6-5 魔獣戦の後で
魔獣戦の後の帰り道。
◆◆◆
「ダメ」
「大丈夫。本当に立てるから」
「血も結構流れてたよ。倒れたら危ないでしょ」
「だからってお姫様抱っこで運ぼうとしなくていいから!」
両腕を開き、準備万端のフィリクスにリュシアは叫ぶ。
大きな声を出すと、やはり頭がくらくらした。
もう、とフィリクスがため息をつく。
「リュシアは俺の《香り》に魅了されないでしょ?
それなら、いくら近くても大丈夫じゃない。
顔色も悪いし、ほら」
「っ」
一体何が大丈夫だというんだろう。
魅了のことなんてハナから心配していない。
そういう問題じゃないのに。
けれど、心配の色しかないフィリクスを見ていると言い辛い。
それに、フィリクスを家に運ぶ時、リュシアもお姫様抱っこを採用している。
あの時は恥ずかしさなんてなかったのだが、立場が変わるとこうも違うものなのか。
「とにかくいいから!」
と、拒んで立ち上がり――う、と目がくらむ。
足がよろけたところを、構えていたフィリクスが簡単に膝裏を掬った。
「無理しちゃダメだって言ったでしょ。
これくらいさせてよ」
フィリクスの心配そうな声色が頭から降ってくる。
膝裏と、体の左側にあたたかさと逞しさを感じ、勝手に顔が火照った。
俯けば顔を見られないことがせめてもの救いだ。
「大丈夫だから、もう降ろし――」
「あ。もしかして照れちゃう?」
「照れない!」
「うん。じゃあ大丈夫だよね」
しまった。反射で否定してしまった。
今更反論もできず、諦めて大人しく受け入れる。
フィリクスが歩けばその度に、頬がその胸に触れた。
自分とは違う力強さに、胸が震える。
「……さっき、攻撃魔法使ったでしょ?」
「うん」
「もう、魔法管理局がここまで来る?」
「そうだねえ。すごい音してたし」
「……ごめんね」
「リュシアが謝ることないでしょ。
俺、魔力量が人より多いんだ。だから攻撃魔法がつい派手になっちゃうの。
全然リュシアのせいじゃないよ。
俺が天才なせい」
「は?」
思わずそう返してしまったが、リュシアが気にしないようにお茶らけてくれたのだろう。多分。
リュシアの反応に「だって本当だもん」とフィリクスが返す。
土の上を歩く音。
家までは、まだもう少しある。
ざわざわ、と木々が揺れていた。
また、雨が降りそうだ。
「――まあそういうわけでさ、俺、フレンチトースト作ったら、もうこの森を出るね」
ふいにフィリクスがそう言って、リュシアは顔を上げた。
「これ以上、リュシアに迷惑かけられないからね」
冷たい風が、通り抜ける。
別に迷惑なんてかかってない、と言いたかったが、喉でつっかかって上手く言えなかった。
もう少しいたらいいのに、と浮かびそうになる気持ちには蓋をする。
魔法管理局に捕まったら、フィリクスには拷問が待っている。
そうはなってほしくない。
けれど、フレンチトーストなんていいから早く逃げて、とも言い出せない。
フレンチトーストを食べてみたいからじゃない。
食べてみたいのは確かにあるけど、そうじゃない。
「……そっか。わかった」
ぐるぐる考えながら出た言葉は、暗い響きをしていた。
これじゃだめだ。
迷惑なんてかかってないと、伝えなければ誤解されたままになってしまう。
何か言わなきゃ。何を言えば。
「あの、フレンチトーストは一緒に食べられる?」
口から出たのはそんな言葉だった。
フィリクスの鼓動が一瞬震えた気がして、そっと見上げる。
歩みが止まり、フィリクスがリュシアを驚いたように見つめていた。
やがて、その頬が柔くはにかむ。
「うん。それは、良かったら一緒に食べたいな」
それは春風を思わせるような、暖かい微笑だった。
「――ところでさ。
今思ったんだけど、俺が倒れた時、リュシアはどうやって俺を運んだの?」
「今と逆だよ。お姫様だっこで」
「え」
「……」
そっと顔を覗ったが、顔が少し上向いてるからよく見えない。
「お、重かったでしょ」
「カイリキ草飲んでたから平気」
「あ、そう」
少しの間の後、また歩が始まる。
「フィリクス?」
「……今、ちょっとこっち見ないでくれる?」
いたたまれなそうなフィリクスの声。
よく見たら、首と耳たぶがほんのり赤く染まっていた。
思わずにやりと口角が上がる。
「ね。もしかして照れてる?」
「っ」
顔を赤くしたフィリクスが恨めしそうに睨んできて、思わずリュシアは吹き出した。
読んでくれてありがとうございます。
今回はちょっと一息的な章でした。
11/3追記:次回は11/5投稿予定です。
そろそろ折り返し地点。
次回も読んでもらえたら嬉しいです(^^)




