あいまいで、あやふやで
「そんなこと考えることすらダメだよ、サリー」
想像出来ない話じゃない。むしろ、ものすごくハッキリと想像出来てしまった。
「どうして?」
「どうしてって…だから、ホラ…戦力過多って話をさっき」
今すぐにそうしようって話でもないのに、サリーくんが口にすると本当に現実になってしまいそうになった。焦った。
「別にいいと思うけど? どの世界線でも、武力に長けている国なんて存在するでしょ? その国が他の国に対して、どう出ているかってだけの話だよね? アペルが心配してるのって」
「それは…」
「もしもの話ね? 本当に国を創りました。で、創っただけで何もしなきゃ問題はないよね。国を創ってさ、それで領土を拡げたいからって目が合ったってだけでケンカ売るのと同じ感覚で戦争ふっかけるとかをやるかやらないか。っていう、頭がいいか悪いかの話だよ」
サリーくんが言っていることはわかるけど、本当に国を創るとか創らないとか…このメンバーだったら出来ちゃうそうで怖いんだってば。
ジャンさんも近隣国の皇子だって話だから、その手のことには詳しそうだしさ。
言い淀む俺の頭に、サリーくんの大きな手が乗っかった。
「俺がこんな話をしたのは、アペルがこの国含めて…召喚にかかわった相手に気を使ったり、考えないでもいいこと考えちゃっていろんなことに縛られそうになってしまうくらいだったらってことなだけ。本当にそうするしないってことじゃないから、そんな顔しないでよ」
と言ってから、ごめんねと小さな声で呟いた。
(国や人に縛られて、か)
元いた場所では、ある意味…会社に縛られていたところはあるよな。生きている限り、何かに縛られてしまうのは仕方がないことなんだろうとは思うけれど、それから逃れることなんかどうあっても出来ないはずじゃ?
俺の頭にあった手の重みが無くなって、目の前に人差し指を立てて、見てて? と言わんばかりに指先が淡く光りはじめる。
そうして、さっき同様に雪の結晶がふわりふわりと目の前に舞いはじめた。
「キレイだよね、雪の結晶って」
サリーくんの雪の結晶は、真っ白というよりもかなり薄い水色に近い光を纏った感じの色合いだ。白い雪よりも透明感のある雪の結晶に、小さく息を吐く。
「俺が住んでいた場所でも、雪は見られたんだ。っていうか、雪が多い場所だった。こんな風に雪の結晶がキレイだとか思ったのは、きっと子どもの時だけだったなぁ。大人になってからはさ、雪が多くなったら仕事に行くの大変だとか、滑って転びそうとかさ。今思えば、ものすごく現実的な話ばっかりだね」
「まあ、そういうもんでしょ」
と言いながら、指先の光の色が黄色に変わった。
「…わ。色が変わると、印象も変わるね」
「でしょ?」
「でも、この色だと雪って思わなくなりそう。雪の形をした別のもの…みたいな?」
「まあ、そう…かもね。この色の雪は、アペルの好みじゃない?」
サリーくんの目が、ほんのすこし不安そうに揺れる。
「そういうわけじゃないけど、雪っぽさが減るなってだけの話だよ? キレイなのは変わらないし。って、どうやって色を変えてるのかが気になる」
どういう原理でやっているんだろうかと、サリーくんの指先を凝視する。
「近すぎだよ、アペル」
どんな顔で指先を見ていたのか、俺の様子を見て彼がどこか楽しげに肩を揺らす。
「だって、気になるんだもん。これでもいろんな魔法を考える側なんでねー」
「そういえば、そうだったね」
なんて、まるで今思い出したよって言いたげな顔で言うもんだから、小さく笑ってしまう。
「じゃ、今度…一緒にやろ」
「今じゃないんだ」
「今は…ダメ」
「なんで」
「なんでも」
「どうしても?」
「どうしても」
「理由はあるの?」
「ないよー」
「えぇー、ないのにダメなの?」
「うん、ダメ」
妙に明るい口調で返される。サリーくんには、時々こういう時があるんだよな。今になって気づいたことだけど。
「ダメ、かぁ」
そして、こういう時には何をどう言おうが食い下がろうが、サリーくんは折れない。NOと言ったら、NOなんだ。
最後の確認にも、微笑んでいるだけだもんな。
「りょーかーい。じゃ、そのうちでいいから教えてね?」
「そのうちね? いーよ」
コッチが折れるのがわかると、満面の笑みを浮かべてくる。その笑顔の裏で、何を考えているのかが見えない。
