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短編集

電車の中で、夏の末

作者: 霜月トイチ

 横須賀線エアポ一ト成田行き。


 海外に長期留学中の俺は夏休みを利用して日本に帰省していた。


 久々に地元に戻って旧友とも会い、家族とも水入らずの時間を過ごせた。


 そして夏休みは終わりを迎え、上海に戻るために今は地元の鎌倉駅から乗り換えなしで成田空港に向かっている。


 東京駅を過ぎたあたりからどんどん乗客がいなくなっていき、千葉の奥地に来る頃、車両には俺一人になり、まるで楽しかった夏休みを惜しむ俺の心情をあらわしているようだった。


 本当に俺一人かな?と思って席を立って辺りを見回すと右のボックス座席の奥に同年代らしき女の子がぽつんと座っていた。


 なんだ俺一人じゃないんだ、と安堵した俺はまた席に腰を下ろした。


 なんだかんだ2時間以上電車に揺られてさすがに眠気が襲ってきてウトウトし始めていた時――


 コトは起こった。


 ガタンと大きな音とともに電車が急停車。


 俺は慣性の法則によって誰もいないガラガラの座席に倒れ込んだ。


 事態を飲み込めない俺は焦りに焦った。


 まず頭に浮かんだのは地震。今の日本で最も危惧される状況なのだからこの思考回路に陥る人間は少なくないだろう。


 しかし外を見ても何の変化もない。


 携帯でニュ一スを洗ってみたがそんなトピックスはあがっていない。


 地震なら必ず速報が入っているはずだ。


 ということは地震ではない。


 次に思い立ったのは人身事故。


 しかしアナウンスはまったくなし。アナウンスできないほどの事態なのだろうか。


 くそっ、なんでこういう時に限ってこの車両に他の乗客がいないんだ……。


 いや……俺の他にも乗客がいるじゃないか……!


 そう思い立った俺は再び座席を立つ。


 視線はもちろんボックス席の奥。だが――


 さっきの女の子がいない。


 なぜだ……ドアは開いていない、他の車両に行ったのか?


 なるほど、別車両なら人がいるはずだ!


 そう思い自分から向かって左の車両に向かおうと振り向いて走り出した瞬間――


「こっち」


 その声とともに後ろから腕を引っ張られた。


 声の方に目をやるとそこにはさっきの女の子が。


 さっき見た時にはこの車両にはいなかったはず……。


 またも混乱に陥る俺は彼女に対して突然のことに絶句してしまっていた。


「来て」


 そう一声呟いた彼女は女の子とは思えないチカラで俺の右手を引っ張っていく。


「なになに?こっちの車両じゃだめなの?」


 走りながらやっと言葉を発せられた俺は彼女に尋ねる。


「だめ」


 基本的に3文字以下しか喋れんのかコイツは。


「なんでだよ?」


「ダメなものはダメ」


 お、最長記録8文字に更新。今こんなことを考えられる俺は意外に冷静なのかもしれない。


 そして彼女に連れて行かれた方の車両のドアを開く。とりあえず、これで他にも人が――


 い、いない……。ってか、なにこれ?!


 車両には人がいないどころか窓もドアも席もない真っ暗な空間が広がっていた。


「なにこれ?!どゆこと?!」


 その暗闇の前で立ち往生している俺は彼女に尋ねた。


 今までの言動から察するに何か知っているはずだ。


 横にいた彼女は暗闇に視線を向けたまま答えた。


「時空が歪んでんの。普通の人間なら干渉を受けないはずなんだけど、あんたは干渉できてる。つまりあんたはこの世界に必要な存在かもしれないってこと。どうする?運が良ければこっちの世界に来なくても元の時空に戻れるかもしれない、けど保障はできない。まぁ来たら来たで戻れる保障もないけど。ただ運否天賦に身を任せるより戻れる可能性は高いと思うよ、危険だけどね」


「ハァ?」


 無意識的に発してしまった。


 それを聞いた彼女は怒りをあらわにした表情でこっちを向き。


「バカにしてるでしょ?なら別についてこなくてもいいから」


 そして俺は気づいた。


 これあれだろ。


 夢だろ夢。


 なんて中二な夢を見るんだ俺は。


 くだらねぇ。さっさと起きろよ俺。


 ……いや……待てよ。


 どうせならこの状況楽しんでみる……か!?


 アリかナシかなら……アリだろ!!


 そう決心した俺は言い放った。


「いいや、行こう。これが世界の選択ならば……!!!!」


 そして彼女とともに暗闇へと旅立っていった。





 ……。






 本当に夢だった。


 目を覚ましたら、横須賀線の中でヨダレを垂らして寝ていた。


 乗客も結構いる。


 つうか、ボストンバッグやキャリ一バッグを持つ客がほとんど。


 冷静に考えて成田空港行きの電車がガラガラなわけがない。


 頭が回るようになってくると変な虚無感が湧いてきた。


 溜息をひとつ吐き、音楽でも聴いて気を紛らわそうとアイポッドを取り出すために立って網棚にあるバッグに手をかける。


 そういえば夢であの女の子がいた席あっちだったな、と軽い気持ちで目をやると――




 

 いた。


 あのコだ。


 夢と服装も同じ。


 ただひとつ違っていたのは……


 彼女も眠っていたということだけ。


 彼女の前には大きなキャリ一バッグ。空港行くんだな。


 俺はイヤホンを耳に捻じ込みながらまた席に座る。


 そして悩んでいた。


 空港に着いたら彼女に話しかけようかどうかを。


 これには少し勇気が必要だ。


 だが、聞いてみたいことは既に決まっている。


 それは――






 寝ている時どんな夢を見ていたのか、ということだ。


今回は初投稿でとりあえず短編を書いてみました。

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[良い点] 主人公の「俺」の語り口に引き込まれました。 自分の状況に自分で突っ込みを入れるモノローグが秀逸です。 劇中の現実としては、主人公二人はまだコミュニケーションすら取っていないけれど、 二人…
[一言] あのまま異世界に行った話も読んでみたかった。 このタイミングで異世界トリップすると、留学用の荷物持ってるわけだから、準備万端だよね(笑) 今後も上海留学生あるある楽しみにしてるねー。 留学…
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