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手続きは時間がかかるもので



猫に…いや、齋藤に……。


(どっちで呼べばいいんだ。なんか落ち着かないな、決めかねてて)


どうでもよさそうなことを、延々悩みながらひたすら歩いていく。


山奥ってほどでもなかったようで、意外と早い段階で遠くに街らしいものを確かめられた。


「ここからは、もう少しでバスが来ますので、バスでの移動になります」


「…バス」


「はい、バスです」


開けた場所に出たなと思ったら、急に文明を感じるようなワードが出た。


バスなんてもん無さそうなイメージを勝手に持ってたから、遠くに見えている街はどんなもんかとすこしソワソワする。


『…え。茶色に青だけでもおかしな配色だったのに、青が消えて今度は黄色?』


なにか言葉が聞こえた気がしたけど、聞き取れず。首をかしげたまま、やっと近づいたバス停へと急ぐ。


バス停に着き、並んでその時を待つ俺と猫の齋藤。


…が、俺の方を見ているその猫の齋藤が、眉間をぎゅっと寄せて口元は歪みだした。


「え…なに? 俺、なんかした?」


そんな険しい表情をされる理由がわからない。


さっきから何か様子がおかしい。洞窟のところで初めて会った時のような態度じゃなく、なんていうか汚いものを見るとか嫌なものを見る目つきと態度なんだ。


腕を鼻先まで上げて、クン…と嗅いでみる。


「変な匂いしないけど、俺にはわからない特殊な匂いか何かなのか?」


そういいながら、何度かクンクンと嗅いでみる。


降りにくい話題かもと、こっちからその話題に触れてるっていうのに、反応が鈍い。


ってことは、匂いじゃないってことなのか? どうなんだよ。


「ね、何が嫌で俺をそんな顔で見てるの?」


普段は上司にだってこんな風に即時質問なんてしなかったのに、なんだかわからないけど今はすぐに聞いた方がいい気がして。


「ね、齋藤さん」


曖昧な状態に輪郭をつけたくて、繰り返し問いかけた俺。


「あー…いえ、水兎さまがどうというものではなくてですね、単純に趣味嗜好の問題といいますか。お色が」


趣味嗜好。…それと、色?


「色」


「…はあ、まあ、お色が」


何の色? とさらに深く聞こうと思ったタイミングで、淡い水色にえんじ色のラインが数本入ったバスが目の前で停まった。


バスには多分、なんちゃら交通とかなんとか軌道とか書かれてるのかな? 記号っぽいものが、バスの側面に書かれている。


文字なのかもなと思いながらそれを読み、あれ? と首をかしげる。


さっきは、猫の齋藤の文字をそのまま読めた。手にしている日記みたいなものの表紙だって、普通に日本語表記に見えたから、言語は問題なさそうだなってホッとしてたのにな。


なんて思っていたら、目の前でその文字がぐにゃりと歪んで、日本語へと変化していった。


目で見た分に関しては、読める形に変化するまでタイムラグがあるってことだろうか。


開いたドアから、猫の齋藤に続いてバスに乗る。


「あ、あぁ。整理券のシステムは同じですので、必ず取ってください。取り忘れると、始発のバス停からの分を支払わなければならなくなりますので」


そこも同じなんだなと思いながら、整理券を指先で摘まみ取る。


乗り込んでから、右側の奥の席に並んで腰かける。


バスの運転手のそばにあるモニターっぽいのには、次のバス停の案内とこれまでの整理券の番号ごとに金額が表示されている。


数字は同じ扱いなのかな。と、いうか、俺…バス代ないな。


整理券を指先で持ったまま、小声で猫の齋藤にバス代について聞けば無言でカード状のものを渡してきた。


「運転手の横にある機械に、これをあてる場所がありますので、それにて支払いを。先に私がおりますので、その時にどこにあてればいいのかをご覧になって、それを真似てください」


なるほどどうなずきながら、カードを受け取った。


交通系カードか。そういえば、通学の時にあったっけ。職場に関しては、帰りがまともな時間じゃないから、定期を買うって感じじゃなかったな。その時々で使う交通手段は違ったし。


(ま、歩きかタクって帰るかってのがメインになってたもんな。ここに来る直前あたりは)


定時帰りに憧れたなー…とか思い出しながら、遠い目をする俺。


『えー…また青混じるのー? ずいぶんと落ち着かない人なのねぇ』


窓の方へ目をやる俺と、また俺のどこかをみている猫の齋藤を視線がパチッと合う。


ただし、口先でなにかをボソッと呟いたのが耳に入った時に、だ。


「…なに? 何か言った?」


俺を見る目が、どうにもいい印象じゃなさそうで。


「言いたいことがあったら言ってほしいんだけど。そんな顔でジロジロみられて、気分いいわけないだろ」


行き先がトイレだっていうのがあれだけど、案内をしてくれる相手がこんな風に見てくるのは面白くない。


「……っっ、申し訳…ありません」


こうして謝ってきた時点で、自分が何をしたのかわかったってことでいいのか?


