聖女ですが王子を悪魔と入れ替えたら国が良くなりました
今日の短編です。今日も出来立てです。
十歳の時、辺境の小村を”偶然”訪れていた神官に見出された。
後にその神官が語ったところによると「何かに導かれた気がして足を運んだ」のだそうだ。
十二歳で初めて大規模な神聖魔法を行使した。
十五歳でここ五十年近く空位となっていた『聖女』の座に就いた。
現在十七歳、千年以上に及ぶ教会の歴史でも四人しか選ばれたことのない『大聖女』になることがほぼ決まっている。
貴族平民に関わらず分け隔てなく接し、惜しげもなく神の奇跡を行使する麗しき乙女。
人の身でありながら神の如き慈悲で罪人を赦し、少女の姿で衆生を救う。
世に名高い麗しの聖女。神の御心の最大の理解者。
それがこの私、聖女リリィだ。
*****
「はあ…はあ……」
私は壺から手を離すと、息を整えながら足元に転がっている男の様子を確認した。
頭から血を流してうつ伏せに倒れている。しばらく待ってみるが起き上がる様子はなく、呼吸もしてなさそうだ。試しに軽くつま先で小突いてみたがぴくりとも動かない。
「だめだこりゃ、完全に死んでる…」
ちなみに倒れているのはこの国の第一王子にして皇太子のロイ殿下である。
先に言っておくが不可抗力だ。
というか、私の人生の9割が不可抗力だ。
生まれつき妖精を視認し会話することができたので他の子どもと離れて遊んでたら、僻地に派遣されて不貞腐れていた酔っぱらい坊主に見つかってしまい、あれよあれよという間に聖女に祭り上げられてしまった。
王都の周辺で毎晩毎晩騒がしい妖精連中に「うるせえ」とクレームをいれたところ、逆ギレしてカチ込んできたので返り討ちにしてやったら大悪魔を討伐したことにされた。
ついでにその妖精達も「舎弟にして下さい」などと懲りずにやってきたため好きにしろと言ったら勝手に私の周囲、もとい王都全体を守護し始め、世間からは私が大規模な神聖魔法で結界を張ったと噂されるようになった。
貴族平民分け隔てなく接するのは元々そういう身分の差がどうでもいいようなド田舎出身だからだし、優しく見えるのはシンプルに向こうが優しくしてくれるから。
悪意を持って近づいてくる連中は周囲を漂っている妖精もガラが悪いのですぐにわかる。
何にせよ私は人に思われているような清廉潔白な人間ではないし、聖女聖女と持て囃されるのも向こうが勝手にそう思い込んでいるだけ。
そう、不可抗力なんだ。
おっと、話が随分と逸れてしまった。
足元に転がっている皇太子の話題に戻ろう。
だがこれも不可抗力なのだ。
暗がりで二人きりになってしまったところで急にロイが私に覆いかぶさってきたので、咄嗟に近くにあった壺でガードし、その脳天に思い切り振り落としたのである。
つまり、その、なんだ……割とロイが悪い。
*****
息が落ち着いてくる頃になると思考もクリアになってきた。
「……でも考えようによっちゃ結果オーライかも」
何せこの王子、相当なワルだ。
学生時代は優秀な人物だったと聞くが、数年前に皇太子の座に就いてからは人が変わったように執務はサボる、婦女子には手を出す、気に入らない奴には暴力を振るうというロクデナシ。
たまに国政に口出してきたかと思えば民に重税を貸そうとしたり他国に侵略戦争を仕掛けようとしたりとやることなすこと害悪でしかない。
「うん、こんな屑が死んでも誰も困らないな」
ただ、聖女である私が殺したという事実は如何ともしがたい。
「よし、そこのあんた。見てたんでしょ。こいつになりかわりなさい」
物陰に隠れていた妖精に声をかけると、淡い光の玉の姿でおずおずと出てきた。
「無茶言うなよー、俺は王子の死体を見に来ただけの野次馬精霊だぞ?」
「あんたずっと城の中漂ってたでしょ?知ってるんだから。下手な付き人よりずっとここに詳しいでしょうし、成り代わるならぴったりじゃないの」
「お、俺は一応悪魔だぞっ。お前、リリィだっけ?知ってるぞ、聖女なんだろ?聖女が悪魔使っていいのかよ!?」
ふ、と私は鼻で笑った。
「どうせあんたくらいの精霊、天使と悪魔の間をちょいちょい反復横跳びしてるんでしょ」
むむむ、と悔しそうな表情を浮かべるあたり図星らしい。
教会は天使とか悪魔とか呼び方を変えているが、私からすればどれも同じ精霊である。違いといえば、天使と親しまれているのはちょっと小綺麗な格好をしており、悪魔と疎まれているのはやや出で立ちがラフなことくらい。
