記憶の喪失
へったくそな小説ですがご了承ください!
深く静まり返った古城の一室。豪華絢爛なベルベットのカーテンは閉じられ、外の光を辛うじて遮っていた。室内の隅には、何世紀も前のものと思われる古びた書物が積み重ねられ、埃をかぶった燭台には、燃え尽きかけた蝋燭が物寂しげに立っている。重厚な木の扉の向こうからは、時折、夜の静寂を切り裂くような風の音が聞こえてくる。
その部屋の中央に置かれた、背もたれの高い椅子に腰掛けているのは、一見すると年端もいかない少女だった。絹のような光沢を放つ漆黒の髪は長く、繊細なレースで飾られた純白のネグリジェが、彼女の儚げな美しさを際立たせている。しかし、その瞳の色は、吸い込まれるような深い真紅。そして、その奥には、千年という途方もない時を重ねてきた者の、底知れない孤独と憂いが宿っている。
彼女の名前は、アリア。かつては強大な力を持った吸血鬼の女王だった。絶対的な支配者として、長きにわたり一族を統治してきた。しかし、ある夜、彼女は最も信頼していた者たちの裏切りに遭い、その強大な力と共に、過去の記憶を失ってしまったのだ。
今のアリアに残されているのは、16歳ほどの少女の外見と、女王としての本能的な気高さ、そして、時折頭をよぎる、まるでガラスの破片のような断片的な記憶だけだった。自分が何者なのか、なぜここにいるのかさえ、はっきりと分からない。ただ、胸の奥深くには、拭い去ることのできない深い悲しみと、かすかな怒りの炎が燃え続けている。
「まったく、退屈ね……」
アリアは小さく呟いた。その声は、ベルベットのように滑らかで美しいが、どこか子供のようなわがままっぽさが混じっている。失われた記憶と共に、女王としての威厳もまた、眠りについているのかもしれない。
彼女は、所在なさげに指先でレースの縁を弄んだ。この古城で目覚めてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。世話をしてくれる老執事はいるものの、彼もまた多くを語ろうとはしない。アリアが過去の記憶を取り戻すことを、恐れているかのようだった。
窓の外では、低い雲が流れ、時折、月がその姿を現す。冷たい月の光が、アリアの白い肌を照らし出し、その紅い瞳を妖しく輝かせた。彼女は、無意識のうちに窓の外を見つめた。遠い昔の記憶の断片が、まるで幻影のように脳裏をよぎる。血の匂い、悲鳴、そして、裏切りの刃……。
「思い出せない……何も……」
アリアは自分の頭を抱えた。記憶を取り戻そうとするたびに、激しい頭痛が彼女を襲う。それは、まるで過去が彼女に蓋をし、決して思い出させまいとしているかのようだった。
それでも、アリアは諦めなかった。いつか必ず、失われた記憶を取り戻し、自分を裏切った者たちに復讐する。その強い決意だけが、今の彼女を支える唯一の希望だった。わがままな少女の仮面の下には、かつての吸血鬼の女王の誇りが、確かに息づいているのだ。
夜はまだ始まったばかりだ。アリアの、記憶を取り戻すための長く孤独な戦いもまた、始まったばかりだった。
翌朝、アリアはいつになくすっきりと目覚めた。昨夜の決意が、彼女に微かな希望と活力を与えていた。窓の外は明るい陽光に満ちている。普段であれば忌むべき太陽の光も、今の彼女にはどこか暖かく感じられた。
朝食の席に着くと、老執事のセバスチャンが恭しく頭を下げた。「お嬢様、今朝の御機嫌はいかがでしょうか?」
セバスチャンは、アリアがこの古城で目覚めて以来、ずっと彼女の世話をしてきた。物腰は丁寧だが、その表情には常にどこか陰りがあり、アリアが自分の過去について尋ねようとすると、決まって言葉を濁してきた。
「悪くないわ。セバスチャン、あなたに聞きたいことがあるの」アリアは朝食のパンケーキにフォークを突き刺しながら言った。「私のこと、何か知っているでしょう?私がこの城に来る前のことよ」
セバスチャンの顔から、さっと血の気が引いたのが分かった。「お嬢様、わたくしは……」
「嘘をつかないで」アリアは鋭い眼光でセバスチャンを射抜いた。「あなたは何かを知っている。そうでなければ、そんなに怯えるはずがないわ」
セバスチャンはしばらく沈黙した後、諦めたように深く息をついた。「……お嬢様がお望みならば、少しだけ……」
彼の語る言葉は、断片的で曖昧なものだった。アリアが強大な力を持つ吸血鬼の女王であったこと、多くの臣下を従えていたこと、そして、裏切りによって力を失い、この城に運び込まれたこと……。しかし、誰が彼女を裏切ったのか、なぜそんなことが起こったのかについては、 себастьян は言葉を濁した。
「それ以上は、わたくしにも……」彼は悲しそうな表情で言った。「お嬢様の安全のためにも、これ以上は……」
アリアはセバスチャンの言葉に納得しなかったが、無理に聞き出すことはしなかった。彼が何かを隠しているのは明らかだったが、今はこれ以上の情報を得ることは難しいと感じた。
「分かったわ」アリアは立ち上がった。「ありがとう、セバスチャン。でも、私は自分で全てを思い出す。そして、私を裏切った者たちを見つけ出す」
彼女の言葉には、強い決意が宿っていた。セバスチャンは、その力強い眼差しに、かつての女王の面影を見たような気がした。
アリアは、城の中を探索することにした。失われた記憶の手がかりが、どこかに残されているかもしれない。広大な城の中を歩き回り、埃をかぶった肖像画や、古びた家具、そして、無数の書物が積み重ねられた書斎などを巡った。
その日の午後、アリアは古城の奥深くにある、長い間使われていないらしい一室に足を踏み入れた。蜘蛛の巣が張り巡らされ、薄暗いその部屋には、ひんやりとした空気が漂っている。
部屋の中央には、大きな古木の箱が置かれていた。埃を被ったその箱に、アリアはなぜか強く惹かれた。まるで、何かが自分を呼んでいるような気がしたのだ。
ためらいながらも、アリアはその箱に近づき、ゆっくりと蓋を開けた。中に入っていたのは……。
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