6-3 最強魔法士の片鱗
ポーチの中から雷呼草と突風草を出せたのは奇跡だった。
「砂塵雷!」
魔草を大地にこすりつけ、リュシアは向かってきたクライオフェンに投げつける。
その中心に砂塵嵐が起こり、クライオフェンに稲妻が直撃した。
リュシアが息をついたのも束の間、すぐに低い唸り声が聞こえる。
多少のダメージは追っているようだが、クライオフェンが退く様子はなかった。
怒りに満ちた金色の瞳が、フィリクスを見ている。
――来る!
「フィリクスっ」
「うん、今治すから」
「そうじゃなくて――っぅあ……っ!」
氷の牙を抜かれた瞬間、焼けるような痛みが走る。どくどく血が流れていくのが分かった。
「ごめんね。すぐだから」
フィリクスの手が伸びて、手のひらから柔らかな光が滲みだす。
じわじわ引いていく痛み。
しかし、クライオフェンがじっと待ってくれるはずもない。
その喉が、また青白く光った。
もう一度フィリクスの名前を呼んだのと、彼がクライオフェンへ手を伸ばしたのは同時だった。
「邪魔」
それは、いつもの飄々とした声とは違う低い声だった。
本当にフィリクスの出した声か疑ってしまうくらい。
「――【雷炎】」
クライオフェンを一瞥もせず、呪文を唱える。
稲妻と紅蓮の炎が重なり合い、槍となってクライオフェンを貫いた。
轟音に断末魔の叫びは掻き消え、一瞬でクライオフェンが灰となる。
風に散った主を見て、威嚇していた四頭も森の奥へと逃げ去った。
湿った土の匂いと、焦げた魔獣の残り香だけが残る。
「……え……」
出た声は、自分でも分かるほど間抜けだった。
フィリクスを見る。
空気を震わせたと一撃の余韻が、まだ肌に感じられた。
轟音で耳の奥がじんじんする。
フィリクスは変わらず、リュシアの足に治癒魔法を施していた。
呼吸一つ乱れていない。ただ、少し怒っているような、そんな顔だった。
「攻撃魔法……使ってよかったの?」
ようやく絞り出した声は、呟いたように小さくなった。
ふ、とフィリクスが笑う。
「まずいね。でも、リュシアの怪我を治すのが最優先だから」
フィリクスの手から溢れる柔らかな光が、じんわりと皮膚に染み込んでいく。
緊張と恐怖で縮こまっていた身体が、少しずつ緩んでいくのが分かった。
「……これくらいの怪我で済んだのは、正直運がいいよ」
低く呟く声には、悔恨が混じっている。
「ムコウ草のお茶、いつも飲んでるからだと思う」
「ムコウ草?」
「攻撃魔法を防御してくれる効果がある魔草」
「へえ。ほんと、色々知ってるね」
すごいな、とフィリクスが言う。
褒められると、なぜか少しくすぐったい。
顔が赤くなるのを感じて、顔を伏せる。
治癒魔法のおかげで、痛みはもうかなり引いていた。
ありがとう、と言う前に、フィリクスが口を開く。
「……ごめんね」
「え?」
「魔獣が集まってきたの、もしかして俺のせいかも。
昨日、ケープしないで寝ちゃったから、俺の《香り》を警戒して、集まって来ちゃったのかもしれない。気い抜きすぎだよね」
あっけらかんとした言い方だったが、その瞳は暗かった。
リュシアは返す言葉を探したが、フィリクスは更に続ける。
「俺が気を付けてたら、リュシアが怪我することもなかったのに。
ちゃんと守れないなら、早く攻撃魔法使えよって感じだよね」
いつもの飄々とした姿はどこへ行ったのか。
悔恨と後悔で沈んだ表情は浮いてきそうにない。
魔獣は、ほとんどフィリクスが倒ていたじゃないか。
そもそも、攻撃を避けれなかったのは自分の責任だ。
怪我だって、フィリクスが治してくれている。
気にしなくていい。
そう励まそうと思うが、言葉が上手く出てこない。
代わりに口が勝手に動く。
「じゃあ……あの魔獣たち、みんな雌ってこと?」
「……え?」
虚を突かれたような顔で、フィリクスがリュシアを見た。
まあるい目。
「うーん。そういう解釈はしたことなかったな。
人間以外は魅了されないと思ってたけど……もしかして、これ求愛だったってこと?」
いつものおちゃらけた声に、思わず頬がゆるむ。
「知らないよ。
わたし、魔獣に襲われたことなんて今までな――」
言いかけて、はっと息を呑んだ。
息を呑んで、この反応もダメなのだと悟る。
フィリクスの調子が戻って、気が緩んでしまった。
視線を感じる。
「……この森に居て、一度も魔獣に襲われたことがないの?」
「!」
反応したらダメなのに、血が引いていくのが分かる。
肯定も否定もできず、思考が停止した。
そんなわけ、と笑って否定すればいいだけなのに、上手く表情が動かせない。
やがて、そうか、とフィリクスが呟いた。
「おかしいって、思ってたんだ。
リュシアから《香り》がしないのも、魔獣たちも俺しか襲ってこないのも」
もう確信しているその響きに、嫌な汗が浮かぶ。
フィリクスが、迷いながらも口を開く。
「リュシアは魔力が少ないんじゃない。魔力がないんだね」
「……っ!」
鼓動が、どくんと鳴る。
足先から、谷底へ落ちていくような心地がした。




