ある意味、いつもの光景
「あ、ナナさん。朝早くにお疲れさまー。お久しぶりです」
顔だけ振り向いて、イチさんの部屋の入り口で呆けているナナさんに声をかけた。
「あ…っ、あっ…の、水兎さん早すぎるって! ありがたいけど、早い!」
ナナさんが違う意味で困ってますって感じで返してきたそれに、ちょっと笑いながら説明をする俺。
「ごめんねー。イチさんから連絡もらって、時間もなかったし…最速の方法でたった今着いたとこ」
ナナさんがやっと部屋の入り口から、俺の方へと近づいてくる。ツカツカと鳴る靴音が速い。
「…すっごく助かるけど、ごめんね。バカがバカやらかしたせいで」
そう言いながらやっと俺の正面に回り込んだところで、腕の中にいるカムイさんに気づいたよう。
「あ! カムイ…さん?」
「おう。ナナか? お前が」
「はい! …って、うわぁ、マジでホーンラビットじゃないすか。しかも喋ってるし」
「疑ってたんか、お前」
カムイさんの小さな目が細められて、若干睨んでいるように見える。
「そ、そそそそ…んなこと、ない…っすよ?」
どもって言い返せば、疑われるだけなのにな。ナナさん。
「ま、いいけどな。こうして顔つき合わせられたんだし、信じる材料の一つにはなったろ? な? ナナ」
ふん…と短い腕を組み、偉そうにふんぞり返って…るつもりかな? ただ可愛いだけでしかないのにな、毎回思うけど。
「あはははー……。すみませんでした、カムイさん」
そう言いながら、さっきのイチさんのように握手っぽくカムイさんの手を取ったナナさん。
「いいって、別に。慣れてるからよ、こういうの」
ギルド相手の時に、何度かあったからな。
「ま、それはいいからよ。また…話を戻すぞ。お前ら」
「あっ…はい」
ナナさんがカムイさんの手を離して、背筋をピンと伸ばす。
さっきナナさんが新しく仕入れた情報じゃ、魔法課の連中は空に浮かんだ魔方陣を見て大騒ぎになっている街の住人に紛れているらしい。
それはそれは大事に着ていた”あの”ローブを脱ぎ、一般人(?)に混ざって状況を見守っているようだけど、まだ全員を発見できていないので捜している最中。
んな場所にいたら当人たちも嵐の被害に遭うんじゃないのか? と思いそうだが、ある程度まで観察をしたら転移しちゃう予定らしい。そこまでの情報って、どこ情報なんだ? 誰かリークしたのでもいたとか? もしくは盗聴?
「そんなに都合よく逃げられるもんですかね」
ポツリと俺が呟くと「よくわかりませんが、自信だけはあるようです」と謎の報告がナナさんから伝えられる。
「自信が慢心に繋がらなきゃいいけど」
ふう…と息を吐き、カムイさんを床に置く。
「とりあえず、窓から魔方陣見てみようかな。街を覆う広範囲だっていうなら、どこから見ても問題ないよね」
窓の方へとスタスタ歩いていく俺。
早朝なのに、すでに昼並みの明るさが街を覆っている。魔方陣が淡く光っているからだ。それぞれはそこまで明るくはないのに、数が数なだけあって街は昼間の明るさになっている。
窓を開けて、魔方陣にむかってまとめて鑑定をかける。
「…あー。ダメだね、たしかに」
俺がそう呟くと、カムイさんの笑い声が聞こえて振り向いてみた。「なに、笑ってんの?」って言いながら。
振り向いた先にいた3人は、カムイさんは楽しげに笑ってて、イチさんとナナさんは口をパカーーーーッと開けて俺を見ていた。
「ん? どうしたの、2人とも」
キョトンとしながら聞いてみれば「いや。その辺も変わらないんだなって思ったのと、やっぱりって思っただけです」とイチさん。
「見た目、いたって普通の人にしか見えないのにねぇ」と、ナナさん。
よくわからないなと首をかしげながら、窓の方へと三人を呼ぶ。手招きをして。
「まわりを囲んでいる細かい魔方陣が天候に影響するやつ。雨の量や風の量を割り増ししてしまうものだね、アレは。んで、中心にあるいくつかの魔方陣は……攻撃に特化したもの。土魔法と…風…で…視界を悪くしている間に火魔法……だな、アレ。それぞれは小さい攻撃だけど、火魔法を行使したことで火事が起こって、それに風魔法で範囲を広げていって…あっという間に街中が火事だ。それに重ねてあるのが土魔法だな、アレも。アースクエイクって地面を揺らす魔法を組み込んでいるから、避難どころじゃなくなるな。…住人を無視した魔法の組み合わせ」
