表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おさがしの方は、誰でしょう?~心と髪色は、うつろいやすいのです~  作者: ハル*
アレだよ、アレ。…って、なんだっけ。
59/66

新たな選択肢




「…体が痛い。アチコチの骨がバキバキ言ってる気がする」


あの後、掘りごたつの部屋に戻った俺とサリーくんもラーメンを食べて、そのままどうでもいいくっだらない話ばっかりして。それがくっだらないのに、バカみたいに面白かったんだ。


で。目がさめたら、全員掘りごたつの部屋で眠っているとかいう……。


(とりあえずみんなを起こさないようにソッと出て、お風呂にでも入ってこよう)


なんせ自分には回復魔法をかけられないからな、俺。どこか痛くても辛くても、楽になれない。


薬でも飲めばいいのかもしれないけれど、ひとまずはゆっくりお風呂にでも浸かって、血行を良くしてあげなきゃね。


普段は物音に敏感なはずのジャンさんとサリーくんも、俺が部屋を出るまでピクリとも動かず。


部屋に行って着替えを取って。向かった先で転移陣に乗ってバスルームへと着けば、一瞬でぶわっといかにもお風呂でございという匂いが鼻に入ってくる。


イスに腰かけて、うつむいたまま思いきりシャワーを浴びせかける。


最近になってやっと慣れた、元の場所での姿。髪。視界に入る髪の色は、真っ黒だ。


いわゆるバカ課の連中の騒動の時、俺の髪色はこれと同じく黒かった。


姿が固定になってから髪の長さに変化があるのかを様子見していたけど、この姿のままでちゃんと伸びている。


時々あの日のようにサリーくんが縛ったり編みこんでくれたりと、すこしの変化を楽しんでいる時もある。


髪を切ろうと魔法を使おうとした俺に、俺自身の扱いがよろしくないとサリーくんが止めてきたっけ。


「ただの散髪に近い感覚だったんだけどな」


シャワーを止めて、シャンプーを髪に馴染ませてくしゅくしゅと泡立てていく。


「今日は昨日の話の続きってことでいいんだよな?」


カムイさんの話は、まだ途中。残りはそこまで重要な話じゃないけど、話しておけるうちに話しとくって程度だと言ってたカムイさん。


カムイさんのいろんな力や能力が、あの体にゆっくりと馴染んでいき同期が完全に完了したら、きっともっと俺よりもすごい人になるんじゃないのかな。


「カムイさんがいたら、俺ってのがいなくても…」


なんて不穏なことが、すこしだけ…、ほんのすこしだけよぎった。


大賢者だとかなんだとかってもて囃されているのは今だけで、俺が何も持っていなかったらこんな扱いにはならないんじゃないかって。


「元々の俺は、あの狭い空間で仕事と自分にだけ向き合う毎日で精いっぱいだっただけだろ」


泡を流して、今度はヘアマスクだっけ。それをつけて馴染ませて……っと。


目の前の鏡が真っ白く曇って、何も見えない。俺の顔もなにも。


きゅ…きゅきゅーっ、きゅっきゅきゅきゅーっ。


昔描いたことがあるイラスト。何のキャラクターだっけな、コイツ。モンスターかなんかだろ。この場所に来てから見たやつには、似たようなのはいない。そう思えば、アニメにしかないってタイプだな。


ゲームかアニメか、どっちかのはずなんだけど。


「最近、前の世界での記憶がだいぶ薄れてるな。ここに来てから何年とか経ってるならわかるけど」


自分が思っているよりも速いペースで、地球での記憶がどんどん失くなっている気がする。じわりと焦りが生まれるのがわかるんだ。


あの場所での思い出っても、嫌な思い出ばかりじゃなかった。


両親のこと、昔のクラスメイト達との時間、叔母さんの店での会話。好きだったドーナツ屋。


両親と住んでいた場所の近くにあった公園。


高校の近くにあった駄菓子屋。店の看板犬は、番犬にもならないチワワ。みんなが可愛がりすぎるから、なおさら。


初恋だったかもしれない、保育園の先生。


両親と住んでいた場所は、緑が多い場所だった。それも憶えてる。


それから、小さい時に連れられて見た蛍。星が流れているって言ったら、父親が笑ってたっけ。


あの会社に入社する前の俺って、なにしてた?


