役立つだろうし、捕虜の収容施設を作るのにも役立てるだろう。


「俺は様子を見に行ってくる。怪我人の治療やらなにやら色々役立てるだろうからな。んー、三人はティナかクスハに捕虜の救護と収容するから手配を頼むって伝えてきてくれるか?」


 まだ子供――ではないけど、年若い獣人三人娘にはあまり凄惨な現場はできるだけ見せたくない。それに、ティナ達に捕虜の扱いに関して色々と手配してもわなきゃいけないのは確かだしな。


「ん……わかった。いこ」

「うん」

「はい!」


 獣人三人娘が走っていく。おお、結構早いな。


「優しいわね」


 三人を見送る俺にエルミナさんがそんな声をかけてくる。彼女は俺の嫁達の一人であるメルキナのお母さんで、俺のお義母さんにあたる人だ。お義母さんとは言ってもエルフである彼女は非常に若々しく、正直言って娘のメルキナとは姉妹にしか見えない。

 俺との関係は……力を失って大陸北部にある大森林に迷い込んだ俺を色々な意味で支えてくれた女性だ。なんやかんやあって未亡人のエルミナさんと俺はそういう関係になった。察してくれ……この世界の女性はアグレッシブ過ぎると思うんだよね、俺。

 ちなみに彼女は嫁達の中でも一、二を争う戦闘能力の持ち主でもある。


「別にそんなんじゃないけど……嫌なものはできるだけ見ないに越したことはないよな」

「あら、私達は?」


 悪戯っぽい表情で褐色肌のエルフ――リファナが俺にそんなことを聞いてくる。彼女も大森林に迷い込んだ俺をエルミナさんと同じように色々な面で支えてくれた女性だ。普段はどちらかと言うとツンツンしているのだが、二人きりになるとデロデロに甘えてくる。正統派ツンデレとでもいうのだろうか。そういうところがとても可愛い。


「二人とも負傷者くらいどうってことないだろ? というか実の所俺が一番やばいかもしれん」


 俺の返事にエルミナさんもリファナもまぁそうね、なんて返してくる。見た目はすごく若々しい二人だけど、実年齢は俺より上だからな。こんなこと言ったら酷い目に遭わされそうだから言わないけど。

 俺もこっちの生活がそこそこ長くなってるし多分大丈夫だとは思うけど、魔物のグロと人間のグロはちょっと種類が別だからな……多分大丈夫、多分。


「本当にちょっと顔色が悪いわね」


 心配してくれるエルミナさんに大丈夫だと手を振りながら三人でテクテクとクローバーの西門方面へと歩く。そうして少し歩くと俺の鼻にも血の臭いが感じられるようになってきた。大氾濫の時によく嗅いだなぁ、こんな臭い。戦場の臭いというかなんというか。

 到着してみると西門前の広場はまさに戦場のような様相だった。一晩経ってまだ生き残っていた侵攻軍の負傷兵達が西門から続々と運び入れられてきており、仮設の救護所で応急処置を施されている。


「思ったより大事だなぁ、これは」

「人の生死がかかっている場面だもの、それはそうでしょう」


 いつまでも他人事のように眺めているわけにもいかないな。俺は救護所へと足を踏み入れ、大声で指示を飛ばしている象っぽい獣人に話しかける。


「手伝うぞ」

「おお、大将! もう嫁さん達とはいいのか?」

「正直一ヶ月くらいみんなといちゃいちゃして引きこもっていたいが、そうもいかんだろ。魔法で一気に負傷者を治すから、集めてくれ」

「わかった。おおい!」


 象っぽい獣人が声をかけ、負傷者達が集められてくる。どいつもこいつも重症だ。手足が折れていたり裂傷を負っていたりするだけで五体満足な奴もいるが、大半は手足のどこかを失っていたり、目が潰れていたりとまさに大惨事。俺の極大爆破よりも広範囲の爆発だったからなぁ、生きてるだけでも幸運なんだろうな。