(本当に、ナニモノなんだろうって思うよね。ジャンさんも読めない人ではあるけれど)
そういうものがなきゃ、ナンバーズなんて場所を任せてはもらえないんだろうな。
…と、さっき言いだしかけたことを頭に浮かべる。
「――――サリー」
グッ…と息を詰めてから、ため息を吐くように彼の名を呼ぶ。
「…ん? やっと聞く気になった?」
なんて彼が即座に返してきたもんだから、カムイさんだけじゃなくサリーくんにも勝てないなぁと改めて感じた。
「…あーははは。うん、まあ…そうだね」
とか諦めたように呟いてから、聞くのがカッコ悪い気がしてうつむいたまま問いかける。
「カムイの力、全部戻ったら……俺、いらないよね。って…思っ…って。俺じゃなくても…よくなる? とか、さ」
ぎこちなく問いかけながら視界に入る前髪をボンヤリ見ていたら、髪の毛を伝ってお湯に雫がポチャンと落ちていった。
「大賢者…よりもきっと、さ…カムイのが人の動かし方だって心得てるだろうし…その……ほら、視野も広いし。あと…カッコいいしさ。俺なんかじゃなくても、世界は…回せるように、ってさ」
話しながら、どんどん…どんどん…心の中に小さなシミが滲んでいくのがわかる。
(いいな…カムイさんは)
人と誰かを比べてもいいことなんかないって知ってるはずなのに、どうしてかこんなにもカムイさんを羨み妬む気持ちが広がってきてしまう。
カムイさんが元々持っていたものを取り戻すだけの話なんだから、特に変わった話なんかじゃないって思えばいいのに。
「きっと…俺なんかよりも」
カリスマ性だってきっと、カムイさんの方が。
「俺じゃなくても、世の中回るようになるよね。…元いた場所とおんなじでさ」
あの陸の孤島みたいな場所が、フラッシュバックみたいに浮かんだ。
仕事だからそこにいるんだって思う俺と、仕事だけどきっと俺じゃなくても会社はどうにでもなるよって思ってた俺が共存してた、あの場所。
「今だけ…。期間限定。サリーもジャンも、みんな…みんなスキル高いし、俺とは経験値が違う」
サラッとカッコよくいろんなことをこなしていただろう、きっと。ナンバーズにいた頃なんか特に。
ジャンさんはナンバーズのトップに何年かいたんだよね? それっくらい能力が高いって認められていなきゃ、その場所にはいなかった。
俺とは違う。
「俺なんて、たまたま召喚されちゃっただけの……つっまんない人間で」
あの場所で独りで仕事してて、誰かと比べることすら出来る環境でもなくなっていって。自分がどんなに苦労してあのノートを作ったかを知っていたって、自画自賛なんかするはずない。きっと誰にでも作れたノートだろうと、自分が一番知ってるんだからさ。
(俺が出来た仕事は、きっと、誰にでも出来た仕事のはず)
大賢者って肩書きでもなきゃ、俺って存在が必要とか思われるはずがない。
「俺なんか」
胸の重たさを吐き出すように、俺なんかと蔑む言葉を呟いた声に、サリーくんの声がかぶってきた。
「じゃ、全部失くしてあげようか」
ものすごく、冷えた声で。
うつむいたままでその声を聞いたから、彼がどんな表情でそう告げたのかはわからない。
今まで聞いたことのないほどの、低く冷たい声。そう意識した瞬間、ドクドクと心臓が強く鳴り響く。
着てもいないシャツを握りこむみたいに、胸元でこぶしを握る。
「カムイさんにすべてが戻るよりも先に、アペルが持ってるものをすべて…消してあげようか」
淡々と告げてくるその声と話の内容を、理解できないわけじゃない。
ただ、そんな簡単に出来ることじゃないんじゃないのかと思えた。――のに、まるでその辺を片づける程度の言い草で、どうにか出来るよと言われた気がして。
ガバッと顔を上げ、サリーくんと視線を合わせようとした。…はずなのに、一瞬パチッと視線が合った後、フイッとそらしてしまった。
彼の目には、怒りの感情が浮かんでいたから。
顔を右手と向け、ゴクッと唾を飲む。息が詰まる。彼のそばにいて、ここまで緊張したのは初めてかもしれない。
「ん、な…出来る…わけ」
出来るわけがないと思った。俺が把握している範囲のサリーくんには、そういった能力はないはずだから。
「出来るって言えば、頼んでくる?」
彼の言葉には、普段のような軽さはどこにもない。ってことは、可能ということ?
