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カムイさんの裏の姿


「…うわあ」


思わず声がもれる。普通のファストフードだ!


数日の洞窟生活の後に、いきなりすごいのキター! と顔には出さないが、かなり喜んでいる俺。


「行こう! 早く食べよう、カムイ!」


ガキみたいだなってわかってるけど、大騒ぎはしてないんだから、この程度の喜びようくらいは許してほしい。


「わかった、わかった。食いに行くぞ。……が、その前に、だ」


と、カムイがオアズケと言わんばかりに俺の足を止めた。ちょっと待て、と。


「な、なに? なんで?」


ハンバーガー屋に行きかけた足に、カムイさんがしがみついてくる。行くな、と。


いやいやいやいや、めちゃくちゃ可愛いのはわかってるけど、それが欲しいのは今じゃないんです。カムイさん。


「このタイミングでここまでして足止めするの、ちゃんと理由あるんだよね?」


カムイさんを見下ろしながら、若干睨むように見下ろす。


「…んな目で見てくんなよ。理由は今から説明する。ちょっとばっか、あることを忘れてただけだ。…だーかーらっ、恨みがましい目で見てくるな! 店が今すぐに閉まるわけじゃねえんだから、すこしの時間くらい俺によこせ。飯を食うために必要なことだ。…こっちだ、こっちに来い」


食事に必要なこと? どういうこと?


しがみつくのをやめて、人気がない場所へと連れて行かれる。


「え…ナニゴト?」


渋々といった(てい)でついていくと、ここに来るまでの人気(ひとけ)がどこに行ったのってくらいに静かな場所にたどり着いた。


「あとでここにまた戻ってくるからな? 場所、ザックリでいいから覚えとけ。それかマッピングの方にマーキングしとけ」


と、まだ俺ですら覚えていないマッピングの機能を口にした。


「そんな機能あったんだ…」


ポカンとする俺に、「なんだ、知らなかったのか」と言ってからカムイさんは自分の方へと右手を向ける。


そうして呟いたのが『人化』という呪文か何かわからないもの。


「…え」


それを呟いたと同時に、カムイさんがほのかに光ってからその姿を変えていった。


最初に身長がグンッと縦に伸び、一気に俺の目の前に俺よりも高さのある形へと。そして、頭だろう形に、今までなかった髪の毛のシルエットが現れた。肩を超す長い髪。全体的に細身のシルエットが、パシッという乾いた音とともに光が消えてなくなったと同時に目の前にあった。


「…うっそだろ」


代わりにいきなり現れたのが、紺…いや、藍色か? そんな髪色のストレートの長髪に、切れ長の目に宝石みたいな紅の瞳を宿して…。口元には、色気漂うホクロが一つ。片耳には長めの細いプレートつきのピアス。…え? 普通の耳、あるの? だって、頭にうさ耳ついてるよね? 色気がある上うさ耳つきだと、綺麗&KAWAII(カワイイ)まで装備とか、やりすぎでしょ。


っていうか、トータルしてめちゃくちゃイケメンなんだけど? どういうことなの、カムイさん。


服もちゃんと着ていて。元いたとこのチャイナっぽい作りのふくらはぎの半ばまでの丈がある上着を着て、細い足にピタッとしたパンツ。…いや? なんだっけ、ほら。レギなんちゃら…。ファッションに興味ないと、こういう時に語彙力なさすぎて困る。


服装のイメージのせいか、拳法とかやっていそうでもあり。…あぁぁあああ…。ダメだ、この人。


「カムイ…」


「ん? なんだ」


ああ、やっぱり声はあのままか。イケメンな上に、声もよくて。いろいろ持ちすぎだよ、カムイさん。


俺の心にある今の気持ちを、正直に伝えよう。


「俺、お腹いっぱい」


お腹は空いているはずなのに、お腹も胸もいっぱいな気がしてそう呟いた。


「訳わかんねえ」


口の悪さもそのままだ。


「俺の癒しがなくなった…」


首のもふもふがない。あれ、ふかふかで触り心地いのに。


「いよいよもって、訳わかんねえ」


カムイさんは眉間にシワを寄せて、不機嫌さを露わにして。


「ほら、行くぞ。お前が食うか食わないかは別として、俺は腹が空いてんだ。この格好なら、しこたま食える。要するに容量をあげたっていえばいいか? あの体だと食えるものも限られている。この体の時にしっかり食って、それをすこしずつ消費するためにさっきまでのホーンラビットの姿に戻す」


