言わなきゃよかった、かも
今のカムイさんの声で、仕組みはさておきこの地面の下に何かの空間があって、そこにカムイさんは落ちた。
で、俺が今しがた実験的に作っていた土の塊が落ちた時に聞こえた声の感じだと。
「意外と元気そうでしたね」
「…うん。でも、なるべく早めに迎えに行ってあげたいね。…俺のワガママに付き合わせたから、ここに来てこうなっちゃったし」
と俺が言えば、ジャンさんが首を振る。
「ここに来たからというのは合っているとしても、それをアペルのせいだと紐づけるのは違いますよ。自分のせいにするのは楽なことですか、いいことばかりじゃないですよ?」
「え…それ、どういう意味?」
ジャンさんが禅問答みたいなことを言いだした。
「そのうち分かるようになりますよ。…っと、カムイさんがいなきゃ、話が脱線した時に戻す担当がいなくなるんですからね? 話を早々に戻しますよ?」
ジャンさんがそう言えば、サリーくんが楽しげに笑う。
「さすが、こんな時でも冷静さは失わないっすね」
なんて言いながら。
「ダテに一番を取りつづけてきたわけじゃないんでね? そういうとこもあるって見せてもいいでしょう? …さ、話がすぐにどこかへ行ってしまいそうになるんですよね。どうしてか。…さあ、カムイさんを助ける方法を考えましょう」
緩みそうになる空気も、ちゃんと引き締めてくれる。
(…うん。やっぱりジャンさんがそばにいるようになって、正解だったな。こういう時のためだけじゃなといても…)
ホッとしつつ、俺は顔を上げて二人へ話しかけた。
「それについてなんだけど、ちょっと試したいことがあって」
と。
「なんすか? 試したいことって」
鼻先をフンフンいわせながら、サリーくんが興味深げに聞いてくる。
「今、見たとおりでさ。どうやらある特定の重さよりも軽くなきゃ下に落ちない。というか、言いかえれば特定の重さなら落ちることが可能。その重さは、カムイの重さ分。…ここまでは、いい?」
話をしながら、疑問点とかがあればその都度言ってもらいたくて、途中で声をかける。
二人がうなずいたのを見てから、話の続きをする。
「俺がいた場所でね? 重力ってものがあって」
「重力」
「そう。重力。…聞いたことはある? ない?」
「ふ…む。聞いたことはないなぁ…。こっちでは、重力という名前じゃないかもしれませんけど、どういったもので?」
ジャンさんが小さくうなりながら、質問をしてきた。
「あのね」
そう切り出して、地球の重力の話をする。
自分がいた場所が地球という星だという話から始まり、その星に引っ張られている力が重力というものだということ。
星の中から引っ張り寄せられているようなイメージで考えてもらったらわかりやすいかな? とザックリとしたイラストを地面に描く。
〇を書いて、その上に立つ人を棒人間の形で描いて、〇の中心の方へと矢印を書いてから、それが重力なんだと。
そして、地球から見える星の一つ、月の話。
月の重力は、地球の6分の1しかないということ。
だから、60キロの物が月では10キロに感じることになるんだという仕組みを。
「………なんとなーく、わかりましたが、それと今回のことに何が関係してるんでしょう?」
言葉での説明だけだと、やっぱり難しいか。…なら、こういうのはどうかな。
「じゃあね、今から俺がある魔法を自分にかけます。それで、重力って力が体にどうかかると、体重がどう変化するのか…を体験してください。いいよって言ったら、俺を抱きあげてみてほしいんだけど…」
「え? アペルを抱きあげればいい…んですか」
実験のことを話すと、ジャンさんが少し困った顔になった。
「あ。俺が普段モフモフとか言ってるのに、ジャンが抱きあげる俺にはそういう癒し成分がないから、嫌?」
そうか、そうだよな? 俺じゃ、物足りないか。
「どうしよう…俺、いくらがんばってもモフモフにはなれないんだけど」
後頭部をカリカリと掻きながら、会釈のように頭を下げる俺。
「いや…そうじゃなくて、そういうのに慣れてないもんで。ちょっと緊張するなと思っただけで」
ジャンさんが照れくさそうに視線を泳がせる。
「じゃあ、サリーに頼もうか。…ね? 無理はさせたくないし」
サリーくんとだったら、腕枕もしてもらってるくらいの仲だ。なら、慣れてるサリーくんの方が負担も少なくすむかも。
そう言いながら、サリーくんの方を見たのに、なぜかサリーくんは首を左右に振っている。