 とにかく血と泥で汚れた状態で傷を塞いでも病気になって死にそうなので、まずは捕虜達をまとめて魔法で浄化する。急に身体が綺麗になって驚いたような声が捕虜とクローバーの住人双方から上がった。うん、対象を絞るのが面倒だから広範囲を一斉に浄化したんだ、すまない。

 次に回復魔法を使い、今にも死にそうな負傷者達を癒やす。急に肩こりが治ったとか腰痛が消えたとか胃のむかつきが消えたとかクローバーの住人達が言い始めるが、気にしない。皆治って幸せじゃないか。


「本当に出鱈目ね……よく魔力が尽きないものだわ」

「これくらいなんでもないぞ。同じことがあと三十回以上はできる」


 リファナが呆れたように溜息を吐く。なんで呆れられるのか意味がわからないが、兎にも角にもやるからには徹底的にだな。四肢や目の欠損は範囲回復魔法では治らないから、別々にちょっと面倒な治療をしなきゃならない。これは別に急いでやる必要もないだろう。

 看護と監視に必要な最低限の人数だけを残して負傷者の回収に人手を割くように指示を出し、五体満足な捕虜に身体が不自由になった捕虜の介護をさせる。

 文句を言ってくるやつも居たが、泣くほどぶん殴って傷を治し、またぶん殴って傷を治し……という躾を実施したら大人しくなった。他の捕虜も従順になったから一石二鳥だな。


「タイシくん、容赦ないわね」

「ははは、殺してないんだから十分容赦してますよ」


 身内に刃を向けてきた奴らにかける慈悲はない。その上命を助けられたのに文句を言うとか許されざる。


「ちょっとやりすぎだと思うけど……この人達も好き好んでここに来たわけじゃないんじゃないの?」

「うん?」

「よく知らないけど、人間って貴族とかいう連中に逆らえないんでしょ?」

「ふむ、なるほど」


 リファナに言われて青い顔をしている捕虜達に視線を向けると彼らはガクガクと震えるかのように小刻みに頷いた。


「なるほど、同情の余地はある。確かに貴族やその部下に逆らうのは怖かったんだろう。だが、それでもお前らがこの勇魔連邦の民に刃を向けようとした事実は変わらない。お前達は紛うことなき侵略者だ。殺しにきたんだから、殺されるのも当然だよな。手っ取り早いのは斬首、縛り首……いや、犯罪奴隷として使い潰すのが無駄がないかな?」


 斬首、縛り首、犯罪奴隷と聞いた捕虜達の顔が絶望に染まっていく。この世界における犯罪奴隷というのは遠回しな死刑みたいなものだからな。危険な鉱山での作業に従事させられるとか、魔物を誘き出すための生き餌とか肉壁扱いにされたりだとか、女なら最下級の娼館で慰み者になるとか。ああ、男でもそういう趣味の人に気に入られたり、そういう趣味の人向けの娼館に男娼として売られることもあるんだったかな?

 とにかく、犯罪奴隷の扱いというものはとてつもなく酷い。この世界の一般人が一番なりたくないものナンバーワンであることは疑いようもない。


「だが、俺は慈悲深い。ああ、慈悲深いとも。お行儀よくしていれば勇魔連邦でお前達を犯罪奴隷にすることはないと約束しよう。メシもちゃんと食わせてやるし、国にも帰してやる。だからお行儀よくしろ。いいな? お行儀よくできないやつは……そうだな、大樹海に放り込んで魔物のエサにしてやる。わかったか? どうした? 返事をしろ」

「「「はいっ!」」」

「いい返事だ。これから来るお友達にも俺が言ったことを伝えろ」


 再びガクガクと頷く捕虜達を一瞥してから踵を返して少し離れる。こいつらを収容する施設を作らなきゃならないな。西門近くにはあまり自由に使えるスペースが無いはずだし、南側の空き地を使うか。多分まだ空き地のままだろう。そんなに長く使う施設でもないし、出来栄えにはそんなに拘らなくてもいいだろう。