といって、少し長めの前髪を指でスッと避けると、ひたいにかすかに小さな魔方陣みたいな紋様がある。


「ここに、あの角を隠してある。認識阻害に近いもんだな」


そこを指先でトントンとして、ニカッと笑う。


あのもふもふの下には、こんな笑顔が隠されていたのか…。武器が多すぎないか、カムイさん。


カムイさんの説明は分かった。ようするにうさぎのカムイさんは、省エネモードだ。


ホーンラビットっていう魔物の割に人の暮らしに詳しすぎるとは思っていたけど、こういう姿で人の中に混じっていたら情報収集には事欠かなさそう。


「…了解。じゃ、カムイのためにも食事行こっか」


「ん? 急に行く気になったか。お前もしっかり食えよ? 自分で戦って手に入れた魔石を売った金で食う飯だ。そういう感覚も、久々なんだろ?」


何の気なしに言ってくれたんだろうけど、カムイさんがただ空腹で食事をって言ったわけじゃない…?


「労働にはご褒美っていうだろ」


何の目標も目的もなく生かされていた、こないだまでの環境。それをどこか苦手に感じていたこと、憶えてくれていたんだ。カムイさん。


「ん…うん! 食べに行こう!」


カムイさんと並んで歩いていく。たしかにこの見目なら、28とか言われたら納得だ。


身長は俺よりもずいぶん高い。俺のこの身長で、170はあったはずなんだけど。


「ん? なんだ」


俺の視線に気づいたカムイさんが、見下ろしてくる。普段見下ろすのは俺の方だっただけに、新鮮。


「いやぁ…背が高いなってさ」


「あー…、いくつだっけな。185くらいあったはずだぞ。それか190?」


どっちにしても俺より、明らかにデカい。


「それなら、いっぱい食べられそうだね」


「おう! いっぱい食って、しっかり溜めておく。食うだけ食ったら、しばらく俺は自力で歩かねえからな。移動は、アペルにまかせたぞ」


「え、なにそれ。全部事後承諾ばっかりじゃない、カムイ」


「ってもよ、アペル。今まで誰かと一緒ん時に、この姿になったことねえんだよ」


「なら、今までは食べた後はどうしてたの」


思って当然の疑問を投げかけると「その場で寝てた」とか言い出す。


「迷惑な客じゃん」


「あー…まあ、それは否定しない」


自分でもそれはダメだなって分かっていたようで、バツが悪そうな顔をしてる。


「ま、これからはお前がそばにいるしな? さっきの場所まではなんとか戻るから、戻った後はまかせた」


人目がある場所で元に戻らないんだったら、あの場所まで引きずって行くハメになるのかと思ってたけど、そこは何とか頑張ってくれるのか。


「あそこまで頑張ってくれるなら、いいよ」


と俺が返せば、またニカッと笑ってこぶしを握って「よっしゃ!」と素直に喜びを表現する。


うさぎの姿じゃないのに、可愛いとか…反則だ。


こうして同じ速度で並んで歩くって、すごく新鮮だ。


「さーて…っと、何食うかな」


メニュー表を見ながら、カムイさんがあれもこれもと注文していく。


「そんなに食べられるの?」


「おー、まかせとけ」


野菜多めのメニューが多いあたりは、うさぎだからなのかな? と思いつつもツッコまないでおく。


俺はというと、フライドチキンっぽいのが挟まっているやつ。


あのヒゲを生やした白いスーツきたじーさんが入り口に立ってる店の、あのバーガーっぽいやつ。


それとウーロン茶っぽいやつ。オニオンフライがあったから、それも。


なんていうか、揚げ物の高カロリーに飢えている気がして、心に素直に従ってみる。


食う気なかったのに、メニュー見ていたら急に食欲が出るとかいうね。体は正直だ。注文の最中も、腹の虫がやかましい。


「…うわぁ」


注文を済ませ、しばらくすると店員がトレイを二つ持ってきた。


あまりにも多いからと、席の方に持ってきてくれることになったからだ。


「初めて見たよ、こんな山になったハンバーガー」


マンガかアニメみたいだって思った。あれはああいう世界観だけの話なんだとどこか思っていたけど、実際にそれを目の当たりにして思ったことはというと。


「ん? そうか? 俺はいつもだぞ」


とかいうカムイに現実感がないなって感じで、目の前でどんどん減っていくハンバーガーを見つつ、自分のハンバーガーをボーッとしながら食べていた。


「ここ、野菜が新鮮でな。シャッキシャキで、好きなんだよ、俺」


こんなに食事で生き生きしているカムイさんは、初めてだ。もしもあの家に連れて行けたのなら、もしも…あのシステムがそのまま使えるのなら、カムイさんにいろんなものを食べさせられるのかな。


