三軒隣の田中のおじさん
謎の叫び声に、カムイさんと顔を見合わせる。何事だ? と。
『すみません! アペルさん、カムイさん。…うちの叔父さんが…例のクッションにダイビングしまして』
と、ナナさんからのこれ以上ないだろう説明で、状況把握完了。
「じゃあ、ナナさんの叔父さんが落ち着いたら話をしましょう」
俺の方からそう話を振れば、『うひょーーー』って、とてもじゃないが国の宰相って肩書きだとは思えないような楽しげな声が聞こえている。
「喜んでもらえているようで、なによりです」
カムイさんとクスクス笑いながら、待ってる時間も気にしないでいいよと暗に伝える。
『マジで申し訳ないっす。っていうのも、俺を待ってるわずかな時間でイチさんがあのクッションに寝転んでいたのが問題なんすよ』
「え? そうなの?」
宰相さんがやってくるというのに、なんでそんなことやってたの? イチさん。
『…いやあ、そのさ…心を落ち着けたかったんだって。宰相さまがやってくるとか急展開すぎて、冷静になんて装えないって! あの謁見の時だって、国王陛下の横にいた相手だぞ? どっか遠くで眺めていたって相手が、酒持ってくるとか俺の部屋に来るとか…頭の中でどう処理しろって…。お前はなんか…慣れていそうだけど』
ああ…そういうことか。
『あー…まあ…叔父さんも陛下も昔っから急に変なことばっかやらかすんで、幼い時からだとさすがに慣れましたよ。あはははは』
陛下って簡単に口にしたけど、すごい話だな。…イチさんが気の毒になってきた。その辺の社長が目の前にいるとかのレベルじゃないってことだからね。
『はは…はははは。水兎さん…俺、今すぐそっちに行きたいです。ここにいるの…イヤになってきた』
あ。イチさんが現実逃避しようとしてる。
『普通に仕事してただけなのに、なんでこんな環境に…俺……』
なんとなくどんな表情でこれを言っているのか、頭の中に浮かびそうだ。遠い目をしているんだろうな。
「そのうち会いましょう。…俺もイチさんに会いたいです」
そう伝えると、『今がいいです、今がぁーーー』と冷静に戻れないままのイチさんがぐずっていた。
『イチさん。俺も会いたいんで、ぬけがけ禁止っすよ?』
ナナさんがそこにかぶせてくると『黙れ!』とイチさんが言い返していた。
程なくして、さっきの声の主が会話に入ってきた。
『……大変失礼いたしました』
って感じで、心底申し訳なさそうに。
『ナナの叔父で、シャーリーと申します』
ん? これ、本名? ってか、ナナさんのサリーといい、この人のシャーリーといい…この家系の特徴なのかな? 俺が知ってる範囲内でだけど、どっちも女性の名前だった気がするんだよね。
「あ…どうも。お忙しいところご足労いただきまして、ありがとうございます。そちらで水兎という名前でしたが、出来ればアペルと呼んでいただけますか?」
丁寧になりすぎない程度であいさつをし、アペルの方で名乗る。
『かしこまりました。大賢者…アペルさま、ということで呼ばせていただきます』
「あ、はい。よろしくお願いしま………ん? ちょ…待って? 今、なんかおかしなこと言わなかった? ね、イチさん。そっちでの俺ってなんなの?」
変なワードが俺の名前の前についていたような。
『…あー、あのね? アペルさん。実は現段階で大賢者に相当って扱いになってて』
イチさんが申し訳なさそうに俺にそう伝えてきたのに、シャーリーさんがそこに更なる情報を追加する。
『ん? 相当ではなく、大賢者扱いになったぞ? 中途半端はよくないと国王陛下と話してな―』
『は?』
シャーリーさんの呟きへのイチさんの反応で、その内容がかなりな衝撃なんだとわかる。
『ああ、陛下と? いつ、そんな話決めたのさ。叔父さん』
『昨日だったかなー。執務室で書類に記入漏れがあったのを指摘した時に、そういえばーとか話して、書類の訂正と一緒に決定事項にして。そのまま書類も作成されたぞ』
