コレもある意味、いつもの脱線
みんなでマスに書く内容を話し合いながら、並行してコマを作っていく。
最初は元の世界のそれっぽく、車に似せた乗り物にピンだけ色分けしてもいいかと思ったけれど。
「は? 俺は、こんなカラフルなのは好まないんだよ」
「カラフルって、そこまでじゃないと思うけど」
「赤、青、緑、黄。それとオレンジにピンクも候補にあがっていたよな? それのどこがカラフルじゃないって?」
カムイさんが色に異を唱えたかと思えば、その次にはコマの形にもギャアギャア言い出した。
「そこまでこだわって楽しもうとしてくれるのは嬉しいけど、どんなのがいいかはイメージ出来てるってこと?」
嫌だって言うくらいなら、なにか明確な見本でもあるのかと思えて仕方がない。
「あー……。なんつーかよ、こう……男っぽいのがいいっつうか、女みたいなのは避けたい」
「じゃあ、嫌なのはどれ?」
「ピンクとかオレンジ? あとは緑もだな」
そう告げたカムイさんの顔には、明らかに誰かを想像していそうな雰囲気があって。
「知り合いの誰かがその色を纏ってる?」
俺たちの中では一番長生きしてきたカムイさん。どんなところでどんな出会いがあったか、わからないもんね。
そして、出会いのすべてがいいものばかりじゃないことも想像出来る。
「まあ……いた、な。うん」
わかりやすく視線を右斜め上にそらして、何かをごまかすよう。
「聞かない方がいいやつ? それ」
「いや、別に会えるわけじゃないからな。話してもかまわねえよ。…その色のうさぎがいたってだけだ。性格が最悪の」
同族、か。
「カムイがそこまで言うなら、よほどの相手ってこと?」
そう聞き返せば、視線を今度は左斜め上に向けてから長く息を吐ききって。
「…ああ」
とだけ。
別に会えるわけじゃないと言った。場所の問題か、それとも寿命的なものか。
「ん、わかった。じゃあ、カムイが好きな色で好きな形に整えるよ。…何がいい?」
さっきまで意見を出し合って、マスに書く内容をまとめていたノート状のものを閉じる。
「あとは、ジャンさんと俺とで意見出し合ってまとめるよ。…いい?」
真横から手が伸びてきてノートを自分へと寄せて、さっきまで開いていたページを開くサリーくん。
「全部をアペルがしなくてもいいよね? こういうのは分担した方が早いんだってば」
サリーくんがそう言えば、反対隣からジャンさんが微笑んで付け加える。
「それに、こういうことが起きたら嫌だなっていう意地悪マスに関しては、俺の方が適任です」
なんて、そこまで言う? と思えそうなことを。
「えー…、お手柔らかにお願いしたいんだけど」
さっきの微笑みを思い出して、お願いしておく。
お願いというか念押しというか、釘をさすというか。警戒してますアピールとも言う。
「でもですねぇ、そういうマスがなきゃ必死になれないでしょう?」
けれど、どこか楽しげにクククッと押し殺した笑い方で肩を揺らすジャンさんがいて。
「楽しみにしていてくださいね?」
最終的に、そんな言葉で締めくくられちゃあ、どうしようもないや。今までになく楽しそうなんだもん。余計に止められないよ。
「ジャンにまかせるけどサリーはジャンが考えた内容にヤバそうなのあったら、さりげなーく消してね」
「俺が? ジャンさんが書いたものを?」
人差し指で自分を指してから、ジャンさんを指さして露骨なほどに嫌そうに顔を歪めたサリーくん。
手のひらを顔の前で左右にブンブン振りつつ、「無理、無理!」と拒まれる。
「えー…無理?」
つられたかのように俺も嫌そうな顔をして見せると、横から肩を軽く叩いてきたジャンさん。
「大丈夫ですよ? アペル。俺は基本的には、ここにいる全員のことが大好きなんですから。…優しくしますよ? ちゃあ…んと」
ジャンさんの方へと顔を向けた俺にそう告げたかと思えば、肩に乗せた手を二度ほど上下させて安心させようとした…?