戻るつもりはないけれど、もしもの世界を妄想してニヤける。


どんなものを食べさせたいかって考えて、食べている姿を目の前のこの姿で想像して。


「…んふっ」


変な声が出た。


「おいおい、まーたおかしな状態になってねえだろうな」


あと残り三つまで食べたカムイさんが、指先についたソースを舌先でペロッと舐めながら呟く。


「おかしな…って、失礼な。ちょっといろいろ妄想してただけだよ」


と言い返せば「それがおかしな状態っていうんだ」と言いつつ包装紙を開いた。


「おかしなっていうなら、そっちの方がおかしいよ。この時間でそこまで食べるって、ちゃんと噛んでるの? 早すぎ」


飲んでいるんじゃないかって勢いだからね、減り方が。


「そうかー? 普通に食ってるだけなんだけどな? お前が遅いだけじゃなく、か?」


「俺は平均じゃないかな。特に遅いとか言われたことないよ」


「…ふぅん」


カムイさんがこんな感じに意味ありげに呟く時は、ちっとも”ふぅん”じゃないんだよね。


「どうせまた、そう思ってるのはお前だけとか言いたいんでしょ?」


オニオンフライを食みながら、拗ねてみせる。


「言いたかったこと、分かるようになったな。…ははっ」


年上ぶって笑うカムイさんは、本当に兄貴っぽいや。


俺は一人っ子だったから、兄弟がいる生活に憧れていた。兄貴か弟か妹がいたらって。姉貴は…なんか世話焼きすぎで口うるさいってのとか、いいように振り回されている友達の姿も見たからか、姉貴ってのはいいかなーって感じで。


だからか、カムイさんが兄貴っぽいのが嬉しかったりする。


うさぎの姿の時から十分すぎるほどに、あれもこれもと教えてもらったり助けてもらってるあたりが、本当に兄貴だったらこんな感じなのかー…と疑似兄弟みたいで内心嬉しく思っていた。


「たまーになら、その姿になってもいいよ」


カムイさんが頼んでいたスイートポテトっぽいものを一つもらって、ガブッと思いきりよく食べながらそう言った。


いつものもいいけど、この空気もいいなって。


「俺は、お前が飯の後の俺の世話がめんどくさくなきゃいいけど」


「いいよ、それくらい。カムイを抱っこするのは嫌いじゃないからね」


「…そっか。なら、たまーにそうする」


「ん」


先に食べ終わってから、まわりをじっくり見てみる。


帯剣している人が結構いるんだけど、女性にも帯剣している人がいるのが意外。


普通の剣じゃなく、かなり細めの剣とか、太ももに小さめのナイフをバンドみたいなので着けているとか。


「俺も武器の扱い方、知っておいた方がいいよね。魔法メインじゃ、ちょっと心もとないかも」


今後行く先が、必ず魔法がまかり通る場所ばかりじゃないかもしれない。アイテムや場所に何か仕込まれて、なにも打つ手が無くなる時だってあるかもしれない。


だって、俺は…。


「まあ、あれだ。誰にでも対抗できるっていう準備は、いくらあってもいいしな」


そうなんだ。誰にでも対抗できるように準備していなきゃ、いつ誰が俺を見つけるかわかんない立場なんだから。


「そういえば、お前のステータスで、その手の項目って見たことあるのか? 魔法の方ばっかみてて、スキルもこないだやっと気づいたばかりなんだろ? ここじゃなんだから、あとでじっくり確認してみような」


