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おさがしの方は、誰でしょう?~心と髪色は、うつろいやすいのです~  作者: ハル*
アレだよ、アレ。…って、なんだっけ。
64/66

その瞬間は、意外な形で



俺が一抜けした後は、ジャンさん、サリーくん、最後がカムイさん…の順になった。


「カムイさんって、じゃんけん弱いんだね」


つまみやすいものを用意して、途中で食事のせいで中断とかがないようにと準備をしながら呟いた俺。


「は? じゃんけんに強いだ弱いだってあったところでな? 俺のこの先の人生に、何一つ影響ねえだろう?」


なんて返してきたけど、弱かったことについては否定しないんだ。カムイさん。


「……カムイ。はい! じゃーんけーん」


不意をつき、じゃんけんの勝負を持ちかけると、カムイさんは一瞬目を丸くしてから、反射的に手をこぶしにして上下に振って。


「「ほい!!」」


口は悪いけど、性格は意外と真面目なカムイさんは、ちゃんとじゃんけんに付き合ってくれた。


「グーを出した俺の勝ちね」


そして、また負けた。


「ね、カムイ」


グーを出したままで、手をチョキにしっぱなしのカムイさんに声をかける。


「思ってたよりも緊張してた?」


って。


「なんだよ、急に」


昔、叔母さんの店に来ていた誰かが言ってたな。なんて、かなり薄れた記憶の中から引っ張り出せた他愛ない話。


「緊張しているとね、チョキが出やすいらしいよ」


ほんと、どうでもよさそうな小ネタだよね。こういうのってさ。


「チョキ? グーじゃなくか」


「うん。憶えてることかなり少なくなっちゃってるんだけど、ぶっちゃけどうでもよさそうな誰かがしてた話を思い出した」


なんて感じで正直にいえば、横でジャンさんが声に出さずに肩だけを揺らして震えながら笑ってる。


「ジャンってば。笑うなら、笑っちゃえばいいのに。ここにいるの、俺たちだけなんだし」


しょうがないなぁって思いつつ、ジャンさんにツッコミを入れる。


すると、「でもですねー」って、まだ笑ってるのを隠そうとするんだよね。


彼がもっと普通に声をあげて笑う姿が見られるようになればななんて思いながら、それぞれの席の横にサイドテーブルっぽいものを用意する。


すごろくなやつをメインで置くんだから、食べ物や飲み物なんかを置く場所が狭すぎて。


それに、せっかく作ったそれを食べカスとかで汚したくもなく。アレコレ考えた結果、カムイさんと一緒に旅をしていた時に持っていたたくさんの素材があったしさ。


「サイドテーブルってんじゃなく、結果だけでいえば冷蔵庫?」


「あー…まあ、そういえなくもないけど」


つまりは、そういう物を一人ずつ使えるようにしてしまったわけで。


「目の前でサクサクつくってんじゃねえよ、アペル」


「サクサクって…カムイ」


呆れた口調で文句のように言ってくるもんだから、なんでそんなこというの? いう表情で言い返すと、盛大なため息つきで「だってそうだろうが」と続ける。


「お前が今、俺たちの目の前でやったことがなんなのかを理解してねえからだろ? まるで料理してんのと同じ感覚で、この手の物を作ってんだぞ? 自覚がなさすぎだろ、相変わらずでよ」


この手の物ってカムイさんが言うと、両横の二人からは残念なものを見ているような目で見つめられる。


「なんでそんな目で見るんだよ、二人して」


なんだかバツが悪い。


バツが悪いって言い方が正解か不正解か、正直思い出せないけど。


「規格外の人って、本当に自分の価値を理解しきれてない人ばかり。利用価値もわかってないから、まわりがどれだけ苦労してるかもわかってくれないし。…ねえ? ジャンさん」


「…ですね。特にアペルは酷いと思いますね。いろんな意味で」


カムイさんだけじゃなく、二人からも愚痴っぽい感じで言われるって…一体。


「残念な生き物みたいに見ないでってば」


目を逸らしつつ、それぞれのサイドテーブルならぬミニ冷蔵庫の上に飲み物と食べ物を配膳して…っと。


「サリーは、ガッツリ食べたいでしょ?」


「うん。でも、ガッツリってもので手軽に食えるように出来るの?」


言われるまでもなく、その方向性で考えてたからね。


サンドウィッチの、いろいろバージョンで…ってさ。それと、ホットドッグ?


