絆[上司と部下]
※この話はフィクションであり、実在する人物、組織、団体等全てとは一切関係ありません。
寒空の下で1人、警視庁を見上げた。
憧れて、憧れて、やっと辿り着いた夢。
だが今日、俺は警察官を辞めた。
― 絆 ―
「……」
ジャケットの内ポケットが震る。
俺はその振動に少し戸惑うも、未だに震えが止まないそれを取り出し、片手で開いた。
「……はい」
耳に宛がい口から出た第一声は、心なしか震えたものだった。
『今の気分は?』
聞こえてきたのは男特有の濁声。
それが発せられる大きな口が、頭に浮かぶ。
「妙な気分です」
俺が静かに言うと、想像もしなかった言葉が返ってきた。
『すまなかった』
らしくない、謝罪の言葉。
「何、」
『悪事の片棒、担がせちまった』
力ない言葉に、あの広い背中が、肩を落とす姿が脳裏に浮ぶ。
それが苦しくて、
「アレは勝手に俺が!アンタは何も、」
泣き出しそうな嗚咽混じりの声を必死に抑える俺に、
『俺はよ、お前がする事。必ずワケがあるって思った』
「!?」
『ホントは上司の俺が守ってやんなきゃいけねぇのによ』
「俺、」
言葉を口にしようとしたら、静かな声が遮った。
『お前のした事、決して許されねぇ』
「……はい」
『でもよ、誰もお前を責めたりできねぇよ』
「……っ」
掠れた声を耳にした瞬間、あの厳つい顔を、悲しみに歪ませる姿が頭に浮かぶ。
『ホント辛かったな。お前、』
俺がよかれと思ってした事は、結局この人を、仲間を苦しめた。
もう、顔向け出来ないと思った。
すると、
『忘れんな』
「え?」
『俺たちゃ組織だがその前に』
血の通った仲間だ。
「!」
『愛してるぜ、我が息子』
今、気づいた。
所々塗装の剥げた年代物のそれを耳に宛がい、大きな掌で黒髪を刈り上げた後ろ頭を掻く。
この人は今、近くにいる。
それは人前で泣けない俺の為に、姿を現さないこの人なりの不器用な優しさ。
俺は俯き、肩を震わせ、
「アンタで、ホントよかった」
そう呟くと『バーカ』と笑われ、けど、時折鼻を啜る声に向かって、
「ありがとう、ございました」
深々と、頭を下げた。
end