順に魔方陣を指さしながら説明していく俺に、「そこまで見えているの?」とイチさん。
「あはは…まあ、うん。最近は自分で魔方陣とか錬成陣をアレンジするようになって、陣の中に書かれている工程の流れっていうか…そういうものを知ってるから」
俺がそう言うと、ナナさんが「へえー」と驚きつつも、興味ありげに目を輝かせていた。
「ナナさんが詳しく知りたいっていうなら、今度教えるよ? ナナさんも魔力あるんだしね」
「マジっすか。じゃあ、ちゃちゃっとどうにかしちゃいましょ! アペルさんなら、冗談じゃなく本当にちゃちゃっと片しちゃいそうだしね」
「…ふ。そうだねー。今すぐ解除してもいいなら、しちゃうけど。…でも、その前に傍観者の姿の奴らを捕まえなきゃ…でしょ?」
問題は街への魔法の行使というよりは、それをやろうとした相手のことだと思う。
「ただ捕まえるだけじゃなくて、もう…悪いことが出来ないようにしなきゃね。何人がこれに関与しているかもハッキリさせなきゃ」
だんだん腹が立ってきた。どうしてやろうか。ただ捕まえるだけなら、本質は何も変わらないままだろう。
彼らが今回こんなことをしでかしたのは、自分の凄さを見てくれっていうくだらない承認欲求を満たすための話。
そもそもで、彼らが自分の武器だと思っているのは魔法。それが使えなくなる、もしくは自分が使いたいように使えなくなったら? それか、魔法の知識自体が無くなったら? 魔力が枯渇しちゃったら? …か、枯渇より自分に魔力があったことを忘れてしまうとか?
「…なら、記憶とかに関係するんだから…なんだ? 光魔法? いや、逆か。闇魔法。それか反発するどっちもを使って、その反発する力も使うか…か。とりあえずは、捕縛。魔方陣は消しちゃって、その状況をみて別な意味で慌ててる奴らがいたら、ビンゴだな。……捕縛は、闇の方で縛るか。縛ってる魔法の中に、魔力を吸収するものを仕込むか。それと…」
いつものくせで、ひとり言のように魔法の構築を考えていくモノを、知らずに口に出していた俺。
その様を呆れたように3人が見ていたことに、気づくのはかなり後の話。
「あの夜を思い出しますね? イチさん」
「ああ、声…変えるやつだろ? ナナの声が可愛い女の子の声になったやつ」
「あの時もこんな感じで構築していきましたもんね? 目の前で」
「この人の頭ん中、どーなってんの? って思ったわ」
「お前らもこの状態知ってたのか」
「…ってことは、カムイさんも知ってたんすか」
「しょっちゅうだよ、しょっちゅう。この時間の集中力はスゲエからなー。俺らがそばにいることなんざ、一時的に忘れてると思うけどな。はっはっは」
「…ってか、イチさん。色…見てます? 色」
「……初っ端の色は、俺たちへの感情だろ? 緑ってことは、喜んでいたって感じだったけど、そこにいろんな色が混じってた。それから話を進めていく間に、紫に青に…ってなってって」
「今は、赤一色。めちゃくちゃ怒ってますね、奴らに」
「派手だよなー、アペル。名前の元になった実の色みてぇだ」
「…それ、アペルって名前になった理由なんですか? カムイさん」
「あー…失言した。悪ぃ。…ま、でも、お前らならいいか。……理由大した明かさずに元の名前捨てるって言い出してな? で、結局はいろいろボロボロやらかすもんだから、話を聞かせてもらったわ。……ま、逃げなきゃだったわけだし、名前変えた方がいいってのは理解したからよ。…ったら、俺が好きなものの名前にしようって言い出して、話の前に食わせたアペルって名前になった」
「この人って隠し事できませんよね? 隠そうとして、結果的にもっといろいろ明かすハメになる」
「そうそう、それな? お前らの時にもやらかしてたんか、アペル」
「はは。彼がこの街を出ていって、食べ物と体調の心配の次に気にしていたのがそれです。きっとどこかでも、なにかしら無自覚にやらかしているんだろうなぁって」