「ジャンさんがやった後になら、俺もやります」
そうして、手でどうぞとジャンさんに示すサリーくん。
「二人が納得してるならいいけど…じゃあ、ジャンにお願いしてもいい?」
改めてそう聞けば、ジャンさんは苦笑いを浮かべていた。
「じゃあね、比較対象があった方がいいだろうから、最初の状態の俺も知ってもらおうかな。…ジャン、抱っこ」
腕を広げて、抱っこ待ちの俺。
ジャンさんがそーっとそーっと俺の脇の方に手をさしこんで、ひょいっと持ち上げた。
そこそこ体重あるはずなんだけど、すごく軽そうに持たれた。
「で、下ろして?」
地面に下ろしてもらい、魔法をかける。とりあえず、逆に重くなるのをかけてみよう。
「重くなってるはずだから、持ち上げてみて」
「あ、はい」
俺の言葉に従い、さっきと同じように手をさしこんで持ち上げかけて、ジャンさんの表情が強張る。
「は? え?」
持ち上げられないわけじゃないようだけど、さっきとは明らかに重さが違うはず。
0.5Gとかだといいとこ5キロくらいの差だから、1Gかけちゃった。概算で10キロ。米1袋分弱。
これなら、かなり差を感じるはず。
「な…っ、ん? これは一体」
普段落ち着いてみえるジャンさんが、珍しく慌てている。目が右に左にと忙しない。
「じゃあ、そのまま持っててね。……っと、今度は軽くなるよー」
「っっ!!!! わあっ!」
ジャンさんがよろける。急に軽くなったらなったで、それまでの重さに対応していた力加減とは違っちゃうからね。
一瞬だけ、俺をぶん投げそうになって、その腕の勢いを無理矢理とめた。
「…ふ、ぐっ」
ものすごく驚かせたようで、小さな目をものすごく見開き、何度もパチパチさせてつ。
「おろしてもいいよ、ジャン。……言ってた意味、なんとなく分かった? 重力っていうのを調整したら、物の重さが調整可能出来なくもない…ん、だけ…ど? どうしたの? ジャン」
俺をそっと地面におろしたジャンさんが、抱きあげていた時の腕の形のままでフリーズしてる。
「いや、あの…その、ほら…あの…形容しがたいことが俺の腕の中で起きたんで…。混乱しているのを何とか消化しようとしてるんですけど、どうにも…頭が固いと言われているのがここに来て悪い影響をですね。えーっと」
フリーズしたままで、口だけが滑らかになっていく。
その横をスタスタと歩いてサリーくんがやってきて、ニカッと笑った。腕を広げてきたので、真ん中に収まりに行った。
「じゃ、俺の番っすね。えーっと、最初はの重さを確認するとこから…おー…! …で、次が? ………重ぉっ! んで? 次は? ………はぁああああ???? ちょ…っとっとっと、待って待って待って! ジャンさんが混乱するのものすごく理解した! これは、訳が分かんなくなる。ありえない! なんすか、これ」
なんすかこれと言いながら、俺をそっと地面におろすサリーくん。
二人とも同じ格好で固まっている。
「ついでの話もしていい? 二人に」
そんな二人にオマケの話をする。
「これ以上の情報が?」
「理解できる話だったらいいんすけど。…なんすか? アペル」
二人が焦った顔になりながらも、同時に俺の方へと顔を向けてきた。
「今のやつ、敵を地面にひれ伏させるとか…にも使える。俺自身にかける時には、そういう負荷がかからないようにしてたから、何も問題なかったけど」
「????」
ジャンさんが眉間のシワをものすごく深くして、俺を見ている。まだ、混乱中だ。
「その魔法は、俺にかけること出来る? アペル」
サリーくんはというと、体感した方が話が早いと思ったのか魔法をかけてという。
「うーん…。じゃあ、すこしだけ…かけるよ? いい? それよりもまだ上げてほしかったら言って?」
まずは、さっきの半分ほどでかける。
「あ…ちょっと違和感。もうちょい上げていいっす」
「じゃあ、今の倍ね。俺の重たい時の重力分…かけるよ?」
「…おぉ!? 急に重たくなった! っても、ひれ伏すほどじゃないと思うけど」
とかサリーくんが言うから、念のためで確認。
「ひれ伏すくらいまで上げたら、結構キツイかもしれないよ。どうする?」
「……もうちょっと上げれる? 最初の分くらい、上乗せって感じで。それでダメなら、残り半分」
最終的に、20キロの負荷になるかもってことか。
「んー…まあ、徐々にやってみる?」
記憶が確かなら、人が耐えられる重力の負荷って心臓にかかる負担とかの関係で6Gくらいまでだっけ?
