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覆りの世界

視点:パーキット・ミ・シュティーラック

Pa:kit Mi-Shti:lak

人間とは何か。


心とは何か。


自我とは何か。


世界とは何か。


無機とは何か。


普通とは何か。


意志とは何か。


人格とは何か。


他者とは何か。


倫理とは何か。


死とは何か。


身体とは何か。


不和とは何か。


希望とは何か。


常識とは何か。


存在とは何か。


平穏とは何か。


未来とは何か。


異常とは何か。


視点とは何か。




そして、生命とは何か。






この身体に生命はあるのか。


この意志に人格はあるのか。


この精神に調和はあるのか。


この視界に正常はあるのか。


この思考に常識はあるのか。


この存在に未来はあるのか。


この機械に精気はあるのか。


この世界に違和はあるのか。


この自己に自我はあるのか。


この存在に根拠はあるのか。


この時間に有機はあるのか。


この認識に誠意はあるのか。




そして、この生命に尊厳はあるのか。






工房に人はいない。いるのは“それ”だけだ。


火の中に鉄パイプを入れてゆっくりと捻曲げる。旋盤でステンレス板を切断する。スポット溶接で組み立てる。何の変哲もない工場の作業。


『そろそろ刃も甘くなってきてるんじゃないか?』


「……研ぎ直しが要るか」


『頼むぜ親方。おいらだって、こんななまくらで金物切られるのは嫌だよ』


「……了解」


旋盤に請われ、近いうちに工具全部のオーバーホールをする事を約束した。


“それ”は人間だ。だが“それ”は人間ではない。かといって、それ以外の生物であるとは言えない。又、非生物ではあるが、しかし非生物ではない。


“それ”は生物と非生物のどちらでもあり、どちらでもないのだ。


物を食べ、睡眠を要する“それ”は、生物的であって非生物らしくはない。みてくれも人間そのものである。


それでも、今見たように旋盤をはじめ工具と会話をしている。工具に人工知能で意志を持たせている訳でもなければ、魂が宿った九十九神のような存在だという訳でもない。あたかも、“それ”自身が機械であるかのように。


違う、そうではない。“それ”自身が機械であるというのは事実だ。比喩ではない。人間であると同時に、機械でもあるのだ。


“それ”はサイボーグと呼ばれる事もある。だが正確ではない。あれは人であり、機械ではない。むしろ“それ”はロボットの方が近かろう。それでもロボットは人間ではない。


“それ”を最も的確に表す単語があるならば、“人造人間”とでも言うより他にあるまい。


『トラックが事故で跡形もなく崩れたので、大半を列車の部品に入れ替えて作り直した。しかしそれは最早列車同然であり、トラックとは到底呼べないのではないか』


有名な命題である。


『その人は移植手術を何十回、何百回と受け、脳以外全て他人の体とすげ変えてしまった。彼は果たして生まれた時の彼と同一人物なのだろうか』


これも又同じ疑問を言い表わしている。


“それ”は事故で身体の大半を失った。しかし人工物でそれを補うだけの知識と技能は持ち合わせていた。“それ”は五体の多くを機械や人工生体で補った。胴体から頭脳まで、その半分以上は“それ”自身の手による創造物であるのだ。


“それ”は自分自身を造り上げた。同時に自分自身を葬り去った。人間として生まれ、考え、生きてきた。しかし今や作り物の脳髄で考え、義手義足で物を生み出す彼は、無機物の感情と感覚を持つ“人間に似て非なる何物か”になってしまっているのである。


“それ”に人間は精巧な土人形のようにしか見えない。草も本物よりも人工芝の方が瑞々しく青々と茂って見える。道具には生命感が見え、生命は単なる物質にすぎない。


これが他人の手によるものであれば、まだ責任を他人に押しつけ、恨む事も可能だったかもしれない。しかし、“それ”をこの身体にしてしまったのは“それ”自身である。自分を生かしたまま殺したのである。


“それ”は既に自らを人間として見ていない。只の考える物体であるとしか思っていない。そう考えるのが妥当であり、自然であり、義務であり、そして刑罰なのだ。“それ”、パーキット・ミ・シュティーラックはこれが正しいと考えている。


