2-1 俺を好きにならないで?
キッチンの隅。ソファに青年を寝かせ、リュシアは息を吐いた。
後ろで編まれた深紅の髪。白い肌。すっと通った鼻筋。切れ長の瞳はまだ開きそうにない。
リュシアの中で、彼への気持ちは募っていた。
彼の言葉をもう何度思い出しただろうか。
――俺を好きにならないで。
「うーぅ」
もう寒気が止まらなかった。
絶対、変なヤツであることは間違いない。
大体、笑顔もなんだかうさん臭かった。
魔物か獣の餌になってしまっては気が引けるので家に連れ帰ったが、あのまま放っておけたらどんなに良かっただろう。
「――早く起きてよね」
そんで早く出てって。
と、願いを込めて睨みつける。
改めてよく見ると、彼の着ている服はボロボロだった。
しかし、ケープには傷一つない。
じんわり暑くなってきた六月にしては厚手の黒いケープ。
青年の額には、汗が浮いていた。
絶対脱いだ方がいいでしょ、と思ったが、勝手に人のケープを外すのも憚られる。高価そうだし。
「……まあ、なんか苦しそうだしね」
なんとなく言い訳をして、リュシアはケープに手を伸ばす。
肩の留め具が目に入ったのは、その時だった。
月輪に六花と香炉が描かれた紋章。
それは、かつてリュシアが憧れた魔法管理局の紋章だった。
胸が、ぎしりときしむ。
エラディア王国の国民は、誰もが魔法を使って生活している。
魔法を使うために必要な魔力量は生まれつき決まっているが、魔法管理局は魔力量の多い者だけが働ける場所だった。
魔力量が多ければ、庶民も貴族も関係なく招集状が届く。
それが、魔法管理局で働けるという合格通知だ。
招集状が届いて、喜ばない庶民はいない。
香炉付きの紋章は、その中でも特に魔力量が多く、才能のある上級魔法士だけに与えられるものだとリュシアは知っていた。
「なんだ。魔法、使えるんじゃん」
出た声は思ったよりも暗い。
「上級魔法士なら、熊くらい簡単に倒せたでしょ」
どんどん沈んでいく胸の内に、ふるっと首を振る。
そして、ケープの留め具をかちりと外した。
ケープがはらりとほどけて――青年のまつ毛がぴくりと動く。
「あ。起きて」
ここぞとばかりに青年の肩を揺らすと、青年は「うう」と呻いた。やがて重そうに瞼を開ける。
リュシアと目が合うと驚いた顔して、逡巡の後ゆっくりほほ笑んだ。
「重ね重ねごめん。助けてくれたの?
ありが……」
体を起こしながら、その手が胸元を探る。
そうか、ケープを探しているのか、と思いあたった時には、青年の顔は真っ青になっていた。
「え!? あれ!?
ない……!」
と胸元を目で確認し、床にケープが落ちているのを見つけて慌てて被りだす。
「ごめんなさい。暑そうだったからさっき外したの。だめだった?」
「ひぃ!」
なんとも失礼な悲鳴を上げ、青年はリュシアを凝視する。
完全に怯えた視線。
「あ、あの……」
金魚のように口をぱくぱくさせ――ようやく落ち着いてきたらしい。
今度は首をかしげだす。
「…………あれ?」
「はい?」
「君……もしかして俺のこと好きになってない?
いやいや。そんなわけないよね。好きだよね」
「……は?」
イラっとしたのが隠しきれなかった。
よっぽど自分に自信があるのだろうか。
「だって……」
青年の手が再度胸元を握る。
「君、正気?」
「正気じゃないのはそっちでしょ」
ナルシストにもほどがある。
我慢ならず、気持ち悪っ、とつい口から出た。
目を丸くする彼。
初対面なのに言い過ぎたかもしれない。
「……ごめんなさい。ちょっとびっくりして」
一応謝ったが、絶対に非はそちらにもあると思う。
「あ、ううん」
と青年は首を振り、「え。本当に? そんなことってある?」とまた意味の分からないことを呟いた。
リュシアの視線に気づくと、手を振って否定する。
「あ、なーんでもないよ。
ちょっとびっくりして……」
と言いうと、今度はじっとリュシアを見て来る。
「な、なんですか」
「――なんでもない。
ああ、神様ありがとう!」
なぜか歓喜に泣く青年。
「…………」
すごーく変な人。
リュシアは青年から距離を取った。