「ですよねー? 危なっかしいったらなくて」
「こーんなにツエーのに、守ってやんなきゃってのが…こう…わいてくるっつーかよ。…変な奴だよな? アペル」
「ですね」
「わかりすぎる、それ」
3人がこんな話をしていることなんか知りもせず、何から行使していくかを決めていった俺。
「よっし。やること決まったよ、3人…とも? ……どうしたの? 3人してそんな顔で俺を見て」
振り向いた俺の目の前には、こんな状況なのに明るく笑んですごく優しい顔つきになっている3人がいた。
「なにかあったの? カムイ」
カムイさんに代表して聞いても「交流していただけだ」としか返してくれない。
「イチさん…?」
「同じく。とても有意義な交流でしたよ? な? ナナ」
「そっすね。もっといろいろ話したいっすね、これ終わったら」
やけに楽しげな3人が変だなと首をかしげはしたものの、時間が迫っていることを思い出して3人にかんたんな説明をしていく。
「ナナさん。最終確認だけどさ、俺が大賢者っていう肩書きなのはステータス上だけの話じゃなくて、本当に話が通っているんだもんね?」
宰相さん=鈴木のおじさんとつながりがあるナナさんに、確認をしておく。
「合ってます。補足すると、国王陛下よりも立場は上なんすよ? だから、いろいろ許可をもらってからとかしなくても、好き勝手しちゃってもいいんすよね。…ただ、先に話があった方が向こうが慌てなくていいってだけの話みたいで」
ああ、まあ…よくある話だよな。言っといてくれりゃよかったのに…って言われるやつ。
「そこまでの立場なんだ、大賢者って」
「普通の賢者じゃなく、大…っすからね」
なんて聞いて、そもそもで大賢者ってナニ? と思うわけで。
「国は大賢者に何か求めてるものがあるの? だいたい…今回の召喚だってなんなのって話だし。ただ漂流者になる対象者を呼んでも、何かをさせていたって感じじゃなかった。普通に呼びつけただけみたいな? 普通の漂流者の扱いを役所で聞いた時、何の役目もなく、それまでのその人の人生を放棄させて召喚だけして。……召喚にかかる費用や魔力、他にも魔石とかも結構かかったような話をどっかで耳にしたよ? そこまで手がかかってて、召喚した相手に何も求めずに生活だけしててよって…おかしくない?」
「そう…なんですよね。国王から聞かされたのは、ここにいてもらうことが大事なんだという話だけなんです。俺はその漂流者に関する部署の人間なんですけど、監視とか相手が困ったことがあったら相談に乗って対応とかがメインだったんですけど…。特別何かに秀でた人たちじゃなく、その辺によくいる平均的な人たちばかりでした」
「俺が調べた過去の報告書に書いてあったのは、ここに召喚された当初よりも健康的になったっていうのは共通だったかな。……アペルさんも、顔色とか目の下の隈とかなくなってますね」
「……俺の姿が元の姿じゃなくても、そういう風になるの?」
「え? アペルさん、その姿が元の姿ってわけじゃなかったんすか」
「あー、うん。あと、話したか忘れたけど、年齢ももうちょっと上なんだよね。この体だと19なんだけど、元は25か6。自分の年齢に頓着なかったから、ハッキリ憶えてくなくて申し訳ないけど」
「…へえ。その姿だったのには、なんか理由があったんすかね?」
「さあねー。こっちに来てからの元の姿でここにいるから、髪の色も変わってるんでしょ? さっきから時々視線がコッチに向いてるのわかるから、多分そうなんだろうって思ってた」
イチさんあたりが特に気にしていたのに気づいていた俺。
「何が理由で髪色が変わるか、2人は知ってる……っぽいね」
ワザとか、違うのか。俺から見て2人ともわかりやすい態度で、苦笑いを浮かべていた。
「話すことは出来ねえんだよな? お前ら」
カムイさんが俺よりも先に聞いてくれたけれど、苦笑いのままで何も言わなかった。
言わないように何か制約魔法みたいなものでもかけられて、約束を破ると死ぬとか何かが出来なくなるとか…あったりするのか?
