閑話 それでも甘い人に甘い人たち
口を薄く開きかけては、ためらい。その繰り返しをしていた俺とサリーを横目に、「おい、アペル」とカムイさんが声をかける。
普段なら相手の顔を見て返事をするアペルが、カムイさんの腕にくっついた状態で顔も上げない。
「……なに」
そう返事をする声は、どこか震えている。すこし声のトーンが低い。
この場で俺とサリーは、無言でいることが最適解だと判断。サリーへと視線を向けると、目尻を下げてどこか悲しげな顔つきになっていた。
「仕掛け、俺に吐け。だいたいんとこしか、俺の方には情報ねぇからよ。お前がやっちまったって思ってる仕掛け、吐け」
すべてを共有出来ていないのか、吐き出させた方が良しと思ったのか。今回に至っては、後者の確率が高そうだ。
カムイさんはアペルが楽になる方へ、苦しまずにすむ方へと背を押そうとしていることが多い。
しかも命令口調になっていても、ひどく恨まれもせずにすむのだろうな。この二人の関係ゆえに。
「そう…だねぇ。…ん、と、さ。体感は、3キロの距離でね」
「は? 3キロ? 思ったより長ぇな」
「ふふ。もっと短くてもいいんだけど、なんかねー。疲れさせたかった? んへへ」
「で? その3キロの中を、ただサイコロぶん投げて進んでるだけってんじゃあ…ねえな? アレ」
ひとつずつ、順にアペルの胸の中にある重たさを引き出し、ここに置かせるようにしていくカムイさん。
話をしながら、ほどけてしまっていたアペルの髪を手櫛で整えたかと思えば、サリーへと手のひらを上に何度か上下して、何かを要求してきた。
「……あ、ああ、あるっすよ。…コレでしょ?」
手渡したのは、すこし細めのゴムが数本。
時々頭を撫でて、隙間で髪を整えたり結んだり。腕にくっつかれている都合で、ちょっとやりにくそうではある。
カムイさんが細い三つ編みの二本目を編み出したあたりで、また次の話が出る。
「サイコロが同じ数だけの時に、エフェクトって効果を与えて、いかにも何かが起きましたって見せてる。ゴールまでに最高で10回まで。その際にね? ある簡単な加算法で、魔力が上がってる。初期数値が少ないからさ、あの人。なかなか体の違和感に気づかないんだもん。…おっかしくってさー」
顔を伏せたまま、肩を揺らして笑っているように見える彼の背中。
「へぇ。その加算法で、どんだけ増えるやら」
と、カムイさんが俺も気になったことを聞けば、大した上がらないと言うアペル。
「上がった魔力にやっと気づいたと思ったら、忘れてたはずの魔法のこと思い出して消費しちゃうの。魔力。しかも今のところ毎回、同じ魔法使う。……あの人が、一番最初に使った魔法。俺の魔法に抜けがあったと思えないのに、どうしてか魔法のこと思い出すし、魔法の使い方も思い出しちゃう。変な人だよねー……あの人」
「そういういう奴を魔法バカって言うんだろ?」
アペルの話を聞きながら、カムイさんがまた三つ編みを増やしていく。
「んね? ほんと…バカ。魔力使うと、それまでに溜まってた魔力が半分になる。一度も魔法を使わなきゃ、魔力の数値は最終的にバカ課の主任クラスまでは増える。…でもね」
「でも、なんだ」
「ゴールしたら、スタートに戻る。そこまでの記憶も、初めから。…んふふ。進むたびに違和感とか疑問とか抱いても、それも感じないようになってんだー。というか、忘れるっていう方が合ってるかな。”ま、いっか”って呟くと、忘れる。その言葉は、性別反転させた時に付けたオマケ機能みたいなもんだったんだ。その言葉ひとつで、気になったこともそれまでのことも忘れるようにって。…でも、この中じゃ有効だったみたいだけど、現実の方じゃ効きが悪かったっぽいな。…やっぱ、やり方に穴があったのかもな」
