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生意気な小娘

視点:ハージュ・ミ・クオン


Kha-j Mi-Kuon

あたしはひ弱なヒヨッコなんかではない。れっきとした火焔使いだ。たとえ経験不足だと言われても、実力を問題にすれば並大抵の男どもなんて目ではない。火で燻してやって一気に倒してやれる、それだけの力量は持ち合わせている。大抵はそれで事足りるのだ。


「…一体何なのよ、あんた」


そんな普段の状況からしたら、こんな事はありえない話だった。


今日町の外をぶらついたら不審な奴がいたので、いつものように威嚇がてら火焔を近くで弾けさせたのだ。そうすると向こうは襲い掛かってきた。これは間違いなくならず者だ、と思って今度は攻撃のつもりで火焔を当ててみた。並大抵の奴ならばまず大火傷に悶え苦しむくらいの自信のある一発だったのに、そいつは倒れもせず、むしろぴんぴんして立っていたのだ。


「ほう、小娘だと思って侮っていたが、なかなかやるじゃないか」


相手の男が言う。最初に威嚇した時にあたしを舐めたような攻撃をするから、てっきり雑魚が相手なのだと思っていたら、まさかの強者だった。


すっと相手の手が上がる。


「んぁ!?」


たったそれだけなのに跳ね飛ばされた。馬鹿みたいな話だが、実際にやられたのはあたしだ。信じられないけれども、あたしなのだ。嘘だったらよかったけど、打ち付けた背中の痛みがそんな淡い期待を裏切っている。


「くっ…」


「ほう、何だ。その程度か、呆気ない。さっきのでもう少し骨がある奴かと思っていたが、見込み違いだったな」


――…ふん、言ってなさい。こんなの、まだまだ全力じゃないわよ。


と、脳内で強がってみるが、如何せん相手に伝わるはずもない。現状が良くなる訳でもない。いくらやっても、結局想像の領域を外れる訳がないのだ。


「…偉そうに言ってんじゃないわよ」


何とかそう口に出してはみたが、強がり以上の何にもなりはしなかった。事実、相手は鼻で笑ったのみで、それ以上の反応すらしなかった。そして、余裕をかまして吐き捨てるように言ってきた。


「まあ、我々ティオ・ハーグリップに歯向かう奴はすべからくこうなるのさ」


――ティオ・ハーグリップ…だって?


ティオ・ハーグリップ、大抵の人間はその名前に恐怖や嫌悪感を覚える。実態の掴めない悪党集団、いや、むしろ悪党の協同組合と噂に聞いている。あちこちで悪さをしては名を揚げていこうとする奴らに対し、逆に親近感を覚える奴がいるなら燃やしてやりたいくらいに。


あたしの場合、母がこいつらの手に倒れていったのを面前でまざまざと見せられたのだ。幸い優しい伯父伯母に引き取られて育ててもらえた。でも、あたしは執念を捨てられなかった。そいつらを仇に思うどころか、百遍殺しても足りないくらいの深く濃い恨みが今でも心の底で燃えている。その為に今まで火焔術を熱心に修得したのだから。憎しみの炎を手の内に燃やしてぶつけるくらいの勢いで。


でも駄目だった。今こうして本物のティオ・ハーグリップの人間と対面してみると、圧倒的な力量差に押し負けている。奴はこの辺のごろつきなんかとは比べものにならないくらいに強い。中央の軍隊にいる兵だって、このくらいの強さのは結構な熟練くらいだろうと思う。悔しいが、あたしはまだまだヒヨッコだったらしい。


「さて、茶番はここまでだ」


男が攻撃の手を止める。満身創痍で砂の上に横になっていたあたしは目に恨みつらみをくっきり浮かべ、頭だけ持ち上げて睨むような視線を返してやった。


「小娘、一度だけチャンスをやろう。もし降伏するというのであれば、お前の命だけは助けてやろう――但し、俺の奴隷になってもらう事が条件だがな」


「…それを拒んだら?」


「死んでもらう。が、只あっさり殺してもつまらないだろう? 十分いたぶらせてもらって、それから嬲り殺しだ」


――…やっぱりね。只で済ませてくれる訳がないか。


至極当たり前の応答に、あたしは心中で溜息を吐いた。そして腹を決める。


「…分かったわ。そこまで言うんなら…」


あたしはそれだけ言うと、気力を振り絞って立ち上がり、相手に向けて一歩ずつ歩みを進めた。大人しく、ゆっくりと。それこそ、態度としてはかなりしおらしく。奴はあたしの行動に、表情を緩めた。