勝手に想像して心配になってオロオロしだした俺を見て、二人がふき出す。
「アペルさんが心配しているようなことは、なにもないっすよ? …不謹慎かもだけど、心配してくれて嬉しいっす」
「…もう! 何言ってんの、ナナさん。心配するの普通だと思うけど?」
怒りながら文句を言っているのに、それでもナナさんもその横にいるイチさんもクスクスと笑ってる。
「さーて、いつものように話を戻すぞ? お前ら」
そうしていつもの流れになっていく。
「じゃ、アペルはやること決まったんだな? とにかく」
「うん」
「大賢者の話を振ってきたのには、理由あんのか?」
「…うん」
「で、話を聞いて、やることに支障は?」
「支障なし。むしろ、じゃあ大丈夫かな? って安心出来た」
と、俺が言うとイチさんとナナさんが揃って聞いてくる。
「それって、先に言っといてもらうって可能ですかね?」
って。
うーん…と短くうなってから、俺はこう答える。
「大賢者って名前をかざして、えっらそうに罰を与えるだけだよ。罰は与えるけど、永遠じゃない。…三日間の期限という条件付きのやつ。…ったら、わかる? それ以外にも罰は与えるけど。パッと見は一つの魔法にしか見えない中に、重ねがけした魔方陣を組むよ。その期限は相手に伝えない。でもたった三日間の間に、ごめんなさいって謝れたら一部だけ解除。命を取るつもりはないってことだけは覚えておいてほしいかも。……誰も傷つけたくないんだ、俺は」
甘っちょろいってわかってる。そんなことを考えずに、あの時にコテンパンにしていたらってあの日を何度も思い出したからね。
そうしなかった俺は、偽善者なのかもって考えたこともあった。
「…………」
黙ってしまった俺の頭に、イチさんの大きな手が乗った。
顔を上げると、目を細めて笑みながら何度もイイコイイコをしているように手を動かしていた。
「あの日も…そのことで苦しんでましたもんね。アペルさん。誰も死なせたくないって…傷つけたくないって。どうしてこんなことを…って。……ね、アペルさん。攻撃しないことで苦しいのは、俺たちが引き受けます。だから、自分をダメだとか甘いとかそういう言葉で卑下しないでください。最終的にアペルさんがやりたい方法で守りたいものを守れたのなら、それで勝ちでいいんです」
「そうそう。本来なら俺たちがあのバカどもを罰しなきゃいけなかったのに、逃げられて、今回のような事態に陥った。これは、俺たちの罪で罰なんす。その命を刈り取れないからって理由で、アペルさんが自分を傷つけるような評価は与えないであげてほしいっす。むしろ、褒めて崇めてベッタベタに甘やかすくらいになってほしいもん。俺。なんなら、俺が甘やかしちゃいますけどねぇ」
ナナさんは、イチさんの少しナナメ後ろから俺を見て、大きな口で弧を描きつつ笑ってた。
「ってーことで、だ。お前がやることを責めるやつはいねえってことで、いいか?」
カムイさんがかくにんしてきたその時、「…あ」と思わず声をあげた俺。
「ん? どうした、アペル」
もしかしたら…を想定した。これ…ダメかも。先に言っておかなきゃ、きっと俺がやることの足を引っ張るかもしれない。言い方が悪いけどね。
「みんなに約束してほしいことが出来た」
俺がそう言うと、3人で互いの顔を不思議そうな顔つきで見合ってから「なんだ?」とカムイさんが聞き返してきた。
口にするのが、ものすごーーーーーっく恥ずかしい。その状況を想像するだけで照れてしまう。
いきなり真っ赤になって両手で顔を隠す俺に、「どうしたの? アペルさん」とイチさんが肩に手を置いて落ち着かせようとしているのがわかる。
顔を覆っている手の指の隙間から、盗み見ながら。
「お願い…」
小さな声で呟く。
「俺が俺のキャラに合わないことを言ってもやっても、事が済むまでは絶対に笑わないって誓って!」
大賢者という御大層な権力を振りかざすとか、絶対に恥ずか死ぬやつだ。
「むしろ、怯えるくらいしてほしい。出来なきゃ、無表情でいて!」
俺が懇願するようにそう呟けば、わずかな間の後に全員の笑い声が部屋中に響いた。
「じゃあ、今のうちに笑っとくか」
って言いながら、一番笑ってるのはカムイさんなんだけど。
「どんな小芝居やらかすつもりか、知んねえけどよ? アペル」
真っ赤になっている俺を見て、笑いながらカムイさんが告げる。
「俺らはお前がやることの邪魔になるようなことは…しねえ。多分、俺らは察しがいい方みたいだからな? やらかしはしねえよ? だから…安心して思うようにやってみな? アペル」
カムイさんが俺の名前を呼ぶ声には、いつも背中を押してもらっている気がする。
大丈夫だからって言葉が、俺の名前の上にルビが打たれているみたいな…。
「――――じゃあ、遠慮なく、思いきり…やらせてもらうね」
真っ赤にしていた顔の熱は、もう引いた。
そうして俺は、最初の魔法を自分へとかける。
着ているものだけ、変化させる。イリュージョンだ。
あの魔法課の連中のそれよりも、シンプルでいて豪華に見えるすこし長めのローブ。あとでこれをかける余裕が無くなったらマズいから、先にかけておく。
まぶしいくらいの白がベースで、金色のツタのような刺繍が裾に向かいながら大きくなっていく感じになっている。
これ自体に防御魔法も施して…っと。
「よし。っぽくなったな!」
そんな風にローブを羽織ったままクルンと回った俺を、声を殺して真っ赤な顔をして笑っている3人が見ていた。