1-2 ティルフォレの森の少女
早朝。ハーブや薬草、そして魔草を集めるのがリュシアの日課だった。
カイリキ草のお茶を飲み、身支度をすませると、リュシアは外へ出る。
リュシアの家は、ティルフォレの森の真ん中にあった。
セージ、レモンバーム、トウケツ草、ムコウ草……
三十分もたたない内に、かごはハーブと魔草でいっぱいになる。
森の奥になっていた桃が、そろそろ熟れている頃だ。
ちょっと見てから帰ろう、と足を向けた時――遠くから獣の咆哮が聞こえた。
「ぅわああああああ!」
続けて響く、若い男性の叫び声。
目を細めると、ケープを羽織った青年がこっちへ逃げてきているのが見えた。
その後ろには、巨大な熊の姿。
またか、とリュシアはため息をつく。
ティルフォレの森は薬草も果物も豊富だが、獣や魔獣といった危険生物の巣窟でもある。
旅人がうっかり足を踏み入れ、襲われているのは時々見かける光景だった。
あの必死に走っている彼も、知らずに入ってしまったんだろう。
熊に出会うなんて運が悪い。
「さて、と」
リュシアは迷うことなく木影へと身を隠す。
熊は青年に夢中。少し隠れていれば気づかれることはなさそうだった。
熊にも青年にも関わりたくない。
「がんばれー」
必死な形相で走る青年に向けて、そっと応援する。
ここを通り過ぎるまで、まだ少しかかりそうだった。
とめどなく続く青年の叫び声。
「…………」
さっさと魔法を使って追っ払えばいいのに。
なんでそんなに必死に逃げているんだろう。
怖さで詠唱忘れちゃったのかな。
リュシアが呆れて見ていた、その時だ。
青年が、木の根に派手に躓いた。
「あ」
倒れこむ彼。
好機とばかりに、熊の駆ける速さが増す。
この人、魔法とか使う準備してるんだよね?
熊対策とか、してるんだよね?
今更手に汗が滲む。
青年は、動かない。
どうして。
まさか、魔法が使えないの?
浮かんだ考えに首を振る。
そんなわけない。
この国に、魔法の使えないっできそこないなんていないんだから。
でも……
このまま放っておいて、もし、熊にやられてしまったら。
もし、彼も魔法が使えなかったら――
もう考えている猶予はなかった。
このまま青年が熊に食べられるのを見るなんてごめんだ。グロいのは苦手なのだ
「っもう。仕方ないな」
リュシアはかごをその場に置く。
そのまま、熊へ向かって駆け出した。