「…なるほど、投降とくれば賢い判断だな」


奴は、にやりと笑っていた。


「…甘い!」


あたしはそんな奴に一気に右手を打ち出した。憎悪の炎を毒蛇のように腕に絡ませて…


そう、あたしは最初から投降する気なんてなかった。それよりも抵抗に抵抗して散った方が、まだ気も楽だったのだから。


「…誰が甘いって?」


しかし、突き出した腕はその瞬間に掴まれていた。革手袋の手は、自慢の炎をあっさりと受け流してしまったのだ。


「う… 嘘でしょ…?」


「紛れもない現実だとも。ま、世間知らずの小娘には認め難いだろうとは思うがね」


腕を捕まえられた勢いで引き倒されてしまったあたしは、そのまま首も一緒に捕らえられ、地面に張り付けられる格好となってしまったのだった。


「さて、どうだ、敵に体の自由を奪われた感覚は?」


「あまり気分良くはないわね。あたし、被虐趣味ないもの」


こうやって軽口を叩いてはみるものの、これが精一杯だった。流石に押さえられているあたしの立場が高いはずもないのは当たり前なのだが、それでもこの程度が精一杯だなんて、正直なところ屈辱的にしか感じられない。


「なるほど。だがそれなら好都合だ」


――…まあ、これで拘束が気持ち良く思えたら、それはそれで死にたいくらいに嫌ね。


そう思っていると、いつの間にか両手足をワイヤーで縛られ、芋虫状に転がされていた。


ピシリ。


「ああっ!」


突如背中に鋭い痛みの筋が走る。鞭に打たれた、そう思った。


「ほう、強がる割には可愛い悲鳴上げるじゃないか」


「…誰が、誰があんたなんかに…ひゃあっ!」


今度は太股を電気が刺した。最早痛いどころの話ではない。


「まだ序の口だ。面白くなくなるからここでくたばるんじゃないぞ」


はしたないくらいに大声で悲鳴を上げそうになる私。でも生憎、ここはクオン砂漠の中。こんな所には地元の人間ですら人っ子一人通りはしない。だから当然助けなんか期待できる訳がない。あたしはとにかくこの苦痛にたった一人で耐えに耐えるしかなかった。


そのうち、ワイヤーがよりきつく締まった。皮膚に食い込む固い線には、我慢もなかなか大変だ。音を上げそうになるのを、必死に歯を食い縛って堪える。口の中にはとっくに鉄の味が広がっていた。


「…あんた、もし死んだら呪い殺してあげるわよ」


それに対し、奴は腹が立つくらいに高笑いして答えた。


「はっはっは、呪い殺すだと? ならば呪う精神ごと殺すまでさ。呪うまでもなく、な」


「ほう、呪うまでもなく、か」


――…え、誰?


突然の低く渋い男声。文脈も声色も、勿論目の前の悪人ではない。


「なるほどそれは事実だな… だが」


「…誰だ?」


「お前には眠ってもらおう。故名乗るまでもない」


すると、どこからともなく角刈りにトレンチコートの髭親父が現れ、相手の目を睨むようにして鋭く視た。


「な…」


不思議な事に、悪党はその目を見た途端、糸の切れた操り人形のように倒れこんだ。


「…またティオ・ハーグリップの、か」


そう言う髭親父は、息も切らさずしゃきっと立っていた。


「…別に助けなんて求めてなかったわよ」


あたしはこの謎の親父に言ってやった。本心では死にそうなところを助けてくれたので千回感謝しても足りないくらいだったのに…


「礼なんか端から期待してもいない。ただのお節介でやったまでだ。細かい事は気にするな」


「…それよりあんた何者? そんななりをしているんだからこの辺りの人間じゃないでしょ?」


すると、親父はちらりとこちらを見て、そして言った。


「俺はツゲフマ・ミ・ロクーネ、只の流浪の旅人だ」




ツゲフマ、と名乗ったこの親父は、今までこのクオン砂漠を突っ切るように歩いてきたそうだ。私は物好きがいたものだ、と呆れながら思ったが、はてさて、彼はティオ・ハーグリップに追われていたらしい。といっても、一人で追手すべてを退治できるのだから、かなりの実力者だと私にも分かった。