「あ、う…ん。優しく、ね?」
逆にそれが怖いんだってば! と内心思いつつも、ジャンさんと同じように微笑み返す。
「話は付いたようだな、アペル。そんじゃ、俺たちはコマの方を担当するか。…な? いいよな?」
カムイさんが二人へ向けて、確認を取る。
「そっすねー。これで、すこしでも早くゲーム始められそっすね」
「そうだな。それじゃ、コマの方はお任せしましょう」
手にしたペンを指先でクルッと回して、パシッと音をたててペンを構えたジャンさん。いちいちサマになるなぁ。
「…はあ。そういうことでいいとして、カムイが使いたい色ってなんだったの?」
こっちも作業に手をつけて、まずは一つめのコマに取りかかろう。
「あー、色なぁ。黒でもいいか?」
「黒? たしかにカラフルじゃないね。で、どんな形にしたいの? 特に指定がなきゃ、車とかよくある形になるけど」
指先に魔力を纏わせると、黒いモヤのような塊が宙に浮かんだ。雷雲にも似た形があるようでなさそうな輪郭のないもの。
と、そこまではよかった。うん。
「――――え? へ? 黒なのに、なんでその形がいいの? カムイのセンス疑ってもいい? 一周まわって、面白すぎなんだけど。っていうか、男っぽいのがどうこう言ってた気がするんだけど? その設定、どこ消えちゃったの」
指先に纏わせた魔力の塊をカムイさんと一緒に粘土でもこねるようにして弄りあってたら、最終的に出来た形が予想をまさかの方向に裏切ったものになった。
思わず俺が、カムイさんに向かって面白すぎるってもらすほどのことでさ。
「俺が知らないだけで、この世界にはこんなものが存在してるの? サリー」
出来上がったものを指先で摘まんで、サリーくんの方へとチラリ。
「や。ナイっす。真っ黒い人参とか。ましてやそれにタイヤっぽい丸いのが付いてるモノも、存在してない! …カムイさん、カムイさん。何がどうしてこんなモノに? それと…言っていいのか躊躇ったんだけど。……あのさぁ、黒って色を使えば何でも男っぽくなるってわけでもないって思うんだよねぇ。俺」
俺だけじゃなくて、サリーくんも不思議そうに真っ黒人参カーっぽいのを指さして、カムイさんにアレもコレもツッコんだ。
「……うるせぇなー。どうだっていいだろ、人参だろうが、車だろうが。お前らには無関係だし、ゲームには形は影響しないはずだろ? あと…そのー、なんだ。男っぽさをイメージできるもんがポン! と浮かばなかっただけだ。黒は譲りたくなかった流れで、食いたいもんが浮かんだ流れでこうなっただけだ! ……なんだよ、文句あんのか」
耳の先を赤らめながら、言い返してくるカムイさん。
出来上がった人参がまた、なんとも可愛い感じだから尚更なんだよな。
葉の部分はリアルさを追求せず、デフォルメっぽくした感じになっているんだ。子どもが描いた人参の葉って、こんなんじゃなかったっけ? みたいな。
「下手じゃないんだよねー。よく見れば、人参の表面にあるシワみたいなものまで入ってるこだわり具合だし」
「…そこまで見なくっていいだろ」
「いやいや、見るでしょ。みんなの特性とかいろいろ見るのにも、こういうのも参考に出来そうでしょ」
「しなくっていいって」
「したいんだって」
「カムイさんの車っぽくなるかもだから、食事に焦がした人参出してみるのは? 実際の物を見てみて、男っぽさが感じられる人参か否か。みんなで判断するのは?」
「は? そこまでいじらなくていいだろ」
「え? でもサリーが言うのも一理あるんじゃない? 俺たちのセンスにはないものが、カムイにはあるのかもでしょ?」
「……いや。人参に男っぽいもそうじゃないも、誰が何をどう考えたってあるわけねえだろ。…このいじり、いつまでやんだよ」
とかなんとかギャアギャアやってる傍らでは、薄く笑んだジャンさんがマスに書くものをどんどん書き出していっていた。
なんだか、本当に楽しそう。……いろんな意味で。
