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【6000PV感謝】最強魔法士の魅了が彼女には効かない件 ~最強魔法士は彼女の隣を手放せない  作者: 雨屋飴時


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3-2 ダダモレ草とまずいポトフ





 ケープを取って尚、《香り》に魅了されない女の子がいるなんて。


 何やらキッチンで準備しているリュシアを見やりながら、フィリクスは改めて衝撃を受けていた。

 起きた時、魅了された様子のない彼女を見て、ケープが効いてくれているんだと安心した。

 そして、ケープが外れていると気づいた時――胸に沸いたのは驚きと歓喜だ。

 信じられないが、彼女が魅了されている様子は微塵もなかった。

 彼女から放たれる警戒した声が嬉しくて、つい笑ってしまう。

 ……なんか変態みたいだけど。

 次に沸いたのは、どうして魅了されないのかという疑問だった。

 できることなら、このままここにいて、原因を突き止めたい。

 魅了されない訳を知りたい。

 

 やがて、何か準備の終わったらしいリュシアが、フィリクスの前にスプーンを差し出した。


「これはダダモレ草」

「ダダモレ草?」

 

 見ると、そのスプーンの上には鮮やかな青色の乾燥草がのっていた。


「これを入れたお茶はね、嘘をついた人が口をつけると色が変わるの」


 と、彼女はピンクのお茶へそれを入れ、ぐるぐるスプーンでかき回す。

 そして、すくったお茶を一さじ飲んだ。


「あ」

「わたしも飲んだら、毒はないって信用できるでしょ。

 事情を話すなら、これを飲んでからにして」


 もとより、リュシアが毒を入れなんて思っていない。

 入っていたとしても、治癒魔法でどうとでもなる。

 それより、タダモレ草に興味が沸いた。

 生活する上で必要を感じたことがないため、魔草の知識はほぼ持っていない。

 そんな魔草があるなんて。


「分かった。ただ、話す前に、少しお願いが」

「何?」

「事情を話したら、さっきからおいしそうな匂いをさせてるあの鍋の中身もごちそうしてくれない?」


 キッチンでコトコトさせているその鍋を指すと、リュシアが眉を寄せた。けれど、すごく嫌そうというわけでもない。

 そういう隙が、リュシアにはあった。

 多分、リュシアは根が優しいのだ。

 他人ながら、悪い人に付け込まれないか少し心配になる。

 まあ、これから俺がつけこもうとしているわけだけど。


「図々しいな。まあ、それくらいなら別にいいよ」

「わあ、ありがと。大丈夫。正直に話すよ」

 

 と、フィリクスはダダモレ草の入ったお茶を飲む。

 

 事情を話す上で懸念していたのは、《香り》に魅了されるという事象(こと)を信じてもらえないことだった。

 リュシアは《香り》に魅了されないから、説明が難しい。

 けれど、嘘をついていないと証明できるなら話は違った。

 同情に訴えて、泊めてほしいと訴えるくらいはできるかもしれない。

 ……そんなに上手くいくかな。

 いや、どうか成功させなければ。 


 ピンクのお茶を眺めながら、フィリクスは口を開く。


「――魔力ってさ、《香り》があるでしょ。

 俺、それが特殊なんだよね」

「……?」

 

 リュシアが小首を傾げるので、思わず苦笑する。

 同情の道は遠そうだ。

 でも、魅了されるよりずっといい。


「あのね――」



◆◆◆


 ことの顛末を要約して話すと、リュシアは思い切り眉を寄せた。


「まあ、そういう顔になるよね」


 フィリクスは壁に背をもたれる。

 女の子を魅了する特異な《香り》のこと。

 三日前、貴族の令嬢が魅了されてしまったこと。

 以前同じようなことがあった時も『誑惑罪』で囚われ、拷問の末死にそうになったこと。

 まるで作り話みたいだな、と自分でも思う。

 そんな時の、ダダモレ草(これ)なわけだ。

 と、フィリクスはもう一度お茶を飲む。


「でも、ほら。色変わってないでしょ」 

 

 お茶は鮮やかなピンク色のまま。

 うーん、とリュシアが唸る。


「……信じがたいけど、嘘じゃないのは分かった。

 それで拷問は確かに理不尽、かも」


「娘が庶民に(たぶら)かされたって、多分公爵は勘違いしてる。

 《香り》の効果は長くて二週間。

 その後なら、捕まったって説得できる。だから、それまで捕まりたくなくて……」

「だから今は攻撃魔法を使わないわけね」

「そう」


 うーん、とリュシアが考え込むように目を伏せる。

 ダダモレ草が証明しているとはいえ、異性を魅了させる魔力の《香り》があるなんて信じられないのかもしれない。

 実情を知らない同性に話をすると、いつも突っ込まれる。

 

 ――本当に女が魅了される《香り》なんてあるのか?

