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【6000PV感謝】最強魔法士の魅了が彼女には効かない件 ~最強魔法士は彼女の隣を手放せない  作者: 雨屋飴時


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5-1 夢と嵐と






『――リュシア。困ったときは、このおまじないを唱えてね。

 きっと、貴女を助けてくれるから』


『わかった、お母さん』


『でも気を付けて。

 ムコウ草は――』

 

 優しい声と抱擁が、次の瞬間闇に飲まれる。

 お母さん、と呼びかけ――次に目の前に現れたのは、街ですれ違ったあの男。

 その口が、醜く歪む。


 ――できそこない



「!」

 はっ、と目覚めると、部屋はまだ暗かった。

 窓を打つ激しい雨音。雷鳴。

 深くため息をついて、身を起こす。 

 夢の残滓が、まだ胸にくすぶっていた。

 久しぶりに、母の声を聞いた気がする。 

 おまじないは三年前に教わったっきりだが、それでもちゃんと覚えていた。

 リュシアにとってのお守りだ。


「………」


 右腕を、そっと摩る 。 

 雷光が瞬き、裂くような音と共に家が揺れた。

 近くで落ちたのかもしれない。

 昼はあんなに天気が良かったのに。

 

 その時、はっ、と思い出す。


「……っフィリクス!」


 貸したテントは簡易的なものだった。

 こんな嵐は耐えられない。

 リュシアは慌てて玄関へとかけた。


◆◆◆


 玄関の扉を開けると、彼は軒先にぼんやりと立っていた。

 風に煽られ、雨が吹き込んでくる。


「フィリクス……!」

「――あれ、リュシア。どうしたの」


 振り返った彼が、ぱちくりとこちらを見る。

 深紅の髪はずぶ濡れで、前髪から雫がぼたぼたと落ちていた。


「どうしたの、じゃないでしょ。テントは?」

「あー……それは、あっち」


 指さした先で、昼に建てたテントが木にひっかかってぐしゃぐしゃになっている。


「風で飛ばされちゃってさ。ごめんね」

「っ謝らなくていいから。早く、こっち入って」

「え、でも……」

「いいから。雨が入ってきちゃう」


 戸惑って動かないフィリクスを促すと、彼はようやく玄関へ足を踏み入れた。

 髪や服から落ちる雨垂れが、ぼたぼたと床に水たまりを作る。


「いつからあそこに立ってたの?」

「……結構前かな」

「体、冷えたでしょ。お風呂入ってきて」

「え」


 露骨に嫌そうな顔。

 そういえば、さっきもお風呂は拒否していた気がする。


「お風呂嫌いなの?」

「そういうわけじゃないんだけど……苦手っていうか……」

「風邪とかひかれたら迷惑だし、行ってきて」

「…………」


 返事がない。

 ちょっと言い方がきつかっただろうか。

 そっと顔を伺うと、なぜかフィリクスはにこにこと笑っていた。


「……何で笑ってるの」

「いや。迷惑ってことは、風邪引いたら面倒見てくれる気があるんだなって。

 なんだかんだ、リュシアって優しいよね」


「!」

 

 思ってもいなかった返答に、顔が熱くなる。

 深紅の瞳が、面白そうにこちらを見ていて、余計いたたまれなかった。


「いいから、早く行って!」

「はいはーい」


 と、フィリクスは上機嫌に浴室へ消えていく。


「……っなんなんの、あの人」


 怒りとも恥ずかしさとも付かない気持ちが口に出る。


 でも、リュシアが行かなければ、フィリクスはずっと軒下で嵐が過ぎ去るのを待っていたんだろう。

 起きれて良かった。

 思わず、ほっと出たため息に「ん?」と自答する。

 嵐だからって、今日会ったばかりの人を家に入れて、わたしは何をしているんだろう。

 

 ただ――

 

 フィリクスは、リュシアから魔力の《香り》がしないと気づいているはずだった。

 リュシアの魔力は微量だとも、思っているだろう。

 それでも、フィリクスは今もリュシアを否定してこない。

 蔑みや同情のないフィリクスの眼差しが、この世界の一員としてリュシアを認めてくれているような、そんな気にさせてくれたのは事実だった。


 糸で固く巻いた心の内が、少しほどけていくような感覚。 

 でも、もし本当のことを知られたら――


「っ……」


 ふいに、心の中に靄がかかり、闇がのしかかる。

 リュシアは首を振る。 

 落ち込むことなんてない。

 わたしが出来損ないなのは、分かっていることじゃないか。

 そう。

 期待なんてしていないのだ。

 私にも、他人にも。


◆◆◆

 

 湯船につかりながら、フィリクスは天井を見上げた。

 

 女の子の家でお風呂に入っているなんて。


「ありえないよなー……」


 小さな呟きはお風呂の中で反響する。 

 ケープを脱がないといけないという一点で、お風呂は苦手だった。

 そもそも、ケープ自体、局の男子寮以外では脱がないようにしていた。

 湯船にまでつかってゆっくりしている、今の自分はありえない姿だ。


「――フィリクス」

「っはい!」


 ふいに浴室の外からリュシアの声がして、フィリクスは反射で立ち上がる。

 そして、はっと気づいて慌てて湯船に浸る。


「な、なに?」

「服だけど、そこの魔道具で洗濯してね。すぐ終わるから」

「あっ、うんっ。ありがとう。

 ていうか、ごめん。勝手に使ってる」

「ううん。ならいいの」


 遠ざかる足音を聞きながら、お湯の中でため息をつく。

 び、びっくりした。

 鼓動がすごいことになっている。

 思わず逃げようとしてしまったが、そうか、リュシアの場合は逃げるんじゃなくて隠すのが正解だよなとかよく分からない思考が頭をめぐる。


 はー……


 大きくついたため息が、つい笑いに変わった。

 

「もー……すげーなー」


 ケープを外していても、なぜか彼女は魅了されない。 

 そのくせ、『優しいんだね』と言っただけで、顔を真っ赤にしてしまう。

 慌てて急に怒り出した彼女の様子を思い出して、つい口が緩む。

 なにあれ。かわいかったな。


 「え」


 そう思った自分の思考に驚く。

 今、かわいいって思ったの?


「………」

 

 自分の思考が信じられず、なんだか面映(おもは)ゆくなって、フィリクスはお風呂に顔を潜らせた。

 







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