本人たちは割と好き勝手に行動しているだけなのだが、妖精は外見が自在で生き物の意志に敏感なため、いたずらしても感謝され続ければ美しい天使の姿に、世話を焼いたつもりでも悪態を吐かれ続ければ醜い悪魔の姿になる。
要はラベリングの問題であり、隣国の選挙制民主主義国家における与党と野党みたいなものといえる。
目の前のこいつはちょっとくすんだ色をしているが割とニュートラルな光球の姿を取っているのでどっちつかずといったところだろう。
「大丈夫、私もちらちらサポートしてあげるから。成功報酬はその死体でどう?できれば誰かに見つかる前に食べちゃってほしいんだけど」
「どこまでもリリィの都合じゃないか!」
「食べないの?」
グール扱いされるとしんどいから死体食いはしたいけどしないと別の妖精が言っていた。
「…食べるけど」
もぐもぐもぐもぐ。
*****
半年後。
「ここまで国が回復するとはねー」
ロイの執務室のソファに腰掛けて紅茶を口に含む。
「自分でもびっくりだわ」
ロイ…もとい妖精が成り代わった偽ロイも頬杖をついて嘆息する。
第一王子になりかわった悪魔精霊君は実に有能だった。
こちらとしてはモラハラパワハラを控えて大人しくしてくれればくらいの気持ちで成り代わってもらったのだが。
結果として品行方正の超イケメン王子が爆誕。
政治腐敗は厳しく取り締まり、民のことを第一に考えた政策を立て続けに王へ進言。外交も巧みにこなしてこれまで関係が冷え切っていた国と友好条約を締結するまでに導いた。
私も聖女として多少手伝ったとはいえ、何だこの超人っぷりは。
いや、正体は人外なのだけど。
多分、今なら変身を解いても天使っぽい色の光球になっているんじゃなかろうか。
「適当なタイミングで外遊中に失踪でもして貰おうとか考えてたけど、こうなるとそれも中々難しくなってきちゃったなー。もうずっと王子のままでいれば?」
「冗談よしてくれよ。いつバレるんじゃないかって毎日ヒヤヒヤしてるんだから。というか今も……」
とかなんとか言ってたら扉にノック。
*****
部屋の前でロイに代わり対応する私を見下ろすのは彼の弟で第二王子のアレックスだ。
「聖女様?どうしてここに?兄上はどうしたのですか?」
「私はロイ殿下と職務に関する打ち合わせがあったのでここに。殿下は今ちょうど席を外していますがどうかなさいましたか?何やら物々しい雰囲気ですが」
アレックスのすぐ後ろには側近の何とかという優男。そのさらに後ろにはアレックスの私兵と思しき連中が整列していた。
アレックスが言う。
「ロイ殿下に対し、悪魔が成り代わっているのではないかという嫌疑がかけられました」
それを聞いて私は目を細める。
「随分と大胆なことを仰るんですね、アレックス様」
かつてのロイほどではないもののこいつもかなりの屑だ。
娼館通いをして変態プレイをしていることとか、兄を皇太子の座から追い落とすため裏で暗躍していることとかは掴んでいる。
「確かな筋からの告発です。異端審問にかける必要があります」
その確かな筋ってあなたのお友達のサキュバスさんですかー?妖精同士だと人間に化けてても分かるって言うしなー。娼館であなたの相手をしているのが淫魔なのは御存知ですかー?
とか何とか聞きたいことは色々あるが、一旦頭の隅に追いやる。
どうやってかは知らないが、ロイが妖精と成り代わっていることについては確信を持っているらしい。
「仮に悪魔がロイ王子にばけているとすれば、聖女であるこの私が気付かないと思いますか?」
「聖女様を疑うわけではありませんが、最近のあなたは兄上と距離が近い。何らかの理由で庇ってしまう可能性は否定できません」
ん?これってもしかして私とロイが出来てるって思われてる?
聖女だからそういうことしないんだけどな。
「客観的な判断材料が必要となります。聖女様、あまり兄上を庇い立てするとあなたもいらぬ嫌疑をかけられますよ?」
「私はあくまで聖女としての職務と使命に基づいて行動しています」
少なくとも表面上は、うん。
「ですがいいでしょう。あなた達がそういう高圧的な態度を取るのであれば、私も覚悟を見せねばなりません。殿下が悪魔になり変わっていることが明らかになった際には私も罰を受けましょう」
アレックスが下品な笑みを浮かべた。
あ、こいつ頭の中で私にセクハラしてるな?
一瞬、周囲に適当なサイズの壺がないか探しちゃったよ、ったく。
「よろしい。では早速異端審問といきましょうか」
「……」
「幸いここに、王家の倉庫に保管されていた”真なる姿見”を用意してあります。鏡に映るあらゆる者の真の姿を露わにするという宝具です」
げ、ちょっとまずいかぁ…?
