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火焔と氷晶と虚無

視点:ツゲフマ・ミ・ロクーネ

Cghefma Mi-Loku:ne

イスカ・ホマーゼに辿り着いてから数月、私はこの町を後に、再びクオン砂漠を歩き出した。


ティオ・ハーグリップはあれ以来俺の元にはやって来なかった。それを以て安堵する訳にはいかなかったのが残念ではあったが。と云うのも、先日懇意にしている金髪の情報屋がここに来た時、驚くべき情報を耳に入れさせられたからである。


風のヴィスチ、と呼ばれる彼曰く、俺の祖国ミ・ロクーネは真っ先にティオ・ハーグリップに矛先を突き付けられたらしい。属性なき民族に能力者が少ないという現状からすれば、なるほど当然だ、と不本意ながら頷くしかない。


無論、能力者もいない訳ではない。現に俺がそうであり、他にも探せば俺より強い能力を持つ者は現れるに違いない。属性持ち即ち無属性者より優れ強い者、などという真理が、どこの世界にあるものか。


かといって、逆も常に成り立つとは言い難い。確かに無属性でも熟練の者は並大抵の属性持ちを軽々と下せよう。だが、属性持ちで実力者ともなると、我々には達する事すら適わない力を有するものである。上限が違うのだ。


相手が何者かも分からない以上、俺には手の出し様もない。もとより俺は只のしがない藪医者だ。軍人でもなければ警察でもない。自警組織にすら入るだけの力はない。只単に三下を軽くあしらって追跡を振り払えるまでだ。


結局は、俺もちっぽけな弱者でしかないのである。


このままいても、奴等を呼び込んでしまうだけとしか考えられず、俺は砂漠を北に向かって進んでいた。


砂漠にも稀に雨は降る。今朝はその降雨の時であった。地面は黒く濡れ、踏み込む砂も鳴くかの如く音を響かせる。気化熱で大した暑さも覚えずに、歩みは普段以上に速い。


「…ねえ親父」


隣で小娘が尋ねる。言い忘れていたが、俺は今この時一人ではなかった。


「これから行く宛なんかあるの?」


「そんなものなどありはしない」


「どうして?」


「焦って何が出来るんだ」


彼女は親を奴等に殺された。復讐の為に私についていくつもりらしいが、早速愚痴を零してきたのである。


「考えてもみてよ、あいつら放っといたらすぐに力つけるわよ。その前にあたし達で叩き潰さなきゃ、手遅れになるわよ」


「その心配はない」


「な、何でそんならっ…」


楽観的とでも言いたがったのだろうが、生憎俺は言い切らすよりも早く口を開いた。


「既に俺達の手には負えない段階だ」


「…え?」


「俺の祖国は奴等の一番の標的だ。幾ら俺達無属性者が一般に属性持ちより弱いといったところで、国一つを陥落されるには大規模な戦闘部隊が必要になる。又は狡猾な密偵者がいるのかもしれない」


「そんなの分からないわ。ただハッタリ噛ましてるだけじゃないの?」


「否、軍国並の兵力を既に貯えている、という可能性も否定は出来ない。何しろ全世界的に活動している秘密結社だ。どんな規模だろうと驚く事は出来ないはずだ」


「それじゃあ、ただ指をくわえて待ってるだけなの?」


「馬鹿を言うな。その為に俺は動いているんだ」


そう、今までただ逃亡ばかり行ってきた俺だが、このままでは祖国ばかりか世界全体が破滅してしまう、と危惧した瞬間に、どうにか抵抗する手立てを得る事を決意したのである。


「無論、俺達には奴等を倒すだけの力がない。だから協力者を探す為にこうして歩んでいるんだ」


「…そういう事ね。でも、協力者の宛はあるの?」


「…最初から宛なしと言っているだろうが」


俺は溜息を吐いた。


「よくそんなんで復讐しようと思うのね、親父は…」


「…復讐は蜜より甘いというが、その道は舐められるような甘さなどない」


俺の言葉にも、尚小娘ハージュは不服そうな表情を浮かべていた。


俺だって、出来る事ならばすぐにでも敵の本拠に乗り込んで叩き潰したいと思っている事は確かなのだ。俺に実力さえあれば、すぐにでも殴り込みを掛けていたかもしれない。だが、今となっては考えるだけ空しい事である。


