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映画館ったら、ポップコーンだろ



猫の齋藤と別れた後に、俺も映画を観に行くことにした。いろいろ話を聞いて、気になったのもあったし。


映画館に来る前に買った物は、街中のロッカーに入れて家の鍵をさしこんで捻ると、家に自動で荷物が転送される。


自分で持っていたい荷物だけとか貴重品だけはお持ちくださいね? って言われた。


ちなみに、食品は別のロッカーがあり、そこに入れてから転送させると自宅の冷蔵庫に転送可能。めちゃ便利じゃん。


今日はクローゼットにあった服以外に、自分のチョイスで服をいくつか買うことにして、それとよく飲んでいた胃薬に近いものを探すのを手伝ってもらった。


具合が悪かったら、病院に行かずとも往診をしてもらうことも可能だと言っていた。


本当に具合が悪かったら、病院に行くどころじゃないから助かるかもしれない。


猫の齋藤と話をしていて、読んだようでマニュアルをちゃんと読めていなかったことを知る。


「差し出がましいんですけどねぇ? 水兎さん。マニュアルは、知っておいたらきっと助かると思われし情報が詰まっているんで。帰宅してから、ゆっくり読み返していただきたいですねぇ」


と、念押しというか釘を刺されたというか。ちゃんと読めと、暗に言われた。


「あー…はははは」


なんて感じで笑ってごまかしていると、猫の齋藤が別れ際に連れてきてくれたのが映画館だ。


持っているカードを使ってもいいが、腕にはめている時計の方にカード情報も共有されているとかで、時計を端末にあてただけで支払いその他が完了するらしい。映画館の方も、それで対応可。


カードに関しては、その時計が故障した時の保障としてアナログな形で渡されたものに該当するとか。


時計の使い方がわからないとかいう人向けでもあるらしい。使い方うんぬんよりも、アナログな方が過ごしやすい人もいるとかで、カード自体は生かしているんだと。


まあ、実際のところ、元いた場所でも電子コミックとかってものがあっても、紙媒体の方がいいってことで世の中には両方あったわけだしな。


なんとなく言ってることは理解できた。ちなみに俺は紙の方が好きだ。場所を取るとわかっていても、自分のまわりに本を積んでいると、そこにいるんだなぁって当たり前のことをふと思ってホッとしたことがある。


本を読むこと自体嫌いじゃなかったからなおのことなんだろうけど、読みたい時に手が届く位置に本があるのは俺には合ってた。


映画館の受付に到着したのはいいが、何がいいか悩む。


これまでに見てきた傾向を猫の齋藤に話して、3本までしぼりこんだ。


(やっぱ映画の中の登場人物、人じゃないんだな)


あごを上げ、公開中の映画のCMが流れっぱなしになっているのを順番に見ていく。


おこじょっぽい女優? の、下半身が魚…の、恋物語とか、くまの冒険家の話とか、スローライフを過ごすはずが何故か事件に巻き込まれがちなクッタクタのハスキー犬っぽいおっさん…なのか? それの話に、ペンギンの探偵の話とか。


「あー……最初にハズレは引きたくないな……。とはいえ、いきなり冒険もしたくはない。…なら、間取ってコレ…か」


猫の齋藤からもすすめられていた、スローライフなハスキー犬っぽいおっさんのやつ。


いろいろ事件に巻き込まれるってわかってるけど、特に事件を解決するわけでもなく、本当にただただ行く先々で巻き込まれて困るさまを見ているだけ。


スローライフになっていたかどうかは、俺が見て判断してくださいねって言ってから、猫の齋藤は帰っていった。


他の映画もすすめられてはいたんだけど、一番長々と暑っ苦しいくらいに俳優や監督について説明していたくらいだから、ようするに一押しなんだろうと思った。


月に二回は見に来ると言っていたから、思ったよりも映画を見るのが好きなんだな。猫の齋藤は。


「すみませーん。この映画…見たいんデスケド」


若干緊張しながら、チケット購入の手続きをする。


映画といったらポップコーンじゃないのか? と思っていたんだけど、なぜか販売されているのがマヨネーズの☆の形のアレで絞ったみたいな、謎の食い物しかない。


俺、食ったことないけど、同じようなものドーナツ屋とか夏の屋台に売ってたりしてそうじゃん。


中にクリームが入ってるのと、餡が入っているのがある。


(脳内ではすっかりポップコーンって感じだったんだけど、こればっかりは仕方がない)