過去にも作ったことがある物もあるかもしれないとして、手軽に食えて片手で食えた方がいい物ならそれでよくない?


サンドウィッチでも普通のパンバージョンと、ホットサンドならぬトーストサンドの二種類にして。コッペパンには、ジャンさんにはチョリソーみたいな辛いソーセージや、福神漬け入りの変わり種のポテサラなんかも詰めてみたり。


俺はというと、ちょっと甘めのスクランブルエッグとスライスハムのトーストサンド。牛乳入れたスクランブルエッグは、両親が亡くなってすぐの時の朝食に叔母さんが作ってくれたのを思い出した。


ちょっと甘めなのに、ペッパーミルでゴリゴリ言わせながら振ったコショウをかけると、甘いのにピリッとした辛さが美味いんだよね。


「その器も、新しく作ったやつじゃないの? もしかして」


サリーくんのところに小さめのパッフェルを置いたタイミングで、パッフェルを手に持って少し上めに掲げながら、サリーくんが聞いてきた。


「うん。ついでに作ってみたんだよねー、溶けないパッフェル用の器があったら、あわてて食べなくてもいいんじゃないの? ってさ」


ニコニコと微笑みつつ、すぐに気づいてくれたのが嬉しくてサリーくんに説明をした…んだけど。


「えー……、たしかに誰もが考えつきそうだけど、作れるか作れないかってとこで頓挫するもんでしょ。材料とか魔法の構築とかどうとかで、どこかしらで躓くもんだよ? ……こんな風に簡単に、ついでで作れる物じゃないのに」


「あー…そー…なの…へぇー」


さっきからツッコミばかりされている気がするんだけど、実感がわかないというかなんというか。


三人の視線が気になるけど、そっちに顔を向けないようにして…っと。


「さ! おまたせ! 早速やろうか」


ここまでの会話をなかったことにして、ゲームを始めようとした時だ。


久々の警告の音が、脳内で響いた。


「…あ。……嘘でしょ? まさか、今?」


脳内で呟いたはずの言葉が、ポロッともれてしまった。


それぞれの手に、各々が作ったコマをスタート地点にと指先で摘みあげていた最中。


「ん? 何のことですか? アペル」


コマを指先に摘まんだ格好で固まって、どことも形容しがたい場所を見ているような俺がそこにいて。


ジャンさんが隣から俺の肩を掴み、二度ほど揺さぶった。


「…あ、ごめん。ちょっと来客対応しなきゃだ」


「え?」


「は?」


サリーくんとカムイさんは、一文字で驚きとイラつきを伝えてきて。


「とりあえず玄関行ってくるから、それつまんで待っててもらってもいい?」


三人の返事を待たず、俺はすぐに動き出した。


俺の動きにすぐさま続いたのが、案の定でジャンさん。


「なんでついてきちゃうのかぁ」


カムイさんがついてこなくてよかったなと思ったけど、まさかでジャンさんがくっついてくるなんてね。


「アペルがこの状況下で、すぐさま動かなきゃいけないと判断した。ということは、緊急性が高い相手ということか…とね。場合によっては、俺の力が必要になるかもと」


顔だけ振り向けば、笑ってるのに笑ってない。


(これって、ここ最近じゃあまり見せなかった顔じゃないの?)


「どうだろう。…本当ならもっと未来(さき)の話になるって予想してたんだけど、どうやら思ってたよりも相手の気持ちが上だったっていうか。何で来るに至ったのかは、聞かなきゃなんだけど」


そう説明しつつも、心の中は複雑だった。


警告が鳴ったということは、そういうよからぬ思考を抱えている可能性があるっていうこと。


(けれど、あの魔法が解けかけているっていうことは、その真逆の思考があるってことでもある)


呼び鈴が鳴る前に、防御魔法を展開しつつドアを開ける。


相手はちょうどインターホンのボタンを押そうと、人差し指を突き出しかけていたとこだったっぽい。


「「あ」」


同時に顔を見合って、「「こ、こんにちは」」と言ったのも同時。


警告音が鳴って、内心かなりな緊張感を抱いて玄関に向かってきたはずだったのに、こんにちはってなんだよ。


(というか、目の前にいるこの人が…あの人?)