苦の表情を覗き込んだのか、ハージュは半ば呆れ、半ば憐れんだような口調で言う。


「……ストイックと言うべきか、何と言うべきか。どっちにしても、親父も馬鹿ね」


「馬鹿で結構。俺が俺に課す荷は自分で決める」


小娘の言葉も分からなくはない。俺は必要以上に自分に厳しく当たっている点について自覚してはいる。だが一応俺は自分の故郷を捨てた逃亡者である。逃げた身分の人間が贅沢を言っていられるとすれば、それは何とも馬鹿げた話であろう。


それよりもティオ・ハーグリップである。一国を陥落させようとするからには、それだけの裏付があるに違いなかろう。


ハッタリという可能性を小娘は述べたが、奴等の規模がはっきりと分かっていないならば、最悪の場合を考えるのが最善手ではなかろうか。


個人の手では既にどうにもならない程に敵の力が付いているのであるとするならば、こちらも徒党を組んで集団で立ち向かう他ない。ハッタリならばハッタリで、牽制するには十分有効であろう。


「……奴等、どう向かえば崩れるんだ?」


「……親父、さっきからぶつぶつ言ってるけど、一体どうしたのよ?」


小娘に言われて漸く自分が無意識に考えを口にしている事に気付いた。長い間独りで旅をしていたのだから、気付かないのも当然ではあったが。


「何でもない。ただ……」


「ただ?」


俺は道の先を睨んで返した。


「未来を臨む術を模索しているだけだ」


「……何言ってんだかさっぱりね」


「ともかく、先に行くまでだ」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。訳くらい聞かせなさいって!」


小娘が何やら喚いているが、俺は気にせず前に向かって歩みを進めるだけであった。




砂漠の夜は冷える。水辺の近い地域ならば川や海が熱を貯えているお陰で寒暖差も小さいが、熱しやすく冷めやすい石と砂ばかりの砂漠ではそうもいかない。幸いにも、ここにいたのはそんな砂漠に生まれた一人の小娘と、俺という旅慣れた一人の中年男だけであった。


丸一日歩いてきた俺と小娘。だが、町はおろか舗装道路すら見えてこない。イスカ・ホマーゼは小さな町だったが、外からの道が通じていない陸の孤島というべき所である。車でもあればまだ楽なのかもしれないが、生憎それも縁遠かった。


隣ではハージュが寝袋に包まって寝ていた。起きている時は何かと喧しく生意気な小娘だが、こうやって寝ている間に関してはなかなか可愛らしい娘である。


――それにしても、アンケ・サルマに残ったあいつはどうしているだろうか?


俺には故郷に妹が一人いる。既に結婚し、子も一人いると聞いたが、記憶違いでなければ今頃この小娘と同い年であろうか。


俺は独り者だ。無論子もいない。それ故の事なのか、このハージュの寝顔に、ふと口元を緩めている事に気が付いた。


――仮に俺に娘がいたならば、こいつみたいな生意気な奴になっていたのだろうか? 俺は手の掛からない素直な性格の方が良いが。


そう思ってはみたが、如何せん現実味の片鱗もない話であるからには無駄な事と思い直し、俺も眠ろうと外套の釦を締め直した。


しかし、目蓋を閉じる事はなかった。人の気配があったからだ。


――こんな所に他人が…?


立ち上がって周りを見るも、そこは人一人いない静かな砂漠の殺風景ばかり。


――……気の所為か?


