雨夜の国で
微ホラーです。
というか恐怖よりざまぁの方が強めかも?
西暦二〇〇X年 某日
窓に大粒の雨が当たっていた。
まるで機関銃の弾丸が撃ち込まれているかのように連続で。
時々、一瞬だけど。
外からかすかに光が入る。
太陽の光ではなく、稲光だ。
どうも外の天気は、物凄く悪いようである。
だが俺と先輩が中心となり率いている、俺達が勤める会社によって選ばれた海外派遣チームのみんなが現在乗っている、この飛行機の防音設備が優れているから、そこまで目立つ音はしない。
さらにいえば、飛行機の窓の外が暗い――夜であるため、日差しという名の圧力がなく、そのおかげで俺はゆっくりとその場で休める。
「なんとか仕事を終わらせられて良かったですね、ジン先輩ッ」
故に俺は、物凄く疲れていたのもあってそのまま寝ようとしたのだが。
ビジネスクラスの座席に座る俺の、隣の座席に座る後輩が声をかけてきた。
ちょっとイラついたが、その意見には激しく同意だ。
なので……寝るのを邪魔された怒り故の圧がちょっと入ってるかもしれないが、すぐ返事をする。無視したせいで反感を持たれても困るし。
「ああッ。先方がちょろくて良かったよなぁホントッ。相手がああじゃなかったら絶対に今日中には終わらなかったぞッ」
「まったくですッ。おかげさまで本社での俺達の評価は上がりまくりですよねッ」
話してる途中で、別の座席に座る、俺の同期が話に割り込む。
すると後輩は「そうそうッ! それで――」と話す相手をその同期に変えた。
おかげさまで、俺はようやく寝られる。
というか昨日から今日にかけ、今回の出張先での商談を成功させるために、いろいろ工作などをしていたからあまり寝ていない。
いや、商談前に仮眠したが……正直睡眠時間が足りない。
飛行機が向かう先――故郷に着くまで二時間くらいか。
なら、その貴重な時間を全て睡眠に使わせてもらおう。
そう思い、再び目をつぶる。
再び、稲光が起きたのだろうか。
かすかに明るくなったのを感じる。
だけどだんだん、眠気が勝り始め俺は――。
※
「ジン先輩、起きてくださいッ」
いつの間に眠ってしまったんだろうか。
ついさっき意識が落ちたような……気がしたんだが、寝たような感じがしない。
まるで、ほんの数分しか眠っていないかのように……とにかくまだ寝ていたいんだが、しかしそれを後輩が許さない。
「俺達が最初向かう予定だった空港で事故があったみたいでッ、急きょ隣国の空港に降りる事になったんですけど……その空港に着きましたよッ」
「…………は?」
頭の整理が追いつかなかった。
いや、睡眠不足のせいでもあるんだが。
ていうか、まさか俺が寝ている間にそんな事が?
「大変だッ。本社に連絡しておかないとッ」
「安心しろッ、本社にはメールで連絡しておいたッ。今日はもう遅いから、降りた先の宿に泊まれってよッ」
そう答えたのは、また別の座席に座る先輩だ。
俺と同じく工作で忙しかったのに、まだこうして話す余裕があるなんて……同じ人間とは思えない。ちなみに褒め言葉だ。
「あざっす!」
まさか先輩に手間をかけさせてしまうとは。
ちょっと自分を情けなく感じつつ、俺は素直に礼を言った。
それにしても、事故か。
いったい何があったんだろうなあ、と頭の片隅で思いつつ、俺は同僚達と一緒に飛行機を降りる事にした。
機内にはあまり乗客がいない。
なので慌てずマイペースに降りる事ができた。
時計を見ると、夜の十時を回っていた。
※
その後すぐに、空港でいろんな審査を受ける。
なかなか進まないんでイライラしていると同僚が文句を言う。
客は少なかったハズだ。
ならば早く審査が終わりそうなんだが。
まさか変なものを同僚の誰かが持ち込んだか?