「あんたの新しい一面を見たわ……」


 背後から聞こえてきた声に振り返る。リファナが何故か苦笑いしていた。


「見損なったか?」

「ううん、そういうのじゃないわ。怒らせないようにしようって思っただけ」

「そうか……エルミナさん?」

「……」


 ちょっと怖がらせちゃったかな、と後悔したのだが、なんだかエルミナさんの様子がおかしい。なんでこの人はポーッとした顔で俺を見つめているんだ。


「エルミナさん?」

「んっ……なんでもないわ。ところで、これからどうするの?」

「捕虜の収容所を作ります」


 風魔法を併用して跳び、城壁に上がる。二人とも俺の後について城壁に跳び上がってきた。巨木の上に築かれた集落に住んでいた二人にとってこれくらいの城壁なんてあってもなくても同じなんだろうな。


「あっちに空き地があるみたいね」


 リファナの言う通り、クローバーの南側にはまだまだ広い空き地が広がっていた。うん、やっぱあのへんが良さそうだな。城壁から降りて虎っぽい獣人に声をかけてから南側の空き地へと向かう。


「かなり土地が余ってるのね」

「将来的な発展を考えてかなり広い土地を城壁で囲ったからな」


 今の人口だと土地が余りまくってるんだよな。俺がクローバーを離れている間に建物は増えたようだが、まだまだ土地は余っている。城壁内、北側には大規模な畑があるくらいだ。拡張していくうちにあの畑もいずれ宅地になるのかもしれないけど。

 大森林で培った高速移動法を使って南側の空き地に降り立つ。


「建物の上を跳び回ってもいいの?」

「誰も文句は言わないと思うよ」


 誰にでもできることじゃないだろうしな。

 さて、捕虜の収容所といってもどんなものにするべきかな。俺が知っている捕虜の収容所のイメージは……あれだな、トンネルを掘って脱走する映画。確か何重もの鉄条網と物見櫓、スポットライトに多数の歩哨、といった感じの警備施設が用意されていたと思う。

 そこまでの警備態勢は必要だろうか? 俺は要らないと思う。そもそも、この収容所から脱走しても何の用意もなしに国許に帰り着くのは不可能だ。ここクローバーは凶悪な魔物が跋扈する大樹海のど真ん中だしな。東西に整備された道を歩いても徒歩だと軽く一週間くらいはかかるくらい大樹海は広い。食い物も無い手ぶらの状態で脱出することなど不可能だ。俺とかエルミナさんならなんとかなると思うけど。

 というわけで、脱出を阻むための施設は高さ三メートル弱の土壁で十分だと思う。この先の拡張も考えて広めにスペースを取って、上端は内側に折れたような感じにしよう。ねずみ返しみたいな感じに。 

 地面に手をつき、魔力を集中する。基本は土壁の魔法だ。だが、魔法はイメージによって効果をある程度変化させられる。収容所を囲む土壁、土壁……返し付き。よし。


「そぉいっ!」


 ズズズズズ……と鈍い音を立てて地面から土壁が盛り上がってきた。盛り上がってきたのだが。


「入口は?」

「はい、今開けます」


 入り口を失念していたので地魔法で壁の一部を抉って出入り口を作る。大人が四人並んで出入りできるくらいのものを。夜間は適当に何かで塞げばいいだろう。


「なかなか立派ね。強度はどんなものかしら?」

「石壁と同じくらいですかね。魔法でもぶっ放すか丸太で何度も突くかでもしないと壊れないと思いますよ」


 破城槌でもあればこの厚さだと一発かもしれないな。まぁ大丈夫だろう。

 次は壁の中に捕虜が日々を過ごすための宿舎を作っていく。一棟で二十人が眠れるようにすればいいかな? そういや寝具とかどうするんだろうか……捕虜が何人いるのかわからんが、毛布とかの数が圧倒的に足りんのではなかろうか?