「俺の人参の話は、これで仕舞にしろ。…ほら。お前らのも、さっさと作るぞ。…っと、サリー。お前のは、なんにすんだ? 色も決めちまえ」
わかりやすく話題を変えようとしているのに気づいて、声を殺して笑いながら指先に魔力を纏わせる。
「何色がいい? サリー」
サリーくんも察したようで、口元を緩ませながらも話題を変えるのに付き合ってくれる。
「…ククッ。…っっと、あー…白っぽいの…でもいっかな。そうだなー、シルバーとか」
「あ、うん。別に何色でもいいよ? 形は? 俺が作る? それとも自分でやる?」
サリーくんとジャンさんの指先は、獣人使用のもふもふしたものだ。細かい作業は得意じゃなさそう。
気を利かせたつもりで、念のためで確認をする。…と、サリーくんが口角をあげた。
「自分で。カムイさんは自分で作ってたんだし、俺もそれに倣って」
そう言ってから、俺が指先に纏っていた魔力の塊をちょうだいといわんばかりに手のひらを上に向けて差し出してきた。
「じゃ、やってみて? どんなものが出来上がるのか、楽しみにしてていい?」
手のひらにポンと塊をのせると、二秒ほどそれを見下ろしてから左手の指先で摘まみあげる。
どうやって作るんだろうかとか、その手で本当に作業できるのかなとか考えながら見つめる視線が、サリーくんの手へと集まった。
「…ジャンさん、ずっと内緒にしてたんすけど。……俺、そろそろ”アレ”が出来そうなんすけど…試してみてもいいっすかね?」
と、自分へと向く視線のひとつへと顔を向けるサリーくん。
(アレ? 何の話かな)
「……出来るのか? 本当に。まだ成功したことなかったよな、たしか」
ジャンさんは何についてかを、即座に察したよう。
「ってか、ジャンさんはとっくに出来るんだから、やればいいのに」
ジャンさんは出来ることで、今までやってなかったこと? なんだろ、能力の問題?
この二人についての話は、まだそこまで聞けていないことが多い。知らなくて当然といえば当然?
「…お前がまだやれていなかったことと、必要性がなかったことがある。それに、どのタイミングでそれを明かすかを計りかねていた。一番の理由は、最後だな」
「そ、っすか」
そうサリーくんが返事をしてから、ジャンさんの様子をうかがうようにチラチラと見ては困った顔つきになっている。
「じゃ、やんない方が…いいっす、か」
ためらいながらも、元・上司の指示を伺うように吐き出す言葉。
その呟きへ、ジャンさんがジーッと5秒ほど真っ直ぐに視線を送ってから盛大なため息の後に。
「…はぁ。……構わない。俺もこの状況なら、そっちの方が作業がしやすい。なんなら、同時にやった方がいいか」
許可と受け取れるセリフを吐いた。
「同時に、すか」
「いいんじゃないか? 別に。と、俺は判断した。この二人になら問題ないだろうし、普段はいつもので十分だろう。臨機応変とかいうんだろう? こういうことも」
聞きなれた言葉が不意に出てきて、「りんきおうへん」と思わず繰り返した俺に、二人そろって苦笑い。
「違いましたっけ」
ジャンさんが、すこし遠慮がちに聞き返したので、「展開次第で、正解か不正解か判断しますよ」とだけ返す。
それ以上にも以下にも、何とも返事がしにくいんだもん。しょうがないじゃん。
「なら、合ってるか…決めてもらいましょう」
ジャンさんがそう言うと、「えぇ?」とサリーくんが続く。
「そのためだけにすることじゃないでしょー? 理由、変わってません?」
何かをするために、何かをするみたいではあるけど、作業がしやすくなるって言ってたな。さっき、ジャンさんが。
「明かしておきたいことの一つでもあったでしょう? たまたまキッカケが、みんなでゲームをするためにとはなってますけどね。それでも悪くないタイミングだと思いますから、本当にやれるのならやってしまいましょう。…初めてのモノを、二人に見守ってもらうのはこの一回しかないですしね」