サリーくんがそういうことが出来る出来ないもあるけど、そもそもで俺が持っている魔法やいろんな知恵がこの国のためになるって話じゃないの? 俺はいるだけでもいいような話もあったけど、それは俺の利用価値があったからじゃないの?
「んなことしたら……裏切り、行為…じゃん」
国をあげて召喚した俺を、使い物にならなくするってことだよね? それは意味があるの? それに、それに……そんなことをして何も持たなくなった俺はそれこそ…。
「んなことしたくたって…いつかなるって…言ったじゃん。価値、なくなる……って」
サリーくんが言ってることは、カムイさん無関係で俺の価値をゼロにしちゃうこと。その辺の一般市民と大差なくなるだけ。
「大賢者って肩書きだけが、能力が、知恵が、アペルを作ってるわけじゃない。それは輪郭だけで、中身は違うって俺は知ってる。アペルが気づいていないだけだ。アペルがそれに気づけないなら、自分を見ようとしないなら、邪魔なものを取り去ってさ。裸になった自分を見てみて? それと、その裸の自分のそばにいる誰かのことを。自分に向けられる感情を」
「……っっ!」
彼の言葉に圧されて、思わず息を飲む。
「――――忘れてるかもだから、もっかい言うよ。価値は、アペルが勝手に決めないで? それでなくてもアペルは自己評価低いんだから、どうあったって低く見積もるに決まってるでしょ? それに、価値があるなしでそばにいるんじゃないんだから。アペルのことが好きで、大事にしたくて、そばにいたくて。一緒に美味いもの食いたくて、一緒にバカみたいに笑いたくて。新しい発見があったら、一緒に喜びたくて。腹が立つことがあったら、一緒に怒りたくて。それだけの単純な理由のどこに、大賢者って肩書きが絡んでる? 長文すぎて頭に入ってないんだったら、もっかい説明する。……話、聞けてた? アペル」
部屋にいて、両親が俺を置いていったような気がして落ち込んでいた時。サリーくんは確かにそんな話をしてくれたけど、信じきるにはまだ時間が足りてなくて。
それに……。
(どの場所にいても、本当に役に立つ人間じゃなきゃ誰にも振り向いてもらえないんじゃないかって思うと、足元がグラグラして揺れて感じてしまう)
一歩進んでは、振り返って。進むたびに、何かするたび。やったことは誰かのためになった? 喜んでもらえた? 笑ってくれた? って気にして、与えられる評価を気にして。
目の前の彼がそれをどんな方法で実現しようとしているのかは知り得ないけど、本当に可能なんだとするならば。
(それはさっきも思ったけど、国やこの召喚にかかわった人たちへの裏切りのようなもの。罪になるって分かることを、大事な人には背負わせられない)
もしもそれを実現化するとするならば、回復魔法は自分にかけられないけれど、他の魔法はほぼかけられる。
この後のカムイさんからの話の続きを聞くべきだって分かっていても、聞けばきっと……自己評価がまた下がりそうだ。
そんなことを考えさせたくて、カムイさんが自分について話そうとしているはずもないのに。俺が勝手に自爆してるだけの話に、仲間にと一歩近づいてくれた彼らを巻きこめない。
俺のいろんな能力や知恵をなかったことにするのは、俺にだって出来る。ジャンクさんたちを、普通の人にしてしまった魔法の応用だから。
けれど、それを叶えていいとも思えない自分もいる。自分がどうなってしまいたいのかも、見えてない。何が見たいのか、どんな現実だと納得するのかも。
この世界に来て、これからいろんな場所へと旅がしたい、いろんなものが見たいと。そう言って、みんなを引き込んだくせに。
サリーくんが伝えてくれた想いを素直に受け入れられない、どこか頑固で意固地な俺。自己評価が低いから尚更。
その二つを理解した上で、この先もこの世界で生きてくのにその過程を踏む必要があると思えるのなら。
「そのすべて、確かめたいことを確かめてからでも……いい?」
顔を彼へと向けて、まっすぐに見つめて。