社会人になって以降の思い出が、苦いモノばっかりだった。嫌な思い出の方が無くなってくれない。どうしていい思い出ばかりが消えてくんだ。


狭い狭い世界に、狭っ苦しい人間関係。上手くいかない仕事。評価されることもなかったし、褒め言葉をもらえるような関わり方もしてなかったわけだしね。


「こうしてったら、気づけばコッチでの思い出で満たされちゃうんだろうか」


それはそれで淋しい。俺の土台は、元の世界(あの場所)にあったはずなんだから。


「…………両親、かー」


会う? 会わない? 


ってか、叔母さんのことは気にかけてたくせに、両親のことはそこまで思い出していなかった俺。なのに、会えるかもしれないよと言われただけで、会おうって? 気にかけるって? 


「都合よすぎだよな、んなの」


またお湯を出して、ヘアマスクを洗い流す。濁ったお湯が流れていく。ただお湯をかけてるだけで、手をかけることもせずにボーッと流していた。


「まーた、なんか考えてるし。…勝手に流すけど、いーよねー? アペル」


声でサリーくんだってわかったけど、プラス…うつむいた視界にもふもふのつま先が見えたしさ。


「…うん」


「これって、ヘアマスクの方? この後は、体洗うだけ?」


「んー…うん」


「どっちへの返事っすか。もう」


もう…と言いながらも、怒ってる感じはない気がする。多分。


「ごめん。…甘えていい? サリー」


なんだろう。あの時の会話があったからかな。サリーに素直に甘えられてしまう。


「いいよー。もっと甘えてもいいくらいだけどね。…っと、じゃ、背中流すかな。前は自分で洗った方がいいよねー?」


「あー…うん」


もたもたと前側に泡を撫でつけて、体を洗ってるのかあやしいくらいにテキトーにすませ。


「脚とか、俺が洗ってもいいもん?」


「ホント、ごめん。…なんかダメだ。頼んでいい? そういう関係じゃないのに、俺とサリー」


なんか従者扱いみたいで、申し訳なさでいっぱいになっていく。なのに、なんだか体が動かない。何しに風呂入りにきたんだよって感じ。


「そういう時もあるってことでしょー? って、そういう関係って、どういう? 動けない時には手ェ貸すってば。アペルのこと大事にしたいって言っただろ? 俺さー」


たしかに言われた。聞いた。理解してる。


「言われたけど、知っての通りで甘えんの下手…でさ。変な罪悪感ばっかでいっぱいになっちゃうんだ」


こんな風に素直に吐露できちゃうのも、あのサリーくんとの会話があったからだよね。


「んー…、でも、アレでしょ? アレ。そういう気持ちがあるってこと自体も吐き出してくれなかった前より、ほんのちょっとだけ前進してるって思えばいーんじゃないかなぁ? って思うけど?」


「そういうもの?」


「そういうもの。…っと、ホラ。脚…ちょっとだけあげてくんないと、このもふもふで洗えないっすよ」


「もふもふでってよりも、肉球で…でしょ」


「言うねー」


「言うでしょ」


「…ふ、っくっくっくっ」


「ははっ」


肩に力が入ってたのかな? ほんのちょっとだけだけど、楽になった気がした。


「あとはー…なーがーしーてーっと。じゃ、先に入っててー。あ、なんか水分とらなきゃ」


「あ、うん」


サリーくんが俺の背中をグイグイ押して、俺が座ってた場所に腰かけて体を流し始めた。


とぷりとお湯に入っていき、縁に腕を組んでその上にアゴをのせて。


サリーくんの大きな背中を眺めながら、ぼんやりとさっき考えていたことを思い出していた。


カムイさんのいろんな力が、元に戻ったら…ってやつ。


よくある話で、戦力過多になるのはよくないって言うよね。


カムイさんがものすごい戦力になったら、俺……ここに。


「必要? …俺」


なんて考えてしまう。


俺とカムイさんとがいたら、この国が他の国とどういう関係かは知らないけど、逆に狙われかねなくない?


それか、どっちか貸してよとかさ。


「…はぁあー…。ダメだ」


カムイさんの力が戻るのはいいことのはずなのに、反比例するかのように俺の不安が増していくのってどうしたらいい?


