はじまり
視点:ツゲフマ・ミ・ロクーネ
Tzghefma Mi-Loku:ne
俺はツゲフマ、無の国ミ・ロクーネ出身のしがない中年男児だ。太りこそしていないが、口髭を生やして髪を分けただけのありふれた格好の男である。一つだけありふれていないと言える事があるとするならば、只今訳あって旅に旅を重ねる生活をしている、という事くらいであろうか。
あまり人に自慢できた話ではないが、俺は無属性者レカ・ロクーネだ。とはいえ、無能力者ではない。よく間違える者がいるのだが、例え全属性者レカ・ニケーラであろうと、無能は掃いて捨てる程いる。逆に無属性者でも能力持ちはいる。属性などただ単なる先天的な物だ。自分で得る事の出来る能力とは違い、努力云々で変わるものなら楽な話だ。
話が逸れてしまったが、ともかく俺は無属性の能力持ちだ、と思ってもらえれば間違いない。その先は追々分かる事だ。
今、俺は火の国ミ・クオンの砂漠地帯を抜けている。岩だらけの乾燥した高地内陸砂漠、見渡す限り草木の生えたオアシスはおろか、苔の一株も見つからない程のだだっ広い荒地である。
文明も発達し、世界中が飛行機路線網で繋がっている今の時代にあって、こんな所を歩いて旅する奴など、余程の物好きか訳ありの者くらいであろう。
そんな環境にあって、コートを羽織って走り抜ける俺は間違いなく後者以外の何者でもなかろう。
白状してしまえば、俺は逃亡者である。それも、物騒な大事に巻き込まれている最中の、だ。
こうやって一直線に砂漠を駆け抜けている最中にも、背後から火焔使いのレカ・ペント、ペント・クオン共が俺に向かって連火鞭を振るってきている。厄介な事には焼石の礫を投じる輩までいるものだから、身の躱しも一筋縄でいく筈もない。長年このような生活の中にいて修羅場を掻い潜り続けてきた俺でも、流石にこの雨霰と猛攻撃が降り注いでいる現状は厳しかった。
「…くっ、しぶてぇ野郎共めが」
悪態を吐いてでもいないとやっていられない。何せ、相手はこの世界でも指折りの大規模札付き集団の三下らしいのだ。奴等に目を付けられては逃れるのも一苦労だ。現に俺はもう十年以上もこうして逃避行を続けている。
日に何度攻撃を受けるかも分からない。時には束の間の平穏を享受する事もあるにはあるが、油断していると何日も続けて迎撃の姿勢を取らざるを得ない場合すらある。骨が折れるとぼやくには些か度が過ぎているのではなかろうか。
尚も激しさを増す火焔使い共の追撃に、俺は穴だらけの堪忍袋の、そのまた仕付け糸に似た緒を一気に引き千切った。
「…分からねぇ奴にゃ、ちょいとばかし痛てぇ目に遭って貰わねぇとな」
俺はぴたりと走りの足を静止させると、背後に振り向いて追い掛けてくる奴等に目を向けた。軽く見積もってざっと十人程、血眼になって俺目掛けて追い掛けてくる。
「あばよ」
俺は、瞳に力を込め、一気呵成に視線の閃光を迸らせた。睨まれた敵は押し黙ったまま、何の返答もしなかった。表情一つ変える事なく、だ。だが、その身体は視線を受けた途端に硬直し、飛行体勢を崩してそのまま地面に向かって真逆様に突込んでいった。
俺は眼力一つで敵の意識を操る能力者だったのだ。
奴等はミ・デア中にのさばる秘密結社――奴等は“非公開結社”と名乗るが、どちらにしろ俺には同じ事だ――ティオ・ハーグリップの連中だ。何が目的かは知らないが、連中は各地の盗賊共や破壊活動家共を従え、大規模な略奪やら殺戮やら、とにもかくにも汚い手を多用して俺達一般人を虐げる、卑劣な輩なのだ。その上、自分は尻尾を見せるどころか全貌を匂わせるような糸口すら微塵も残す事がないというのだから、こちらとしては始末が悪い。
俺は元々ミ・ロクーネのしがない医者だった。外科や内科等大抵の医術は心得ており、名医とまではいかないが、少なくとも藪医者呼ばわりされる程腕は悪くないと自負している。現に誤診など今の今まで一度もした事がない。実を言うと、俺の能力も最初は麻酔代わりの技能として身に付けただけの代物だった。
