6-4 できそこないの少女
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幼い頃、母が使う魔法にリュシアは憧れていた。
「わたしも、魔法を使えるようになる?」
期待いっぱいに尋ねた時、母が見せた悲痛な顔が、今も忘れられない。
その時、リュシアは悟ったのだ。
――わたしは魔法を使えない
十歳の頃、母に無理強いして初めて王都へついて行った。
そこで見たのは、魔法であふれた街の様子。
空中に文字を出現させて何か読んでいる人。
手の中できらきらと光りを出現させて遊んでいる子ども。
重たい荷物を少し浮かせて運んでいる人。
制服をきて、友人と楽しそうに魔法で遊んでいる子どもがたくさんいた。
みんな、『学校』に行っているらしい。
「わたしも学校に行きたい!」
しかし、母は首を縦に振らなかった。
「学校は、魔法を勉強するところなの」
「だから、わたしも……」
その時、知った。
学校は、魔法が使えるように行くところではない。
魔法を使いこなすために、行くところなんだと。
母の真似をして、呪文を唱えたことは数えきれないほどあった。
けれど、指先一つ光らなかった。
母は魔法については何も教えてくれなかった。
だから、自分に足りないのは知識だけだと思えていたのに。
街のすべてが、魔法が使えないリュシアを異常だと告げていた。
わたしを見る母の悲痛な目が、やるせなかった。
それから、がむしゃらに魔法について勉強した。
魔力には《香り》があるということも知ったが、そんな《香り》を感じたことは一度もなかった、
魔力は生まれつきのもの。
魔力がない人間なんていない。
呪文を唱えれば、【光】くらいは誰でもできる。
調べても調べても、返ってくるのは残酷な答えだけだった。
「――できそこない」
十二歳も過ぎると、街ですれ違いざまにそう言われることが増えた。
《香り》のしないリュシアを、魔力の微細な人間だと思ったのだろう。
違う。
そうじゃない。
わたしには、魔力なんてこれっぽっちもない。
できそこない以下の人間だ。
それは針のようにリュシアの胸を刺し、思い出す度に何度もえぐった。
わたしに魔力がないと知ったら、フィリクスはどう思うだろう。
上位魔法士の称号をもつフィリクスに――あんなにすごい魔法を使えるフィリクスに、魔力がないなんて知られたくない。
しかし、フィリクスの目は、すでに確信に染まっていた。
ごまかせない。
どくんどくんと震える鼓動を抑えるように、腕を組む。
「――そう。できそこないなんだ、わたし」
気づけば、一番言われたくない言葉を自分で言っていた。
冷たい風が頬を撫でる。
さっきまで固まって動かなかった口角が、ぎこちなく上がった。
全然笑いたくなどないのに、勝手に顔が武装する。
「魔法とか、全然使えないの。みんな使えるの生活魔法とかも、全然。
できそこない以下、だよね。
貴方に魅了されないのも、別に特別な力があるってわけじゃない。
魔力がないから《香り》自体感じたことがないの。笑っちゃうくらい単純な話でしょ」
自分の言葉に、心臓のもっと深いところがえぐれていく。
それでも、フィリクスに言われるよりはずっとましだ。
フィリクスの表情は見れなかった。
あの蔑んだ目で見ていたらと思うと、顔が上げられなかった。
ふいに、フィリクスの口元が動く。
「――できそこないなんて、誰に言われたの」
いつも通りの飄々とした声に、一さじの怒りが混じっている気がして、リュシアは視線を上げた。
その怒りがリュシアに向けられたものではないことは、響きで分かった。
深紅の瞳と、目が合う。真剣な眼差し。
「魔法なんて使えなくても、リュシアには魔草の知識があるでしょ。
さっきも、怖かったろうに堂々と戦ってた。
魔法が当たり前のこの世界で、知恵を使って強く生きてる。
誇ったらいいんだよ。
少なくとも、俺はリュシアをすごいと思ってる」
じんわり、胸が熱くなる。
優しい眼差しに捕らわれて、目が離せない。
蔑みも、同情も、哀れみもない瞳。
ふいに、鼻の奥がつんと痛む。
なんともいえない暖かな感情が目から溢れて、慌てて俯いた。
昨日知り合ったばかりの人に、こんな姿見られたくなかった。
でも、止められない。
とめどなく溢れてしまう。
「えっ!
な、泣いてるの?」
どうしたらいいか分からないように、フィリクスが慌てている。
泣いてない、と返そうと思ったのに、あんまり焦っているからおかしくて笑ってしまった。
濡れた目じりをそっと拭う。
――できそこない。
どんなに自分で引っこ抜こうとしても抜けなかった言葉の針が、少し柔らかくなったような、そんな気がした。