戦闘機乗りは、もっとだっけ?
この二人は獣人で、俺みたいな普通の人間とは体の造りが違うのかな。それとも、大差ない?
ゆっくりと段階を踏みながら、サリーくんにかける重力をあげていく。格好としては、すこし肩幅よりも広めに足を開いて軽く腰を落として立ってる。
そこに体全体に重力をかけていく。
「じゃ、1.5倍から」
そう言いだし、順番に半分ずつで上げていく。
その様子をジャンさんが不安げに見ている。
二倍までいったあたりで、三倍まで上げていいと言われる。
「結構きつくなると思うよ? 立てなくなったら、膝ついてね? その時点でやめるから。無理はしないで」
「やっちゃってくれていいっすよー」
と、この時はまだ、余裕めいた声が聞こえてた。
「じゃ、2.5倍をすっとばして、三倍で…」
30キロは流石に…とサリーくんを観察していた俺。
軽口を叩いていたはずのサリーくんが無言になり、口を薄くあけてどこか苦しそうに息を吐いた。
「…解除」
「っっ、ぷはっ! って、待って待って。俺、膝ついてない」
息を詰めていた様子が見て取れて、”よくないな”と思った。
「無理しないでって言ったからね、俺」
線引きはちゃんとさせなきゃだ。
「…ごめんね。俺が変な話を振ったから。…もしもそういう魔法を使って抑え込まなきゃいけない相手が現れたら、っていう選択肢を憶えておいて欲しくて伝えただけなんだ。…本当にごめん」
カムイさんを助けに行かなきゃいけないって話をしておきながら、相も変わらず脱線してしまうんだから。
そのせいで、サリーくんに意地を張らせた。多分。
「どこまでイケるか…試したくなった? もしかして」
俺よりも身長の高い彼に向けて顔を上げ、まっすぐ射貫くように見た。
「俺、本当の意味での実験体は仲間から出さないよ? どうしても実験しなきゃならない時は、何か相手を探すし」
「アペル…」
ジャンさんが、サリーくんの肩をポンと叩く。
「あとでよく言い聞かせます。だから、今は…」
俺が怒っていると思ったんだろうな。サリーくんは無言になったまま、俺から目をそらしてしまった。
その俺と彼の様子を見て、ジャンさんが間に入ってくれたようなものだ。
「…怒ってないよ、別に。俺が悪いんだから。キッカケ作ったんだし」
そう言ってから、踵を返してさっきの位置に戻った。
「まあ、そういうことで、俺たちそれぞれの体重に対して重力を調整かけて、カムイと大差ない重さにして助けに行こうと思ってる。…んだけど、全員がここから下に…ってのもなんだから、誰か一人だけここに残しておきたい。…俺は下に行かなきゃだから行くけど、どっちにするか話し合って決めてもらってもいい?」
どんな顔をして二人を見たらいいか、わかんないや。
(こういう時にカムイさんがいてくれたらって、本当に思う)
地面に指で計算式を書き、それぞれにかける重力の数値を割り出す。
どっちが行くことになっても大丈夫なように…。
それと、カムイさんが消えた位置は穴があるようには見えなくて、どういう仕組みかわからないけれど、落ちてみなきゃ気づけない罠だ。
闇属性のロープはすり抜けることが可能かな? どうだろう。
今のところ通信はまるっきりできない、阻害がかかっているような感じ。でも、魔方陣とかはどこにも見えない。特定の重さがかかった時かその後かに、一瞬だけ出るとか? それかこっち側じゃなくて、地面の裏側の方にあるとか?