そうも思ってみたが、しかし考え難い。確かに誰かいるはずである。


「……誰かそこにいるのか?」


一応声を掛けてみる。


「お気付きでしたか……」


いつの間にやら、そこには青髪の若者が立っていた。


「ティオ・ハーグリップならお断りだ、帰ってくれ」


そう言ったところ、青年はこう返した。


「断じてそれはありません、例え氷が炎を溶かそうとも」


――なるほど、ミ・ゲダーイの人間か。


これだけ長い間放浪を続けていれば、各地の言葉くらい簡単に覚える。言語は世界に一つだが、言い回しは土地ごとに幾らでも変わってくるのだ。


しかし、気にするべくはその一点ではない。


「奴等の仲間でないのならば、証拠はあるのか?」


「こちらで如何でしょうか」


若者が胸ポケットから取り出した手帳を見る。そこにはミ・ゲダーイ陸軍の紋章があしらわれていた。


「そうか、非番の兵士の一人歩きか」


そう俺は思っていたが、相手は首に手を翳して横真一文字に引いた。


「否、貴方に用があって来たのです、ツゲフマ・ミ・ロクーネさん」


「……何故その名を知っている?」


「情報屋のヴィスチは知っていますね?」


その一言で、俺は全てを悟った。


――なるほど、彼の紹介か。


「要するに、何か任務で人を探していた訳だな?」


「そうなります」


そんな若者の言葉に、考えを読んだ俺はこう答えてやった。


「つまり、反ティオ・ハーグリップ運動についての話という訳だな。そうだろう?」


これに対し、青年はにこりともせずに答えた。


「その通りです。私は軍上層部の命を受け、世界中で反ティオ・ハーグリップ軍を組織するように動いているのです」


「パルチザン、か」


「ええ、そうなりますね」


俺からしてみれば、これは又とないチャンスである。奴らを瓦解させる為に同士を求めているのであるから、彼の存在はとても大きなものである。


「協力して下さいますね?」


無論『否』と返事をするつもりは毛頭なかった。


「俺のような者でいいのならば、幾らでも力を貸そう。寧ろ、こちらから探していたくらいだからな」


「有難い事です」


頷いた俺は、しかし横のもう一人の方を向いて思案した。


――俺は彼の話に自らの意志で納得し、かつ自らの口で承諾の意を伝えた。しかし、同じく奴等を倒すとの志を有するこいつは、果たしてどう思うのだろうか?


そんな俺の思いに感付いたのだろうか、若者が声を掛けてきた。


「ツゲフマさん、私は相手が自分の意志で動かない限り、治安維持以外の目的で相手に自分の主義主張を押し付けるつもりはありません」


「ならいいが……こいつも奴等に親を殺され、憎しみの意は深く強く、それこそ地獄の業火より激しく燃えている。俺は自分が奴等に追われているからだけでなく、こいつの為にも息の根を止めたい、と思っている」


俺はこいつの親ではない。向こうも口煩い親父程度にしか思っていないだろう。それでも俺は、そんな情を抱かずにはいられなかったのだ。


「……同族意識、ですか」


この若者は、それに対し冷ややかだった。


「志は素晴らしいと思いますが、大儀を為すならば、情に流されてしまえば自らを滅ぼしますよ」


「どうせ既に滅んだような身だ。それに私は医者だ。仁術を捨ててまで為す大儀など持ち合わせていない」


「……なるほど、それならば口を挟まないことにしましょう」


それから暫くの沈黙があった後、彼は無言のままこの場を立ち去らんと足を動かした。


「細かい主義の違いはあるが、ティオ・ハーグリップ殲滅の思いは同じだ。私からも同士を探す事を約束しよう」


俺の声は聞こえたろうか、滅私奉公の兵卒は、一瞬立ち止まり、そして再び歩みだした。俺達とは逆の標に向かって。

漸くツゲフマ・ハージュ組がヒザークと出会い、各人物の物語が重なりはじめてきました。


“医は仁術”の言葉がミ・デアにあるのかは別としつつも、ツゲフマは他人の事を思いつつ行動する人道主義者。対してヒザークは社会全体に対しての善悪を基準に法に則って行動する立法遵守主義者。二人の考え方は根が違うものの、今はティオ・ハーグリップ殲滅で同じ思いを有していたりする訳です。


さて、ハージュがツゲフマとヒザークの結託にどんな考えを寄せるのか、それは今はまだ何とも言えません。

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