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事件を整理すると、いくつかの疑問が残った。
まず、ピジョンスクールを脱出したあとの泉ケイの行き先だ。
泉ケイは東京に行くといって、実際、東京にある金さえ払えば住めるアパートに住んだ。
ここに疑問がある。
ピジョンスクールを脱出した直後の泉ケイは、金銭的には相当厳しかったはずだ。着の身着のままであり、東京へ向かうだけでも精一杯だったはずだ。アパートを借りる金など所持していたとは考えにくい。
金さえ払えば住めるアパートがこの世に存在するのはたしかだが、あそこまで困窮した人間に貸したりする不動産会社はあるだろうか? 泉ケイの年齢もネックになりそうだ。
もうひとつの要素を加えてみる。三波学園高等部と沖縄サンフラワー高等学校の学費だ。あの学校の学費は入学時に一括して百五十万円だ。長尾グループ社員の発言に、「学費を一括で払えない生徒には、ローンを組ませている」というのがあった。
芝先生の情報だと、泉ケイは入学時に一括して百五十万円もの学費を払ったらしい(この後、さらに予定外の学費がかさんで困窮し、あのアンケートの仕事をし始めたと思われる)。その金の出所はどこだ?
三波学園高等部のインチキ宣伝パンフレットには、学費は年間五十万円と書かれていた。高校に三年間通うとすると、合計百五十万円の学費が必要となる計算になる。十代後半の人間からすれば、百五十万円は高額だし、稼ぐのは容易ではない。あらかじめ百五十万円以上の金を持っていないと、三波学園高等部に連絡すら取らないはずだ。となると、泉ケイは百五十万円以上の金を入学前に所持していたことになる。
これら、アパートの入居時の費用や、百五十万円を一括納入という事実から見いだされる結論がある。
泉ケイは、どこかで大金を手に入れていた。
泉ケイは泉家に帰った、この表現は適当ではないだろう。泉ケイに帰る場所などないし、泉ケイと泉家は無関係だ。
それでも、ピジョンスクールから脱出したあと、泉ケイは泉家に向かわなかったのだろうか?
泉ケイは泉家に向かい、そして、そこでなにかがあったのではないだろうか? そこで大金を手に入れたのではないだろうか、なにかの条件と引き替えに。
次の疑問、泉ケイの最期だ。
身の危険があるから実家を頼るべきだというバイト仲間(万田レイ)の助言を、泉ケイは断った。
本当だろうか?
泉ケイは本当に泉家に助けを求めなかったのだろうか?
電話には通話記録が残る。だれがどこに電話を掛けたか、通話時間などが記録に残るのだ。どのような話内容だったかまではわからないが。
私は、通話記録に関して刑事に訊ねた。
刑事の返答は、「捜査情報は教えられない。危険だから、君たちは首を突っ込んではいけないよ」だった。
だが私は、泉ケイは死の直前に泉家に電話を掛けていたと断定できるに足る確信を、彼の態度や口調に見いだした。
そもそも、泉家はなぜ雲隠れしたのだ? マスコミに追求されると困るような真実が存在したのでは? 泉ケイの出生や、ピジョンスクールに追いやったこと以上に困る真実が。
泉ケイは泉家に助けを求めたが、断られたのだ。なにかの条件を引き合いに出されたのかもしれない。
さらなる疑問、泉ケイの本当の家族だ。
だれにでも生物学上の父親と母親がいるはずだ。
泉ケイ、この名前は彼女の真の名前ではない。苗字は泉家のものであり、彼女の父親の苗字でも、彼女の母親の苗字でもない。ケイという名前も、だれがどのような経緯があってケイという名を付けたかは不明だが、そこにはペットに命名するほどの愛情すら存在しなかったはずだ。
彼女の父親と、彼女の母親は、いま、どこで、なにをしているのだろう? 彼らは、自分の娘が名前もなく死んだことを知っているのだろうか? 父親でもいい、母親でもいいから、見つかれば苗字は受け継がれるし、たとえそれが適当な命名であったとしても、名前をつけてもらえれば彼女はケイを捨て、その名を使うはずだ。
最後の疑問だ。
彼女の名前はなんというのだろう?
<続く>