長々と一気に話したアペルに、カムイさんは「そっか」とだけ。
「あ、でもね、あのね? ゴールまでに溜まった魔力は国の方へ利用できるようにしてあるんだ。有効活用っていうの? そのためにも、延々やらせてる。あの中にいると、お腹は空かない。ただし余計に魔力を使うようなことをしたら命を削ってしまう。それは普段通りに使ってても、同じことがあるんでしょ? 俺にはほとんど無縁な話だけど」
その話を横で聞きながら、壁に映るジュノの姿を見ていると。
「…4周目に突入したらしいぞ、アペル」
これまでのことがなかったかのように、またスタート地点で手の中にあるサイコロに首をかしげつつ宙に放っていた。
「…そ」
話をしながらカムイさんが編んだ三つ編みは、6本目になる。
「ん」
その声と同時に、今度は俺の方へと手のひらが差し出された。自分へと人差し指を向けて、俺ですか? と無言で聞き返すと、アゴであるものを示された。
(やはり、そうなりましたか)
苦笑いを浮かべつつ、俺の近くにあったティッシュを箱ごとカムイさんの方へと寄せた。
「出られない、二度と。ずっと…夢の中みたいな場所で…さ。終わんないすごろく…やんの。独りで。…俺…独り…嫌いなのに…苦手なのに……なのに…」
ポツポツと話していくアペルの声が、ところどころ震えている。そして、言葉と言葉の間じゃ、呼吸が浅くなっていき。
「ほら。鼻、噛め」
「…でも」
「俺を鼻水まみれにしてぇなら、噛まんでいいぞ? 後で、事あるごとに持ち出すけどな」
「けど…」
「噛むか噛まないか。俺に嫌味を言われるか言われないか。…ほーら、どーすんだ? お? アペル」
「噛まないで、拭う」
「んなんじゃ、スッキリしねえだろ!」
「うー…」
「なら、俺がやってやろうか? ガキにやるみたいによ」
カムイさんがそこまで言った瞬間、カムイさんの指先にあったティッシュがアペルに奪われていた。
一度噛みはじめたら、どうでもよくなったのか。ほっといてもアペルは、スッキリするまで鼻を噛む。顔は、変わらずにほぼ上げることも、こちらに向けることもなく。
「……俺ぇ…ひどい? 悪いヤツ?」
噛みたいだけ鼻を噛んだかと思えば、一息でもつくように息を短く吐いた直後に呟かれたそのセリフ。
「されたらヤなことするなって…言われてきたのに」
亡くなった両親にか、それとも元の世界でなにかと気にかけてくれたという叔母にか。俺たちに問いかけているようでいて、先の誰かに確かめているようにも聞こえ。
「……アペル」
カムイさんも普段の彼らしくなく、言葉を選んでいる空気を纏っている。
静寂の隙間に、アペルが鼻をすする音と浅い呼吸音が響く。
小さく小さく体を丸めてカムイさんの腕にくっついてるアペルが、今は成人している大人の姿のはずなのに、悪い事をして叱られるのを待っている子どもに見えた。
うつむいたアペルの頭が俺の目の前にあり、サリーの方からはすこし距離があれどもアペルの丸まった背中が視界にあるようで。
示し合わせたわけでもないのに、ほぼ同時に俺の手は彼の頭へ、サリーはそれまでいた場所から少し体をズラしてから彼の背中に手を伸ばしていた。
その手から、俺たちがどれくらいアペルのことを想っていて、彼が彼なりに心を痛めながら誰かを裁いたことを、他の誰でもなくこの場にいる全員が赦しているか…認めているかが伝わればいいのにと願うように、そっと手を上下に動かし撫でた。
「こんなんでもきっと皆なら、もっと…もっと…ちゃんと、さ…」
言いかけた言葉の続きを待つが、鼻をすする音はするのにそれだけ。なんなら、カムイさんに抱きついたままのその背中がさらに丸くなっている。