「俺が今からやることで答えが出たら…それからでもいい?」
すぐさま答えが欲しくて、焦れるように彼の手を握った。
「…………却下」
のに、サリーくんがよこした答えは、NO。
「…っっ! どうして!」
彼の手を握っていた手に、力を込める。YESと言ってと、願うように。
盛大なため息を吐きながら彼はうつむいて、ふた呼吸ほど間を空けてから顔を上げる。
「どうせ、見当違いなことでもしようとしてるに決まってるからね。コッチの真意や思惑とどこかすれ違ってる場所で、俺が伝えたことを理解したフリしてるだけだよ。……どうせ、自分だけでどうにかしようとしてるんだろうしね。……ほんっっとー…にっ、まわりを頼らない、甘えない……信じないよね」
最後の言葉を吐きながら、どこか悲しそうな目で俺を見つめるサリーくん。
「そういうこと…だよね? 信じてもらえてないから。まだ俺を、みんなを…信じてないから、信じられないから……全部自分だけで丸く収めてしまえって」
さっきとはすこし違う、けれど重さのある声。そして、言葉。それが淡々と事実だけを伝えるように並ぶ。
「信じさせるにはまだ…足りてないかもって思ってはいたけど、ここまでまだ距離があるなんてね。……アペルが悪いわけじゃないけど、現実を見ちゃったら…思ってたよりもショックでかいや」
そして、悲しげに笑む。
「そんなつもり…なん、か」
サリーくんを悲しませるとか、予想してなかった。
偏見でも何でもないけど、一人っ子でさ。両親が先に亡くなって独りになってさ。就職してみたら、行き先は陸の孤島で。陸の孤島から、知り合いが一人もいない場所に飛ばされ。飛ばされた後には、大賢者とか肩書きがついてさ。
途中からはカムイさんがそばにいたけども、それでも基本的に誰かと相談したり頼って決めるってことがなくって。
「……っっ!!」
そんな言い訳をしてる間に、サリーくんの目から涙がこぼれた。
反射的に彼の頬に手をあて、指先を動かして涙を掬い取る。慌てる俺を見て、また困った顔つきになった彼。
「んな顔するくらいなら、俺の言うこと…聞いてみたらいーのに。…アペルって、ほんとバk」
しまったという表情をして、視線をそらされる。
「ちょ…っ。今、バカって言いかけなかった?」
「え? バ…に続く言葉がカだけだと思ったら、大間違いだよ? ナーニャって続く場合もあるんだよ?」
いや。今の流れで、バカ以外の選択肢ないだろ。っていうか、バの後にナーニャ?
「バ…ナーニャ?」
「んっ。バナーニャ。果物の名前。最初に食事を一緒した時にパッフェルに乗ってたはずだけど」
サリーくんがまだ目尻に残ってる涙の粒を、自分のもふもふのこぶしでグイグイ拭う。
その姿を見ながら、彼が言う物が多分バナナなんだろうなと思えた。
っていうか、バカって言いかけちゃったのを、バナーニャって言葉で濁すとか。
「バカなのは、どっちなんだか」
カムイさんに抱いていた感情が、今度はサリーくんへと向きはじめていくのを感じる。
(あぁ…。こうやってまわりの人に、羨望と嫉妬のまなざしを向けちゃうのは不毛だってわかってても、止められないのか)
無人島にでもいなきゃ、どんな形にしたって必ず誰かと関わらざるを得ない。誰にも評価されずに生かされてきたあの場所から出た瞬間、渇望していたことを知らされてしまう。どんなに自分が飢えていたか、と。
「何回でも言うよ。アペルはアペル。カムイさんはカムイさん。ジャンさんはジャンさんだし、俺は俺。みんな違うんだから、比べるまでもない。相手が持っている手札に、自分が欲しかったものがあるからいいなと思うだけ。その手札があってもなくても、アペルはアペル。誰かの手札が自分のものになったからって、それが本当に欲しかったのかはよく考えてみてって、きっと俺なら言うよ? 誰かの手札は、所詮誰かのモノでしかないもん。誰かの手札と似たものを、自分の力でものにした時になって、それが自分のもの=手札に加わったって成るんだ。それがどんな札が今はわからないけれど、アペルの力やアペルの背中を押すものだったらいいなって…俺は思うね!」
