前編
ホラーのつもりで書いたのではありませんが、あえていうならホラーかな、と。
この主人公の少女が何者なのかは、自分では分かりません。彼女がどういった存在なのか説明できる方、もしいたらご教授ください。
森を切り開いた広場から、墓場へと登る坂道。囃子の声と、逢い引きの恋人たち。追い抜いて息咳き走る。だれも私のことは見えていないのに。
森と林の向こうに祭りが消える。明かりのない墓場に来る。
祭りを見つめながら、駆け上がる。
目の前に背の低い石造りの建物。昔の火葬場だろう。錆び付いた扉に手をかけると開く。入って、扉を閉じ、もたれかかる。息が激しい。中には、明かりが点っている。そして冷たい。人工の冷たさ。保冷庫のようだ。
低く伸びる階段が下へ向かっている。その先から明かり。そして生臭さ。降りていく。引き返せないから。前にも後ろにも道はないような気がする。
崩れそうな土の階段を降りた先に、広い空間。奥まで長い。そして立ち並んでいる銀色のケースのようなもの。ちょうど私くらいの高さで、長いケースが、2列に並び、それが奥まで何個も、何個も並んでいる。
そして生臭さの正体。天井から鉤で吊るしてある人間の死体。ケースの前に並んで何十体もぶら下がって、揺れている。
生皮を剥がれていたり、手足を切断されていたり、様々な死体。赤みが牛肉のようであったり、筋繊維がむき出しにされていたり、顔はほとんど生前の形をとどめていなかったり。目を見開いている、凍りついた恐怖と苦痛を止めたままに。
現実味のない光景。怖くはない。保健室の人体模型はあんなに嫌いだったのに、ここにあるのはむしろ全てが作り物のようだ。これが現実だと心に浸透してしまえば、私は発狂してしまうかもしれない。一種の心の防御作用なのだろうか。
降りていくと、ひとりの青年が立っていた。少年のようでもある。年齢が見えない。私の見方一つで何歳にでも見えそうなオトコノコだ。
降りていくと、私を見る。透き通るような青い瞳。もしくは深い闇を持つ紺碧の瞳だ。
「君みたいな女の子が、どうしてこんなところにいるの。ここが平気?」
私を振り返って、話しかけてくる少年。声を聞くと、彼は女の子かもしれないような気もしてくる。分からない。その声に問われると、急に怖くなってくる。ここには居ない方がいいのだろうか。でも、去りがたい。同じ質問を彼に返す。
「あなたは? ここで、何をしているの?」
「ここにいる人たちを殺した人。それを探している」
ぶら下がった死体をぬって歩きながら青年は言う。私も後について歩く。それが当たり前のような気がして、彼もそれを知っているかのように。
「探して、どうするの。これは全部人殺しの仕業なの」
「僕は……ふうん……」
彼の声が幼くなる。立ち止まって、自分の両手をまじまじと見つめ、面白そうに私を見上げる。
「君の目には僕はこんな風に映るのか。興味深いね……おっと」
死体のひとつに少年が触れてしまう。と、その死体が呻いた。私は凍りつく。もう動いていない。けれど確かに、そこにぶら下がっている、皮を剥がれ、両足をもがれた死体のひとつが、喋ったのだ。
「ここには怨の気が増えすぎている。この人たちの無念を晴らしたい。怨の気は人の心を引きずり込もうとする。……君は感じないみたいだけど」
いまや少年になった彼が言う。低い声。怒りの篭っているかのようで、そうではなく、なんの感情も現してはないようにも聞こえる声。
「声が聞こえるの? 死んだ人たちの声が」
「聴こうとすればできる。それを聴かないと犯人は捕まえられない。だけど」
不意に、銀色のケースに手をかけ、そこにある取っ手を引く。横に長い蓋が下に開き、それを引き出すと、そこにあるのはまた人間の死体だった。
青年が手を触れると、その死体が苦しそうに呻いて、青年に何かを訴えた。青年はそれに耳を傾け、そっと手を離す。また動かなくなる死体。青年は引き出しをそのままにまた奥へと歩き出した。
「僕が触れているときだけ生き返る。でも、惨いよね。あんな悲惨な姿のままで生き返ってもそれは拷問だ」
やがて奥に広い空間が広がる。天然の洞窟のような広場。明かりはどこにもない。先へ進むにつれ、世界が闇に消えていく。
「いたよ……」
まだ明かりが遠くから辛うじて届いているほどの奥まで歩いて、青年は立ち止まる。だれか、いる。なにか、在る。でもそれは見えない。そこに確かにいると感じるだけの存在だった。