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機械技師の半機械人間

視点:ハーピス・ミ・ピンタ

Ha:pis Mi-Pinta

旅芸人というのは、なかなか厄介な仕事だ。収入も不規則な上、向かった先に屋根のある滞在場所を得られるかどうかも定かではないのだから。人によっては乞食呼ばわりされて蔑まれる事もあるのだとか。


私、ハーピス・ミ・ピンタも、そんな旅芸人の端くれ。生まれ持っての屈折操作で光を曲げて作る幻影奇術を得意とするけれども、まだまだヒヨッコでしかない。それでも行く先々で好感をもって迎えられるのだから、私には格別嬉しい話だ。


「…一晩どうもありがとうございました。ご恩は忘れません」


「いやいや、そんな大層な事は言いっこなしさ。こっちだって、あんたみたいな旅の方の役に立てたんだから嬉しいものさ」


「そう仰って頂けるなら喜ばしい事です」


「はは、畏まりなさんな。じゃあ、今後その奇術に磨きが掛かってまたこの街に来てくれるのを楽しみに待っているからよ」


「ええ、是非そうさせて下さいね」


「じゃあな、お若い奇術師さん」


ここはミ・シュティーラックの都、ラーク・メハリス。前日ここで奇術披露をした私は、今日出発予定の高速船で祖国のミ・ピンタへ戻るつもりだった。世界の最果てと呼ばれ、空港の一つもない技術後進国のミ・ピンタでは、外との行き来に船便は欠かせず、そのうち一番の大動脈がここの街から出ているのだ。



「…え、欠航ですか?」


しかしながら、得てして旅は天候に左右されるもの。文明がいくら進歩しても、これ自体はちょっとやそっとでは解決しそうにない、と私は思う。客船ターミナルに着いた時にその知らせを聞いても、私にとっては何度も経験のあった事だったのだから。


「申し訳ありません、本日海が荒れ模様のようでして…」


乗船券売り場の窓口の向こうで、受付の少年が本心からすまなそうに言う。


「…ならば仕方ありませんね。いずれにせよ、急ぐ旅でもありませんし」


 どうせしばらくは実家で過ごすつもりだったのだから、時間的な余裕は十分にあった。


――まあ、この分ならもう一昼夜くらいはこの街に留まってもいいかしら。


それに、予定など狂う事前提に立てているのだ。お陰で諦めをつけるのも難しくはなかった。これくらいの諦めの良さも、旅には欠かせないように私は思う。まあ、自分で言うようなものでもないけれど。




再び街の方に戻り、新たに宿を取り直した私。この時点ではまだ夜にもなっていなかったから、たまには夕風に当たろうかと思い、裏通りへと足を延ばした。


中心部には雲を突き抜けてそびえるような高層ビルが立ち並んでいる最先端産業都市ラーク・メハリスだが、一歩大通りを外れてみると、そこは時代を感じる町工場が並ぶ、雰囲気のいい下町だった。


――ふうん、なかなか快適ね。


実際には鉄や油の匂いがかなり立ち込めた、あまり長々居座りたいと思わないような空間。でも、精神的には表の無機質なビルばかり立ち並ぶ表通りより心地よい。


――やっぱり、ここには人の活気があるから、人の繋がりが濃厚だから、なのかもね。


機械の作動するカタカタという音が鳴り止む事なく一面に広がっている。時々旋盤で金属板を切る音がする。溶接の弾けるような音も響く。機械工の働きは、快活な音となって耳に届いてくる。


そんな中、私はある工場の前でつい足を止めてしまった。


――…え?


玄関口から現れた一人の職人、ジャージに作業帽を目深に被った姿の真面目そうな青年だ。遠目に見ればどこにでもいそうな格好なのかもしれないけれど、その顔の右半分気付いてしまった瞬間、私はそこに目線を持って行かれてしまったのだ。


――見間違いかしら、あれ。でも、はっきりと見えたはず…


近くの工場に消えていくその姿、只の人間だと見るのは無理があった。即ち…


――頭の半分、あれって機械じゃないのかしら?


そう、彼は半機械人間、即ちサイボーグだったのだ。とはいっても、これだけ技術の進んだ時代、サイボーグも格別珍しい存在という訳ではない。空想科学世界の住人ではなく、既に現実世界の隣人と化していたのだ。


けれども、普通は胴体の損傷部分を機械で補う、義手義足や人工臓器くらいしか見受けられない。でも、彼は頭の大部分を機械で覆っていたのだ。そんな姿はたとえ軍隊の負傷兵といえども聞いた事がない。