ある時、唐突に奴等が来た。俺の住む村アンケ・サルマはあっという間に占拠された。能力者など俺以外にはいなかったのであり、抵抗など出来る筈もなかった。村長は射殺され、名家は軒並み荒らされ、貧乏人で体格のいいのは隷従された。既に村は奴等の傀儡になっていたのだ。
腕が人並みとはいえ、医者という知識人、当然俺も襲撃の対象にされた。が、幸いにも連中が俺の事を睨み付けるように見ていたので、咄嗟に視線で気絶させる事に成功した。その勢いで村中の襲撃者を駆逐する事には何とか成功した。奴等は大方場数を踏んでいない素人集団だったのだろう。そうでなければ俺自身無事でいられたか定かではない。奇跡的な話だった、と今にして考えればそう思われる。
さて、翌日には漸く国の保安隊から数人の兵が送られてきた。彼等は能力も持ち、戦闘にも長けていたので、一先ずこれで里は暫く安泰だ、と俺は思った。だが、あの組織を俺が一人で駆逐した事が向こうにばれてはまずい。当時は俺もまだ若く、勢い以外ではまず間違いなく押し負けてしまうであろう。そう結論付けた俺は、その日里を抜け出した。手術道具と薬入れを上着に潜ませて…
さて、このミ・デアにも勿論治安維持機構は存在する。先の保安隊をはじめ、警察や軍隊も抜かりなく存在している。国家間協議も盛んで、旅券や滞在許可証もとっくの昔に全廃されて現存しない。セキュリティーの高性能化によって無用の長物と化したのだという。お陰で、都市部においては国際通勤通学者なぞごまんといる。もっとも俺の里のような田舎は別だが…
とはいえ、ティオ・ハーグリップの連中にはそんな事はお構いなしだ。人間が作り出した物に人間が対抗策を打ち出すのは至極当然の事で、あらゆる国境セキュリティーをものともしない侵入・侵略の技法で悪事を働いている。何せやっているのが現地の悪党だというのだ。中から壊される事態に外からを護るセキュリティーの出る幕など、初めから期待するだけ愚か、というものだ。
現在は各国がそれぞれ自国内の悪党集団を駆逐しようと画策しているが、なかなか実を結んでいない。それどころか、奴等は巧妙に張り巡らされた包囲網を掻い潜りながら次々に悪事を組み上げている。俺の里程度、比ではない程に、だ。
さて、俺だって只逃げているだけで終わり、という愚かな奴ではない。逃げたところで弱いままならばどうせ追い討ちを掛けられて死ぬか捕縛されるのが関の山だろう。そこで放浪生活の中、暇を見つけて毎日のように訓練を重ねながら実力を練ってきた。そのお陰でやって来た敵どもは軒並み返り討ちの目に遭わせられる程度にはなったのだ。別に殺しはしない。ただ気絶させて、後は官吏に委ねるだけだ。
そういう訳で、俺は今追ってきた火焔使いの奴等の意識を失わせてやったのである。全員が気絶して墜落したのを一瞥した俺は、抱えた鞄の中から麻紐を取り出して次々と拘束。それが済むと同じく鞄から取り出した花火式緊急信号弾の導火線に、オイルライターの火を近付けた。目映くも黄を散らす閃光とともに、すっと昇る紅の光弾。その明るさは、例え山向こうであろうと届かん程である。まず間違いなく近くの町の官吏か軍兵が気付いて急行する事だろう。
「…よし、一丁上がりと来たな」
そして、邪魔者のいなくなった俺は、一先ずの安堵を顔の奥に隠したまま、また何事もなかったかのように歩きだした。
気付いてみれば、湿った土の匂いもしてきている。どうやら湧水も近付いてきたのであろう。久々の休息もそう遠い話ではない。
クオン砂漠はまだまだ尽きない。が、俺の生命もまだまだ尽きはしないだろう。
はじめまして、個人同人製作サークル『K-PROJECT』代表の支線亭鴎理です。
本作品は、ドラゴンクエストやポケットモンスターのようなゲームの要素を、属性持ち人間の世界というフィルターで漉し、サイエンス・ファンタジー小説の体裁を整えつつ書き連ねた小説です。
多趣味で偏屈、まともな思考回路が次元レベルで捻曲げられたような筆者の脳内から活字に変換される世界、そんな小説がまともな作品に仕上がるはずもありませんが、まあ、暇潰し程度に眺めて頂ければ幸いです。