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 泉ケイの実家がある、都内の某高級住宅街。

 高級住宅街に到着してから、真っ先に私が感じたことは、閑静だった。閑静な住宅街とは月並みな言い回しだが、そうとしかいいようがなかった。騒音というものが、まったく存在しないのだ。無音すぎて不自然なほどだ。

 騒ぎを起こすような住民やペットは住んでいないのだろう。ここの住民のレベルがヒシヒシと伝わってくる。静けさとは、騒がしい人がひとりでもいたら作れないのだ。

 古田さんは、アスファルトの地面や舗道、街路樹を眺めている。

「ウチらの住んでる町の道路とはエライ違いやな。ここの道路はホンマに綺麗や。税金もタップリつぎ込まれているのやろうな」

 古田さんの発言に同意だ。

 この高級住宅街の道路と私たちが普段利用している道路では、大きな違いがある。

 意識して観察すればわかるのだが、私たちが普段利用している道路は、思いのほか荒れているものだ。凸凹、幾多の傷、ひび割れ、陥没、消えかけた道路標示、継ぎ接ぎの痕、そしてゴミの詰まった側溝。こんな道路でも、日常的に利用するだけならば、なんら不都合はない。

 だが、この高級住宅街の道路は違う。作りたての道路にしか見えないのだ。傷はもちろんのこと、継ぎ目もまったく見当たらない、真っ平らで、道路標示もクッキリ。ゴミのひとつはおろか、小石のひとつすら落ちていない。

 ここのハイソな住民がポイ捨てなどをしないから、道路が綺麗な理由の一因なのはわかる。それでも、普通の道路とは違いすぎると言わざるを得ない。

 普通の道路と同じ額の税金を使って、こんな高級な道路を作れたり、維持できるのか、かなり疑問である。意匠を凝らしたタイル作りの舗道や、丁寧に刈り込まれた街路樹も同様だ。納税額が違うから、使われ方も違うのだろうか?

 こんな感じの高級な道路には、高級な住宅が建ち並ぶのも至極まっとうなのだろう。周囲を見渡せば、見るからに高そうな車もあちこちにある。成金趣味のスポーツカーは存在せず、クラシックカーや高級外車が目立つ。

 公立の女子高生である私たちは、酷く場違いのような感じがしたし、事実、場違いである。が、古田さんは物怖じすることなく泉家へ向けて歩いたので、私もついて行かざるを得なかった。

 この贅を極めた高級住宅街の真ん中に位置し、異様に高い塀に囲まれ、異様に広い庭がある、白亜の豪邸。それが、泉ケイの実家だった。

 グレー、シルバー、ベージュ、クリーム、世の中は妥協した白色に満ちあふれているが、その点、泉家はすがすがしいまでに妥協がないほど白い家だ。

 だが、そんな白亜の城の建築費や、妥協のない白の維持費なんかどうでもよくなってくるぐらい、土地代のほうが高いのだ。そういう場所なのだ、ここは。この高級住宅街は。

 入り口の大門の前に立った私は、その豪邸の無機質さ――うらぶれた図書館の文学全集のような――に飲み込まれた。

 泉ケイが最期に住んでいたアパートとは、比べものにならない。比較する時点で、間違いなく間違いだ。

 それでも、この豪邸と事件現場のアパートには、ある一点だけ共通点があった。

 それは、名前がないということだ。

 あのアパートのネームプレートは、すべてが空白だった。

 この豪邸には、そもそもネームプレートがない。正確に言えば、ネームプレートが存在していたたと思われる。この豪邸のネームプレートは取り外されていたのだ。つい最近外されたらしく、ネームプレートが取り付けられていたと思わしき部分は変色を免れていた。

 名前が存在しないと、人間味を感じることができない。捨て子であろうと、隠し子であろうと、人間だったら、だれだって名前を付けてもらえるはずだ。自分で自分の名前を付けることだってできる。だれだって名前はあるのだ。

 この豪邸は、ネームプレートを取り外したということが、名前を消したということが、自分を隠したいという意図が、逆に唯一ではあるものの人間味を感じさせるとは、なんたる皮肉であろうか。

 古田さんはインターホンを鳴らした。無機質な電子的な音が鳴った。一分待ったが、返答はなかった。古田さんは、もう一度インターホンを鳴らした。もう一度無機質な電子音が鳴った。さらに一分待ったが、やはり、返答はなかった。

「ウチらも予想はしとったけどな。泉さんの家族は雲隠れしたようやな」

「完全に途切れてしまったわね」

 私たちが門前で立ち尽くした、そのとき、

「ね、ね、ね、ね、アンタたち、泉さん家のこと知りたいんでしょ?」

 声がした方には――紫。

 紫がいた。

 紫色が立っていた。

 紫色のオバサンが立っていた。

 そう、紫色のオバサン。紫オバサン。年齢も紫、靴も紫、服も紫、バッグも紫、頭も紫、髪の毛も紫、髪型も紫、眼鏡も紫、アイシャドウも紫、口紅も紫、声も紫、口調も紫、性格も紫、紫色も紫、紫も紫、すがすがしいまでに妥協がないなんたる紫であろうか。

 いつの間に近づいてきたのだろうか? いままででもっとも謎だ。

「ね、ね、ね、ね、アンタたち、泉さん家のこと知りたくない?」

 私たちの返答も待たずに、紫色オバサンはあちこち紫色に染め上げ始めた。

「ね、ね、ね、ね、泉さん家の殺されちゃった子のこと教えてあげる」

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