表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/66

生きるためには、必要なもの



カムイさんと一緒にややしばらく歩き、街の端らしき場所へたどり着く。


呼ばれたわけでもないのに何の気なしに振り返る。地形に詳しくもないのに、なんだか向こうが数日前までいた街のような気がして。


ちらっとカムイさんの方へ向くと、黙って俺を見て、その方を見て、ため息を吐き「行くぞ」とだけ言い、先へと進まれた。もしかしたら、合ってたのかも。


(あっちの方、か)


洞窟を出た先はすこしだけ高台で、かすかに見える大きな緑に囲まれた中の茶色の塊が元いた街な気がした。


場所を知ったからって、戻る気はないんだけどさ。うん。


「雨が降りそうだな」


ややしばらく歩いていくうちに、空模様が怪しくなってくる。


「コッチの世界にあるのかわからないけど、俺って雨男らしいからさ」


「雨男」


「うん。俺が外に出いる時に、雨がよく降っていたんだよね。何かのイベントの時なんか、雨が降ったらよく文句を言われてさ」


とかあの謎システムについて話をすれば、カムイさんは「わかんねぇな」と吐き出す。


「なにが?」


なんで不機嫌になったのか疑問で聞き返せば、「だっておかしいだろ?」とさらに文句を言う。


「お前がいた場所にどんだけの人間がいたのか知らねぇけど、雨男ってのがお前ひとりじゃないだろ? それに、雨男ってのがいたんなら晴れ男だっていたはずだ」


「あー…そんなのもいたね。天気がよかったら、晴れ男のおかげ…みたいな」


「それだよ! それ」


そういって、俺を指さす。


「雨がふれば、雨男の”せい”で晴れたら晴れ男の”おかげ”って、なんでマイナスの言い方しかされない? なんで雨が降ると悪い?」


「え? だって、降ってほしくない時に降るからでしょ」


当たり前のことをなんで? と俺は首をかしげる。


「そもそもでよ、お前らがいた場所にその手のスキルってもんが存在していたわけじゃないっぽいしな。神でもなきゃ雨を好き勝手に降らせることは不可能じゃねぇの? それを人のせいにして、お前のせいでダメになった! みたいな物言い。勝手が過ぎんだろ」


そんなこと、幼い時に何回も思ってたさ。自分のせいじゃないのに、なんで文句言うの? みんなと一緒に運動会をしたくて、てるてる坊主を何個も作ってぶら下げてお願いだってしていたのにってさ。


だけどこんな風に文句を言って、怒ってくれる誰かなんて今までいなかったな。文句じゃなく、ただ残念だったねって言葉だけはくれたけど。


「お前は、人を困らせたくて…んなことやる奴じゃねぇよ。んな度胸もなさそうだしな(笑)だからよ、雨男なんて名前…捨てちまえよ。アペル」


と、ここまでカムイの言葉を聞いて、やっと気づけた。


(そっか。俺のために怒ってくれたのか)


「…カムイ。抱きしめてもいい?」


胸の中があたたかくなって、嬉しさのあまり抱きしめたくなる。なんだろう。カムイが向けてくれる情に、まるで子供のように素直に喜びたくなってしまう。どんどん思考が幼くなりそうで、すこし怖いな。


「え? は? やだよ。お前の抱き方、激しいから。…いてぇんだよ。思いきりやるから」


前後の会話を知らない人が聞いたら、ちょっと怪しい会話になりそう。というか、カムイさんの声がいい声すぎて、いよいよもっていかがわしい会話に勘違いされそう。


「優しくするってば。…ね? 抱かせてよ」


そういいながら、カムイさんの言葉に続けた自分の言葉もダメだろうと思いつつも。


「ね? カムイ。お願い…ちょっとだけでいいから」


お願いを押し通そうとする俺に、やれやれって感じで腕を広げて「早くやんな」と俺を待ってくれていた。


「……カムイ! 大好きだよー」


ギュッと抱きしめようとすると、いい加減お互いに慣れたのか、顔を少し背けて角が当たらないようにしてくれるようになった。


そんな気づかいも含めて、やっぱり好きだなぁ。


「カムイぃいいいい」


「そ…っ、それだ…っていってんだろ? んぐぅ…俺を絞め殺すつもりか…ぐえぇぇっっ」


想いと腕の強さが比例しちゃうのかな?