『…なんなの、それ。結構重要な案件じゃないの? これって。その辺の係を決めるのとはわけが違うのに、ほぼ似た感じで決めるの…やめなよ。叔父さんも陛下も』
『いや…だからな? ちゃんと書類を作成してな? 口約束だけにはしていないぞ? それのどこに問題が?』
『……大ありじゃん。なーにやってんの、大の大人の二人がさー。いつまでそういうことやってんの? んなことやられたら、まわりや下の奴らが大変なんだって言ってるよね? 俺』
『そこまで…のこと、か…? 最近、前よりも言うことが厳しくないか? お前』
『それなりの場所まで上がってきたからね? 今までよりもツッコませてもらうよ、俺は』
『今までよりか』
『今までよりも、だよ』
叔父と甥っ子の会話なんだろうけど、内容が内容だ。
「イチさん…大丈夫?」
その場にいるイチさんが気になって声をかけてみると『…無理』と蚊の鳴くような声がした。
「なんつーか、違う意味で規格外な二人だな。アッチにいるの」
カムイさんが横からクックックといつもの笑いを浮かべながら、イチさんを憐れんでいた。
「さーて、と。また例によって話が進まねえから、勝手に進めるぞ? いいか?」
そうして、話を本筋に戻すのはやっぱりカムイさんで。
「あ。俺はカムイ。ホーンラビットやってて、アペルと一緒に旅をしてる奴だ。よろしくな? サイショーさん」
そしてまた、自己紹介が軽い。
『…ほう。ホーンラビット、か。…ふむ。よろしく頼む、カムイ殿』
「殿なんざ、いらねえいらねえ。かしこまれるような相手じゃねえって」
カラカラと笑いながら言い返せば、『あいわかった』とだけ、シャーリーさんが返してきた。
「さて、とりあえず…サイショーさんに説明をしなきゃだろ? 説明は誰がやんだ?」
カムイさんが話を振ると、小さな声でイチさんが『それくらいの仕事をさせてくれ』と切り出してから、順を追って説明をしていった。
前に家でまだ名前も付けていなかった段階のゼリーフィッシュについて、ナナさんに説明をした時も思ったけど、イチさんはそういう仕事に慣れているのか…説明が上手い。
『ということになっていまして、ナナから宰相さまの話が出まして。…お呼びした次第です』
と、言葉を結んで説明は終わった。
『なるほどな。…ふむ。……では、この状態でその魔法の行使を頼むことにさせていただこう。この手の好意には、素直に甘えさせていただいた方が話が早い。その魔法を行使する際、この二人への負担はない…で合っているのだろうか? 大賢者・アペル殿』
出た、大賢者。
「負担はかからないようにアイテムを創りました。問題ないです。魔法の行使中にアイテムが壊れて、魔法が送れなくなるなどもないようになっています」
『なるほど。さすが、大賢者・アペル殿だな』
「あとは、タイミングだけ教えてもらえれば…。あ、あの…シャーリーさん」
やっぱり無理。どう考えても、無理。
『はい』
カムイさんへ視線を向ければ、また楽しげに笑っていた。
俺が何に困ってるか、わかってるな? これ。
「それ、やめていただけませんか? 大賢者ってのと、殿をつけて名前を呼ぶのを」
話をしながらこっそり自分のステータスを開いてみれば、いつ付いたのか…たしかに大賢者と書かれている。
でも、俺はそういうのは苦手だし、大賢者がどれくらいすごいのかがわからない。だから尚のことで、そんな風に呼ばれても戸惑うだけだ。
『左様で…ございますか』
「それと、言葉も崩してもらえたら」
『…はあ。どの程度まで、でしょうか』
とか言われて浮かんだのが、両親がまだ生きていた時の三軒隣の田中のおじさんだ。他人なのに、まるで親みたいに一緒に泣いて笑って、悪いことやってたら叱ってくれて。運動会だって、自分の孫と同じように俺のことも応援してくれた人だ。
「近所のおじさんって感じでお願いします」
いろいろ端折った感はあるけど、それくらい気さくなのがいい。
「近所の…って、どの程度の関係かわかりにくいな。アペル」