反省か後悔か。そのどちらかになりそうな呟きに、非情になれない自分自身を卑下する言葉を含めば、また落ち込む自分を理解していたのかもしれないなと思い。
そんな彼を慰める方法がありそうでないものだと考えながら、ボンヤリしていた。
アペルはその呟きを最後に、浅かった呼吸がゆっくりと寝息へと変わっていく。ゆっくり、ゆっくりと。
数分後にカムイさんが何本目かの三つ編みを編み終え、自分にしがみついた格好のアペルをそっと…腕から剥がしていく。
もう深く眠っているようで、カクンと首が後ろへと折れそうな勢いで動いたので、彼の頭に触れていた俺の手でそのま支える。
気道確保の体勢から、首を平行まで戻して…っと。
「これならサリーでもいけそうだな。…ベッドまで運んでやってくれるか?」
さっきよりも深く眠ったことを確信したカムイさんがサリーにそう声をかけると、ただうなずくだけで速やかに動き、アペルを彼の自室へと運んでいく。
サリーが出ていった方へと顔は自然と向いていて、あんな寝入り方をした彼を心配せずにはいられず。
と、背後からした聞きなれた氷の音に、顔だけ振り向く。
するとさっきサリーがやっていたように、空になったグラスで水割りを作りはじめるカムイさんの横顔が視界に入った。
「お前も飲むだろ?」
こちらを見るでもなく、声をかけてきただけ。
強制でもなんでもなく、普通に飲むかどうかのみを聞いている声のトーンは穏やか。
「いただきます。カムイさんに作っていただけるなんて、まるで神の酒みたいですね」
「ははっ。ジャンは、たまぁに過ぎたことを言うよなぁ。神の酒? ったく。…っと、出来た。ほら、グラス持って…。ほら」
互いのグラスをほんのすこし掲げるだけの乾杯を。
「………はーっ。濃くし過ぎたか」
喉を鳴らし、一気に半分ほどまで飲むカムイさん。結構な勢いだ。
「さっきの俺のより濃そうですよね、それ。大丈夫ですか? んな、一気に飲んで。なんなら俺のと交換します?」
俺も同じように半分ほどまで飲んだが、さっきサリーが作ったものよりは薄めのそれを、カムイさんの方へとトンと置く。
「いや、いい。たまにはこれくらいの飲んでもいーだろ。飲めないわけじゃねぇし」
さっきと同じような静かな空気の中、グラスの中で氷がぶつかる音が小さく鳴る。それはさっきまでとはすこし違って、緊張感が薄れたことにホッとした今には心地いい音だ。
程なくして足音が近づき、サリーが部屋に入ってきた。
「アペル寝かしてきましたよー」
「おう、おつかれ」
「おつかれ、サリー」
戻ってきた彼へと、二人そろってグラスを掲げてお先にやってたよとしてみせる。
「…どうした? サリー」
難しい顔をして掘りごたつに足を潜らせるサリーへ、カムイさんが口角を上げて話しかける。とても穏やかなトーンの声で。
チラッと俺を見てから、カムイさんの方へと視線を向け。難しい顔から、今度は困った顔つきへと変わる。
そうして、サリーにしては控えめな声の大きさで、ボソボソと愚痴でもこぼすように呟く。
「…………自分と他人と。縁はないんだからと切り捨てられたら、きっと楽になれるのに。罪悪感を抱くようなこと、何もやっちゃいないのに、どうして…。身内でも何でもないのに、あそこまで泣くのって…」
誰とは言わなくとも、ここにいる三人にはわかる話を。
俺にサリー、それから他のナンバーズもだが、敵認定した相手や使えないと決定づけた相手は切り捨てるのが早い。切り捨てるのも、それを決めるまでも。
だからサリーがいうような、アペルがどうしてそういう考えを持てないんだという言葉の意味も理解できなくはない。
正直なところ、その方が切り捨てる側の心が楽なのだから。
使えない相手に心を砕く時間を、他の何かにその分をまわした方が有用だろう?
