05
東京都村田区村田駅から十分ほど歩いた場所に、泉ケイが住んでいて、同時に事件の現場にもなったアパートはあった。
アパートを見つけるのは容易だった。あらかじめグーグルストリートビューで目星をつけておいたためだ。
事件現場は、平凡な町並みに存在する、二階建ての単身者用の平凡なアパートだ。なんの特徴もないのが特徴である。強いていうなら、壁が非常に薄そうだ。
殺人事件があったのだから、野次馬が大勢集まっているだろうと思ったが、その予想は外れた。野次馬はひとりもいなかった。ある意味では、現代を表徴しているともいえる。
アパートに近寄ると、少しだけ変な部分が見つかった。
名前がないのだ。ネームプレートこそ壁に取り付けてあるものの、名前が書かれておらず、空白なのだ。それも、すべての部屋のネームプレートが、すべて空白なのだ。このアパートにはだれも住んでいないのだろうか?
「なんだか気持ち悪いわね」
「同意や。不気味やな。まあ、泉さんが住んどった部屋はわかりやすくて助かる」
古田さんの言うとおり、泉ケイが住んでいた部屋は一目で見つけられた。
アパートの二階、一番隅のドアには立入り禁止の黄色いテープが貼られていたのだ。その部屋に泉ケイが住んでいて、同時に事件現場だったのだ。
アパートの二階に上がると、私たちは泉ケイの部屋の隣のドアの前に立った。いざ近隣住民に話を聞くとなると躊躇してしまう。
「聞き込むのはいいけど、隣の人に迷惑じゃないかしら?」
「ウチが巻き込んだことや。ウチがぜんぶ受け答えする。アンタにはなんの危険もない。後ろで黙って見とってくれ」
私の返答も待たずに、古田さんは隣の住民のインターホンを押した。
少し経ったあと、ドア越しにくぐもった女の声が聞こえた。
音もせずにドアが開くと、中年の女が出てきた。
「なに?」と言った女の口調には、ありとあらゆる期待がなかった。
女は男物のトレーナーの上下を着込み、化粧も一切していない。実年齢は四十歳くらいなのだろうけど、外見のせいで実年齢上に老けて見えた。若作りすれば少しは若く見えるのだろうけど、もうその必要がないと、当の本人が自覚しているのだろう。
古田さんは臆すことなく口を開いた。ぜんぶ自分で受け答えするつもりのようだ。
「あの、ウチらはいま、隣に住んどった高校生のことを調査しとる。彼女はウチらの同級生やった。なんでもええから、殺人事件のことを知らんか?」
中年女は私たちを見た。
見るという状態を表す言葉は数え切れないほど存在する。見るとか、凝視するとか、注視するなど。状況に合わせた多くの言葉がある。
この中年女の見るを表す言葉を、私は思いつかなかった。昔の自分のアルバムを眺める、と言ったところだろうか。
「貴方たちは高校生?」逆に女は訊いてきた。
「そうや。高校三年生や」
「高校三年生ということは受験生よね? だったら、こんな危ない事件に首を突っ込まずに、受験勉強に励むべきよ」
「余計なお世話や。なんでもええから知らんか? 些細なことでもええ」
「殺人事件よ。警察に任せておきなさい。危ないわよ」
「警察には任せられん」
「いま、勉強しておくべきよ。二、三年も経てばわかるわ。あのとき、ああしておけばとね。一生後悔するわよ」
「いまがあのときや。そうや、アンタの言う通りや。いまがあのときや。いま逃げたら、ウチは一生後悔することになる」
中年女は右手をポケットに突っ込んでタバコの箱を取り出すと、なかから一本取りだして口にくわえ、再度右手をポケットに突っ込んで百円ライターを取り出し、慣れた手で火をつけた。
中年女は、私たちに当たらないように煙を吐いた。すると、なんの前触れもなく、強い風が吹き、風は煙を押し流し、私たちの顔に直撃した。
「ごめん、わざとじゃないの。貴方たちの力になりたいけど、私はなにも知らないのよ」
「なんでもええ。アンタは隣に住んどったんやろ。なにも知らないはずないやろ」
思案している中年女は、まだ長いタバコを携帯灰皿に押し付けると、語り始めた。
「そうねえ」