人間のオーラというかなんて表現すればいいのか不確かなんだけど、なんとなくあの人でしょ? ってわかったんだよ。


やっぱり来たな、って。


でもさ、どう考えてもあの時のあの姿からはかけ離れていて。思わず鑑定をかけてしまったくらいだ。


(間違いなく、あの人だ。…でも、あの人じゃない)


相反する鑑定結果に、小さく息を吐く。


「この子どもは、アペルの知り合いですか」


って、ジャンさんが戸惑いながら聞いてきたほどに、あの時の彼の姿が変わったものだと思えない姿になっている。


「君の()()名前は?」


なんて問いかけた俺に、地球でいえば小学校低学年くらいの姿をした女の子は答える。


「ジュノ」


名乗られた名は、予想したものとは違っていた。ちょっと拍子抜け。


「……ジャンクじゃないんだ」


思わずもれた本音に、ジュノという女の子が首をかしげる。


「え? なんて?」


って。


「あー…はは、なんでもないよー。…で、そのジュノさんは、どうしてここに来たのかな」


なんて話をしながら、ずっと鑑定をかけっぱなしにする。わずかな変化も見逃したくないからね。


「んと、夢を見たの。ここに来たら、魔法が教えてもらえるよって」


あの人が魔法のことを思い出すはずなんかないのにな。そうならないための罰を与えたのに。


「どうして魔法を使いたいの?」


ドアを開きっぱなしでしゃがんで目の高さを彼女と合わせ、家の中に招くでもなく、ドアの敷居を挟んで会話を続ける俺とジュノという子。


「魔力はね…ないの、これっぽっちも。体で感じてるの。なーんにも無いのにね…使いたいの。使えるようになりたいの。何日か前の夢に誰かが出てきてね、魔法を教えてくれたの。指先に…こうやって…火を灯すの」


そう話しながら、彼女は手のひらを上にしてゆるく握りかけた状態で人差し指だけを上へと向けるような仕草をしてみせる。


その人差し指の指先に、火が灯っているみたいに。幻でか火が見えているかのように、目をキラキラさせながら一点を見つめている。


彼女がした仕草には覚えがある。


あの日、あの場所で、あの人の記憶を覗いた中で見た。遠い昔に、()()育ての親に教わった魔法だよね。


(ちゃんと無意識でもあの思い出が根付いているってことなのかな)


胸の奥が重くて、痛い。


本当なら、彼は二度と魔法とは無縁の場所に居続けることが罰になるはずだったのに。


巻きこんだ部下たちの未来も含めて、彼が一番大切にしていたものを対価にして苦しむはずだったのにさ。


「まだ使えたことがないのに、そんなに…好きなの? 魔法」


魔法についての情報はさして手に入れた形跡もなさそうだ。会話をしながら並列処理で、あれからの彼の動向を早送りでみているけど、こうなった取っ掛かりは今聞いた夢以外になさそうで。


「うん! 使えるようになってみたい…魔力ないけど」


「…そう」


ああ、胸が痛いや。


あの時、あんな形で刑を執行して。残酷にも優しくもない罰を与えた俺への罰か何かなのかな。これは。


彼の遠い記憶の中にあった、魔法を知ったばかりの頃の無邪気な表情が思い出される。


「ねえ、ここに来たら魔法に詳しい誰かが助けてくれるんでしょ? ……それとも違うの? ただの夢? 勘違い?」


夢を見てねぼけているだけだと言い聞かせれば、丸く収まるのかもしれない。


(なーんて考えても、また後味が悪くなるんだろ? …どうせ)


思い出さないようにしてあったのに、なんで思い出しちゃったんだろう。それか、別の何かが影響しているのか。


鑑定とこれまでのことを映像で流し見していってるけど、本当にキッカケが見えないんだ。


どうして?