アペルがやっていること、考えていること。悩むこと。それらの中には時々、無駄じゃないか? と思えることがないわけじゃない。
それでもアペルと共にと決めたからには、彼の心が極力穏やかでいられる方向でと取捨選択して、時には自分の考えとは違ったとしても飲みこむこともし。そうしてでも、あの瞬間の俺とサリーを必死の形相で護ってくれた彼に報いたいと思い。それだけじゃなく、彼のいろんな部分に触れてからは尚のことで彼を大切に出来る場所に立っていたいと望んだのは俺だ。
「…それがアペルだろ」
静かな部屋に彼を大事に想うカムイさんの声が響く。
決めつけでもなんでもなく、ただの事実を口にしただけ。言い終えてすぐ、カムイさんは濃いと言っていた水割りを一気に飲み干した。
飲みきった後には、長いため息を吐き。
それを見て、俺はスッと手を差し出す。察しのいい彼が、グラスを俺に預けた。
「カムイさんのように神の酒とまではいきませんでしょうけど、俺が一番美味いと感じる濃さにしてみました。…どうぞ」
コースターの上に置いたグラスを手にしてわずかに掲げ、部屋の明かりに翳してみてからゴクゴクッと飲み。
「…ん。たしかに美味いな」
顔をゆるめ、そう呟く。
俺も続くように、同じ濃さの酒を飲み息を吐く。
ただ、グラスに氷がぶつかる音しかしない。静かだ。
サリーはというと、お茶も水も飲まなくなり黙ってうつむいていた。時々、カムイさんを盗み見るような視線を向けてはいるが。だからと言って、何か聞いてくるわけでもない。
(何をどう聞いていいのかわからないとも言えるか)
さっきのカムイさんが吐いた、長いため息を思い出す。
多分…カムイさんであっても、アペルの考えや行動のすべてを納得しているわけではないということなのかもしれない。理解はしていても、だ。
(つくづく難しいものだな、これまでの環境や考え方がここまで違いすぎると)
アペルの心も体も護りたいと思っているのは、ここにいる全員の総意。
が、どうあっても彼の何もかもを護りきることは叶わない。彼がそれを叶えさせてくれない。どれくらいの厚さか知れぬ壁が在る。
彼のそれは、きっと元の世界でその土台が出来てしまったのだろう。彼と他者の間にある壁を崩すことが出来なければ、いつまでも叶わないままのような気がする。
もっと頼ってと言っても、彼の中にある知識や経験と我々のそれとの差と、そこに甘え下手さが彼の足を引っ張ってしまう。
酔っている時の彼は、普段の彼よりも甘え上手なので、つい飲ませたくなってしまう。でも、今日のように泣きが入ることもあるのだから、毎回使える手ではないよう。単純そうで複雑なのが、彼なのだろう。
「お前らがいた場所に、誰か…アイツをよく思っていない奴がいたんだろ。アペル個人なのか、例の漂流者云々の仕組みを厭う奴がいんのかもしれねえ。…ま。最終的に何をしたいのかは、何一つわかっちゃいねぇけど。ただ、勝手に召喚されたというだけで潤沢な資金があり、生活の保障もされ、召喚者ゆえか何らかで魔法の使い方も魔力の量もアホみたいなことが出来る。その辺に転がってるだけの奴らや、必死に努力をしてきた奴らからすりゃ、恵まれている羨ましい敵に見えちまうこともあるだろうよ」
カムイさんがあえて言葉にしたことは、俺も思っていたこと。
ナンバーズの誰かか、ナンバーズのサポートチームか、それとも上層部か。手に入っている情報は、足りていない気がする。
「さっき持ってきた以外にも、もうすこし引っ張れる情報があれば…」
サリーの表情が消え、あの場所にいた時のような仕事モードに切り替わろうとした時。
「それは俺がやる。あの場所から抜けたとはいえ、仮にもトップに居続けた男だからな。それに俺もサリーも自分の都合ではなく大賢者たる人物に指名をされて抜けた格好になっているだけで、その権限は残すようにと書面にある。…書類作成時にそうした方がいいと言ったのは…………アペルだった」