だとしたらその同僚に怒りを覚える。
理不尽なルールを空港側が課しているんならそっちを怒るけど。
しかし、怒りの声から数分後。
空港側は訝しげな顔をしながらも審査を終わらせた。
俺達は怒りを凄く覚えたが、とにかく今はすぐ休みたいので、悪態をつくだけにして、早歩きで空港の外へと向かった。
※
外は驚くほど暗かった。
夜の十時過ぎで、さらにいえば雨――飛行機の中から見た雨よりは強くない……それどころか小雨になってるし、なんなら幸運にも雷は鳴っていないが、それでも雨が降っているので仕方がないかもしれないが……それにしては暗すぎる。
家や店舗の明かりがほとんど見えないせいだ。
どうやら相当田舎な空港に降りたらしい。
というかここは、どこの空港なんだ。少なくとも空港職員同士が話していたのは知っている言語だったから、故郷に近い空港だと思うが。
「V国の✕✕空港らしいぞッ」
周囲を見回す俺に、先輩が教えてくれた。
「えっ!? ✕✕のッ? こんなに田舎な場所にありましたっけッ?」
俺は、信じられなかった。
なにせそれは、俺も知っている空港。
行った事こそ今までないが……それでもTVなどでは見ている空港だ。
そしてTVによれば、それなりに都会寄りな立地にあったハズだが……一応空港の名前を見るべく後ろを振り返り…………俺は首を傾げた。
空港はもう閉まっていた。
ついでに言えば電気がほとんど消えていた。
かろうじてついているのは、非常灯だけだ。
俺達が出る前後で、すでに消灯と戸締まり以外の全てを済ませてたのか。
いや、それにしては早すぎないか?
というか俺達……今、出たばかりだぞ?
消灯と戸締まり……そんなに早く済ませられるものなのか?
「おい、あの明かりを目指すぞッ。タクシーとか呼べるかッ!?」
俺とは違い、空港の事に気づかないのか、先輩がイライラしつつ訊いてくる。
一番近くても、おそらくタクシーやバスが必要になるほど遠い場所にあるだろう明かりを見ながら。
「予約なしで泊まれるホテルや、夜遅くまで営業してるレストランの一つや二つ、あの明かりの中にあるだろッ!?」
「ああ、確かにッ!」
「とりあえずタクシー会社の電話番号を調べようッ!」
「さっさと来てくれるといいなッ!」
先輩の言葉に、みんな同意する。
その先輩の癇癪に、少々不快感を覚えつつ。
さらには、俺と同じく……空港がさっさと閉まった事に違和感を覚えつつ。
というか、空港周辺に明かりをつける施設がないのに納得がいかない。
空港なんだから、俺達のように長旅で疲れているヤツがいるかもしれないのに、すぐに休める場所がないなんて立地的にありえない。
いやまさか、これがこの国なりの空港周辺の在り方なのか。
だとしたら余計に理解できない。
というかTVではそんな紹介をされてなかった気がするぞ?
「嘘でしょッ!?」
するとその時だった。
海外派遣チームの唯一の女性の同期が声を上げる。
タクシー会社の電話番号を調べていた同期である。
彼女はマイフォンを操作しつつ、なぜか訝しげに眉をひそめていた。
「どうしたッ!?」
先輩がイライラしながら訊いた。
すると同期は「電波がないです、ここッ!」と答えた。
「「「「はあッッッッ!?!?!?」」」」
思わず、みんな一緒に困惑した。
意味が分からない。
今や地球上のほとんどに電波が届くだろ。
なのにここは、そんな電波が届かない数少ない場所の一つだというのか。
とにかく、ワケが分からない。
分からないが……疲れもあって深く考えられない。
今は早く、休みたかった。
俺達は海外で、故郷のためにいろいろした。
そんな俺達に見合うサービスが約束される場所で……まずは休みたい。
路上じゃ休んだ気になんかなれない。
というかシャワーを浴びたりもしたい。
なので俺達は、もう……歩いて明かりがある場所に行くしかなかった。
※
あれから、ずいぶんと歩いた。
全店舗閉まり、すっかりさびれた……ゴーストタウンと化した街の中を。
空港の周辺に、明かりはほとんどない。
しかしだからといって、建物がないワケではなかったのだ。
ただそこには、人がいない。
国の政策の失敗とかのせいで、負け組となったヤツばかりがこの辺りに、かつていて、それでみんな、別の場所に逃げたのか……とにかく誰一人、通りかからないため、俺達が差す傘に雨が当たる音と、俺達の喋り声以外何も聞こえない。
光源が、マイフォンのライトくらいしかないせいもあるかもしれないが。
大きな声を常に出さないと、静寂という名の、目に見えない圧力に押し潰されてしまうのではないか……そんなイメージが俺……いや、俺達の中によぎる。
それだけ、ゴーストタウンの存在感は大きい。
これがいわゆる、無言の圧力とかいうヤツだろうか。
俺達には無縁だけど。
それでも気になってしょうがない。
誰もいないのに。
誰かが見ている気さえしてくる。
いや、それも気になるが今は……物理的な問題の方が心配になってきた。
ゴーストタウンを越えた先まで歩き続けるのは一種の苦行で。
ハイヒールをはいている女性の同期の負担は特に大きいだろうから。
「ああもう最悪ッッッッ!!!!」
そして、俺の心配は的中した。
ゴーストタウンを越えた先にある、まだかろうじて電気がついてる店がある場所まで来て、女性の同期がついにキレたのだ。
いや、正直俺達も同じ気持ちだ。
ここまで不便な地域があるとは思わなかった。
小雨だったためか、ほとんど濡れなかった。
幸運だと言えるのは、ホントそれくらいだった。
だけど、足がほとんど動かない。
近くの店にでも入って、いい加減足を休めたい。
というかここまで来たら……とにかく良さげな店でも見つけてそこでどんちゃん騒いで、ここに来るまでにためたストレスを発散したいッッッッ!!!!