なんて話しながら、手にしていたペンと紙から手を離すジャンさんの目は、どこかあたたかい。
俺とカムイさんに見守ってもらうといいながらも、一番見守っているように見えるのはジャンさんっぽいや。
その会話を黙って聞いていたカムイさんが、ポツリと漏らした言葉は。
「そこまで勿体つけたこと、面白くなかったら…わかってるよなぁ?」
出会った頃のガラの悪いうさぎっぽさが、チラッと見えるような若干の脅しを含んだもので。
「誰も笑わせようとかしてませんけどね」
「そっすよ」
けれど、カムイさんのその言葉に臆することなんか全くない二人は、苦笑いだった顔をクシャッと崩して“どうしようもないなぁ”とでも言っていそうな笑顔へと変えていた。
「何を見せてくれるのか、俺も楽しみ」
そんな二人を、頬杖をつきつつ笑顔で見守る俺。
「楽しみって言われても」
「ほーら、俺だけじゃねえだろ? ってことで、何やるんだか知らねえけど…やれ!」
「うーわっ。カムイさんが、割増しで偉そう」
「…文句あんのか」
「ナイっす」
ゲーム作りの作業を中断して、二人が何かを見せてくれるらしいのを待つ。
俺がまだ教えてもらえていない、二人の秘密。俺が知らないこの世界の常識なのか、この場所だけの秘密になるのか。それは、まだわかってない。
(ちょっとドキドキする)
左右に座っている二人のどっちを見ていればいいのかなんて、どうでもよさそうなことを悩んでいたら、ふとジャンさんと視線が合った。
「大丈夫ですよ? アペル。順番にやっていきますから。じゃあ……サリー?」
彼の名を優しい声で呼んで、やってごらんと言っていそうな視線を投げかけるジャンさんがいて。
その彼に、まるで心を読まれたのかと思うようなタイミングでそう言われ、俺は顔を赤くする。
「あ、じゃ……やってみま、す」
なんとも言えない恥ずかしさに赤面したままの俺は、その声に反応してサリーくんへと顔を向けた。
サリーくんは緊張しているかのように、何度か深呼吸をしてから最後に短く息を吐き出し、そうして呟く。普段会話している言語と、多分違う言葉で。
『この身を成せよ。我の魔力を纏え。変化を許可す』
手のひらを胸のあたりにかざしながら、ゆっくりと。
光に色はついてないのに、すこしまぶしくて、あたたかい。
思わず目を細めた俺を見て、ジャンさんが微笑む。
「やっぱりアペルには、まぶしさを感じられてしまうんですねぇ」
と、こぼしながら。
(え? 普通は、わからないの? もしかして)
無自覚にアレコレやらかしがちの俺。
また何かわからないけど、ダメだったっぽいな。
ジャンさんの言葉にわかりやすく反応してしまった俺を見つめるその目は、なんだかあたたかくって。
(家族とか、仲のいい先輩と後輩みたいな感じがしちゃうな)
まだそういう空気に慣れきることが出来ていないもんだから、頬がほわりと熱くなる。
そうこうしている間に、そのまぶしさを纏いながらサリーくんがその姿を変えていった。
「……え」
「んぁ? は?」
カムイさんと俺が声をあげたのは、ほぼ同時。
「ど、っすか? ちゃんと出来てます?」
自信なさげに目尻を下げてなきゃ、キリッとした目つきの男の子? 男性? 年齢がわかりにくい顔の出来をした…人の姿の彼がそこにいた。
自分が姿を変えたのを見せた時に、どこか似てるその空気。俺の能力で姿と声を変えた時とは何か違う違和感。
何とも言えない、不思議な感じだ。
普段見ている狼の姿の彼の、独特の毛並みがすこし残っている気がする。
肩の少し上ほどまでの長さの銀髪は、すこしクセっ毛っぽい。わずかだけど、黒い毛も混じってる。
毛先の長さがまちまちで、普段見ている狼の彼と似ているようで違うようで。それでも、やっぱりサリーくんなんだとは思えて。
そして思ったことが、もうひとつ。
この姿になってみると、思っていたよりも幼い顔つきなんだと知る。なんていうか、若干やんちゃ?