口もポップコーンの口になってた、多分。


クリームのやつと、レモンコーラとか書かれているのを買って入場。


後よりの真ん中。思ったよりも人はいない。


座席のひじ掛け部分に飲み物と謎の食い物入りカップをセットして、いざ…久々の映画鑑賞。


(そういえば、元いたとこで映画を見たのはいつだったっけ)


映画が始まる前に、近日公開の映画のCMが流れるのも一緒みたいでホッとする。


ズズズッとレモンコーラを飲み、謎の食い物をパクリ。


むかしむかしを思い出そうとしても、映画自体見に行ったことがあったのか? と疑問符が浮かぶくらいだ。


(両親と見に行った時くらいかもな? 子供向けのアニメか何か)


友達と行くことも、彼女と一緒に行くことも、両親が亡くなった後に俺が放り込まれた環境の中では無理だったはず。


(社会人になって初めての映画が、異世界…かぁ)


ワクワクするようなそわそわするような、何とも言えない心地の中で灯りが静かに消えていった。


――――ダメだろ、あれは。


映画を観終わって、最初に頭に浮かんだ感想がそれだ。


スローライフ、送らせてやってくれよ。おっさんに!


猫の齋藤から話を聞いた時点で、いろんな事件に巻き込まれるという言葉で聞けば、警察が出てきそうな事件だとか想像するだろう?


俺は、その一人だ。


物語が始まり、最初の事件は…とナレーションが流れてこっちが身構えていると出先で入った店で、オッサンよりも先にトイレに入っていた誰かが、トイレットペーパーがないと叫んでいて。


どこぞのデパートとかだと、具合が悪くなった人用のボタンのようなものはあるんだろうけど、そこまでの規模じゃないからかトイレで誰かが叫んでいても、店が混みあっていたら聞こえるはずもなく。


トイレの中で困っていた人は、誰でもいいから入ってきた人に声をかけようと待っていたようで。


ところがおっさんよりも先に子どもが入って行ったのに、泣きながら戻ってきていた。


トイレが怖かったと泣きながら話す様子が映し出されていて、てっきりまだ一人でのトイレに慣れていないからかなって思いながら見ていた俺。


ところが、実はその段階でトイレの中の人は誰かに助けてもらおうと声をかけていたんだと。


「かみーかみー」


しか言わなかったトイレの中の誰かにビビって、子どもはトイレを諦めた…と。


が、その次に入ったのがおっさんで。


事情を聞いてお店の人にストック分の場所を聞き、中の誰かに渡して、一時的にトイレから退散をして。


ずっと次の誰かがトイレにいたら落ち着かないだろう? と気を利かせたはずが、おっさんがトイレを出た後に他の誰かが入ってしまう。


おっさんはなかなかトイレに行けない。


トイレを待っているだけのはずが、そこに居づらくなってあれこれオーダーしていく。来たものを食っている間にも、腹は限界を迎えそうになる。…のに、タイミングよくトイレに行けない。