「…ん。そうだね。俺、自分にどんな武器があるかを、きちんと把握できていない気がする。カムイが一緒に見てくれたなら、見落としも少なくすむかもしれない…でしょ?」


「見落とすの前提かよ」


「見落とさないって自信ないからね」


「…おい」


さっきのマッピングの事だって、俺はまだちゃんといろんな能力とその使い方を把握していない。出来てないことばっかだ。


「やれること、増やしたい」


「ん。イイコだな、アペルは」


ハンバーガーを持っていなきゃ、いつものように頭を撫でられていそうな空気だ。


「あー…そういやあ、さっきの話だけどよ」


さっきの話? どれだろ。


「武器の扱いなら、俺が教えられるぞ。武器をこの街で買ってくか?」


さらっと、新しい情報が出てきた。


「え? カムイって武器扱えるの?」


ホーンラビットの生態について全く知らない俺。何が出来るとかどうやって戦うとか、全然知らない。


「っていうかね、カムイ」


「ん? なんだよ」


「俺さ、今更なこと聞いてもいい?」


そうなんだ。ずっとなんでかなって思ってたんだよね、カムイさんのこと。


「怪我して死にかけていたとこ俺が踏んづけて、そうしてああなったでしょ」


「まあ、ああなったな」


二人して略しすぎな気はするけど、まあいいか。


「カムイ、なんであの洞窟にいたの? それと、カムイってあの洞窟の中に他にも魔物がいたはずなのにさ、俺と出会う前ってどうやって戦っていたの? 魔法使えるとも、武器で戦うとも、格闘技術あるとも聞いてないから。どうやって生きていたんだろうって」


俺が疑問を投げかけると紙ナプキンっぽいので口元を拭き、それをぐしゃぐしゃに丸めてから。


「え? どうとでもやれるよ、俺は」


主語がなさそうな返事が来た。


どうとでもって、だからどうやって? って聞いてんだけど。


「こういうこと聞いていいのかわかんないけど、カムイって…俺より強いの? 弱いの?」


俺が守るって言っちゃった手前、もしも俺よりも強いなら失礼だ。


「強くもねえし、弱くもねえ」


って思いながら聞いたのに、またあいまいな返事が来た。


「どういうこと? ハッキリしてよ、ね」


うつむき、トレイのゴミをまとめながら呟く。


「だって俺、カムイに守るからとか偉そうなこと宣言しちゃったじゃん。…それでそっちのが強かったら、俺…」


その先を言い淀むと、今度はいつもとは違う重さが頭の上に乗っかった。


「安心しな。お前の方に強い部分がなきゃ、あの契約は結ばれない。それと何よりも俺がお前を信じてなきゃ結ばれない」


「…強い、部分?」


やっぱりあいまいだ。


「まあ、細かいことは今は説明しにくいから、今度実践込みでな。その手の経験値だけは、俺の方が多いから。その時だけ俺を師匠とか先生とかって呼んでもいいんだぞ」


「えー…。いきなり師匠? どうかな、それ」


「それとな、あの場所ではお前に経験値上げさせる必要があったから、俺が手を出さなかっただけの話。別に戦えないわけじゃねえよ。なんかあったら、俺だってお前を守ることができる。んー……お互い守りあうってことでいいんじゃねえの?」


トレイを持って、立とうとした俺。それを制して、俺のがいっぱい食ったしなとゴミを捨てに行ってくれた。


(ってことは、この後はあの場所に戻って、カムイを抱きながら買い物…かな)


前の世界じゃ、俺が住んでいた日本は特に武器を常に装備していなきゃって生活じゃなかった。だから、正直いって、そういう生活になるのかと思うとドキドキする。


でも、備えあればなんてやつじゃないけど、何も対抗手段を持たないよりはある方がいい。


(そういえば、あの二人は最初に会った時は帯剣してたっけ)


俺が剣の使い方とか覚えたら、驚くかな。相手なんて、してくれないよね? 初心者の相手なんて。


「おーい、アペル。そろそろ行くぞー」


「あ、うん」


ほんのちょっとしか一緒にいなかったのに、思い出らしい思い出もそこまでないはずなのに、なんでこんなに思い出しちゃうんだろう。


錬金術で創った、二つのブレスレット。


二人に届けたいけど、いつ…届けられるかな。勇気が出るかな。


カムイさんは俺を待ってくれていて、こっちだと親指を立てて方角を指し示す。


「ほっとくと寝るってんだろ。戻ったらそこまでじゃなくなるから、早く行くぞ?」


「ん。待たせてごめんね」


「…気にすんな」


そういいつつ、俺の頭をひと撫でしてからクシャッと笑った。



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