 

 フィリクスの《香り》自体は、石鹸の甘い匂いに似たよくある種のものだ。

 だからこそ、話だけでは信じてもらえない。

 開口一番、リュシアも「そんなよくある《香り》なのに?」と言ってくるだろうと思っていたのだが、彼女はそう言わなかった。

 《香り》といえば、ずっと疑問に思っていることがある。

 彼女から魔力の《香り》がしないことだ。

 魅了もされないし、《香り》もない。

 魔力量が極端に少ないのだろうか。

 でも、それならフィリクスの《香り》にすぐ魅了されたはずだ。

 リュシアへの興味がふつふつと沸く。

 

 黙りこんでいるリュシアに、フィリクスは手を合わせてダメ元で尋ねる。


「――ね、ちょっと図々しいんだけどさ、できたらご飯だけじゃなく、十日間……いや、一週間でもいいから匿ってくれない?」


 調子よく言ってみたものの、帰って来たのは鋭い視線。


「泊めるなんて無理に決まってるでしょ」

 

 ぴしゃりと言い切られ、フィリクスは苦笑する。


「まあ、だよね」


 やっぱりだめか、ため息をつくと、目の前にそっとお皿が差し出された。

 中には、野菜とベーコンがごろごろ入っている


「わあ、ポトフ」


 美味しそうな匂いに、思わず喉が鳴る。


「貴方が理不尽な目にあってるのは分かったから、これはあげる。

 でも、食べたら出て行って」


 被害者、という言葉に頬が緩む。

 『被害者』と呼ばれるのはいつも《香り》に魅了された女の子で、フィリクスはいつも加害者だった。


 何かここに留まれる手はないかと考えたが、これ以上引き下がっても仕方がない。

 女の子だし、警戒されるのは当たり前のことだ。


「――わかった。

 ありがとう。じゃあ、いただきまーす」


 残念に思いながら、目の前のポトフに集中する。

 早く食べさせろと、さっきからお腹がぐうぐう鳴っていた。

 スプーンですくい、一口食べる。

 その味に、フィリクスは、思わず目を見開いた。

 

 まっっっっず……

 

 思わず口から出そうになって、慌てて抑える。

 

 こんなに良い匂いなのに、なんで。

 え、毒でも入ってる?

 

 リュシアを見るが、その目に悪意は感じ取れない。

 リュシアが小首をかしげる。


「どう?」

「え、いやっ、その…っ」


 なんでこんなにまずくなったの?

 お茶はあんなにおいしかったのに。

 浮かんで消えない失礼な言葉に首を振り、違う言葉を探そうとするが上手く浮かばない。


「おいしい?」

「お、おいしいですっ……ん?」


 思わず頷いて、しまったと思った。

 ピンクのお茶が、じわりと青く濁っていく。


「あ」


 呻いたのはどちらだったか。


「………」

「………」


 長い沈黙。

 やがて、リュシアの目がすうっと細められる。


「おいしくないってことよね」

「ち、違うよ!

 個性的な味っていうか…っその……」


 だめだ。どんなに取り繕っても誤魔化せない。

 恐るべしダダモレ草の効果。

 

 フィリクスはお皿に残ったポトフを一気にかきこむ。空になったお皿。


「嫌な気持ちにさせてごめん。

 でも、出してくれた気持ちが嬉しいのは本当だよ」


 じとり、と見てくるリュシアに、フィリクスは苦笑する。


 だったら貴方がつくってみてよね、という小さな呟きを、フィリクスは逃さなかった。


「え、いいよ。

 そうだ。お詫びと言ってはなんだけど、キッチンを使ってもよかったらデザート作るよ。

 得意なんだ。甘いものは好き?」


「……好き……だけど……」


「そう。じゃあ、ちょっと待ってて」


 と答えて、フィリクスはキッチンに立つ。

 

 手配書が出ているのを知らなかったことからして、リュシアはあまり街へ行ってはいなさそうだった。

 数年前に流行ったデザインのワンピースを着ていることから、街に出たとしても必要最低限の買い物しかしていないと見受けられる。

 

 街で外食等したことがなく、いつも自分で作ったまず……いや、個性的な料理を食べているとしたら――

 思わずにやり、と口角が上がる。

 これは飛び込んできたチャンスだった。


 絶対に成功させる。いや、もう成功したも当然だ。


「材料費はもちろん出すから、使っていいもの教えて」 


 胸にうずまく陰謀を隠して、フィリクスは穏やかにほほ笑んだ。


◆◆◆


「どうぞ」

「なに、これ」


 リュシアに器を差し出すと、素直な感想が返ってきた。

 ガラス製のお皿に乗せた、白くて冷たい魅惑の塊。


 やはり、リュシアはこれを知らないらしい。

 思わず上がりそうになる口角を慌てて抑える。


「アイスクリームだよ。今街で流行ってるんだ。食べてみて」


 促すと、リュシアはちょんちょん、と警戒するようにスプーンでそれをつついた。


「毒なんて入ってないよ。とけちゃうから、早く」

「とける……?」


 小首をかしげ、リュシアはスプーンで少しだけすくってやっと口に入れる。

 

 瞬間、リュシアが目を見開いた。  

 アイスクリームに向けられたその瞳が、きらきら輝く。


「おいしい?」


 こくこく何度も頷くリュシアに、フィリクスは笑って見せる。


「喜んでもらえて嬉しいな。最近だとタルトタタンとか、プリンとかも流行ってるよ」


「プリン……絵は見たことある。

 もしかして、作れる?」


「うん」

 

 きらめく瞳が、フィリクスに向けられる。

 かわいらしいことだ。


「もし良かったら、また作るよ。

 ――ああ、そうか。

 俺、もうここから出て行かないといけないから無理だね」

 

 残念、とほほ笑んだフィリクスに、リュシアの顔が引きつった。


「っ……」


 だめだよ。今更気づいても、もう遅い。

 できるだけ優しい声色で、フィリクスは畳みかける。


「アイスもおいしいけど、プリンもすごーく美味しいんだよ。

 もし今日泊めてくれたら、おやつの時間にでも作るんだけどな」

 

 そして、ダメ押しの一手。


「あ、良かったら夕飯も作るよ。デザート付きで」


「…………家にテントがある。そこで生活するのでもいいのなら」


「いいの?

 わあ、ありがとう!」

 

 しぼるように答えたリュシアに、フィリクスは満面の笑みを浮かべて見せたのだった。









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