「えっと…おすそ分けが出来る程度?」
「もっとわからん」
「あいさつはするよ? いってらっしゃい、気をつけていくんだよ? みたいな? 身内じゃないけど、遠すぎない関係?」
「それってよ。お前がいたとこに、そういうのがいたってことか」
「あ、うん。三軒隣の田中のおじさん」
「タナカ…」
俺とカムイさんの会話を聞いていたんだろうシャーリーさんが、こう聞いてきた。
『それでは、わたくしめ…いや、ワシのことは田中のおじさん…と呼ぶのはどうかと』
と、謎の方向からの提案だ。
「え? それはさすがに田中のおじさんに悪いんで」
そして俺も、真面目に返すし。
『では、どこのおじさんにしましょうかねぇ。何か案があれば』
「いや、別にどこのおじさんでもいいんですけど、さすがに宰相と名のつく相手に、おじさん呼ばわりは無理ですよ」
『…なにか使っていい名前があればと思ったんですがね』
「使ってよさそうな名前はいくらでもありますが、そういう問題じゃなくて」
『お? 何か使ってもいい名前がある! なんという名前で?』
「え? あの…よくある名字で、佐藤とか鈴木とか渡辺とか佐々木とかでもいいような」
『ほう。よくある名字! ……ふむ。では、鈴木のおじさんで!』
「え? これ、決定事項ですか? おじさんってつけなきゃいけないんですか?」
俺が慌ててる横で、カムイさんはずっと楽しそうに笑ってて。
『呼んでみてください! 鈴木のおじさん、と』
「え? え? 鈴木の…おじさん」
『……っっ!!! イイ! イイ! おじさん感が一気に増しますな! …以降、これで呼んでください。じゃなきゃ、返事はしませんので』
なんだか話がよく分からない方向へと進んでいく。
「ちょ…ナナさん! 聞いてるんでしょ? さっきから笑い声しか聞こえてこないんだけど。自分の身内なんだよね? 助けてってば」
カムイさんとナナさんの笑い声が、サラウンドみたいに聞こえてくる。二人して、まるで他人事。
そして、イチさんがポツッと呟いた。
『話、戻しましょうか』
カムイさんがいつもならやる役を、代わったかのようなタイミングで。
そうして話を進めていく。連絡方法に、コッチが魔法を送る時の双方での注意事項。魔法の解除の指示があるまで、どうしているか。それと、話を国王陛下にだけは通すことにもなった。
『アイツなら漏らすこともないしな。まあ…魔法が行使されてからの邪魔なら入りそうだが、そっちは追々で対応できるか…と。…魔法課の連中が何をやるかによるけど、どうせ大したことは出来まい』
シャーリーさんがそういうけれど、俺はその言葉を聞き、言いようのない不安を抱え始めていた。
俺の家への襲撃だって、他の部署との話だなんだっていうのをすっ飛ばして、自分たちのプライド優先だったんだろうし。ああいう人種は、言葉が通じないって知ってる。自分ばかりの人間が、どんな行動をするかなんて、予測不能だ。
「お前…向こうで何かあった時はどうするつもりでいる?」
カムイさんが小声で話しかけてくる。
何かあった時、か。
状況を聞いて、魔法を送りつけて。…で対応、で…すめばいいけど。そうじゃない時の話をしてるんだよね? カムイさんは、きっと。
「……その時は、行くよ。向こうに」
こぶしをギュッと握って、地面を睨みつける。
あの時アイツらに味わわされた恐怖や怒りは、きっと忘れることがないだろう。
やり返すとかじゃないけど、プライドをポキンと折ってやるくらいの意趣返しはしたい。
「自分が守るべき場所を守るより、攻撃することを選ぶような…愚か者だった時は…ね」
この呟きはカムイさんにしか聞こえてないはずだ。
「その時は一緒に行ってくれる? カムイ」
軽く笑んでそう頼めば「当然」とだけ返してくれる。
話を終え、向こうではこれから三人で宴会になるとかで通話を終えた。
「なんだか濃い時間だったな…」
妙な疲労感で、俺の方でもあのクッションを出す。
「はぁあああ―………」