なんで?


って言葉が、さっきからグルグル回ってる。


「アペル? その子は?」


一緒に玄関まで来ていたのに、衝撃的な再会にジャンさんのことをほったらかしにしちゃってた。


「あー…ははは、ごめん。放置してたね。…んと、ね」


そう言いながらゆっくり立ち上がって、口元に壁をつくるみたいに手をあててジャンさんの耳元へ顔を近づけた俺。


「アペ…」


あまりそういうことをしないからか、ちょっと困った顔をしているけど…フォローしてる暇ないや。ごめんね、ジャンさん。


「バ課長だよ、この子。魔法課の」


とだけ囁き、反射的に顔を真横に向けたジャンさんと至近距離で視線を交わす。


「バ課…っ!?」


驚くのは至極当然だ。俺だって驚いた、いろんな意味で。


あの時の罰の流れで、男性は女性に女性は男性にと反転したままになった人が多い。


故に、この子も元は男。しかも年齢はもっと上だった。…のに、性別は反転した状態で幼くなった。


記憶も魔力もなにもかもを失くしたのに、魔法についての興味だけは戻っている。魔法が使えない体だって理解しているようなのに、どうしてか俺のところに来たら使えるようになるとか思っている。


「…ふう」


鑑定のその奥深くは、あまりやりたくないんだよな。疲れすぎて、きっとまたみんなに心配かけてしまうかもしれない。魔力はバカみたいな量あるけど、そっちの疲労がどこからのモノなのか定かじゃないけど、多分…ドッと来ちゃいそう。


ジャンさんと話している俺の手に、すこし小さな子どもの手が触れてきた。「ねえ」と。


眉を寄せて、彼女を見て。


「内緒話?」


と無邪気な顔で問われて、苦笑いを浮かべた。


「そうだけど、そうじゃない…かな」


目の前にいるこの子は、名前も姿かたちもあの彼じゃないのに。こうして鑑定をかけるなり、バカ課の連中が何かしたらわかるようにって仕掛けておいたものが作動した副産物みたいなもので察せていなきゃ、俺にだってわからなかったかもしれないのに。


「俺と君、初対面?」


ワザとらしく聞いてみたけれど、「どうだといいと思う?」って逆にやり返されてしまう。


「さぁね」


と言い返してから、どうしようと彼女を見下ろす。


するとジャンさんが自分を指さしてから、彼女を指さす。


もしかして俺が言葉を選んでいるから、俺がやりましょうか的なことを言ってるのかな。


(気を使わせちゃったかもね)


彼との細かい話は、俺しか知らない。みんなにはそこまで詳しく話していないしさ。


カムイさんとの契約の仕様上、多少の感情やあれやこれやが共有されているのかもしれないとしても、彼が黙ってくれているならば余計なことをバラすわけにはいかない。


そもそもで、彼の過去の話やああなってしまった事情も彼の中だけの話。誰かに話したところで、彼がやったことがなくなるとも罪が軽くなるとも言えない。


(――そんな軽い話になるようなことを、彼らがやったわけじゃないんだから。勝手に罪を軽くしてやる道理はなし。陛下と鈴木のおじさんにも、責任を取らせた都合もあるんだから)


ちょっとだけためらってから、二度だけ首を左右に振る。


「でもですね…、アペル」


ものすごく心配そうに俺の顔を覗きこんでくるジャンさんに、どんな表情で映ってんのかな。俺。


「…大丈夫。それにこれは、俺の責任だし…俺が適任者だからさ」


「無理は…してないですか?」


ジャンさんは、悲しげな顔つきになってて。


「うん…大丈夫。ごめんね、ジャン。俺が対応するかわりにさ、お願い…見守っててくれる?」


ジャンさんの気持ちを置き去りにもしたくない。俺自身、この時点でダメージがない訳じゃない。この後もどうにかするために、俺を大事に思ってくれているジャンさんの力を間接的な形でも借りることにしよう。