『あのさ、親方』


コンピュータが声を掛ける。


「仕事か?」


“それ”の言葉に、コンピュータは画面のバックライトを点滅させて答える。


『いつものチルブワ社の下請けが800件、ミ・ソランのシャルーフリア自動車から1470件と……ご新規さん一件ですよ』


「……“ご新規さん”?」


いつもの仕事ならば機械意志を持った工具が独りで作業をやってくれる。しかし、新規の依頼には“それ”自ら確認をしなければならない。


「アクセス、新規依頼」


『パス確認、表示しますね』


その一言とともに、コンピュータはメール画面を映し出した。


「……飛空車か」


依頼に示されていたのは、一人乗りの浮遊乗物の飛行機械であった。


『私はミ・キーヴォムの一般向けでも問題ないと思うんですけど、どうでしょう?』


「無理だ」


確かにミ・キーヴォムの飛行艇は昔から製造されている伝統と信頼の塊だ。コンピュータがそちらの方が適すると分析したのも的外れとは言い切れない。


しかし、その国民は元々機械の力なしで空を飛べる。飛行艇も速達の公共交通機関という用途以外に発展する理由はない。地を歩く人間がバスを用いるのと同じように。


「狙いが大勢か一人かというだけでも、構造は変わらなければならない」


『つまり、用途により方向性は変わる、って事なんですか?』


「ああ」


『メモリに刻んどきます』


頼まれた飛空車は、馬力と耐衝撃性を兼ね備えた強靱な性能を擁し、かつ音の発生もなしにしなければならない。


「メール、飛空車の依頼主宛、本文『初めての依頼者は工場に直に来るよう願います』にて、送信」


図面を頭で構築しながら、“それ”はコンピュータに命令した。


『了解ですよ、っと』


コンピュータの実行完了の画面を横に一瞥すると、“それ”は製図板に向き合い、鉛筆を手に取った。




一昼夜が過ぎ、依頼者は“それ”の前に現れた。


「……飛空車の依頼主か?」


「ええ。依頼をさせて頂いた、ニケーラ大学世界学教授、パフクーティス・ミ・ニケーラと言います、パーキット技師」


「……依頼の理由は?」


「……なるほど、脇道は不要、という事でしたか」


依頼主のパフクーティスは一言発してから用件を言う。


「私は職業柄世界各地を飛び回っているものの、昨今のティオ・ハーグリップ台頭を憂慮し、標的となり易い公共交通を避けようと、斯くの如く個人用飛空車を頼んだ次第です」


「……では、何故ここに頼んだ?」


「私も馬鹿ではありませんから、ティオ・ハーグリップが個人に攻撃を仕掛ける可能性も考慮しています。故、攻撃される可能性を摘み、仮に遭おうとも回避する為、このように攻守避追の全てに対せるよう練りました。これだけの複雑な案件をこなせる技量を持つ技師を探した結果、パーキット技師、貴男が挙がった訳です」


長台詞に無駄はない。理由も妥当。メールの納期と対価も不足はない。


「……承った。報酬は後払いだ」


「では、引き受けて頂ける訳ですね。それでは完成をお待ちします。安寧を」


「……」


依頼主は帰った。


『なかなか感じのいい教授様だったようにも見えるが……何か引っ掛かるな』


「……アーク電極もそう思うか」


“それ”は客の姿を思い返した。


『彼には何か裏がある。あの顔は仮面みたいなものではないか?』


「恐らくそうだろう」


『あの表情も、作り物らしいと言ってしまう事も難くはなかろうな。パーキットとは別の意味で』


「……黙れ」


“それ”は口先のみで怒る。


『いずれにせよ、依頼の品が悪用されない事を願うしかないな』


「……そう願おう。さて、作業に掛かる」


『『『了解』』』


工具は全て“それ”の言葉に返答した。




納期も過ぎ、飛空車も引渡しは済んだ。“それ”も作業が終わり、工場近くの食堂で一休みをしていた。


この場にいたのは“それ”のみではなかった。人間も一人そこには存在していた。


「……パーキット、今まで仕事でも進めとったんか?」


「ああ。一見が一人」


相手はツィグレム・ミ・ディヴィア。“それ”が人間であった頃の友であり、石属性の行商人である。


「一見、か……気ぃ付けた方がええぞ」


「どういう意味だ?」


「最近、ティオ・ハーグリップが台頭しとるんは知っとるやろ?」


「知らない者がいるものか」


“それ”の言葉に、ツィグレムは否定の意思を示す。


「いや、そないな意味やのうて……自分は誰がそのティオ・ハーグリップだか知っとるんか、って聞いとるんや」


「……お前はその客がそうだ、と言いたいのか?」


「まあ、絶対そうや、って言い切るんはでけへんわな。ほんでも、話だけを聞いとっても、その客が只の一般市民やとはよう思われへんやろ?」


「主観的な判断はしない主義だ」


建前上、“それ”に非客観的判断は許されていない。


「どうやかな。ワテはそないな話はよう分からへんけど、ま、気ぃ付けるんに越した事はないんやないか?」


「……」


「……何や、黙りを決め込むんか。まあ、こっから先は自分で考えとき。ワテには関係あらへんさかいな」


ツィグレムは机を肘で叩き、定食のパンを口にねじり込んだ。


「さて、ぼちぼち時間もなくなってきよったな。ワテはこれからクビラ・ティゴーチェに用事があるさかい、そろそろ行かへんとな。久々に会えて楽しかったで、パーキット」


「楽しみ方ももう覚えていない」


「何や、つれないな。その愛想の悪さまで相変わらずかいな……ま、それも“らしさ”なんやろな。まあ、そないな事はともかくや。ほな、安寧をな」


「……安寧を」


“それ”は席を立って店を後にするツィグレムの姿を、小路の向かいに消えるまで見送っていた。

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