いいことなのに、いいことなのに…。


「なーに悩んでんだか、吐き出せそうにない?」


目の前にまたもふもふのつま先が現れて、視線だけ上へあげる。


話せば聞いてくれもする、きっと。聞いて、思ったことも返してくれる。多分。


俺の横に腰かけて、濡れたままの俺の髪を撫でてくるサリーくん。


「絶対に話してとか言わないからさ。聞いてほしくなったら、話したい相手の選択肢に俺っての入れといて?」


話したい時に一歩踏み出しやすいはずのキッカケを、ポンと置いてってくれる。


この話をしてしまえば、俺って器が小さいやつなんだけど? って言ってるような感じになりそうで。


正直、かなり話しにくいネタだ。


「憶えとく」


とか短く返事をすれば、ポンポンと二回手のひらが上下したのがわかった。まるでそれはイイコイイコとか言ってるみたいに。


素直になれない俺。


サリーくんの話は、まだちゃんと聞けてない。ジャンさんの話も。


けれど、ナンバーズっていう人の上下がハッキリしてた場所にはいた彼。


「サリーくんってさ」


「んー? なに?」


…と言いかけて、ためらう。


「お茶でも飲む? 一緒に」


「あ、うん。だね?」


麦茶を出して、サリーくんと並んで足湯の状態にして乾杯をしてから一気に三分の一くらいまで飲む。


「っっはー! うっめー」


「だねー」


体に滲みてくのが、なんとなくわかる。


「…で? なに聞きたかったの?」


麦茶を飲んですぐ、さっき口から出せなかったことを聞かれてしまう。


「あー……ん、っと…や、あの…さ。え、っと」


本当に聞きたいことは聞けない、まだ。


「サリー…って、さ」


だから、すこし遠回しな感じで探りだけ入れられないかな。二番目に聞きたいこと…みたいな感じでさ。俺的に。


「んー?」


「ナンバーズ、いたじゃない」


「いたねー」


「他のメンバーと、仲良かったの? それともやっぱりさ、番号競ってたりしたんだろうから…悪かった?」


え? これって、探りになってるの? 下手かよ、俺。


不思議そうな顔で俺を見てから、顔を正面へと向けてサリーくんが呟く。


「俺は悪いと思ってた。でも相手の中には、仲がいいって言いふらしてるのがいた。多分だけど、都合よく利用してたのかもって思う。俺と仲がいいとか触れ回ることで、何が起きるのかは知らないけどね」


「…知りたくはなかったの? 自分が関係することだったんだしさ。それに、悪いことに自分が知らないうちに巻き込まれるかもしれなかったでしょ」


俺だったら不安でしょうがないだろうなと想像したら、思わず聞かずにはいられなかった。


「えー……、メンドクサイよ。あんなのの相手、いちいちするの」


なのに、心底メンドクサイって表情でゆるく首を振る。


「まあ、何か巻き込まれてもどうにか出来る手段は持ってたのもあったからね。ただもふもふしてるだけの俺じゃないよ?」


とか話す時には、さっきまでの表情はなくなってたけど。


「そ…な、んだ」


苦笑いを浮かべ、探りらしい探りを入れられなかったなと視線を彷徨わせる。


「今日は雨になるような感じがする」


真横から唐突な話題。


「あ、そ…なの?」


「なんとなくね」


「…じゃ、あ。何してよ、っかね」


とか言いながら、今日はカムイさんの話の続き聞くんだろ? って自分にツッコんでる。


落ち着かない視線。どうしてたらいいのかわかんなくなって、ここでの最初の晩酌の時に創ったトレイを出してそれに、小さめなジョッキに入った麦茶をそっと置く。


ザバザバとお湯を割りながら、浴槽の中ほどまで進んで肩まで浸かった。


自分と誰かを比べたことなんて、誰にだってある。それをサリーくんに聞いて、カムイさんへの何とも言えないこの感情を吐き出して…?


(それで俺がどうにかなる? どうにか出来る? どうしたくって聞く?)