「お願いされずとも、見守りますよ」


さっきまで悲しげな顔つきだったジャンさんが、口角を上げて軽く笑んでから肩を一度だけ手のひらでポンと叩く。


それに俺はうなずきで返して、もう一度しゃがんで視線をしっかりと交わした状態で彼女に話しかけた。


「質問をしてもいいかい? ジュノ」


さっきの無邪気な顔つきでをして、両手をゆるくこぶしにして頑張ってるっぽい感じで胸元にかまえて。


「もちろん!」


と彼女は明るく返事をする。


「夢に見たことが叶うのかわからないけれど、ここに来た。合ってる?」


「うん」


「魔法については、知ってた? 元々興味があった? そのどっちでもない?」


「どっちでもない。魔法は使えないって思ってたし、使わなくても生活できていたから、気にもなってなかった」


「…そう。それじゃ、夢を見たから、魔法に興味を持って、その流れで使えるようになりたいと思ったってことでいい?」


「うん」


「この家に来ることで使えるかどうかはわからないけれど、信じられるほどの夢だったの?」


「うん。何度か同じ夢を繰り返し見てね? それで、それが普段の生活のことも夢に出ていたから、本当のことみたいだなって感じられて。…その夢を見るようになってから、変なんだ。あたし」


あの時の彼は、女性に変えられていても、声は男性だったような気がしたんだけど。魔法の定着みたいなものなのかな、これって。あの魔法に、そんな効果つけたんだっけ?


俺自身が同じ魔法で地球の時の姿のままでいるけれど、声はボイスチェンジャーで変えでもしなきゃここに来た時の声なんだけどなぁ。


「変って?」


最後の言葉だけを抜き取って、質問を返す。


すると、意外な話が飛び出した。


「他にもいろんな夢を見ても起きなかったことが、その特定の夢だけを見るたびに起きたの。現実で」


「どんなことか、説明できる?」


そう聞くと、一瞬「あ…」と何かを言いかけては口を閉じ、何かを躊躇った後にゆっくりと説明を始めた。


「嘘…ついてるとか思わないで…欲しいんだけど」


「うん」


「あの…ね、その……最初はおかしいなって思わなかったの。同じ夢を見ることは、変なの! ってくらいに思ってたんだけどね? そのうち、服が合わなくなって」


唐突に出てきたワードに、首をひねる。


「服?」


「服、ですか」


思わずジャンさんも同じツッコミをしたくらい。


コクンと一回だけしっかりうなずいてから、彼女はこう言った。


「縮んできたの、体が。それと、顔も。そのうち記憶がぼやける時が増えてきて、自分の名前もハッキリしなくなって」


ジャンさんと俺は互いに見合って、眉を寄せた。


「じゃあ、ジュノという名前は?」


「ある時に家の中にあった日記かな。それに名前らしい走り書きがあって。一部消えかけてたんだけど、それを見て自分でその名前にしたの」


「ジュノ…」


頭の中でスペルを思い出してみる。


地球とこことで、文字の音とか同じかどうかまでは把握しきっていないけど、ボンヤリした記憶の中でから引っ張り出してみたら。


(あー…なるほどね。わからなくもないな、それは)


ふむ…とアゴに手をあてて、小さく唸った俺。


JUNK(ジャンク)と、JUNO(ジュノ)


最後の一文字だけが違うだけで、まるっきり違う名前じゃないか。しかも、微妙に女の子っぽい名前になってる。


KとOじゃ、読み違うとかもない。消えていたのは、最後の一文字ってことでいいな。


「いいんじゃないかな、ジュノ。可愛い名前じゃない? ね? ジャン」


急に軽口になった俺に合わせてくれるジャンさんは、「すっごく可愛いですよ」と微笑みつきで返す。


ポッと頬を赤らめて顔をそむけたジュノに、「ねえ」と呼びかける。


「体が縮む前のことって、日記に書いたりはしていなかったのかな」


確認しなきゃいけないことは、まだある。


「え? あー…んと、年齢はハッキリ書かれていなかったけど、若くはなさそうな口調で書かれてた。あと、魔法についても書かれていなかったの」


「それは日記の最初から最後まで?」


「ん、と…間違いがなきゃ、そう。なんだけど…なんでか夢を見るようになってから、さっき話したような状態になって、魔法に興味が出て、魔力ないのにここに来たらどうにかなる気がして。気づいたら、コレ…描いてて」