余計な考えに頭を巡らせていると、そこにまた一人の職人らしきつなぎ姿のおじさんが歩いてきた。


「おや、こんにちは。奇術師さんがここに来るとは珍しい」


向こうは私を知っていたらしく、気付いた瞬間に声を掛けて下さった。どうやら結構気さくそうな人だ。


「実は帰郷予定だったんですが、ミ・ピンタまでの船が欠航しまして…」


「それでもう一晩、と?」


「そういう事です」


私は苦笑いに溜息を交えてそう答えた。


「なるほど、そりゃ厄介だろう。それで、どうだい、この町は?」


「なかなかいい町ですね。こっちの方まで来るのは初めてなんですが、人情があっていいですね」


すると、職人のおじさんは、はははと快活に笑った。


「そりゃ良かった。最近の若い奴は、大抵新市街の方がいい、なんて言うからな」


「私は自然育ちの人間ですから」


「なるほど、それはもっともだ」


ふと、私は先程のサイボーグ機械工の青年の事を思い出した。


「そういえば、ここの工場の人なんですが」


すると、おじさんは目を少しばかり見開いた。


「ん、パーキットの事かい?」


「パーキットさん、というのですか?」


私の問いに、おじさんは首を縦に振る。


「ああ。この町でも一番の機械技師だ。そうか、奇術師さんは知らないのか」


「ええ、機械には縁遠かったもので…」


「まあ無理もない」


「それにしても、パーキットさんって、サイボーグなんですよね。何かあったのでしょうか?」


すると、おじさんは困ったような表情を浮かべた。


「…ひょっとして、聞いちゃまずかったですか?」


「あ、ああ、いや、そんな訳じゃないんだが、ただまあ、何というか…」


「…すみません、訊こうとした私が馬鹿だったようですね」


「だから、違うって言ってるだろうが…」


「違うって、どういう事ですか?」


すると、おじさんは私を路地の壁寄りに手招きした。そして、密やかに小声で話し始めた。


「…いいか、これは当人のプライドの問題だ。あまり大っぴらには言えないが、何にしても、他言無用にしてくれないか?」


私は、小さく頷いた。


「そうか、ありがたい。実はな…」




――あいつが腕の立つ技師だ、というのは今言った通りだ。それこそ、普通のエンジンやモーターの類は赤子の手を捻るかのように、電子回路はミクロ単位の精密さ、更には核機関ですら一日そこらで作り上げる程なんだ。核融合ジェネレータだって、あれはパーキットが発明した機構だ。


ところがだ。あいつでさえも、機械整備に一度大失敗したんだ。それも初歩的な発動機に下半身を引きずり込まれ、その上頭も袈裟掛けに擦り切れた。丁度その時俺もそこに居合わせたんだが、それこそ、戦争で蜂の巣にされた兵士のような有様だったさ。体の大半はもうまともな形をしてなかったからな。死んだかと思ったもんだ。


ところがどっこい、あいつは生きてた。意識もあった。というよりも、あれは頑固なあいつの性分が意識を無理矢理体に括り付けていたんだな。しかも、そんな状況で、ペンと紙でもってたった数分で機械の図面を仕上げやがった。体がまともな形を保っていなかったから、内臓や両脚、それに頭蓋まで軽量不蝕合金で作り上げた。御丁寧にも、擬似神経回路付でな。今あいつの体は胸から下、顔は鼻から左上と額から上が機械だ。幸い、脳髄と両手は損傷なしだったんだがな。


あいつはこの件を人に話したがらない。機械屋の意地、という奴だ。しかも事故に遭ってから今まで無口で表情に乏しい奴だったのが余計酷くなった。怯えているとは考え難いが、少なくともあいつは事故の事に関して無かった事にしたがっているんじゃないか。つまりは、そういう訳なんだ。




「…なるほど、そんな経緯が」


「ああ。俺達同業者の間でも、この話は御法度だ。だから今回のは法外な特別待遇みたいなもんだな」


おじさんの口調は、既に軽やかさを喪っていた。それだけ深刻な話なのだ。私に話してくれたのも不思議な程に…


「まあ、あいつの腕前はサイボーグになっても衰えを知らなかった。今の方が余っ程精密で丁寧なくらいさ。その点は間違いなく不幸中の幸いだな」


「…ですね」


私には、そう答えるので精一杯だった。呪わしいくらいに貧弱な私の表現力では、こんな状況にそぐう言葉が見つからなかったのだから。


「まあ、奇術師さんが気にするような話じゃないさ。あいつは体は失ったが心はまだ全て生きてる。死んだ人間じゃないんだ。その点は勘違いしないでもらいたいね」


おじさんのその言葉も、この時の私には届いたかどうか怪しいものだった。

さて、ハーピス・ミ・ピンタ、奇術師で光属性のレカ・ペントです。


金色のセミロングに山吹色の和服に似た衣服を着た翠眼の女性。いつも金色に輝く扇を携えています。淑やかで人からの評価は概ね好いものです。


名前は光輝くイメージをハ行やパ行の明るい音で表現しています。


大体ファンタジー小説で光属性は主人公が持ちがちです(特に冒険潭)が、幻想科学世界ではなかなか通用するとは思いがたいものです。


因みに、闇属性のキャラクターを出すなら、当然敵の親玉にはしませんので。

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