方向性が定まってもいないのに、下手な勘繰りみたいなことは聞けない。自爆するだけ。


(…のに、何かを吐かなきゃ胸の奥が重たくてたまらない)


カムイさんへ、そして自分へと抱きはじめたこの感情に、どう向き合えばいい? 消化すればいい? なんて名前を付ければいい?


「ちょっとごめんねぇ」


サリーくんに背中を向けた格好でお湯に沈んだ俺の前に、サリーくんが回りこみ多分膝立ちしてるのかな? って高さで沈みこんだ。


そうして手を俺の頭上から少し浮かせたあたりだろうか。触れていないのだけは分かる。何とも形容しがたい距離感で浮かせたままで、何かを小声で呟いた。


と、泣いた時の後にあった…あの感覚が。


「そこまで深く浸かっちゃうと、あっという間にのぼせちゃうんだけどねー」


とか言いながら、のぼせ防止のためにか、冷やしてくれている。


一瞬、小さな雪の結晶っぽいのがふわっと下りてくるのが視界に入るのに、湯気ですぐさま消えてなくなる。


そんなことしなくてもいいよと言い出しそうになったのに、口をハク…と開いただけで何も言えない。出てこない。


(臆病者っていうのかな、こういう人のこと)


自分のことなのに、どこか他人事で。


ずっと俺の頭上に手を浮かせている彼の方へと、顔を向ける。


「なに?」


頭の位置がずれたっていうのに、文句も何も言われない。ずれた位置にと、自然と手の位置もずらしてくれている彼に。


「大事にしすぎじゃないの? 俺のこと」


のぼせるってわかってても、俺がこうしていたい気持ちも汲んでくれ、風呂からあがりなよって言わずにいてくれてる。


上目づかいでそう呟けば、ハハッと笑ってから彼はこう言った。


「アペルが大事にしてくれない分、俺が大事にするんだってば」


さも当然でしょ? と言ってるような言い草で。


「べ、別にさ…自分をどうにかしたくて…こうしてるわけじゃ」


のぼせて具合が悪くなればいいとかの意図はないのに。


「ん。わかってるよ。でも、こうしていたら…? そのうちのぼせて具合悪くなる。…でしょ?」


口調はまるで子どもか弟にでも言い聞かせているみたい。叱ってるでもなく、ただ正論はこれだと教えてるような。


「お風呂はアペルが考え事をする時に行きがちだから、邪魔はしないでいたいんだよね。これから先も俺たち一緒…だよね? で…さ? これからもアペルが考え事するんだろうなって時に、邪魔したくないのと同時に、心配も少なくしたい。…風呂行ったら、具合悪くなるんじゃないかって…思いたくないんだ。だから…その、さ? 具合悪くなるかもってわかってること……しないでよ。アペル」


けれど、後半は俺への気づかいであふれた言葉が並んでいた。


その言葉を理解しようと、くれた言葉を頭の中で繰り返す。


繰り返しながら、今は大した記憶もなくなってきた前の世界でのことを思い出す。あの場所での時間を、そして薄情にも両親のことを思い出さずに過ごしていた日々を。


膝をつきながら、一歩だけ彼へと踏み出す。一呼吸ほどのためらいの後に。


彼を見上げたまま近づくと、サリーくんの目尻がわずかに下がったのが見えた。


黙ったままで彼に抱きつく。抱きつくと彼の胸元に埋もれた格好になった。


「今そんなことしても、もふもふじゃないのに」


なんて言いながらも、拒まずにいてくれる。


「俺……子どもみたい?」


くだらない質問。本当に聞きたいことじゃないのに。聞きたいことは聞けずにいるのに。


「いーんじゃない? 俺だって子どもの時あるよ? それに気づかれたらさ、アペルに笑われちゃうかもなぁ」


って言いつつ、本当に子どもに話しかけてるみたいに、氷魔法でヒンヤリした頭を撫でてくれる。


「サリーはいいんだよ、サリーは」


アッチでの年齢は、俺の方が上のはず。コッチに来てからは、来た当時の見た目に引っ張られていたのか若干精神年齢が下がってた気がするけども。


それに俺は、今はまだ…。


「大賢者さまは、子どもじゃ…ダメでしょ」


そういう立場だ。


カムイさんが俺よりもすごい人になっちゃうまでは、だけど。


「大賢者も、一日中大賢者じゃないんだけどねー。っていうかさー、ただの役職みたいなもんで、ただの人だよ? すごくないとかいう意味じゃなく、必要な時だけ大賢者でいればいいだけで、他は普通でよくない? それとも年がら年中大賢者でいてって、叔父さんに言われでもした?」


