6章
6
司は暗い闇を歩いていた。
「なん……だ、ここ?」
周りには何もない。
「俺、死んだのか……」
司が思うにここはあの世。こんな闇だけの世界、現実のどこにもない。
「嘘だろ……、あっけなさ過ぎるだろ?」
ここにいてもしょうがない。司は闇の中を歩く。しかし、進んでいるのかはわからない。「おーーーーい、誰もいないのかーー!」
司の問い掛けに返事はない。歩けど歩けど闇が広がっているばかりだ。一体何時間歩いたのだろう。司は疲れ座り込んでしまう。
「はぁ、疲れた。何なんだよ、ここは? 死んだなら死んだで天国なり地獄なりがあるんじゃねぇのかよ?」
司はぶつくさと一人で愚痴をこぼす。
「おい……」
「はぁ、なんか幻聴まで聞こえてきたぜ……。何なんだよ! これ!」
「おい!」
「うっせーな幻聴! ちょっと黙ってろよ! 今どうしようか考えてんだから!」
「なんじゃ、聞こえてるではないか」
「幻聴なんて聞こえてる場合じゃねぇんだよ!」
「幻聴幻聴うっさいのぉ! ほれ? 儂の姿が見えんのか?」
「こんだけ暗けりゃ幻聴の姿なんて見えるわけねーだろ! そもそも幻聴って目に見えるもんなのかよッ!」
そんなやり取りをしていると、ぽぅっと光が浮かび上がった。
「まぶしっ! なんだ? 光?」
その光の中に魔女の姿が見える。
「なんだよ? またお前かよ? もう俺を殺したんだから用はねーだろ?」
「うむそうなんじゃがな……、エミリアがうるさく……て?」
魔女は司にテクテクと近付いていたが、その足を止める。
「て?」
「てててってーーーー!? ゾウ! ゾウさんがおる!」
「へ?」
司は魔女が顔を真っ赤にしながら指さした自分の下半身を見る。今まで闇の中にいたせいで気付かなかったが司は全裸だった。
「えぇぇーー! なんで俺、全裸なんだよ!」
「こっちが聞きたいわい! 早く何か着らんかッ!」
「何かって、服もなんもねぇーよ!」
「ここでは貴様が想像した物がそのまま反映される! 貴様が自分は裸の変態だと想像してるから裸なんじゃ!」
「ちょっと待て! 俺はそんなに変態じゃないぞ!」
前を隠すことなく司は魔女をビシっと指さす。
「あぁぁーー! もうわかったから早く衣類を想像しろぉ!」
魔女が両手で顔を覆っている内に司の身体には服が着せられていた。
「まったく……、粗末なモノを見せおって……」
魔女は涙目になりながら未だに頬を赤く染めている。
「はっ! 俺のが粗末だったらそんなに恥ずかしがらねーよ!」
「ううぅ~、うるさいわっ!」
司は魔女のリアクションに幻滅していた。俺はこんな奴に負けたのかと……、しかもこてんぱんに。はぁ~と溜め息をつきながら司は魔女に尋ねた。
「んで? 俺、やっぱ死んだのか?」
「まぁ、こんなところで立ち話もなんじゃ、案内してやるからついてこい」
二人は闇の中をとぼとぼ歩く。歩き出して三〇分ぐらい経過しただろうか。
「なぁ、まだ着かないのかよ?」
「貴様のせいじゃろう! 貴様が儂が行く前にだらだら歩き回っておったからじゃ! 最初の地点から目的地はすぐそこじゃったのに!」
もの凄い剣幕で怒鳴る魔女に若干引きながら司は頭を下げる。
「そ、そりゃ悪かったな」
「まったく……、まぁ言うてるまに着くわい。あ、ここら辺から道が悪くなるから気をつけ」
「うわっ!」
説明してるのにも関わらず早速司は小石かなにかに躓いた。そして魔女の方へ倒れかかる。そのまま魔女を押し倒してしまった。
「も~~、言ってる側から転びおって……」
「わりいわりい、もう少し早く言ってくれよな……、でもぶつかったのに全然痛くなくて助かったぜ!」
「そりゃ痛くないじゃろうな……」
「ああ、痛くないというか何だろこれ? 凄い気持ちいい? 大きくて柔らかいものが顔に……。なんだこれ」
司は顔にくっついていたある何かを掴む。もにゅ。もにゅにゅ。
「おお! なんだこれ! すっげぇ柔らけぇぞ! もにゅもにゅだ!」