そこから3時間経過して、ようやっとスッキリしたかと思えば、今度は店の人たちが困っている。


そこを助けて店を出て、やっとゆっくり…と思ったら、その日の宿が予約がされてなくって。


宿の人からの好意でテントを借りて、宿の外れにある河川敷で一泊。


それもまたいいもんだとまったりしていたはずが、なぜかそのキャンプの様子を見に来るものが後を絶たない。


焚火を見に来て、おっさんに勝手に愚痴っていなくなるのやら、勝手におっさんの夕食をつまみ食いして減らしていくのやら。


ロクな食事が出来ないまま朝を迎え、キャンプ用品を返却してまた旅を続けるおっさん。


一日で歩けるところまで歩き、泊まる場所を決めていたものの、途中で小学校の遠足に巻き込まれて一緒に登山をすることに。


山頂からの景色を見るのもまたよかろうと思っていたら、生徒が行方不明に。


生徒を見つけたおっさんがその子を連れて学校に向かう途中、不審者に間違われて捕まってしまう。


学校関係者がやってきて、生徒は帰宅出来るのに、おっさんはなかなか帰してもらえない。


留置所みたいな場所に一泊するんだが、なぜかそこが食事だけはものすごく出してくれる場所で。


…が、食事の中で山菜を使ったものがあった中に、食べ合わせが悪いものを見つけたおっさんが、そこをツッコむ。


というか、使われていた食材の中に、似ているけどその食材じゃないというものがあり、それこそがおっさんが気づけた食材で。


不審者の誤解が解けた後に、食材を卸している店への指導係の一人としてなぜか放り込まれるおっさん。


結果、三か月ほどそこに拘束されることとなり、しかもその時期の山菜取りの山への指導員にも抜擢。


おっさんはゆるーく旅をするつもりのはずが、どうしてかまわりがそれを許してくれない。


山菜取りの指導員の時期を経て、今度こそゆっくりまったりと旅をするぞと、今度はバスに乗って旅をすることにした。


適当に目の前に来たバスに乗り継いでいくというやり方にして、本当に適当に時間も気にせず乗り継げるだけ乗り継いでいく。


そうしてたどり着いたのが、なぜか自殺の名所で……。


といった感じで、旅らしい旅にならない。


最後の最後には、海辺で夕陽を見ながら「……いっそのこと、この海を泳ぎ続けたらいいのかもな」とかぼやきつつ、エンディングを迎えていた。


本気か? 本気で海を泳ぐ気か? と心配になるほどに、クッタクタなおっさんが、それを言うのか? やめとけ! その辺でテキトーにスローライフ始めちゃってもいいんじゃね? と折れるところは折れてもいいんじゃないのか? なんてことを思いながら、スタッフロールを眺めていた。


そうしてスタッフロールが流れた最後の最後に、一行だけ書かれて終わりになった。


『あなたの旅は、いつ始めますか?』


おっさんへの感想としては、どっちかっていうと同情の方が色濃いんだけれど、映画自体については最後のその一行がやけに頭に残った。


映画館を出ると、結構暗くなってきてて、腹も減ったしなと転移鍵穴を探すことにした。


猫の齋藤に教えてもらったのは、このなんちゃらウォッチの機能で、近くの転移鍵穴を探せるというもの。


リューズにあたる部分に指先をあてると、ほわんと音がして電源が入る。


映画の最中は電源切ってたしなと思い出しながら、画面に触れて探し物を想像する…と、ポコン! という音とともにマップが出た。


それと、矢印も。


矢印に従いながら進めば、たしかにそれはそこにあった。


「お…おぉ…、本当にあった」


鍵を鍵穴にさして、家に帰る。


誰がいるでもないけど、ただいまと言いながら入って行く。


リビングの方に荷物が置かれてて、中身を確かめると間違いなく買ったものすべてが揃っていた。


マジで便利だ。


楽な格好に着替えて、またあの部屋へ。


キッチンそばにテーブルがあるのはわかってるけど、一回あの場所を知ってしまったからそこ以外で飯を食う気がしない。


掘りごたつの方に移動して、今日の夕食に何を食べたいか考える。


「あー……そういや北海道の方に、ジンギスカンを煮るっていうのがあったな。焼くんじゃなくて、煮るやつ。…そういうのも可能かな。煮るやつだったら、うどんは平うどんの方が好きだからそれにしてー…っと。デザートは……コーヒーゼリーとか、たまに食いたくなるよな。飲み物はウーロンがいいかなー」


今日、久々に出かけてみてテンションが上がったのか、やたらおしゃべりだ。


「…お! 出てきた! ちゃんとグツグツいってるやつ! ジンギスカン…冷めると(あぶら)がめちゃくちゃ浮いてくるからな。煮詰まらない程度にあったかいままのがいいって、頭ん中で考えてたやつそのままだ」


取り皿に茶色に染まったうどんを取り、肉を少し…ともやしも一緒に取る。


「いただきます!」


くたくたに煮込まれたうどんともやし。味が染みてて、美味い!