「おい、この店にするぞッ!!」
そんな事を考えていると、先輩が指差ししながら言った。
先輩が指差しした方向を見る……閉まった多くの店舗に囲まれる形で建ってて、明かりのついてる、地元の大衆食堂らしき店が目に入る。
俺達はすぐにそこに決めた。
最後の力を出し、すぐさま店に入る。
「いらっしゃいませ!」とすぐに声がかかる。
だが俺達はそれを無視した。
というか、返事する暇があるなら席に座りたい。
傘立ての傘がいっぱい。しょうがない。ドアのそばに傘を立てておく。
傘立てに立てた場合と違い、床へと雨水が落ちる。
だけど、そんな事よりも俺達の足がそろそろ限界だ。
店員共がさらに何かを言う前に、空いている席にすぐ座る。
せわしなく動く店員共は眉間にしわを寄せるが知った事か。
タクシーやバスを必要とするくらい遠い場所にあるこの店が悪い。
「おい、一番安い酒や料理でいいから早く出せッ!!」
先輩が真っ先に注文した。
確かにこの店はどっちかというと古臭い。
先ほど通ってきたゴーストタウンの店舗と大差ない。
まさか、閉店寸前の店なのか……とにかくそこまで高い酒は置いていないだろうから、先輩は優しい。
「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、大声を出すのはお控えください。それからメニュー表をお持ちしますので、そちらからお選びください」
なのに、店員は俺達に生意気な事を言ってきやがった。
「ふざけるんじゃあないッ!! 空港から遠いこの店まで、わざわざ来てやったんだぞッ!! 生意気な事を言うなッ!!」
「そうだそうだッ!!」
「なんでもいいから料理と酒を持ってこいッ!!」
「ていうか俺達が言う前に持ってこいよッ!!」
「この店はお客さんを大事にできないのかッ!!?」
先輩の意見に、俺達も同調する。
すると俺達に生意気な事を言ってきた店員は「ひぃっ」と怯えた。
なんて情けないヤツだ。
これでサービス業とか笑えるんだが。
それから店員は、店長にでも泣き寝入りしに行ったのかそそくさと去った。
俺たち相手に生意気な事を言うからだ。
これで少しは俺達への態度を改めればいいんだが。
※
それから少しして、酒と、小皿にのった料理が来た。
酒は、無色透明だ。
だけど料理は……黒い、枝豆っぽいヤツや、茶色い、漬物っぽいヤツや、白い、肉の串焼きみたいなヤツなどがある。
どれも、俺達の国にはないタイプのヤツだ。
隣国だから、文化のギャップがある程度あるのは仕方がないかもしれないが……なんだか違和感を覚える。
何かが微妙に違う。
そう思えてならなかった。
というか、この国にこんな料理って…………。
いや、よそう。今はそんなのを考えたくない。
ここまでにためたストレスを少しでも発散させねば。
明日の朝、すっきりできない。
そう思い俺は、とにかく違和感を忘れ、飲み食いをしつつみんなと話し合った。
今回の出張は、実に有意義なものだったけど反省点も多々あるし……それに今夜の宿などについても話さなければ。
この辺に宿があればいいが、なければまた歩かなきゃいけない。
というかホント、このV国のこの空港周辺の街は不便でならない。
ていうか、もしも宿がこの近くになかったら、難癖つけてこの食堂で一夜を明かさせてもらおうか。
「おい、お前試しにこの店の周囲を探索してこいよッ!」
「いやいや先輩、さすがにそれは無理ですってッ! もうお酒飲んじゃったから、宿とか見つけてもこっちに戻れませんてッ!」
「それもそうかッ! あひゃはははッ!!」
おっと、そう思ってたら現実にそうなりそうな予感。
まあ、もしも外に出て探すとしても……みんなでストレスを発散しきってからになるだろうなぁ。
「お客さん」
なんて思っていた時だ。
今度は別の人……もしかして店長か。
とにかく、さっき俺達に恐れをなして逃げてった店員ではなく、なんだか圧力を感じるほど眼光が鋭く、さらにはそれなりに筋肉質のヤツが俺達の前に現れた。
「先ほど、ウチの店員が言いましたがね……他のお客さんのご迷惑になる行為は、控えてくれません? 先ほどから大声、咀嚼音、さらにはテーブルを叩いたりと、大変迷惑なんですよね」
「なっ!? おい、俺達が誰だか分か、って……」
すかさず、先輩が言い返す。
けれど、その言葉は途中で途絶えた。