昨日の今日だっていうのに、呆れもせずに伝え続けようとするんだな。サリーくんは。
「手札…。俺、何もない」
手札と聞いて、自分にどんな手札があるか想像してみてため息が出た。
「何もないはずないんだけど、アペルがそう思うならそう…思っててもいいよ。今はね? でもさ」
と、彼は言葉を続けて破顔する。
「何も手札がなくて手が自由なら、これからめちゃくちゃいっぱいの手札が持てるってことじゃない? 手札いっぱいすぎたらさ、手に持ちきれないってなるよね? ね?」
「え? え? そういう、もの?」
トランプを思い出して、俺は首をかしげる。
「手札ないと、勝負出来ないと思うけど?」
「まあ、そういう話がないとも限らないけどさー。だからって、なんでもいいから手札があればいいって話でもないじゃん。それでも今はカードを持ってないなら、カードが出来たら持てるってことでしょ。それか持ってたとしても、アペルがそれをいらないカードとか見たくないカードって思ってるから、知らないうちに捨ててたのかもね」
「話聞きながら想像してみたけど、わかるような…理解できないような」
「元の世界でカード遊びって存在した? 手札って聞いて、すぐに反応してきたってことは」
「あったよ」
話の流れが、違う方に向いた気がするけど。
(気のせい? じゃないよね)
「コッチのと同じかなー。…ね! 風呂あがったらさ、勝負しない? 勝負。勝った方が相手のお願い聞くの」
「…えー、やだよ。賭け事したことないし、誰かとそういうのしたくないし。それに…ルールの記憶があいまいで」
「じゃあ、コッチのルールでやらない? 教えるから。賭け事って言ったって、お金や命かけるわけじゃないよ? 死なない!」
「死なないからっていいわけじゃ」
いいわけじゃないだろ? と言いかけたタイミングで、「お? 面白そうな話の匂いがするな」と声がした。
振り向くと、肩にタオルを掛けたカムイさんと腕に執事か何かみたいにタオルを掛けたジャンさんがいて。
「何の話ですか?」
ジャンさんは、サリーくんに近づいてからこう呟く。
「サリーは、ナンバーズにいた時から何かにつけカードで白黒つけてたと聞きましたよ? どうしてか俺のところにその手の話が来たことがなかったんですけど、この機会に勝負してみますかね」
笑顔なのに、笑ってないような笑みを浮かべて。
「これから二人で入ってきますんで、あがったら勝負といきましょう。だから、二人で先に始めるとか…ナシです」
サリーくんに、『君たちは先にあがるんだろうけど、コッチがあがるまで待ってるように』と暗に釘を刺された気にもなり。
「水分補給しっかりして、カードがなきゃ…作っとけ。な? アペル」
カムイさんも参加する気満々のようで、サリーくんと最初にしていた話がどこかに消えてく空気になっていく。
「アペル? わかったか?」
カムイさんが子ども扱いをして、頭を大きな手のひらで何度も撫で回す。イイコだな? って言いそうな顔つきで。
「う…。わ、かったよ。作っておくよ。コッチの世界でのカードについて、教えてくれる? サリー」
「ん。わかった」
国を創る創らないの話から、最終的に作るのが確定したのがカードだなんて。
(これって、二人が意図したことじゃないけど、あいまいな感じになっちゃったな)
二人がタオルを掛けに行き、洗い場でイスに腰かけたのを視界に入れつつ、小さくため息を吐いた。
と、横からサリーくんの手がさっきのカムイさんのように乗っかってきて。
「今度こそのぼせるからさ。そろそろあがろう、アペル」
それまでとは違って、ハッキリとここから出ようと示された。
ここでの考え事は、今はもうおしまい。そう言われたよう。
「…わかった」
残っていた麦茶を飲み干し、上がり湯をかけて。
「それじゃ、お先に」
泡だらけの二人の背中に声をかけて、転移陣に乗った。