「…で、親父」


「何だ、嬢さん?」


あたしは声を荒めに親父に言った。


「いつまであたしを背負っていくつもりなのよ。第一、あたしだってもう17、嬢ちゃん呼ばわりされる程のちびじゃないわ」


「…何だ、その程度か。俺達大人から見たらお前なんかまだヒヨッコだ。第一、足の骨が折れている奴が歩ける訳ないだろうが」


…確かに、奴が力一杯足を絞めたお陰で足首が折れていた。でも、乙女がこんなむさ苦しい髭親父に背負われる屈辱よりはましだ。そうあたしは自分に言い聞かせていた。


「…何よ、この偏屈」


「お前が言うな。黙って俺に従え。ともかく、この辺りの人間なら、どうせイスカ・ホマーゼの人間だろう?」


半ば悔しいので、あたしは黙りを決め込んでやった。


「…答えないか。ならば連れていくまでだ。後はそれで済むだろう?」


――…はあ、何でそんなに簡単に分かるのよ…


結局偏屈親父はあたしを背負ってイスカ・ホマーゼに向かって歩いていったのだった。その間、あたしは何度も背中を叩いて抵抗してやったが、空しいくらいに何も意味がなかったのは、言わなくても分かるだろう。




「まったくお前って奴は!」


帰って早々、あたしは伯父さんに説教された。姪が殺されずに無事に帰ってきたのだから、むしろ喜ばれてもいい、と私は思うんだけど…


「伯父さん、落ち着いてよ…」


「これ以上落ち着けるか。一人娘同然の姪が殺されるような事に遭えば、心配しない親がいる訳ないだろう!」


「まあまあ、あんたもそこまでにしたらどうなんだい?」


伯母さんがあたしの手当てをしながら伯父さんを宥めてくれる。あたしは安心した。


「どうせ痛い目に遭ったんだから骨身に染みてるでしょ?」


「しかし、反省しているようには思えんぞ?」


「そうかい? これだけ身体中傷めたんだ。そのうち痛みに泣き言を言うわよ」


「…だったらいいがな」


――…前言撤回、伯母さんの方が危ないんじゃないの?


「まあ、これくらいの傷ならすぐに治りますよ、レカ・ペントなら」


「…そうか?」


「ええ。自慢ではありませんが、見立てに狂いが起きた事など、今までありませんからね」


ツゲフマの親父が言う。この冴えないのが医者なんだというのだから驚いた。


「ほんの数日間安静にしていれば元の通り激しく活動しても大丈夫になりますよ」


――その数日間が長くて苦痛なんじゃない…


そんなあたしの思いを知ってか知らでか、親父は続けてこう言った。


「但し、完治するまではかなりの痛みに苦しむ事になりますがね」


「そのくらい大丈夫だろう。どうせこいつの無茶への灸を据えるつもりだったからな。その代わりにしたってまだ軽い」


「なるほど、なら仕方ないですな。お嬢さんには我慢してもらいましょう」


親父はさらっとそう言ってのけた。


「…みんな、酷い」


あたしの呟きは、不幸にも誰の耳にも届かなかった。

ハージュ・ミ・クオン、火の国のハージュ。火焔使いのレカ・ペントです。


私は、この話の執筆時にキャラクターの名前と属性を決め、それからイラスト化して性格を定めています。今までは人格を先に決めてから容姿を作り上げていましたが、どうやら私には先にデザインを決める方がやり易いようです。


さて、ハージュは赤毛のロングヘアー、白いノースリーブの貫頭衣に黒帯と白く大きめの袖、それに金色の首輪を嵌めた褐色の肌の少女として描きました。眼は紅く吊り上がった大きな二重。小顔にして小柄。生意気な小娘といった雰囲気です。


さて、この作品では、人物名を音声の雰囲気が持つイメージで付けています。ハージュの場合、炎の暖かさのイメージを柔らかい摩擦音で表現しています。名字のミ・クオンは『火の国』を意味する自作言語です。


因みにこのハージュ、イラスト完成の時点で、私が一番気に入っているキャラクターだったりします。

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