 うーん、考えても仕方ないか。今はその心配は置いておこう。まずは建屋だけ作ってしまおう。最悪硬い石のベッドで寝てもらうことになるかもしれんが、屋根のない地べたよりはなんぼかマシだろ。


「とりあえず捕虜の宿舎を作ってみるんで、ダメ出ししてもらってもいいですか?」

「いいわよ。リファナちゃんもいいわよね?」

「はい」


 試行錯誤の結果、宿舎(仮)が完成した。

 形はシンプルな長方形で、入り口の左右に土製の寝台がズラッと十台ずつ、合計二十台並んでいる。部屋の中央にはテーブルとして使える大きめの台と、椅子代わりの台を作る。あとは窓代わりの穴を左右に三つずつ開けて完成だ。強度は土以上石以下、まぁ干しレンガくらいの強度だろうか。

 寝台はあっても寝具が無いんだが……まぁそこは後で考えよう。形は決まったのでサクサクっと同じ形状の宿舎を作っていく。いくつ作れば良いんだろうか? 三十もあれば足りるよな。余る分には困らないし、多分大丈夫だろう。

 ついでにトイレや水場なども作っておく。後で水路も引いてこないといけないな。アンティール族に任せるか? いや、収容所の外にタンクを作って供給するようにしよう。排水用の下水だけ掘ってもらえばいいや。トイレはボットン式で。最終的には埋めるか魔法で消せばいい。

 必要そうなものをざっくりと作ったので、救護所へと戻る。貯水タンクを作るのは簡単だったが、給水パイプと簡易的な蛇口をを作るのが思いの外難しかったな。


「私達は街の外で負傷者の収容を手伝ってくるわね」

「わかった。気をつけてな」


 二人と別れ、救護所に戻ると獣人三人娘とフラム、デボラがいた。俺の姿に気がついたフラムがこちらに駆けてくる。


「お疲れ。どんな感じだ?」

「負傷者を収容中するのと並行して名簿を作っています。あと、炊き出しもですね」


 俺の質問にフラムが答えてくれる。彼女は元々カレンディル王国の暗殺者で、異世界来たばかりの俺と、その頃から行動を共にしていたマールの命を狙ってきた――のだが、込み入った様々な事情があって俺の奴隷という立場を経て俺の嫁となった。

 クローバーに来てからは元の経験を活かして防諜活動や治安維持活動に精を出してくれている。今日も捕虜の対応にいち早く名乗りをあげてくれたようだ。

 デボラやシータン、その他にもクローバーの女達が総出で何か料理をしている。スープに団子みたいなものを投下して煮込んでるっぽい? すいとんかな?


「こっちは南側の空き地に捕虜の収容所を作ってきた。二十人寝られる宿舎をとりあえず三十棟。あとトイレ。アンティール族に依頼してザックリでいいから排水用の下水を掘ってもらってくれ」 

「流石はご主人様ですね」

「ふふふ、もっと褒めてくれ。あと、寝具はどうする? ベッドの枠だけは作ってきたけど」

「魔物の毛皮の備蓄が沢山あるので、とりあえずそれで対応します」

「なるほど。うーん、寝具の類も備蓄しないとダメだなぁ。せめて毛布くらいは大量に確保しておきたい」


 今後もこういった騒動が起きないとも限らないしな。時空庫に保管しておけば劣化もしないし。


「クローバーには損害とか無いのか?」

「そうですね……今のところ特には。昨日の戦闘では一部城壁に魔物が取りつきましたが、損傷などの報告はありません。矢もほとんどこちらには届いていませんでしたし、そもそも本格的な衝突の前にマールの魔核地雷が炸裂したので……」