それを制する。俺の方が動きやすいと思えたからだ。
「…こうなることを先読みしてたわけじゃないっすよね」
サリーが俺の最後の言葉に反応し、さっき自分が運んでいった彼の部屋の方へと視線を向けながら呟く。
「アイツの考えていることのすべてが俺に共有されてるわけじゃねぇから、正確には答えられねぇけど。それでも、先読みじゃねぇと思うぞ。俺が思うに、過去の経験からじゃねぇのかな。打てる手はいくら打っておいてもいいとか、保険には保険をかけて…ってのは、アイツの中では日常化してたからな」
カムイさんがそういうと、俺もサリーもうなずく他ない。
「たしかに、っすね」
危機回避とかいうそれは、俺たちのやり方とは違う部分があり、馴染むのにも理解するのにも時間を要した。
だが後になってみれば、むしろ時間がかかってないか? と思うこともやっておいてよかった事態になることが意外とあった。彼の魔法についても、そういう手間が多い。
これまでのことを思い出し、ふう…とため息を吐いた時、カムイさんが「…ん?」と誰を見るでもなく宙へと視線を向けた。
「どうか…したんすか? カムイさん」
急なその様子に、サリーがわかりやすく警戒した表情を見せる。
何かを考えているか、何か起きたか。判断しかねる状態になったカムイさんの返事を待つ、俺とサリー。
そのままで5分ほど経過したあたりで、「…なるほどな」とカムイさんは上げていた顔を下げ、俺とサリーに声をかける。
「二人に言っとく。この後、アペルが起きてから俺含めて三人にと頼みごとをしてくる予定だ」
思っていたよりも明確な話に、揃って目を瞠ってしまう。
「急ですね」
「あと、意外」
反応に困っていると、カムイさんが言葉を続ける。
「まあ、あれだ。本人から直接、話を振られると思うが。…なんせアイツだから、頼むまでに時間がかかる。何か他のことをしつつ気を紛らわせ、落ち着かせ、それからになるかもな」
カムイさんの説明を聞き、普段のアペルのことを思い出すとうなずく他なくて。
「頼みごとって、なんすか? カムイさんは知ってるってこと?」
確認とでもいうように、サリーが質問を振れば。
「…フッ」
いわゆるドヤ顔をされ、それにサリーが悔しそうに口を尖らせ。アペル関係で、最近はこの手の流れが少なくない。
俺はというと、真ん中の立ち位置で見守っているだけ。
「どの関係での頼みごとなんだろ。…うーっ、気になるー」
サリーが中途半端に聞かされた予告に、また口を尖らせて。
「そのうち直接聞けますよ。…待ちましょう」
元・上司の顔をして、宥める俺。
そこからダラダラ飲んで、気づけば揃って掘りごたつで寝入ってしまい。それをアペルに見つかったのが翌日。
しかも脱水症状ほどじゃなくても、あまりいい状態ではなかったものだから叱られ。
カラカラの喉を麦茶で潤させてくれながらも、「心配してんのに、なんで笑ってんの!」とお説教され。
「お前は、そういう奴だよな」とカムイさんが喜んだ瞬間、さらに大きな雷が落とされもし。
俺はといえば黙って叱るアペルを見上げ、いつ話してくれるのかと様子見をすれど、その日は《《らしき》》一言はなく。
予告されていた頼みごとは、お説教からさらに三日後に。
その間も、ジュノは延々サイコロを放ってはマップ状のそれを進んではゴールをしたことを記憶することも許されず。延々と、スタート地点へ戻されていた。
気づけばジュノがスタートに戻されたのが三桁になったあたりで、ふと思い出す。
”死ぬまで”
アペルはあのゲームの終わりを、ハッキリそう告げていた。
お腹も空かなきゃ、特別な魔法でも使わなければ魔力切れで意識が無くなることもないと言っていたのも思い出す。
(これまでの記憶はないはずなのに、ジュノが使う魔法は思い出の中にある魔法一択。その理のようなそれが崩れた、その瞬間がもしかして?)
