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【6000PV感謝】最強魔法士の魅了が彼女には効かない件 ~最強魔法士は彼女の隣を手放せない  作者: 雨屋飴時


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6-2 漆黒の獣


◆◆◆



「じゃあフィリクス、行くよ」

「うん。いつでも」


 フィリクスがケープを羽織ると、リュシアの瞳が決意に光った。

 玄関の扉にかけた小さな手が、わずかに震えている。

 俺が先に行くよ、と声をかけたが、リュシアは耳を貸さなかった。

 前を見すえるその瞳に、彼女の強さと虚勢を感じる。

 怖いとか嫌だとか逃げたいとか、彼女は言わなかった。

 どれでも一つ言ってくれたら、全然俺が一人で行ったのに。

 けれど、そんなこと彼女はきっと許さないだろう。

 決心したようにリュシアが深呼吸したのに合わせて、フィリクスはドアノブを握った彼女の手に手を添える。


「え」


 驚いて手を引っ込めた彼女に、にっこりと微笑んだ。


「ごめんね」


 彼女を押しのけて扉を開く。


「ちょ…フィリクス!」


 抗議の声を聞く間もなく、外へ駆ける。

 牙を剥いた灰色の獣――グラキウルフがフィリクスを襲ってきた。

 剣を抜き、一閃。

 剣先が魔獣の喉を裂き、びゅっと勢いよく血がしぶいた。

 ぬかるんだ土に、それが倒れる。


 グラキウルフは、攻撃力は高いが魔力はそこまで蓄えていない。

 魔法は警戒しなくて良さそうだ。

 前を見ると、霧の中に幾つも金の瞳が輝いていた。

 喉で転がすような唸り声が、じりじりと周囲を狭めて来る。


 数は――恐らく十二頭。

 生体からして、奥には魔力を充分に備えたクライオフェンもいるだろう。


「数多いなあ」


 ぼやきながら、剣に付いた血を払う。

 続けて飛び掛かってきたグラキウルフから半歩引き、踏み込みと同時に剣を薙ぐ。

 風を切る音と共に、その首が弧を描いて飛んだ。


「【(フレア)】」


 指先を軽く回し、炎を起こす。

 生活魔法を使ってみたものの、倒すにはやはり力が足りない。

 せいぜい魔獣の体制を乱せるくらいだ。

 霧の向こうから襲いかかってくるグラキウルフを蹴り上げる。

 ごっ、と鈍い音がしたと思うと、魔獣は宙を飛んで地に落ちた。


「リュシアのカイリキ草、すごいね。

 助かるよ」


 普通、魔獣相手に肉弾戦では歯が立たない。

 外に出る前に飲んでいてよかった、と後ろを振り向くと、遅れて追いついたリュシアがじとっとフィリクスを見ていた。


「え。なんで」


 思わずたじろぎ――その隙にも襲いかかってくるグラキウルフ。

 斬ろうと構えた矢先。


「なんであなたが率先して戦う――のっ!」


 フィリクスが応戦するより早く、リュシアがグラキウルフに拳を贈った。

 ぐしゃっ、と骨が砕ける音がして、地にグラキウルフが倒れる。


「おお。やっぱ素手は迫力があるねえ」


 リュシアと背中合わせに、フィリクスはグラキウルフに目を向ける。


「ふざけないで。

 そもそもフィリクスは関係ないんだから、もっと引っ込んでてよ」

「まあまあ、そんなこと言わないで」


 軽口を言い合う間にも、灰色の毛を逆立てたグラキウルフたちがじりじと間合いを詰めてくる。

 剣で薙ぎ、足払いで転ばせ、【(フレア)】で注意を引いては間合いをずらした。


 不思議に、グラキウルフはフィリクスばかりを狙っていた。

 魔獣は人の魔力を感知し、人を認識する。

 魔力量が多く目立つフィリクスを襲うのは分かるものの、リュシアを見てさえいないようだった。


 リュシアの魔力を感知していないのか?

 いや、すべての生き物には魔力がある。

 感知しないなんて、ありえない。

 じゃあどうして――

 思いがよぎり、首をふる。

 

 今は魔獣に集中しないと。

 

「攻撃魔法が使えればなー」

 

 ぼやきながら、向かってくる魔獣を剣で切り裂く。

 リュシアは背後で拳や魔草を使い、群れを攪乱させているようだった。

 魔獣が1頭、2頭と倒れていく。


「かっこいいなあ、リュシア」

 本心の呟きだったのだが、鋭い眼光が飛んできた。

「ほめてるのにぃ」

 と首を傾げて見せる。

「ほとんどフィリクスが倒してるでしょ。

 嫌味にしか聞こえないの」

「えー違うってー」

 軽口を言いながら、残り、四頭と数える。

 

 ふいに、森の奥でずしん、と地面が鳴った。

 霧を裂いて現れたのは、グラキウルフよりひときわ大きな狼型の魔獣、クライオフェンだった。

 漆黒の毛並みに覆われた巨躯。

 金色に輝く瞳は鋭く、背には氷柱のような棘が並んでいる。


「お出ましだねえ」


 クライオフェンが吠え、喉元から冷気が溢れる。

 青白い牙のような氷が、フィリクスを襲った。


「……っ!」


 剣で薙ぎ払うが、すべての氷の牙は払いきれない。

 ふいに、リュシアの叫び声が響いた。

 振り返ると、避けきれなかったのか氷の牙がリュシアの足に刺さっている。


「リュシア!」


 かけよると、リュシアが眉をしかめて牽制してくる。


「…っ大丈夫だから……」

「これのどこが大丈夫なの」


 その場に崩れ落ちた彼女へ寄り添い、膝まずく。

 彼女の顔は痛みで歪み、額に汗が玉のように浮かんでいた。

 深い自己嫌悪が胸を襲う。

 誰かを守りながら戦ったことなんてないから、守りきれなかった。


「今、治癒魔法かけるね」

「いいっ…!

 それよりも、前!」


 その叫びに、彼女が見据える方を振り返る。

 クライオフェンが、こちらに迫ってきていた。

 



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