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【6000PV感謝】最強魔法士の魅了が彼女には効かない件 ~最強魔法士は彼女の隣を手放せない  作者: 雨屋飴時


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5-2  魅了されない君と隠しごと 

 


 キッチンへ行くと、リュシアがポットにお湯を入れていた。

 薄手のシンプルなロングワンピースが、体の曲線を柔らかく縁取る。

 半袖から覗く白い腕は華奢で、とても素手で熊を倒せるようには見えなかった。

 昼間はカーディガンを羽織っていた為気づかなかったが、右の二の腕には包帯が巻かれている。

 怪我でもしているのだろうか。

 

「……お風呂、ありがとう」


「ううん。

 ケープ、またつけたの?

 そっちにかけておいていいよ」


 何ともなしに言うリュシアに、フィリクスは苦笑する。

 うん、と頷いたものの、女子の前でケープを脱ぐのはやはり恐怖心が襲った。

 リュシアが魅了されないことはもう分かっているのに、指が震える。

 恐る恐るケープをラックにかけて、椅子に腰をおろす。 

 しかし、やはりリュシアは何も反応しなかった。

 こっちを見ることさえない。

 震えていた自分を、大笑いしてやりたい気分だった。


「これ。あったまるよ」


 差し出してくれたお茶からは、シナモンとジンジャーの匂いがした。

 お礼を言ってカップを両手で包み、一口飲む。

 ほのかな蜂蜜の甘みに、体がじんわりあたたまった。


「……あの、ごめんなさい」


「え?」


 ぽそり、と謝罪が聞こえて前を見ると、リュシアが目を伏せていた。


「ごめんって、何が?

 あ。もしかして、これ何か変なハーブ入ってる?」

「入ってない!

 そうじゃなくて……嵐に気づかなくて」


 ああ、と合点がいく。 

 外では、風と雨がまだ騒いでいた。

 やみそうもない、嵐。


「夜に寝てるのは、当然のことでしょ。

 そんなこと気にしなくていいのに」

 

 やっぱり優しいんだね、と言ったら、彼女はまた怒るだろうか。

 口を尖らせる姿を見たかったが、自重しておいた。 


「だって、風邪ひいて責められてもやだから」

「えー?」


 また憎らしいことを言う彼女に、素直じゃないんだから、と頬が緩む。


「責めたりなんてしないよ。

 そもそも、女の子の前でこんな風にケープを外せるのだってどんなに嬉しいか」

「え?」

 きょとん、とこちらを見るリュシア。

 フィリクスはお茶を一口飲む。


「《香り》のこと、話したでしょ。

 本当に大変なんだよ。

 付きまとわれたり、喧嘩が始まったり、同僚の恋人が魅了されちゃって修羅場になったり……。

 でも、君は俺がケープを外していても全然平気でしょ」


「……うん」


「それが、俺にはすごーく心地いい。

 まあ、君が魅了されないのは不思議だけどね。

 なんでなんだろう」


 何か心当たりある?

 そう聞こうとして、すんでのところで飲みんだ。

 

 気づけば、リュシアの顔が、こわばっていた。

 それ以上聞いて来ないで、と全身で叫んでいる。

 これだけの反応があるのだ。

 やはり、魅了されないことについて、何か心当たりがあるのだろう。

 嘘が付けない子だな、と思わず苦笑する。

 聞きたい気持ちは山ほどあったが、それ以上は踏み込めなかった。

  

 彼女は、魔力の《香り》がしない。

 《香り》の強さは魔力量と直接関係する。

 エラディア王国は魔力量の大きさを重視する国だ。

 ゆえに、魔力量の少ない者を差別する人間もいる。 

 魔力量の話は、かなりデリケートだった

 もし、その心当たりが魔力量と関係しているなら、踏み込むのは早すぎる。 

 そんなことで、リュシアに警戒されたくなかった。


 窓を叩く雨の音。風が木々を揺らす音。


「ほんと、すごい雨だなあ」


 ごまかす様に、フィリクスはお茶を飲む。


「リュシアっていろんなお茶を知ってるよね。美味しいし。

 後、魔草とかも」

「お茶と魔草は、母に教わったの。

 魔草って、摂取の仕方で効能が変わったりして面白いんだよ。

 他にも、この森で生活するために必要な知識を色々……」

「熊を素手で倒す技とか?」

 お茶を飲みながら、リュシアを伺う。

 まだ、その表情は硬い。

 こちらを見もしない。


「あれは、カイリキ草っていう魔草の力なの。

 しばらくの間、身体能力を上げてくれる」

「え! そうだったの」

「うん」

 

そういえば、あの時も『効いてる』とか言っていた。そういうことだったのか。


「もし、あの時リュシアが助けてくれてなかったら、俺は今頃森で餓死してるか、もう局に捕まってたかもね」


 フィリクスが言うと、ようやくリュシアの瞳がこちらに向いた。


「そう、かな」

「そうだよ。今、俺がここにいられてるのはリュシアのおかげ」


 女の子とお茶を飲んで、落ち着いて話ができることさえ、一生ないものだと思っていた。

 知らない人を家に入れるのだって、勇気がいっただろう。

 それでも、リュシアは助けてくれた。家に入れてくれた。

 リュシアの嫌がることは、なるべくしたくない。


「だから、感謝してる」


 思いが伝わればいいのにと思って発した言葉は、リュシアにどう届いただろうか。

 リュシアは戸惑うように目を泳がせる。

 そして、ふと、悪い笑みを浮かべた。


「――まずいポトフを食べさせられたのに?」

「あれは……ごめん今良い言い訳が考えられない」

「ひどい」

「ごめんって」

「嘘」


 くすくす、と彼女が笑っている。

 やっと見れた、柔らかい表情。

 可愛らしい笑い声に、どきりと心臓が跳ねた。

 

 なんだ、これ。

 

 初めての感覚に、思わず胸に手を当てる。

 なんかむずむずする。

 でも、悪くない。

 



 嵐は、いつの間にかおさまったようだった。

 

「じゃあ、おやすみなさい」

 リュシアにタオルケットを手渡され、フィリクスはうん、と頷く。

「本当にここで寝てもいいの?」

 この家で最初に寝かせてもらっていたソファベッドを視線で指す。

「だって、テントはもうないし……明日の朝はフレンチトーストつくってくれるって約束でしょ」

 加わった呟きに、自然と心が沸き立つ。

「じゃあ、おいしいの作るね」

 答えると、リュシアの瞳が一瞬輝いた。

 それは自分に向けられたのではなく、フレンチトーストへの期待に輝いたものだ。分かってはいても、素直な表情に目が離せない。


「おやすみ」


 リュシアが部屋へ戻るのを見送って、ソファへ横たわる。

 タオルケットをかけると、魔力の《香り》ではない、花のいい匂いがした。

 







たくさんの小説の中から読んでくだり、ありがとうございます。

もしよろしければ、ブックマークや下の☆にて評価等にて応援頂けると嬉しいです。


引き続き次回もぜひ、よろしくお願します。


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