「もうやって、どこぞの地方の飯いろいろとか、知ってるやつなら想像出来るし。その範囲内なら、出てくるってことか? 知らない料理は出来ないって感じか。その場合は、自動調理器の方で可能そうなら材料揃えて作ってみるとか…か」


これからの生活を考えて、アレコレ想像してみる。


これまでかなり長いこと自分のために時間を使うってことをしてこなかったことを、今更のように思い出した。


久々の映画は、ただのハスキー犬の格好をしたおっさんがバタバタしているだけにも見えたけど、そういう場所でのんびり過ごすってことに意味があった気がした。


映画を見る前に昨日ぶりに会った猫の齋藤とのこともそうだし。


…と、そこまで思い出してから、猫の齋藤とのやりとりを思い出す。


視界に入ってくる自分の髪は、何をどう見てもアッシュグレーの髪でしかない。


そのうち情報が知らされるみたいな話はあったけど、それが正確にいつなんだってことはわかっていない。


俺のステータスの中にあった、魔法を全部使えるだの創造することも出来るだのってのは、情報として伝わってしまってる? でもその画面を見られたくなかったたら自分で調節できるとも書いてあったはず。


役所の連中には情報としてすでに知られているのか、俺が隠してしまえば見れなくなる部分が出るのか、俺の立場上は情報を開示してくださいとか言われるんだろうか。


「……問題はまだまだありそうだな」


ボソッと呟いて、肉を口に放り込む。


ジンギスカンの独特の匂いがたまらない。


食べ終わった頃合いで、コーヒーゼリーがあらわれた。


ウーロン茶で口をスッキリさせてから、ティースプーンを手にしてひと掬い。


「……あっっ、これ、…苦すぎなくて美味い!」


昔、父親が美味そうに食べてて、さぞかし美味いんだろうとコッソリ食べてひどい目に遭ったっけ。


「これも久しぶりに食ったな」


苦い思いをした頃は、今の俺くらいの年齢だったかもしれない。俺の父親。


同じものを食える年齢になったんだな…と思うだけで、何とも言えない気持ちになった。


薄情と思われるかもしれないけど、亡くなって結構経っていることもあってか、そこまで親の顔を憶えていない。


こっちに来てからなら尚のこと、元の場所でつながりがあった人の顔はあまり憶えていない。


人の顔を憶えるよりも、勉強や仕事を覚える方が先だったからな。


そういうところも、人と繋がれなかったことに影響してたのかな。


結果だけでいえば、親がいるいないにかかわらず、俺はこの場所で独りだ。


「……まさかだけど、親が早々に亡くなったのも、職場であんな風に一人で作業するのが当たり前だったのも、ここに来るための環境づくり…とか言わないよな?」


んなバカなと思うけど、実際のところ、急に一人にされてもある意味動じていない自分がいて。


その感覚が普通じゃない気もしていて、自分のことなのに呆れてもいて。


「なんつーか…複雑?」


コーヒーゼリーの最後の一口をつるんと流し込み、また短く息を吐く。


「独りに慣れ過ぎてるのも、問題あり…だよな?」


自問自答のように、問題提起。


そこに気づいたからといって、すぐに問題解決出来るだけの人間でもないことは、自分が一番わかっている。


「ま、友達じゃないけど、若干気さくに話せるのは一人…確保したよな」


今日見た映画のパンフレットと、猫の齋藤に言われたここでの暮らしに必要な情報が満載のマニュアルを手に取って。


「いうこと…聞いとくか。一応」


念押しというか釘もさされたわけで。


映画のパンフレットを端に置き、マニュアルを最初からじっくりと読み始める。


読みながら何度も思ったのは、今日、猫の齋藤に教えてもらったことは全部ここにあったじゃんっていう…カッコ悪いとこで。


「マニュアル、ちゃんと読まねぇとな…マジで」


恥ずかしさに何度かうなりながらも、日付をまたぐ頃までマニュアルを読みつづけていた。


マニュアルの中にある四コマ漫画みたいなキャラクターが、猫の齋藤によく似てて。


「そのうちまたその辺で会えたらいいな」


とか思いながら、またマニュアルのページをめくっていた。



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