「あ……、うっ……、やん!」
「おい? 魔女? どうした? 変な声上げて……」
「はぁ、はぁ、おい小バエ? 貴様がさっきから触ってるものは何だ?」
「これなんだろな? すっげぇ柔らかいんだけど……、お前も触ってみるか?」
「……あいにく、儂は触り慣れておる」
「へぇ! なんだよこれ? もにゅもにゅ~」
「あんっ! くっ、それはな、儂のお乳じゃ……」
「……は?」
ダラダラダラダラ。司の汗が流れ落ちる。
「貴様は儂に半殺しにされたことを忘れたようじゃの~~」
「いや、その、あの……、覚えてます。はい」
「やはり小バエは小バエ……、脳みそが小っちゃいようじゃの~~」
「ははっ! そうかもしれませんねっ!」
司は至って爽やかに返事を返したが次の瞬間には顔面に拳を叩き込まれていた。
「二度とするな。次は殺す」
「……はい」
程なくして遠くから光が見えてきた。それが近付くにつれてどんどんと大きくなる。
光の先には青空が見えており、地には柔らかな芝生が敷き詰められていた。
「着いたぞ」
「こ、これは……」
光の先には、世界が広がっていた。いくつかの島が空に浮いている。その上には住居なのかわからない半球の建物がいくつもあった。
「何だ? どこの国だ……これ?」
「貴様たちの世界の国ではない。名前を言っても知らぬ国じゃよ。ここは儂たち魔女の国」
「魔女の国……?」
そして、と魔女は司に向き直る。
「お前達がジェノサイドと呼ぶもの、飛来する存在を倒す為に作られた国じゃ」
司が口をパクパクさせている。驚きで声を出せないようだ。
「まぁ詳しい話しは儂とエミリアの家でしようかの。貴様は空は飛べるのか?」
「……いや、飛べない。そんな大魔法は使えない」
「しょぼいのぉ……、それで奴らに挑もうなどと頭がイカレておるわ、まったく。しょうがない掴まれ」
「掴まれってどこに?」
「腰あたりにでもしがみついておれば落ちんじゃろ?」
「……その、いいのか?」
頬をポリポリと掻きながら司は目線を逸らす。
「なにがじゃ? ……っ!?」
魔女はバッと両手で胸を守る態勢を取る。
「貴様、よからぬ事を考えたな?」
「ちょっと待て! そこまでは考えてない! ただ、女の子の身体にしがみつくなんて……、そのいいのかな? って」
「女の子? ふふっ! ふははっ!」
魔女は吹き出す。
「な、なんだよ! 何がおかしいんだよ!」
「儂が女の子か……、ふふっ! 何だか嬉しいのう……」
少し頬を紅潮させて悲しげな顔をする魔女に、司の心臓は思わず跳ねる。
「自分が女であることなど忘れておったわ。それにしても、お主も初のう!」
からかわれた司だが、それよりも自分を呼ぶ魔女の呼び方が変わったことに驚いた。貴様からお主へ。それは少しだけ二人の距離が近付いた瞬間だった。
「まぁ、特別に許そう。なんと言ってもお主はエミリアの……」
「エミリアの? なんだよ?」
「いやいや何でもない。そんあことはいいから行くぞ? さっさと掴まれ?」
魔女は両手を上げて腰を突き出す。
「では、お言葉に甘えて……」
「待て、今のセリフは無しじゃ……、かなりキショい」
「キショいってなんだよ! せめてキモイと言え!」
「んじゃ、掴むぞ!」
司はぎゅっと魔女の腰に手をまわした。しがみついた司は、魔女から発せられる匂いにクラクラしている。
「なんじゃ?」
「いや、なんつーか、めちゃくちゃいい匂いするなお前……」
どんどん二人の顔色が赤くなる。魔女はぷるぷると震え、司を引き剥がした。
「き……きさま~! なんなんじゃ~一体! 変態! はれんち! 匂いなんか嗅ぐんじゃない! 犬かお主は!」
「しょ! しょうがねぇだろ! 匂ってきたんだから!」
「それでも、それを口に出すんじゃない! もういい! お前は走ってついてこい!」
「えっ!」
魔女はふわりと浮かび上がると、そのまま浮いている島の一つへ向かっていく。
「ちょ! 待て! 悪かった! 連れてってくれぇ~~!」