鈴木のおじさんと国王陛下を思い出して、それからゆるく首を振る。


「…でしょ? あの二人だって偉そうな肩書きはあるけど、それ以外はただのオッサンたちだってば」


あの二人をよく知っているらしい彼だからこそ言える、ただのオッサンたち発言。


「不敬にならないの? それ」


「ならない、ならない。なったら、文句言ってやるつもりだから」


大きな口を開けて笑う彼に、つられて俺も笑ってしまう。


「サリーって、あの二人にとってどんな立場なのさ。…強すぎでしょ」


そう言って笑った俺を、すこしだけ身をかがめたサリーくんが脇に手を挿し込みそっと立たせた。


「そろそろあがらない? 十分あたたまったよね?」


彼の目がまるでお願いを聞いてほしそうに、すこし困った顔でかたまっている。どこかぎこちなく。


それに俺は返事せずに、麦茶を置いてきた方へと指をさす。


並んでお湯を割りながら進み、また縁に腰を下ろして麦茶に口をつけた。残っていた分を一気に飲み干すと、トレイにコトンと小さなジョッキ状のそれを置いた。


口元をこぶしで拭ってから、「ねえ」と彼の腕をつかむ。


またさっきのように口を開きかけてから、散々ためらって。


――――そうしてやっと押し出せた言葉といえば、こんなもん。


「サリーは俺がいらなくなっても、そばにいてくれる?」


また子どもみたいな、甘ったれた願い。


俺だったら呆れそうなその問いに、またしょうがないなって顔をしてから。


「価値があるからそばいいるわけじゃないって話したばっかでしょ。…ホント、このアペルさんって人はいろいろ下手すぎて困ったもんだ。…ね、どうしたらいいと思う? この人」


また、俺のことを俺に相談してくる。


「あのね? これからのこともあるから言っておくけど。…アペルはすごい人って自覚ないから自信ないんだろうけど、自信ないから感情が揺れるんだよね。きっと。そのたびにさ…迷うことなく俺に吐き出せって話。ね。揺れてる。不安だ。怖い。ツライ。寂しい。泣きたい。どんだけマイナスの感情に埋め尽くされてても、埋め尽くしてるものを他の場所に吐き出していけば、アペルのココにきっと隙間が出来るから」


ココと言いながら、俺の胸のあたりを指先でトンと突く。


「それが俗にいう余裕ってのになるだろうから、そういうスペース空けるのに俺を使うこと。…いい? これは約束」


約束と言ってからサリーくんの手が顔に近づいてきて、思わず目をギュッとつぶった。


目尻に触れたのは、ふにゅ…と肉球の感触。いつからかこぼれていた涙を、彼が拭っていた。


「……で? 本当に聞きたいことは、なーに?」


緊張感もなく、普通に今日のご飯はなーにってのと同じ空気感で聞かれたそれに、俺の口は勝手に開く。


カムイさんの身の上と、これから話されるんだろう彼の能力や凄さ、それに付随してく未来の話。


それを吐き出し終わると、よしよしと頭を撫でてから彼は言った。


「やれることも能力も違うのに、なんで一緒にしちゃうかなぁー。それに別にいいじゃん、カムイさんがすごくたって。アペル”も”すごいんだから。俺の食後のパッフェルと同じ。別腹、別腹」


「え、だって戦力過多はよくないし、カムイのが上に長く立っていたんだから…いろいろ長けているわけだしさ」


不安の一つを改めて口にしても、彼は一笑に伏すだけ。と言っても、バカにしてる感じはないけど。


「そう思っちゃうならさ、召喚したのはこの国だっていうの前提にした上での提案」


「ん? …うん。なに?」


急に何だろうと、首をかしげて彼を待てば意外なことを口にした。


「いっそのこと、この四人で国でも創っちゃう? それでこの国が宣戦布告してきても、負け戦にはならない自信あるけどさ」


想像もしていなかった未来を、まさかの形で現実化してみない? と。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