「OK、理解した」


 あの爆発で侵攻軍は潰走していったからな……無理もないと思うけど。いきなり正体不明の大爆発が起こったら俺だって逃げるかもしれん。


「ここは任せる。俺は怪我人の治療をしてくるよ」

「はい、お任せください」


 この場をフラムに任せて収容されてきた負傷兵達のいるエリアへと向かう。すると、そこには負傷兵に応急処置を施すシェリーの姿があった。意外に器用な手つきで包帯を巻いているようだ。


「うぅ、さむい、さむい……」

「意識を強く持って。もう少しで助かります」

「まずそうだな。早く回復しよう」

「あ、お兄ちゃん!」


 俺の声と姿を認めたシェリーがパッと顔を輝かせる。俺はシェリーに頷き、負傷兵に回復魔法を施した。みるみるうちに傷が塞がり、震えていた負傷兵の顔色が良くなっていく。とりあえず峠は越えただろうが、失った体力を取り戻すのには多少の時間がかかることだろう。


「よく頑張ってくれたな。さぁ、俺と一緒に手当していこう」

「はい。お大事に……」


 シェリーは傷が癒えた反動で気を失った負傷兵にそう小さく声をかけ、俺の後ろについてきた。

 さっきまで頭の上でペタンとしていた金色の狐耳がピンと立ち、お尻の辺りから生えた同じく金色の尻尾がフリフリと揺れている。なんとなく見上げてきたシェリーと俺の視線が合う。


「行きましょう」

「ああ」


 フンス、とやる気を見せるシェリー。

 彼女もカレンと同じく、俺の嫁の一人である。元々とても物静かな子だったが、結婚式を終えてなんやかんやして色々と自信がついたのか、物怖じをせずに発言することが増えてきたように思う。最近は回復魔法に興味があるらしく、妖精族の使い手から回復魔法を習っているらしい。

 なんやかんやってなんだって? そりゃお前、なんやかんやだよ。この世界では彼女も立派なオトナなので、合法なのです。いいね? そういうことにしてくれ。じゃないと俺の硝子の心が砕け散る。

 シェリーに魔法や傷の解説をしながら負傷兵達を癒やしていく。解説と言っても俺の知る範囲での話なので、大したことではない。傷口を綺麗にするのは化膿やその悪化による敗血症、破傷風などを防ぐためだとか、俺でも知っている範囲の話だ。


「より専門的なことはちゃんとした師に教えてもらったほうが良いと思うけどな。俺は魔法の知識もスキル頼みで今ひとつだし。俺のは強力なだけだから、シェリーは俺とは違う『巧い』魔法使いになってほしい。そしてあわよくば俺に教えて欲しい」

「頑張ります」


 シェリーが自分の胸の前で両手を握り、気合を入れる。可愛いなぁ。

 彼女はカレンと組んで同じ魔法を二人で行使してその効果を劇的に引き上げる同調魔法の使い手だ。魔力操作の精度は非常に高く、獣人としては規格外とも言える魔力の持ち主ということもあり、魔法使いとして非常に優れた資質を持っている。ぜひその才能を活かす方向に育ってほしい。


「一通り終わりましたね」


 収容されてきた負傷兵達をあらかた癒やし終えたところでシェリーがそう言って息を吐いた。結構酷い怪我人もいたし、精神的に疲れたんだろう。シェリーの頭を撫でながら辺りを見回す。

 もう痛みに呻いている怪我人の姿はない。暫く新しい怪我人も収容されてきていないので、そろそろ打ち止めなのだろう。


「だな。炊き出しの方に顔を出すか」

「はい、頑張ります」

「ほどほどにな。シェリーが無理をして倒れたりすると俺は悲しい」


 そんな話をしながらシェリーと連れ立って炊き出しをしている場所へと移動すると、もう料理ができたのか配給を始めていた。捕虜達が大きめの碗に注がれたスープのようなものを一心不乱に貪っている。