「…はあ。仕事で俺に付き合ってくれてるんだとしても、仕事ならなおさらちゃんと取り繕ったら?」


そういう態度をしていたあたり、俺を下に見ていたとか、悪意を持っていたとか、好みじゃないとか、俺との関係が悪くなっても気にならないような相手ってことを、俺に伝えていたことになるんだけど。


「あんたがいくつで、働くようになってどれくらいなのかも知らないけどね? あんたがみせる態度で、あんた自身だけじゃなくその組織への心象も悪くするってこと…覚えておきなよ? すくなくとも、俺はそうだって教わってきた。あんたにそれを教える人がいなかったのかもしれないけど、覚えといて損はないと思うよ」


あのクソみたいな職場で、たった一人だけいた後輩を思い出しながら話をする。


あっという間にいなくなった後輩だった。


愛想だけはよかった上司に舐めた態度をしてて、結果的に怒らせたらイカン人って気づけなく。明日から来なくてもいいと、切って捨てられていた。


(織田、元気にしてるかな)


話をしながら、いろんな感情が胸の中にうずまいていく。


悲しさも、切なさも、腹立たしさも、そして戸惑いも。


何ともいえない気持ちに、痛みをおさえるように服の上から胸元をぎゅっと握って顔をしかめた。


『よくわからないグラデーション……』


さっきそういうのをやめてほしいって意味で伝えたはずなのに、猫の齋藤はまたなにかを呟いていた。


「…はあ。今度は何なの」


なんて言ったのか教えてくれと暗に聞くと、無意識だったのかしまったという顔で両手で口を隠した。


パッと見、肉球を自分の口にくっつけただけにしか見えないんだけどな。口、地味に横にデカいから隠しきれてない。


さっきからの様子でいけば、この猫の齋藤は、思ったことが口から勝手にもれまくるのかもしれないな。


素直っちゃ、素直。でも本当に相手との相性が悪きゃ、いちいちツッコまれても仕方がないぞ。それ。


「俺にとってあんたがどんな存在で、どんな役目を背負ってここにいるのか知らないけどな? ほんっと、それ、いつか大損するか大怪我するから気をつけた方がいい」


ここまで来ると、呆れてしまうし、大丈夫かと心配にもなった。


「…な? 口に出す前に、一回ためらえ。…わかったか?」


俺の手のひらを猫の齋藤の頭にある耳と耳の間あたりにポンとのせ、真っ白な毛を撫でつけるように数回動かす。


織田にもこんな風にやってやれたらよかったのかな。


頭を撫でるとか、男同士でやらんけど。


(ま、女相手だと、セクハラとか言われそうな行為って訴えられかねんな)


猫の齋藤は、戸惑いを隠せずって目つきで口元から手を外して無言で俺を見ていた。


撫でるだけ撫でてから「で、どこらへんでおりるの?」と違う話を振る俺。


「あ…っっ、ああ! ええと……ここからだと5つ先のバス停でおります」


そんな質問が来ると思っていなかったのか、わたわたと慌ててモコモコの指先でまっすぐ先を指さして告げる。


「意外と近いんだな」


「そう、ですね」


言うことを言ったからか、ここに来てすぐのあたりよりは、心が凪いでいるって感じだ。


停まるたびにバス停をカウントし、5つ目でバスをおりる。


「ありがとうございましたー」


なんて言いながら、カードでバス代を手慣れた感じで清算して。


俺がそう言いながらおりる時、運転手の茶色のクマっぽいのがビックリしていた。


(そんなに珍しいことかね? 元いた場所じゃ、普通にバスやタクシーから降りる時は言うもんだろ?)


自分の中の常識が、他じゃなにかおかしいのかな。でも感謝に関しては、そこまで常識外れになることもないとおもうんだけど。


先にバスをおりた猫の齋藤が、俺がおりたのを確かめて踵を返す。


「こちらです」


そう言って歩き出した先にあるのは、大きなグレーの建物だ。


パッと見、コンクリー打ちっぱなしな感じの、バカでっかい建物。


ドアを開けて中に入ると、猫の齋藤がこっちだと指さしながら先に先にと歩いて行ってしまう。


「そんなに急がなくたって」


とか文句を言いつつその背中を追った先に、どこか元いた世界の男女を識別するマークが描かれた小さな看板を見つける。


「こちらのマークの方へどうぞ」


手のひらを上にして肉球を見せながら、トイレらしき場所を示す猫の齋藤。


多分、俺と同じ姿かたちだったら、指を揃えて差し出している感じになったのかもな。


「あー…じゃ、行ってきます」


そこまでトイレに行きたかったつもりはないんだけどなと内心思いつつも、この後がどういう展開になるのかわからないので、ついでに行っておく。


トイレにあるものも仕組みも、ほぼ今までと変わらない。


環境が違わないというのは、新しい場所で過ごす上で地味にデカい要素だ。


用を足して、手を洗いながら顔を上げる。


目の前にはトイレにありがちな洗面台の一面いっぱいの鏡。


「ほんっとー…に、俺じゃ……ないな」


どう見ても少し幼くなってる。これ、いくつ設定だ? 