とにもかくにも、カムイさん同様に落ちてみなきゃ調べようがないと見た。だから、俺は絶対に行かなきゃ。
罠の形状がわかっていたら、逆に俺が残ってフォローしまくって二人に頑張ってもらうって流れに出来るかとも思ってたんだけどね。
なんにせよ、下に落ちるチームと残っている誰かとで連絡が取れるようにしなきゃ。
魔法。アイテム。それとも、闇属性のロープが透過できそうならそれを使って連絡取るとか?
「どれが有効かわからない以上、選択肢は多い方がいいな」
どっちもが慌てないようにしなきゃいけない。
「えー…っと」
あのガチャガチャっぽい形状にして、転移陣を一つ。それから、通信用の魔法も。それと、スコップみたいなアイテムとつるはしみたいなのも作っておこう。
闇属性のロープをこっちからも垂らせるように、圧縮したものをひとつ。ピンポン玉くらいの大きさの球の中から、引っ張りたいだけ取り出せるようにした。
ロープには、何かが捕まったり何かを縛りつけた時、重さを軽減するようにもしておく。まあ、俺以外の誰が引いてても、力はありそうだから大した心配はしてないんだけど…負担は少ない方がいいでしょ?
「うーん、過保護かな」
何かあった時に俺がその場にいないっていうのは、結構不安だし心配。
「でも、それはそれで信頼してないみたいにもなる。……よくないな、って言われそう。…カムイに」
ちょっと脱線はしたけれど、少しでも早くカムイさんを迎えに行かなきゃ。迎えなのか助けになのかは、まだ謎だけど。
「話し合い終わりました。…俺が残ります」
そう言ったのは、ジャンさん。
チラッとサリーくんの方を見れば、らしくなく作り笑いを浮かべてる。
そして今度はジャンさんの方を見ると、仕事用にも見える笑みを浮かべていた。
(何か考えがあるってことかな? これは)
ジャンさんの中で何かしらの理由があって、こうしたに違いない。それを明かしてないことにも意味があるのかな。
「……じゃあ、二人が話し合ってる間に準備したものがあるから」
と話して、さっきから作っていったものをまとめて預ける。
「一応、落下する時にその辺にロープの先が引っかかるようにして、手にその先を持って落ちていくつもり。それが有効か無効かはまだわからないけどさ。それと、通信の方も使えるかは不確かだけど、念のためにね。あとは…落ちてみて、下からいろいろぶっ壊して上がってくるかもしれないから、怪我をさせないように…っと」
ジャンさんに結界を張っておく。物理も魔法も弾くように。
「それとね、これも」
インベントリから、水と食べ物。
「結局デザートにアペルを見つけて剝いて食べるってとこまでやれてないけどね」
「カムイさんと無事に合流できてからでも探しに行けますよ」
「俺、皮むきって下手だから、お願いね」
「…はい」
ニッコリ微笑んだジャンさんは、いつものジャンさんに見えた気がした。
さっきまではかなり動揺させまくっちゃったからな…。
「それじゃ…サリー」
「う、あ…はいっ」
さっきのことがあったからか、妙に緊張しているな。
「…俺、先に行くからね? この魔方陣を…っと貼ったから、俺が落ちてから三分くらいで、同じ場所に乗ってね」
「うっひゃっひゃっひゃあ。な、なにすんっ…! うひゃはは」
わき腹をくすぐりながら、説明をする。
サリーくんは盛大に笑いながら、目尻には涙を浮かべていた。
「わかった? 俺の説明。…わからなきゃ、もう一回…やろっか」
指を細かく動かしながら、くすぐるぞと言わんばかりん指の動きをして、じわじわとサリーくんに近づく。
「待った! わかったから!」
くすぐられるの、苦手っぽいな。…また何かあったら、くすぐることにしよう。
「…ふ。じゃ、先に行くね? …待ってるよ? それと、こっちのことはよろしくね? ジャン」
そう呟き、サリーくんに貼った重力調整の魔方陣の中心に、指先に魔力を纏わせてから触れて。
ぴょいっとカムイさんが消えただろう場所に乗っかると、予想通りで足元が抜けた。
チラッと視線を下に向けると、思ったよりも深そうで。
「うそだぁああああっ!!」
思い出したら、遊園地のフリーフォールとか苦手だった。俺。
「アペ…」
俺の叫びに驚いたサリーの顔が一瞬見えたかと思えば、すぐに見えなくなり。
「はぁああ? アペルが降ってきたぁ?」
すぐさま耳に入ってきたのは、カムイさんの驚く声だった。