(この顔つきなら、普段の口調も合いそう)
なんて、もしかしたら失礼かもしれない独り言を、脳内で呟く。
サリーくんは目を見開き、興奮気味にジャンさんからの返事を待っている。
「大丈夫じゃないか? 多分」
ジャンさんがそう返すと「多分ってなんすか、もう」と言いながら、大きな手のひらでクセのある髪を撫でた。
「アペル! どう? 俺。ちゃんと出来てる?」
「え? あ、俺?」
急に話を振られて、また違う意味で動揺する俺。出来てる? とか聞かれても、何が正解なのか知らないからなぁ。
「アペルって名指ししたのに、俺? じゃないって。…どう、かな。ちゃんと人型になれてる? 変じゃない?」
――人型。
獣人の彼には、これまで見てきた姿しかないと思っていたのに。
急展開なのと、人型になったサリーくんがカッコよすぎて完全に固まってしまった。
そんな俺を横からジーッと見ていたジャンさんが、「しょうがないですね、アペルは」と言ってから子ども扱いでもしたように、真横から腕を伸ばしてきて俺の頭を撫でてから。
『この身を成せよ。我の魔力を纏え。変化を許可す』
サリーくんと同じ呪文らしきものを呟き、その姿を変えていく。やっぱり普段使ってる言葉じゃない気がした。
この世界に来てからの言葉のほとんどは、自動翻訳されてっぽいんだけど、それでも違和感は否めない。後で質問したら、この二人だったら答えてくれそう。
サリーくんと同じようにその身を変えたはずなんだけど、なんだろう。間違い探しじゃないけど、どっか違う。
二人の状態というか状況というか、その瞬間を思い出して比べてみる。
どっちも俺からすれば、若干ジャンさんの方がまぶしかったけどどっちも光ってたと思う。
それとは別で、ジャンさんのまぶしさにはわずかだけど淡い緑が混じっているように感じられた。
よーく見てないとわからないかもだけど、きっと合ってると思うんだ。さっきジャンさんが言ってた、俺には見えるんだねというのがそれにあたりそう。
二人の違いを考えるなら、選択肢はそんなにないと思う。……違いかー、違い。
多分、ジャンさんがメインで使っている魔力の系統が影響しているんじゃないかな。
数秒後に目の前に現れた人型のジャンさんは、サリーくんとは違っていかにも成人男性という空気を纏っていて。
「…どうでしょう、アペル」
人型になった彼へとなにかを言おうと思ってるのに、すぐに言葉にならなくて。
「か、髪……が」
やっと言葉が出たかと思えば、そんなもん。自分で自分に笑えちゃう。
「え? あ、あぁ。気になるのは、そこですか」
淡いエメラルドグリーンのような色合いの髪に、ミルクティーみたいな色の髪が混じってみえる。ある程度の束感のある差し色っていうんだっけ。こういうの。
短めの髪を手でかき上げて、オールバックにしたような髪型。前髪を下ろしたら、いくらか幼く見えるのかな。
(ちょっと見てみたいかも、その姿。この姿のままで一緒にお風呂に行けば、今まで見たことがない姿に会える?)
さっきまで入っていただろうお風呂を思い出して、また勝手に想像した。思わず口角が上がる。
豹の時には控えめだった目が人型になると同じように小さめなのに、クッキリ二重でまっすぐ射貫くようなものだったんだと気づく。
サリーくんとは違うキリッとした目つきだ。
よく見れば、目尻の笑いジワに小さなホクロがある。本当によく見てなきゃ、わからないかも。
って言っても、笑えば認識しにくいだけで、逆に普段の顔つきでなら目立つんじゃ? 何気に目を惹くホクロだ。
まじまじと見つめ続ける俺に、ジャンさんが「ふふっ」と楽しげに笑んでから呟いた。
「こんなに長くアペルに見つめられるのも、悪くないですね」
とかなんとか。
その目には豹の獣人の時には気づけなかった、艶めいたものが滲んでて。
「え…あ、や…っ、ちょっと! ストップ! ジャンってば、よくわかんないけどいろいろ駄々もれ! も…もう! そういうからかい方、やめなってば」
異性同性関係なく、その手のものには慣れていない俺。
「ワザとじゃないんですがね。そこまで真っ赤になって避けなくても…。ねえ、サリー」
「いやー…ジャンさんのそれって、絶対ワザとでしょ? アペルはジャンさんと違って、初心なんですから」
サリーくんがそう言いながら、横から手を伸ばしてきて俺の頭を撫でる。
こっちからも、ガキ扱いか。
(なんか悔しいけど、この手に免疫がないのは本当だしな)
この一連の流れを、一度もツッコむことなく見ていたカムイさんがボソッとこぼす。
一瞬の静寂のタイミングで。
「絶対に俺の方が色気あんだろ」
とかいう、謎の張り合うようないじけた口調で。
年長者のはずなのに一番こどもっぽいことを言い出して、頬杖をついたままそっぽを向いた。