鏡に顔をくっつかんばかりに近づけて、まじまじと自分の顔を見つめる。


「名前しかわからんって…マジかよ」


ガリっと頭を掻いて、盛大なため息をつき。


「とりあえず出るか」


鏡と見つめあう姿は目立つので、まわりの視線から逃げるようにトイレを去った。


「あぁ、よかった。スッキリ出来たようで」


笑顔で、それなりの声量で、スッキリとか言わないでほしい。


「ちょ…待て! わざわざ言わなくてもいいことだろ」


と、人差し指を立てて静かに! としてみせると、何がダメだったのか本気でわかっていないようだ。


首をかしげながら、ニコニコと笑ってるだけだ。


もういいやと半ばあきらめて「で?」と話を変える俺。


「俺はこの後どうすればいいのかわからないんだけど。…今期の決算前の漂流者って言葉について、説明してくれる相手がいるんだったよな? 担当者が別って言ってたはずだし」


時間はかかったけど、話を何とか戻したい。


「そうですねー。その前にですね、こちらで住むためのお手続きをお願いいたします」


そう言いながら、案内でもするかのように肉球を上にした状態でこちらですといった感じで先に歩いていく。


「では、こちらで番号が書かれた紙を……っと、こちらを持ってですね、4番窓口へ。順番が来ましたら、この番号で呼ばれますので、お話をしてください。4番が終わりましたら、1番に案内されますので、その番号は無くさないようにお願いします」


説明をしながら、4番と書かれているらしいク窓口が並ぶ場所へ連れて行かれる。


「私の案内はここまでです。それでは頑張ってください」


なんて言ったかと思えば、軽く頭を下げて猫の齋藤は去っていった。


手元には132番と書かれた紙と、日記っぽいやつ。それと、さっき手渡された交通系のカードっぽいの。


「これ、返さなくてよかったのか?」


猫の齋藤を追いかけようと思ったのに、気づけばその姿はどこにも見当たらない。


「どんだけすばしっこいんだよ」


足が速かったのか、それとも違う意味で消えたのか。


なんにせよ、今から手続きだかをする時に、ついでに聞いてみよう。そう思った。


ガヤガヤと、日本語らしいのやら聞きなれない言語があちこちから聞こえてくる。


さっきのバスに書かれていた文字は、タイムラグはあったけど日本語に変化した。


順番を待ちながら、ここに来るまでに気づいたことや聞いたことを整理していく。


「そういえば、猫の齋藤。最初はすごく砕けた口調だったのに、急に仕事モードにでも入ったのか口調変わったよな。…それから、なんかひとり言多かったし。もしかして…情緒不安定だったんじゃ」


そんな奴に対して、説教めいたことを言ってしまった。


「要・反省…っと」


足をプラプラさせながら、天井を仰ぐように顔を上げた。


やがて132番が表示され、4番の窓口へと俺は向かった。


そうして順番に窓口を回っていきながら、この場所についての説明を受けていく。


猫の齋藤が俺に確認していた『今期の決算前の漂流者』については、毎年漂流者という扱いの異世界からの訪問者がやってくるらしいが、決算前か否かで扱いが違うらしい。


毎年、漂流者に対しての予算が計上されているって話なんだが、決算前にその予算を使いきっていない場合に、強制的になんの目的も目標も与えられない人間が召喚されるという。


数百年に一人がそれに該当し、その対象者についてはここでの生活に対して手厚い補助金が支払われると。


本来であれば、何かしらのジョブが与えられるはずの異世界からの訪問者なのに、予算を使いきれなさそうだという理由だけで、正直誰でもいい人が召喚されたようなものだとも。


「なので、水兎さまに関しては、この後の俺の人生ラッキーで満たされているとでも思っていただければ」


とか最後に向かった5番窓口のおばちゃんあらいぐまがケラケラ笑いながら言ってきたんだけど、俺は安易にラッキーとか思えず。


「それでは、これですべての手続きが完了しましたので、こちらの鍵をお持ちになって、新居の方へどうぞ」


なんてことを言われたって、今までの暮らしとは違った意味で先行きが不安になり、モヤモヤしていた。


手渡された鍵と日記っぽいのと、手続きをしていく中で増えていったいろんなマニュアルのプリントを手に、初回限定で新居に転移出来るというドアを開けた。


一瞬の眩しさの後に目の前に現れたのは、なぜか超和室で。


「…掘りごたつ」


昔、まだ祖母が生きていた時によく入っていた掘りごたつに、思わず口角が上がってしまったんだ。



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