いったいどうしたのか。
俺、そして他のみんなは気になり、すぐに先輩が見ている方を見て………思わずのけぞった。
目があった。
たくさんの黒い目が。
それは店の店員達の目。
別の席で食事を楽しんでた他の客達の目。
それらが俺達に向けられている。
ただただ静かに。
まるで、さっき通ってきたゴーストタウンの、閉店しさびれた店舗のように……静寂という名の圧力を俺達に向けていた。
シト シト
シト シト シト
シト シト シト シト
シト シト シト シト シト
静寂の中で、雨の音が聞こえる。
店内から音が消えたため、よく聞こえる。
「な、ななななんだその目はッッッッ!!!!」
そんな中、放たれたそれは俺の言葉か。
はたまた、先輩か、同期か、後輩の言葉か。
まさかの視線を向けられ、動転したから分からない。
分からないが……とにかくその言葉は、さらに続く。
「俺達は日本人だ!! そんな目を向けていいと思っているのかッッッッ!!?」
「ジャパニーズ? なんだそれは?」
そして次の瞬間。
俺達の時は止まった。
止まったように感じられた。
まさかの、意味が分からない返答のせいで。
「はぁっ!? 何言ってるんだお前ェッ!? ジャパン、分かるッ? 極東にある島国出身だって言ってんの俺達はッッッッ!! わざわざそこから来てやっているというのにそんな態度をとっていいのかッッッッ!?!?!?!?」
しかし、先輩はすぐに復活する。
というかさっきの返事からおちょくられたと判断したのか、顔を真っ赤にしつつ大声で反論する。
「はぁ? 極東に島国なんてないぞ?」
だがしかし、店長の意見は変わらなかった。
そしてそんな店長の意見に対し、俺たち以外の客はノーリアクションだった。
まさか……店長にわざわざ合わせているのか?
「ていうか、お前らよ……食事中に使ってる言語からして、Q国の人間か? このV国とは、Q国の内戦のせいで国交が断絶してるとかいう」
「「「「「はぁっ?」」」」」
またしても、時が止まった。
ちょっと待て、Q国……何を、言ってる。
俺達、の国は……そんな名じゃ…………ん? あれ?
なんだか、おか……しい……。
頭が、ぼんや……り……して……ふらふらす、る……?
「まあそれ以前に、お前達は国際的なマナーがなっちゃいないようだな」
そんな、中……店長が、店……員が……俺……た、ちを……掴んで…………。
「ウチの国の南部にゃあよ、お客様を神様のように扱う文化があるが…………人間の基準で言えばよ、人に迷惑をかける神は邪神の類だろ? でもって邪神ってのは多くの宗教で………………いったいどんな結末を迎えるんだったっけ?」
そ、して……そこで…………俺、は……気づいた。
「確か、ウチの国の南部の邪神は……酒を飲ませて眠らせて、その隙に首をはねて倒されたんだったか。だったらさ、人に迷惑をかける邪神な客に同じ事をしても、文句は言えないよなぁ?」
店長……い、や……彼、だけじゃ……ない……。
この、店にいる…………人、全員……白目が、ない…………事、を…………。
いった、い……オマエ、達は…………こ、この…………この、世界は…………?
「じゃ、運ぶの手伝え。それと一人、包丁持ってこい。裏でさばいてくる」
頭が、働き……にくく、なっ…………てく…………。
恐怖…………それ、しか……もう…………浮かばな、い…………。
い、た……痛……ぃ……痛み……痛、みが……体が……痛い…ょ…………。
シト シト
シト シト シト
シト シト シト シト
シト シト シト シト シト
あ、ま……音、が……する……。
体……冷た……い……濡れて、る……感覚、が…………。
「そーらよっと」
ザクッ
ブシュッ
グチュッ
ニチャァ
嫌な……とて、も……嫌な……音、が…………。
赤、い……赤い……何、かが……俺に、かかって……流れ、てき…………。
「さあ、これでさーいごっ」
店、長の…………声が……する…………。
雨音、が……少、し……強まる……音が、した…………。
と、同時…………に…………稲光…………が……店長、を…………包丁、を手にした…………店、長を……照らして――。
この物語は並行世界のお話です。
この世界とは異なる歴史を辿った国々の物語です。
ちなみに。
過去には自称日本人がいたっぽいですが今もおるんですかね?