7-3 魔法が使えなくても
「【雷鳴の槍+檻】」
ダルセインの詠唱に、周囲の空間が微かに歪んだ。
空気が震え、無数の雷の槍がフィリクス目掛けて降り注ぐ。
それは、拘束魔法と攻撃魔法を合わせた複合魔法だった。
雷の槍が、フィリクスを囲む。同時に、先ほど捌ききれなかった鎖が、フィリクスの足首へと猛追した。
「いっつも思うんだけど、これ攻撃魔法だよね。
拘束魔法として使うの卑怯じゃないですか?」
「そう思うなら、お前も複合術を研究したらいいだろ」
「だって勉強とかめんどくさいし」
口を尖らせて、フィリクスは両腕を広げる。
詠唱を始めると、巨大な魔法陣を足元に浮かんだ。それは風と光が放ち、フィリクスを囲う。
渦巻く風がフィリクスを包み込んだ。
「【風壁の結界】」
風の壁が、雷の槍を弾き飛ばす。
しかし、ダルセインが鼻で笑った。
「俺に防御魔法で対抗する気か?」
鋼鉄の鎖が、結界のほんの僅かな隙間を縫うようにフィリクスの足首に巻き付く。
「わあ、やば」
フィリクスのバランスがわずかに崩れる。
ダルセインは、その機を逃さなかった。
「【千の蛇】」
ダルセインが詠唱を重ね、彼の足元の魔法陣が一段と輝きを増した。
無数の蛇のように這った黒い鎖が、瞬く間にフィリクスの全身に絡みつく。
体を締め上げてくる鎖に、フィリクスは魔力を込めて対抗したが適わない。
風の結界によって鎖は幾度も砕け散るが、瞬時に再生される為意味がない。
「諦めろ、フィリクス。拘束魔法は俺が上だ」
「っ」
ダルセインのが勝ち誇ったように笑む。
やがて鎖はフィリクスの全身を覆い尽くし、地面に縫い付けた。
◆◆◆
フィリクスが家から出て行った後、リュシアは耳を澄ませていた。
外から響く断続的な爆発音と閃光。
家が揺れるたび、心臓が波打つ。
フィリクスは上位魔法士だ。
魔獣戦で、その力は見ている。
一瞬で魔獣を灰にしたあの力は、きっと特異だ。脅威だ。
けれど、局にたくさんの上位魔法士がいることをリュシアも知っていた。
もし、そんな人と対戦していたら……?
胸の奥がぐ、と痛む。
――俺を好きならないで。
出会った時、彼はそう言っていた。
別に、好きなんてなってはいない。
ただ、心配なのだ。
ふいに、外の音がぴたりと止んだ。
「………」
そっと、扉を開ける。
さっきまでの喧騒が、嘘のようにしん、としていた
爆音や閃光は収まり、ただ静寂がそこにある。
鳥のさえずりも、虫の声さえ聞こえない。
終わった?
不安と期待が交じり合う。
フィリクスは、すぐ戻ってくるだろうか。
「………」
――いや。
ありえないかもしれないが、もしかしたら捕ったのかもしれない。
あるいは、もっと悪いことが起きているかも
もっと悪いことって?
まさか、死……
「……っ!」
次の瞬間には、いてもたってもいられなくなっていた。
リュシアは外へ走り出していた。フィリクスが行った方へ向かう。
捕まっていたとしても、最悪の事態が起きていたとしても、魔力のない自分にできることは何もない。
けれど、考えるより先に体が動いていた。
さっきまで轟音がしていた方へと向かう。
ただじっと、フィリクスを待っているなんてできなかった。




