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施設に到着すると、獄長は入所者を全員集めたんだ。あのころには百人くらい入所していたのかな? 全員洗脳されていてね、みんな即座に集まったよ。
「お前ら、この新入りをひとりにつき一回ずつ殴れ。入念に指導する必要がある」
そのとき、泉さんの一番近くにいたのは、僕だった。
獄長は笑いながら、僕を指さしたんだ。なにが面白かったのだろうね?
「コイツがいまから手本を見せる。おい、思い切り殴るんだぞ。手加減するな。糞ガキを更生させるためには、これが一番効くんだ」
僕は嫌だったよ。あんなに洗脳されていても、女の子に手を上げるのは嫌だった。
ためらっている僕を見た獄長は、ペッと唾を吐いて、無言で去ると、即座に戻ってきた。手にはなにかを持っていた。三つに分かれた細長いものだった。獄長お手製の、あの鞭さ。
「糞ガキが。もっとも指導の効果を上げているのは、お前だと思っていたのだが、勘違いしていた。服を脱げ」
服を脱げ。服を脱げだとさ。
これからなにが始まるのかを想像しただけで、足が震えたよ。立っていられないくらいだった。
自分でも不思議だったんだけど、体が勝手に動いたんだ。機械的に動いて、機械的に服を脱いだんだ。マインドコントロールっていう状態だったのかもね。上着はもちろん、下着も脱いだんだ。つまり全裸。スッポンポンさ。次には、またしても体が勝手に動いたんだ。獄長に指図されていないのに、うつ伏せになったんだ。背中を打たれる準備をしたんだ。
獄長のオシオキの始まりさ。
ほかの入所者が獄長に鞭打たれているのを見たことはあったんだ。見ているだけでも苦痛だったよ。
それでも、実際に自分が打たれてみると、見物するのと打たれるのには大きな違いがあるのに気づいたんだ。
遠巻きに見ている人間は、安全が確保されているからね。ある意味では、見世物なんだ。ショーなんだ。僕も見物人だったのさ。
打たれる人間は地獄さ。
打たれて、初めて知ったよ。
鞭がベルトを三枚も重ねてあったのには、ちゃんとした理由があったんだ。
ベルト一本だけだと、表面にしか痛みを与えられないんだ。威力が皮膚で止まってしまって、内部にまで痛みが伝わりにくいんだ。
ところが、二枚重ねると、威力が増えるんだ。痛みが内部にまで伝わるんだ。骨や内臓までね。
そして、精神にまで届くように、三枚目を追加してあるわけさ。
痛みというものは、ある程度想像できるものさ。火傷、擦り傷、打撲とかさ。想像できるよね。想像してみてほしい。火傷して、擦り傷して、打撲した痛みをさ。
想像してくれたかな?
ここで少し考えてほしい。想像した痛みってさ、実際に自分が体験したことを思い返した痛みだと思うんだ。ちょっとヤカンで火傷したとか、転んで少しすりむいたとか、殴られて打撲したとかだったと思う。火だるまになって全身を重度の大火傷とか、皮下組織まで抉れるほどの擦り傷とか、砕けて折れた骨が皮膚から飛びでるほどの打撲は、なかなか想像できないよね。
獄長の鞭は、想像なんて出来ないさ。
「少しでも更正されますように。少しでも社会の役に立つ人間になれますように」と笑いながら滅多打ちさ。
一度打たれただけで、頭がおかしくなりそうだったよ。鞭の一枚一枚を感じられた。一枚目で皮膚が破け、二枚目で肉が抉れ、三枚目で骨までくる衝撃だった。
この地獄の責め苦を、何度も何度も受けたんだ。何度も何度も何度もね。
傷跡を残さないために鞭を使ったんだけど、いまでも背中に傷跡が残っているよ。破けた皮膚と、抉れた肉がね。
オシオキの途中からは覚えていない。気絶してしまってね。衝撃のせいではなくて、痛さのために気絶したんだ。
覚えているのは、鞭の音だけさ。あの、たとえようのない、独特な鞭の音さ。
どのくらい時間が経ったのかは知らないけど、冷たい衝撃で気がついた。水をぶっかけられたんだ。
僕は、ゲロと、小便と、血液と、冷水が混ざった水たまりの真ん中で、うつ伏せになっていた。
その場にいたのは、全裸でうつ伏せの僕と、バケツを持った獄長と、ボコボコにされて倒れている泉さんの三人だった。
泉さんは全身打撲だった。殴られてない部分がなかった。顔は真っ赤に膨れあがって、指の先まで紫色だった。同じ部分を殴りすぎると、疲労骨折になる危険があったから、全身をくまなく殴らせたんだ。失禁どころか、脱糞していたよ。それでも、彼女は泣いていなかった。泣いてもだれも助けてくれないって知っていたんだろうね。
みんな獄長に従ったのさ。まあ、僕が受けたオシオキを見ただけで、だれも反抗する気なんて消えちゃうさ。
こんな惨状を見ても、獄長は平静だったよ。学生運動時代の総括で慣れていたのだろうね。ある意味可哀想な人だよ。
「糞ガキが、ようやく起きたか。最後はお前のぶんだ。さっさと殴れ」
それでも僕は、泉さんを殴るのが嫌だった。彼女はボロ雑巾同然だった。本当に死んでしまう。
またしても、獄長は鞭を手に取ったんだ。
それだけで僕は残りの力を振り絞って、瀕死の泉さんを殴りつけたんだ。泣きながら、何度も殴ったんだ。何度殴ったか自分で覚えてないほどね。
泉さんはなんの反応も示さなかった。
僕はね、下にだれかがいないと、自分が上にいるのに気づけない人間だったんだ。だれかが下にいないと、安心できなかったんだ。
自分が下にいるのが嫌で、他人を蹴落としてでも、這い上がりたかったんだ。地獄の底から抜け出したかったんだ。
結局、僕は自分が大切だったんだ。




