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第二十一話 決着

榊の付与による突貫が押し切れない

Date: 2016年10月27日 10:51

Location: バスラ外縁部 / バスラ市街南西部

Person: エリック少尉


---


エリックは、膝をついた姿勢のまま、無線を聞いていた。ずっと、駐車場の端で、蔦を王の獣に絡ませ動きを封じていた。バインド・オブ・ソーンを連続して展開するのは効率ではなかったが、それでも切らすわけにはいかない。魔術の過剰使用により鼻血は頬を伝って顎の先から落ちていた。目の焦点が時々ずれた。「榊中尉──」と誰かが叫んだ時、エリックは顔を上げた。王の獣の左肩に、斧が食い込んでいるのが見えた。碧く光る刃が外殻の裂け目に刺さったまま、止まっていた。その先に、榊がいた。血まみれで、両手で柄を押し込もうとしていた。

あれでは押しきれないだろう。考えるよりも先にエリックは魔術を解く。維持していた拘束をすべて解いた。冷静に考えればリスクしかないが、それが正しいとその時はそう信じていた。説いた分の魔術を別の形で組み直す。ロックニードル。バインド・オブ・ソーンとは別系統の、より攻撃的な術式。かつて瀕死の中、発動させた最も使い慣れた術式だ。彼はベルトの触媒袋を引きちぎり。中に入っていた岩粉と石英片を、すべて地面にぶちまけそこに残りの魔力を流し込んだ。ありったけの魔力を最大限短縮して発動させる。


「エリック!」


榊の声がした。その声に重なるように詠唱を叫ぶ。


「古き山肌の芯よ、眠らざる鉱脈の槍よ、我が呼び声に応え、立ちはだかる壁を貫け──ロックニードル!」


地面から、灰色の石の釘が一本、勢いよく射出された。狙いは榊の斧の背。狙いすました切先が、王の獣に刺さった斧を強引に押し込む。さらに深く。刃は外殻の裂け目を通り、内部のこじ開けていく。バリバリと音がし何かが砕けた音が響く。


その音が響いた瞬間、王の獣の巨体が大きく痙攣した。抉りこまれた斧の隙間から、内部の赤い光が漏れ出し、冠と外殻の継ぎ目からも同様に赤黒い光が漏れた。そして身体が揺れ……ゆっくりと前のめりに崩れた。

榊はその勢いで投げ出され、斧から手が離れる。刃は外殻にしっかりと食い込んだまま残った。榊は駐車場の砕石の上を、二回転してから止まった。止まった時、顔の側半分が土に埋まり、血で髪の毛は固まっていた。それでも、最後を見届けるべく身体強化の効力が切れきるまでは、かろうじて意識を保とうとした。

周囲の魔獣の動きが、ばらけた。王の獣が指揮者だったのだ、と榊は遠い意識で思った。指揮が切れた。それを見て榊もまた意識を保つことをやめ、暗闇へと沈んでいった。マザリモノが左右に散り、ワレモノが無意味に突っ込み、数匹は建物の影へ逃げた。さっきまで一つの意志の下にいた群れが、ただの群れへ戻っていく。


「押し込め!統率が切れた!」


コールの声が、遠くで聞こえた。第三小隊とクウェート戦闘団の火力が、一斉に前へ出た。駐車場の残敵を削り、搬入口の奥へ逃げる個体を押し返す。榊はそこで、意識を完全に手放した。


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戦闘が終わったあとも、しばらく誰も王の獣に近づかなかった。完全に沈黙しているかどうかを確認するには、近づく必要がある。一方で、近づくには完全に沈黙している必要があった。その矛盾を、誰も急いで解きたがらなかった。

最終的には、クウェート戦闘団のM1が、残った四発のうちの一発を残骸の横へ撃ち込んだ。衝撃でかろうじで繋がっていた腕がもげたが反応はない。工兵が無人機を飛ばし熱反応の低下を確認し、それをもってようやく歩兵が前へ出る。斧は細かなヒビが入ったが、王の獣の左肩に食い込んだまま残っていた。その間、榊は衛生兵に引きずられて搬出されていた。朦朧としておりほとんど失神していた。身体強化を限界まで回した反動で、身体の各所が小さく痙攣し、意識は途切れ途切れに戻る。戻るたびに、誰かが「生きています」と誰かに報告していた。それも現実だったかは定かではない。

アイシャも担架に乗せられていた。意識は戻ったらしい。呼吸はしばらく荒いままだった。左の鎖骨あたりに大きな打撲痕。幾つか肋骨が折れていそうだが、それでも彼女は、榊はの容態を気にしていたが、時期に再び意識を失った。