仮定をしてみたが、それでも所詮仮定は仮定でしかない。
アペルが予想したことを超えてきたのか、本当にアペルが自覚なしに手を抜いていたかで予想外のことが起きた。
同じじゃなくとも、似たことが起きてもおかしくはない。むしろ、その不測の事態にも備えてこそか。
そう考え至った時、腑に落ちた。
普段のアペルが考えながら遠回りをしているのは、こういうことかと。
自分の力量、経験、知識で推し量れば、それに見合った予測しかしなくて当然。
人が一人加われば、その分の予測が必要で。その相手が自分と同じ考えや経験をしてきたわけではなく。何か答えを出さなければならない時、同じ考えに至るかもわかるはずがない。
(遠い昔に似たことを学んでいたはずが、基礎中の基礎を忘れていたのかもしれないな)
考えすぎとまではいかずとも、多少の準備や警戒はしておいた方がいい。そういうことを、改めて知らされた気分だ。
それを日常化していなければ過ごせない環境にあったのかと、アペルが過去いた場所の誰かを睨みたくとも相手が見えるはずもなく。
そうして過ぎた時間を振り返っている横で、アペルが一生懸命説明をしている。
場所は、いつものあの大浴場で。
「――――で、その紙を丸めた後に魔法で小さな箱状にして、封蝋っていうのがあるよね? あれに魔力を使ったバージョンを用意するから、三人にもその封をする蝋に指先をあてて認証をしてほしいんだよね。いわゆる封印をするためにね」
四人以外にその封印を解けなくさせるための説明を、麦茶を飲みながら一生懸命話しているアペル。
その封をする際に魔力をわずかに纏わせて圧すことで、四人だけの魔力がその蝋に残る。封印を解く際には最低でも二人分の魔力が感知されないと、解くことが出来ない設定にするとかなんとか。
同じ属性の魔法だとしても、血液と同じようにその人だけの特性みたいなものがあるという。完全に一致しなければ、か。
そんな話を俺たちだけに寄こしてくれたのは、信用されていると自惚れてもいいのだろうか。
チラ…とアペルの方へ視線を向ければ、目尻を下げて応えてくれる。自惚れてもよさそうだ。
封印したものについては今回のこともあり、ナンバーズにも国王たちにも預けないし場所も教えない。
「そうカンタンには出せない場所に隠さなきゃ、でしょ?」
アペルのその意見に、俺もサリーもうなずく。
「いいの? 協力お願いしても」
と、わかりやすくホッとした様子を見せる彼。
「どこにどうするつもりかは聞きませんが、アペルが考えたことに同意です。自白のための道具や魔法などを使われたら、俺やサリーも口を割ってしまうかもしれませんしね。まあ、それ無しならば何があっても口を割りませんが、保険はかけておいた方がいいでしょう。アペルの中でだけ、その場所を秘めていてくださいね」
人差し指を立てて内緒を示すことを見せると、なぜか首をかしげられてしまった。
「…変なこと言いましたか?」
すぐさまそう聞き返せば「だって」とアペルが呟き、続けて言われたことに思わずツッコミを入れることになるのだが。
「その手のもの、一切効かないようにしてあるのに? 二人に渡したアクセサリーにさ。あ、もちろん、カムイさんにもね」
まさか、そんな状態になってるなどと思うはずがない俺たち。
「は?」
「え? 聞いてない」
「いつの間に」
「あ…あれ?」
俺たちの反応に、困った顔つきになったのは言い出したアペルの方。
カムイさんも知らなかったようで、俺たちと一緒に驚く。
「いつ…って、その…結構早い段階で。みんなでご飯食べてる最中に、コソッと。魔方陣みえないようにして、飛ばして…定着させて」
「いやいやいやいや、錬成陣なしで追加の加工って」
「しかも、飯の最中? なんだそれ」
それは俺も同じことを思った。カムイさんは言ってほしいことを先に言ってくれる。
「だって…」
「だって、なんですか? アペル」
なので、それに便乗してツッコんでいくと。
「思い立ったが吉日だから」
「オモイタッタガキチジツ」
「オモイガタタッタ? ん?」
「噛んでるよ、カムイさん」
「うるせぇ。黙れ、サリー」
「うわ。八つ当たりきたー」
「八つ当たりじゃねえだろ? これっくらい」
「えー、八つ当たりですよね? コレ。どう思います? ジャンさん」
「サリーの言う通りですね」
「は? 2対1かよ」
「ま、それは置いといて。どういう意味なの? アペル」
封印の話が進むようで進まない。すっかり日常なこの空気は、俺にとって居心地のいいものになっているみたいだな。
「んと、思い立ったが吉日っていうのはね」
三人が楽しげに話しているのを見ながら、アペルが出してくれた炭酸っぽい日本酒とやらをいただくとしましょうか。
蒼くてスリムな瓶を開けて、細めのグラスに注いで。
ひとりで乾杯でもしているみたいに、わずかに掲げて。
(…うん、キレイだ)
酒を陽にかざして眺める気持ちの余裕が持てるような、そんな今の生活。
(自国に戻れば、二度とこんな平和は味わえないんだろうな)
自分とは切るに切れない繋がりを頭の端に引っ掛けながら、一気に飲み干した。