「火傷に気をつけてくださいねー。十分な量がありますから、喧嘩せずに並んでくださーい!」


 そんな炊き出しの列の最後尾でシータンが看板を持って声を張り上げていた。シータンの身体は小さいが、その声は非常によく通る。実は少し離れた救護所からでも彼女の声が聞こえていた。

 彼女もカレンやシェリーと同じく獣人族の女の子で、ツヤツヤふさふさで銀色の混じった黒い毛並みがとってもキュートな犬獣人の女の子だ。彼女もデボラと同じく少々毛深いが、顔の作りは普通の女の子と大差ない。ケモ度は一・五といったところだろうか。

 彼女は俺の嫁達の中でも珍しく、普通の女の子である。

 武術に優れているわけでもない、強力な魔法が使えるわけでもない、ものづくりが得意なわけでもないし、特別な血筋ということもない。身体能力もいたって普通の獣人族の女の子という範囲を越えていない。俺と何か特別な因縁があったわけでもない。

 それなのに、いつの間にか懐に入り込んでいた。そんな不思議な子だ。


「あ、こっちは大丈夫ですよ!」


 俺を見つけたシータンがブンブンと手と尻尾を振る。


「あっちの調理場にデボラさんがいますから、声をかけてあげてください! あと、マール様とメルキナさんはお屋敷で待機していますからご心配なく。クスハさんは備蓄の確認のため集積場のヤマトさんのところに行っている筈です。ティナ様とネーラ様はお屋敷でミスクロニア王国とカレンディル王国に魔導通信をするって言ってました!」

「おお、わかった。シータンも無理するなよ」

「はいっ」


 尻尾を振りながら満面の笑みを浮かべるシータンに笑みを返してから調理場へと向かう。

 うん、不思議なんだけど、彼女は俺を含めた家族全員にとって居なくてはならない存在なのだ。なんというか、潤滑油のような存在とでも言えば良いのか。誰の懐にもスルリと入り込んで仲良くなってしまう。そんな才能を持っているのかもしれない。


「どんどん仕上げるよ! ライザ、ちょっと男どもを何人か引っ張ってきてかまどを増設させな! 水ももっと要るね……」

「手伝おうか」

「助かるよ」


 戦場のような調理場で指揮を執っていたデボラを手伝う。差し当たっては空になった水の大樽を水魔法で満たすことにした。スープ用の大鍋にも水を補充し、火魔法ですぐに沸騰させる。

 このサイズの大鍋になると、水からお湯に沸騰させるのが一番時間がかかるんだよな。

 いつの間にか傍に来ていたカレンと一緒にスープに入れる団子を捏ねるのも手伝い、一段落したところでデボラが声をかけてきた。シェリーはシータンを手伝っているようだ。


「助かったよ。やっぱり魔法が使えるとこういう時便利だね。私も使えれば良かったんだけど」

「無理。デボラ姉は魔力が低い」

「そうなんだよねぇ」

「でも大丈夫。必要なときはタイシや私がいる」

「そうだね」


 デボラの手がカレンの頭をワシャワシャと撫でる。彼女は大柄のクマ獣人で、俺の嫁の一人だ。

 見た感じは人間とクマを足して二で割ったような姿である。専門用語で言えばケモ度は二くらい。

 料理や裁縫が得意で、大らか且つ姉御肌の優しい気性の女性である。話し方が少しがさつというか蓮っ葉な感じで誤解されやすいけども。

 鈍器を持たせれば大抵の魔物を殴り倒せる女傑であることも確かではある。決して怒らせてはいけない。いいね?


「ここも落ち着いたみたいだし、俺は物資集積場に顔出してくるわ」

「そうだね。人手も十分集まったし、急場は凌げたからもう大丈夫だよ。ありがとう、助かったよ」

「これくらいなんでもないさ。ここは任せた」


 互いにヒラヒラと手を振り合い、クローバー中央部の辺りにある物資集積場へと足を向ける。カレンとシェリーはここに残って炊き出しを手伝うようなのでそのまま置いてきた。

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