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【6000PV感謝】最強魔法士の魅了が彼女には効かない件 ~最強魔法士は彼女の隣を手放せない  作者: 雨屋飴時


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4-1 ダルセインの受難



 魔導特務課――執務室。


 主任であるダルセイン=ヴォルク=アストレインは、机に積まれた書類の山を睨みつけ、忌々しげに呟いた。


「――クソフィリクスが」


 整然と積み上げられたそれは、五日前、部下であるフィリクスが引き起こした『アリシア令嬢誘惑事案』に関するものだ。


「ダルセイン様、グランヴェル公爵家からの再度の催促です。早くフィリクスを連れて来いと……」


 部下の一人が、恐る恐る新たな書状を差し出してくる。

 

 書類を受けとり、思わず舌打ちした。

 その紙の端に、公爵家の紋章が仰々しく刻まれている。

 部下の肩がびくっと跳ねた。


「――あいつはどれだけ問題を起こせば気が済むんだ……」

「そ、そうですよね」


 居心地悪そうに肩をすくませる部下を横目に、ダルセインはため息をつく。


 フィリクスが魔法管理局に入って早三年。

 フィリクス関連の事案報告は、大小合わせるとすでに百を超えていた。


 その度に「助けてダルセイン様ぁああああ!!」と名指ししてくるのだから勘弁してほしい。

 耳の奥で、あの甲高い声がまだ反響している気がした。

 

 まあ、《香り》のせいでこれだけ事件に巻き込まれるフィリクス自身が一番理不尽な思いをしているのだろうが。

 

 今回は相手が悪かった。

 

 グランヴェル公爵家は、魔法管理局に多額の寄付をしている家柄だ。魔法管理局にとって、無下にできる相手ではない。

 

 目撃者から聞いた話から察するに、令嬢がフィリクスの《香り》に当てられているのは間違いなかった。


 魔導特務課のあるフロアは、《香り》の被害者がでないよう全面女性禁制区間にしている。

 

 それなのに、これでは意味がない。

 

 グランヴェル公爵家に、フィリクスの《香り》について説明はしたが分かってもらえなかった。

 頭が痛いが話だが、いまだにアリシア令嬢はフィリクスの名前を連呼しているらしい。

 

 フィリクスの魔力の《香り》は異常だった。

 《香り》自体はすっきりした甘い香りなのだが、無意識に誘われるような、抗いがたい何かを持っている。

 男のダルセインですら感じるのだから、《香り》に当てられた女性は抗うことさえできず翻弄されるだろう。

 

 せめて、アリシア様が早く正気に戻ればいいのだが……

 

 本人の意思とは関係なく、女性関係でしょっちゅうもめているフィリクスに、同情する部分もある。

 

 二週間もあればアリシア嬢も正気に戻るだろうが、グランヴェル公爵は待ってくれない。

 フィリクスを捕えて引き渡すしか、この件を収める方法がない。

 

 管理局の決定なのだ。

 今回はめったに出せない探査魔道具の使用許可まで出ている。

 もう何度目かのため息を吐き、ダルセインは立ち上がる。


 「【広域探査】(イサリアル・スキャン)


 唱えると、部屋が暗くなり探査魔導具が光を放った。

 

 執務室の中央に、広大なエラディア王国の地図がホログラムのように浮かび上がる。

 青い光線が地図上をゆっくりと這い、色とりどりの光点が地図に現れた。


 光点は、エラディア国民一人ひとりの魔力を可視化したものだ。

 探査魔道具さえ使えば、誰がどこにいるかすぐに分かる。


 国にかかればすぐに居場所さえばれてしまうと感じるこの瞬間は、あまりいい気分ではない。

 

 光の海を前に目を閉じ、ダルセインは魔力の《香り》を探った。

 感覚を研ぎ澄ませ、《香り》に集中する。

 

 王国内のあらゆる《香り》が、まるで波のようにダルセインに押し寄せていた。

 その混沌とした《香り》の渦から、特定の《香り》を探し出すのは至難の業だが、

 フィリクスほどの強大な魔力を持つ者ならどこにいたって目立つだろう。


「……天才は苦労するな」


 呟いた皮肉に答える者はいない。

 しかし、「ダルセイン様こそ天才じゃないですか」とおちゃらけるフィリクスの声が聞こえてくるようで、思わず口角が上がった。

 

 ティルフォレの森。

 その深部から間違いなくフィリクスのものだと断言できる、魔力の《香り》を感知した。


「見つけたぞ、クソやろう」

 

 居場所を更に特定しようとし――ふ、と探査魔道具が切れた。


「?」


 どういうことだ。

 確かに今、フィリクスの《香り》を探知したのに。

 

 微かな困惑が胸をよぎる。

 《香り》が消えることがあるとすれば死んだときくらいだ。

 

 ティルフォレの森は危険生物の巣窟と聞くが、フィリクスがそれらに襲われたところで死なないことは断言できた。

 恐らく、一瞬で灰にするだろう。


 頭にふと、嫌な予想が浮かぶ。


 エラディア王国では、人を魔力やその《香り》で管理している。

 十歳になったら、すべての国民が《香り》を魔力識別魔道具を使って登録する。

 指紋のように、魔力の《香り》には同じものがない。

 その特性故、個人の存在識別や魔法管理局での査定、存在証明に魔力の《香り》は使われていた。

 

 故に、魔力の《香り》を消すことは、エラディア王国では禁忌事項だ。


 《香り》を抑える魔導具は存在しても、完全に消す魔法や魔草については研究することさえ禁じられている。


 ――まさか禁忌に手を出していないだろうな


 これだけ《香り》で問題が起きるのだから、消したくなる気持ちは分かる。

 分かるが……

 禁忌を犯した者は即処刑だ。


「これ以上厄介ごとを増やすなよ」

 

 地の底から這うような声で、ダルセインは歯噛みする


「ティルフォレの森の西部へフィリクスを捕えに行く。至急、精鋭部隊を編成しろ」

 

 命ずると、部下は敬礼して執務室を去った。


 呼ばれた課の術士たちが反応し、慌ただしく装備を整え動き出す気配がする。


 不可解な状況ではあるが、ティルフォレの森にフィリクスがいるのは間違いない。


 

 漆黒のケープを翻し、ダルセインはティルフォレの森へと急いだ。






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