と思っていたら。
「聖女様、構いません」
ロイが扉を開けて姿を現した。少し息が上がっている。
「兄上」
「…失礼。少々手が離せない用事があったので勝手ながら聖女様に対応をお願いしてたのですが、中から話は聞かせてもらいました。聖女様、ご迷惑をおかけしました」
目配せを送るロイの姿に私は気づき、笑みを浮かべて「いえ、これくらいなんでもありませんよ」と返す。それとなくほっと安堵の息を吐いた。
ロイはアレックス達の方へ向き直ると。
「周囲から向けられる疑いの目を晴らさずしてどうして民を導けましょうか。私は正々堂々とこの場で身の潔白を証明したいと思います」
アレックスの表情が不可解そうに歪んだが、すぐに気を取り直して言った。
「ご立派ですね、兄上。それでは場所を移して、本当にあなたが我が兄か証明して頂きましょうか」
*****
場所を移動し、王の御前で姿見に自らを晒すこととなった。
玉座に座る王は勿論のこと、近衛兵や宰相といった国の重鎮までもがこの場に勢揃いしている。
皆、一様に緊張した面持ちでロイを見つめていた。
「さて、それでは化けの皮を剥ぐとしましょうか」
アレックスが大仰な手ぶりを交えて言った。
やはり、妖精がロイに化けていたという事実は彼の中で確定事項らしい。
でも残念。
ロイはまったく躊躇することなく姿見の方へ進んだ。
自らの姿を映す。
「な……!」
驚いた声を上げたのはアレックスであった。
何しろ姿見に映るロイの姿は何一つ変わらなかったから。
「これで身の潔白を証明できたかな?」
事実を刷り込むようにロイは姿見の前でくるりと回って見せた。
アレックスは歯噛みしながら堂々とする兄を睨んでいたが、やがて絞り出すような声を発する。
「…疑ってしまい…申し訳……ありませんでした…!」
悔しそうに頭を垂れるアレックス。
…というか、あれ?
私はそれとなく場所を移動するとアレックスの背後に立った。鏡と彼を見比べる。
うん、やっぱそうだ。
私は足をすっと上げると、勢いよく踏み降ろした。
「ぎゃ!」
何やら鏡に異様な影が映っていたため、アレックスの側近として背後に控えていた優男の影を踏んづけてやったところ、同じ男の喉から出たとは思えぬしゃがれた悲鳴が漏れた。
「せ、聖女様…?」
困惑する宰相に私は鏡へ目を向けるよう言った。
「皆様、この者の影を姿見に映っているものと比べ見て下さい」
「?……ああっ!」
「は、離せっ」
鏡に自身が映らないようポジション取りには気を遣っていたのだろうが、妖精というのは得てしてこういうところで詰めが甘い。
私の足元の影は優男のシルエットどおりだが、姿見に映り込んだ影の頭部には立派な二本の角が生えていた。
逃げようともがく妖精の影を足で留めたまま、私は動揺するアレックスの方を向いて言う。
「悪魔はロイ殿下ではなかったようですね」
*****
「助かりました、殿下」
再びロイの執務室。
騒動が一通り片付いたタイミングで紅茶を飲みに訪れた私を出迎えたのは二人のロイだった。
「いいさ。これでアレックスも好き勝手できなくなる。父上のことだから流石に命までは取らないだろうけど、まあ二度と表舞台には立たせないだろうね」
成り代わり直後にある事実が発覚した。
そもそも私が壺で頭をかち割ったあいつこそ第一王子ではなく、妖精がなりかわった偽物だったのだ。
アレックスが数年前から用意していた替え玉で、自然な形で自分に支持が集まるよう悪い皇太子を演じさせていたらしい。然るべきタイミングで兄を追い落とす計画だったそうだ。
その皇太子本人はといえば、崖から突き落とされ、命は取り留めたものの、私が見つけて治療するまで記憶を失い、最近まで平民に混じって暮らしていた。
アレックスを糾弾するための証拠を集める間、今しばらくは平民暮らしを続けてもらっていたのだが、彼が”真なる姿見”を倉庫から引っ張り出したと舎弟妖精から連絡を受けたため、急遽本物に来てもらったというわけだ。
思った以上に状況が早く進行するため本物のロイが間に合うかひやひやしたものの、どうにか一件落着と相成った。
「じゃあ俺もようやくお役御免ってことでいいのかな、リリィ?」
妖精版ロイが問うと、だが本物ロイは頭をぽりぽり掻く。
「それについて相談なんだが、できれば今後も王子役を続けてもらえないかな?実はようやく親方に厨房を任されたばかりで今は料亭を離れるわけにはいかないんだ。その、親方の娘さんとも……ね…?」
ああ、どっぷり平民ライフに浸かって満喫していらっしゃるんですね。
「まあ、向こうで出来てしまった生活を今更壊せませんし、しょうがないですね…あ、代わりと言ってはなんですが今度エールを調達して貰えますか?聖女という立場だとそういうものが手に入りにくくて」
「勿論です。流石は聖女様だ。ありがとう」
全て円満に解決し笑みを交わす私と本物ロイの間で妖精ロイだけが渋い顔で。
「えー、結局どこまでもリリィの都合じゃないか!」
*****
ところで後日、私の姿が例の姿見に映し出されるアクシデントがあった。
「こ、この神々しいお姿は…!」
「天使…い、いや、女神様だ…っ!!」
程なくして私は十八歳にして史上五人目の大聖女となった。