エリックは、触媒を使い切ったロックニードルの反動で、鼻血と耳からの出血があった。しゃがんだまま動けない。しゃべる気力はまるでわかなかった。おそらく後から強烈な反動が来るのだろう。そう考えすでに生じている頭痛、鼻血だけでも十分だなどと考えていた。それもあり彼は立ち上がろうとはしなかった。見つけた仲間の顔を一人ずつ確認して、その確認が終わったら、また膝の上に頭を落とし休んでいた。

大破したストライカーからの遺体回収が、並行して進んでいた。ダイアスのドッグタグは回収され、ミカエルは後送車両に載せられたが、衛生兵の顔つきで助からないことは全員が察した。クウェート戦闘団側にも、複数の戦死者がいた。エイブラムスの装填手が、主砲を撃った直後に倒れた。極度の緊張と疲労による失神、と中尉が後で言った。勝った、と誰も感じなかった。かろうじで生き残った、そう思った。

無線では、各部隊の報告が重なっていた。クウェート戦闘団は損耗を出したが壊滅は免れた。イタリアン・ブリッジ西側の障害は排除。バスラ市街南西部の進路は開いた。王の獣撃破確認。

言葉にすれば短い。だがその短さには、横転したストライカーも、血にまみれた担架の列も、血を吸った砂も入らない。言葉だけが前に進んでいくのだ。


---


熱反応低下の確認から、およそ四十分後、後方からMRAPが来た。AMARI所属のマーキングを付けたMRAP二両と、IFV一両。護衛のPMCの魔術師と武装兵が先に降り、残骸の周囲に立哨した。続いて白衣に防護ベストを重ねた研究員が数人、機材と保冷コンテナを降ろし始める。手際は良かった。榊は担架の上から、ぼんやりとそれを見ていた。意識は断続的に戻っている。指先すら動かせないが、どうやら致命的なけがはないようだが、逆に言えばその程度しかわからなかった。

AMARIの車列の一番後ろ、装甲車の横に、一人だけ動かない人影があった。黒髪。けだるげな目。白衣の上から薄手のコートを羽織っている。現場に出るつもりがない装備だった。それなのに、AMARIの主席研究員である九条はそこにいた。

彼女は王の獣の残骸へとゆっくり歩み寄る。そして長いこと見ていた。その間、彼女は一度も動かず、呼吸しているかさえ遠目にはうかがい知れなかった。

九条は、ゆっくりと視線を動か、王の獣の残骸、血痕、地面に転がる装備、そしてその先に、榊のブリーチングアックスが落ちていた。視線は斧に一瞬だけ止まる。それから、彼女は王の獣の残骸に再び視線を戻した。

何も言わなかった。榊の方は、一度も見なかった。正確には、一度だけ見た。視線が、ほんの一瞬、担架の上を通り過ぎた。それは合ったとは言えない角度だった。


---


ハサンが新しい通信を受ける。


『バスラ市街南西部、確保。アマーラ戦闘団はクウェート戦闘団と合流。後続部隊を通すため、負傷者の多い部隊に関しては再編を行い負傷者後送を優先せよ』


「いったん休憩だな!」


コールがそう叫ぶ。無線を切ったあと、彼は一度だけ、駐車場の中央の残骸を見た。AMARIの研究員たちが、保冷コンテナに外殻の破片を分けて入れていた。作業は静かだった。彼らは手順に従って黒い結晶を仕分けていた。エリックが、担架の上で無線の内容を聞こうとして、衛生兵に止められていた。


「少尉」


二人は隣り合って担架に寝かされていた。そこで榊が呼ぶが声は小さい。


「寝ていろ」


「……状況だけ」


「ダメだ、寝ていろ。魔力切れの反動はキツいぞ。休め」


今度は少しだけ強く言った。エリックは不満そうに口を閉じた。数秒後、目を閉じる。眠ったかどうかは分からない。遠くでまた砲声が鳴った。バスラの大部分はこれで取り返した。だが戦闘は終わっていない。後送は詰まり、掃討は続き、戦いは続く。

多くの犠牲をだしたが、王の獣を排除できた。検体としても十分であり、研究が進めばより効率的な戦闘ができるようになるかもしれない。何はどうあれ進むしかない。痛みをこらえ、喪失を受け入れ、それでも足を止めるわけにはいかなかった。


バスラの主だった戦闘は終結に向かう。

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