もちろんカムイさんにもね。
二人でクッションでまったりしてから、気になっていたことを聞いてみる。
「ね、カムイ」
「おう、なんだ?」
「さっきの…通話? でさ、イチさんとナナさんを紹介した形になったけど。…どうだった?」
「どう、とは?」
「その…ほら、どんな相手かなって思ってただろうし。俺が話していた二人の説明と、カムイ自身が話してて感じた印象っていうのは違うかもだしさ」
なんだかうまく説明できないな、俺。
「そうだなー」
と切り出したのに、カムイさんにしては長めに溜めてからこう言った。
「イチは、からかいがいがある。可愛いやつ。ナナは、意外と腹黒。が、いろいろな力の使いどころを間違えなさそうな頭の良さがあるな。上に立つ人間向きだ」
「ナナさん、ねえ。肝が据わってるっていうか、なんか…どんと来いって感じだよね。今日、久々に話してみて、前回思ったよりも二人をちゃんと見れていなかったんだなって痛感した」
「一日くらいしかなかったんだろ? まともに話したの」
「まあ、うん。最初はイチさんも距離置いて話してきてたから、余計につかめないとこもあったし。ナナさんは…ただの甘いもの好きってくらいの印象だったしね」
「んな感じだったのに、別れ際の二人の印象だけで二人を守りたいと思えるまでの距離に縮まったってのがすごいよな」
カムイさんに言われてみて、本当にすごいなと感じた。ただ、俺が単純なのかも説も否めないけど。
あの時、あの瞬間。二人が俺を呼び、俺のために魔法課の奴らに怒鳴りつけていた姿を見ていなきゃ…今日のこの日にはつながらなかった。
下手すりゃ、あの街に何が起きても関係ないって背を向けていた可能性の方が高い。
助ける義理も何もないって言いながら。
「…ね、カムイ」
「んー? なんだよ、アペル」
「俺って……バカなのかな」
主語をつけず、聞いてみる。
相手がカムイさんだから有効な会話だってことを、俺は知っている。
カムイさんは俺をジーッと見てから、ハハッと笑った。この笑い方の意味を、俺はとっくに知っている。
それに続く言葉が、何かってことも。
「ったく。しょうがねえ奴だな、お前は」
――ほらね?
しょうがない奴と呼称しておきながら、味方でいることをやめない。そばにいるんだ。
あの二人を助けついでで、街を水害から救うこと。それによって、自分に傷をつけた相手も一緒に助けるってことも。
自分で決めたことだとしても、胸の奥にしこりのようにあの時のことが残ったままなのは本当で。
自分が非道な人間だったなら、自分の力がどれほどのものかを知ってるからどうとでもやれる…と行動に移していてもおかしくない。
そこまでの非道さがないのは、自覚している。だから、そこをつけこまれやすいかもしれないっていうことも。それが弱点になる可能性も。
「ね、カムイ」
万が一に備えて、カムイさんと打ち合わせってほどじゃないけど伝えておく。
「もしも、もしもだよ?」
「んあ? なんだ、もしもって」
「もしも…アッチに行かなきゃいけなくなって、その時に…カムイが人質みたいなことになったらさ」
「お? 倒していいのか? 相手。それとも喰っちまうか?」
なんか、物騒な話が出てきた。
「肉食じゃないのに、何言ってんのさ」
「人化しちまえば、肉だって食ってんだろ? 俺は」
間違っちゃいないが、合ってもいない気がするんだけどね。それ。
「…じゃなくて、さ。その…とにかくそういう状況になったらね? それを使ってね?」
そう言いながら、俺はカムイの長い耳につけられたピアスを指さす。
「相手によっては、二段階まで上げていいから。気絶させるだけなら、二段階目で有効だし。三段階目だと、さすがに死んじゃうかもしれないじゃない?」
「俺自身が攻撃するのは、どうなんだ」
「加減してやってね? 死なない程度に」
苦笑いを浮かべながらそう頼むと、ボソッとカムイさんの本音がこぼれた。
「めんどくさっ」
ってのが。