そう言いながら、バッグの中から4つに折りたたまれた紙を取り出して渡してきた。


「見ていいってこと?」


「うん、見てほしいの。これが何なのかを、この家に来たらわかるって夢の中の誰かが教えてくれたの」


元の中身がジャンクってバ課長だからね。魔法がかかる際にはあんな会話も出来たけど、何を仕掛けてくるかはわからない。無意識、無自覚で、何が起きてもおかしくないって警戒した方がいい。


紙を開く前に、鑑定をかける。


「……!!!!」


その魔方陣を直接見たことはなく、あの映像で見たっきりのものだ。


ただの火魔法の魔方陣。初級のやつだよね、これ。それこそ、ジュノがさっきやってたように、指先に火を灯すやつ。


「描いていた時の記憶はなくて、自力で発動は出来ないって理解しているのに、不思議なことにイメージだけは浮かんだの。キレイな魔法だなっていう、イメージを」


ウットリしながらそのイメージしたもの思い出している彼女の前に、スッと手を差し出して人差し指を突き立てる。


「……どう?」


小さな火。何かに着火する時のもの程度の大きさ。成人男性の親指の爪くらい?


ポワッと鈍い音と同時に、指先に灯る火。


「触れたら熱いから、見るだけだよ? …どう? ご感想は?」


黙ってジーッと見てから、ほう…っと息をもらし。


「キレイ…とても」


と、懐かしいものでも見るように目を細めた。


ジャンさんの方へ顔を向け、俺はコクンとうなずく。それに反応して、同じようにうなずき返してくるジャンさん。


中に招こうと指先の火を消して、立ち上がろうとした俺。


「ジュノ」


彼女がつけた今の名前を呼んで、手を差し出す。


「とりあえず、中に入る?」


このままここで話を進めるべきじゃないと判断して、招こうとした瞬間だ。


ガラスが割れたような音が、どこかわからないけれど近くでした気がして、左右に首を振る。物理的な破片は見当たらなく、他のナニカだと思うほかない。


「ジャン…警戒して」


一瞬で空気が張りつめていく。


現段階でジャンは丸腰だから、魔法ですぐさま剣の代用品を作って手渡した方がいい。


柏手(かしわで)を打つようにして手をあわせたら、手のひらの中心に魔力を集中してゆっくりとそこから引き抜くようにしていけば。


「氷の属性だけど、剣。そう簡単には折れないよ、氷って言っても」


そう説明をして、一振りの剣を託した。淡い水色の、半透明の剣。念のためで強化魔法をかけてある。


「どんな剣なのか、聞かない方がよさそうな剣ですね」


とか言いながら剣を軽く振ると、振ったあたりの空気が冷えた。白い雪煙みたいなものが、剣先が宙を切った軌道に沿って舞う。


よさそうだなとホッとした俺の眼下で、ジュノがピクリと肩を揺らした。ほんの一回だけ。


瞬きの間に、彼女の手がスッと上へと上がり。


「あ! 危ないですよ」


ジャンさんが思わず声をかける。


柄の部分とはいえ、剣に触れさせるのはよくないというか危ないから。


「ここでいいから、触れさせて」


なんて言いながら目を大きく見開き、ジュノが無理矢理ジャンに抱きついた。


「本当に剣は危な! いん…っで、す!」


抱きつけば、剣に触れるでしょ? とでも言ってるみたいに。かなり強引に。


グイグイ押し返して離れようとするジャンさんに構うことなく、ジュノは剣の柄に指先を触れさせることが出来た。


「…来た!」


指先をチョンと触れさせただけだった。


「…来たっ!」


同じ言葉を繰り返しては頬を赤らめ、興奮気味に笑いを浮かべてジュノが呟く。


「これで魔法が…使える!」


と。




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