三人との通話を終え、カムイさんとの話を終え、今日も心地いいクッションで眠る俺たち。
――――と、着けていたブレスレットから、着信を知らせる音がした。
『水兎さん!!』
寝ぼけながら通話を受けると、慌てた様子のイチさんの声が俺を呼ぶ。
「どうしたの? 何かあった?」
カムイさんも目をこすりながら起き上がって、会話を聞いている。
『状況が変わりました! 夜が明けて、あと二日後の予定でしたが、今日…これからになりそうです。急で申し訳ありませんが、対応をお願いできますか?』
カムイさんと見合う。
「なんでまた、こんなに予定が早まったの?」
天気のことだから、状況が変わることなんかいくらだってありそうな話。そう思うのに、聞かなきゃいけない気がしたんだ。
『……っっ』
イチさんが息を飲んだ気配がした。
「言いにくくても、教えてください! イチさん。状況が状況なんですから、情報を共有してくれなきゃ…困ります」
イチさんが情報をもらしたことでの責任を、俺にも…と誘導する。きっとそれをイチさんほどの人なら察していそうだと思いながらも、彼に言ってもらうほかない。
『…あっ…のアホどもが』
そう口に出した瞬間、理解してしまった。
『天候への干渉と、さらなる被害の拡大が予想される魔方陣を…空に広範囲で放ちました。魔法課にはもちろん解析を頼めないので、外部に声をかけて解析したところ…時限機能つきの魔方陣で。残り3時間ほどで、その中の魔法のすべてが行使されるという話で…。……クソッ。なんでこんなことを…』
冷静に説明をしてくれたものの、イチさんの怒りは相当だ。そこに住んだのは短い俺ですら、ありえないと思っているくらいだ。
「ほーんと、クズでクソだな。何が理由でそれをやってんのかは、まだわかんねえの? イチ」
カムイさんがイチさんに話しかけると『くっだらない理由ですよ。自分の力を示すとかなんとか』と怒りを何とか抑えたような低い声で呟いた。
「…はっ。どーしよーもねえ奴ばっかだな。……なあ、アペル。これでもやっぱ二段階か? 三段階でもいいんじゃねえの?」
カムイさんが怒っている、静かに。
『え? 二段階? 三段階…ってなんの話ですか?』
イチさんに、時間もないからとかんたんに説明をする。
『ああ…。自衛のアイテムですね? 自分らのためなら、卑怯な手も厭わないでしょう。三段階目、使ってしまっていいんじゃないですか?』
イチさんから、カムイさんへ。殺っていいですよという許可が出たようなものだ。
「イチがいいってんなら、やってもいいな?」
「いやいや…ダメダメ! 俺がちゃんと罰するから、手出ししないでよ!」
誰にも言わずにいたことを、二人に明かす。どうやるかまでは、明かさないけど。
「は? お前…やれるのか? 相手をどうにか出来るのか?」
カムイさんが食いついて、俺の服をがッと掴んで揺さぶる。
「手段は考えてあるから、とにかく動けなくするだけでいいから。…お願い」
改めて二人へ釘を刺して、すぐさま転移する準備を始めた。
「とりあえず、イチさんが今いる場所に飛んでもいい?」
そう俺が聞けば、イチさんがまた息を飲んだ。
「急な再会で申し訳ないけど」
とだけ言って、「行きます」と言ったと同時に『テレポート』と呟いた。
カムイさんを俺の腕の中に抱きしめて、一瞬で転移する。
「……水兎、さん…」
その声で、転移が成功したんだと気づく。初めての長距離転移だ。
「…久しぶりですね、イチさん」
イリュージョンをかけていない状態での再会に、すこし緊張する。
「お? お前がイチか」
カムイさんが腕の中からイチさんに話しかけると、ポカンとした顔をしていたイチさんが、すこしだけ前かがみになって手を差し出した。
「はじめまして、カムイさん」
そういって、二人が握手をした時だ。
「イチさん! 連絡は付きましたか! って、ええ? 早ぁっっ!」
勢いよく開けられたドアの向こうから、ナナさんが毛並みを乱しながら現れた。