「俺の愛情の重さを体で感じてよー」


「いらねぇ…って、マジで苦…っしい!!」


俺の体をタップしてギブアップを示してきたところで、腕の力をゆるめる。


「はあっ…はあっ…、アペル。お前、実は俺に恨みがあるとかじゃないよな」


「ない! ないよ! その逆だよ!」


「…ほんとかね」


なんて会話もここのところ一連の流れみたいになってきて、「ほんとだよ」といつものように俺は返す。


俺の腕から地面に降り立ったカムイさんは、数歩歩いてから90度くらい体の向きを変えて、もふもふの腕を正面へ向けたかと思えばボソッと呟いた。


「あっちが、ココ市だ」


って。


「ココ? 何の話?」


初めてのワードに、首をかしげる俺。


「~~~~っ…っ、だーかーらぁっ! お前が住んでた街だよ!」


さっき俺が顔を向けていた方にあった、あの街の塊みたいなとこ。それを、ココ市って場所なんだと教えてくれたようだ。


それとなくって感じで教えようとしてくれたみたいなのを、俺が潰したみたいになってしまった。


照れくさいのか、怒ってるのか。カムイさんの耳が、ほんのり赤い。


「自分がいた街の名前くらい、知っとけ!」


そうなんだよね。街の名前すら知らずにいたっていうね…。移住の手続きをした時に、もうちょっと気にしたらよかったのに。


「ごめんね」


「ったく」


気づかなかったのか、単に興味がなかったのか、聞いていたけど忘れちゃったのか。


「ココって街の名前だったんだな、あそこは」


言葉にしてみると、不思議なくらい実感できてしまう。あそこに俺はいて、そこから逃げてきたんだってことを。


「…ん。雨、来るぞ」


カムイさんのその言葉に、俺はあの魔法を発動させる。重ね掛けじゃなくて、一つの魔法として構築させて認識させればいいって単純なことに気づけていなかった。というか、忘れていた。


ステータスのとこから、創造魔法は初回の時に登録できるとか書いてあったよね。国とかの魔法課とかなんとかに、別で登録も必要みたいだけどさ。


なんか名前を付けなきゃなと思った時に、パッと頭に浮かんだのがなぜかクラゲが海の中を悠々と泳いでいく姿で。


(でも、クラゲって直接的なやつはちょっと…)


設定画面に登録する名前を打ち込むまで、うんうん悩む俺。


「まーた、どーでもいいこと悩んでんだろ」


空を気にしながらも、俺の様子をちゃんと見ててツッコミも忘れないカムイさん。…好き。


「新しい魔法の登録名がね。それっぽいのは浮かんでるんだけど、直接すぎて嫌だなって思ってて」


ぽちぽちと名前の候補を打ち込んでは消して…を繰り返す俺。


「んー…、なら他の国の言語で…とかはどうよ」


「他の」


「他の」


繰り返しながら、それもアリだなと思い、浮かんだほかの国の言語が英語しかないやと気づく。


特に他の国の言語に興味があったわけじゃないからな。知る機械もなかったな、うん。


「…たしか…こんなんじゃなかったっけな」


ぽちぽちと文字を入力し、登録と押す。


『ゼリーフィッシュ』


形状が似てるだけで使われたクラゲ。俺の語彙力のなさを若干恨みつつ、思ったよりも可愛い名前になったなと口元がゆるむ。


オーロラとかなんとかでもよかっただろうけど、そこまで範囲デカくないしな。


…そっか、範囲デカいのだと名前を変えなきゃダメだよな。その時にオーロラなんちゃらって名前にすればいいかな。さすがにでっかいクラゲは、想像しただけで気色悪いな。


「範囲違うやつの名前も考えておかなきゃ」


そう言いつつ、登録したばかりの魔法を発動する。『ゼリーフィッシュ』と。


「魔方陣の真ん中に指先あてて、自分のだって認識させてね? そうしたら、雨に濡れない上にあの水がストックされるから」


カムイさんに、あの仕組みを実際に見てもらえるチャンスだ。


「あの水」


「そう、あの水。カムイが好きなあの水だよ」


程なくして雨が降り出す。しとしとって程度だから、そこまでじゃないな。あまり水が増えないかも。


「雨、もっと降らないと、水が思ったよりも増えないからね」


俺がそう言えば、カムイさんがこう言った。


「なんとかしろよ、雨男の本領発揮だろ?」


ってさ。


雨男であることを望まれたことがないから、俺はキョトンとする。


「自由自在に雨を降らせられるはずがないって言ったの、カムイだろ?」


「…だけどよー。どうせなら、見たみたいって思うのが…ほら…こうなんつーか」


手ぶり身振りでなにかを伝えようとしているんだろうけど、単純に可愛いだけだ。


「これから一緒にいるなら、そのうち見られるよ。カムイ」


カムイさんと一緒にいると、顔がゆるんでだらしなくなることが増えてきた。


いいことなんだって思うけど、その感情になれるにはまだ時間がかかりそうで、それまではきっと…照れてしまうな。


「へへ」


なんて感じで。


他愛ない話をしながら、二人で歩いていく。街の端の方に差し掛かってくると、一気に人の気配が増えた。


ココ市と、そんなに違う感じはしない。人も獣人もいる。カムイが言っていたように、いわゆるラフな普段着が多い。


時々ガチで上から下まで武装しているっぽい人もいるけど、腰に帯剣だの、脚やわき腹付近にガンホルダーだのって、武器だけをわかりやすく武装をしている人もいる。


隠し持つって感じじゃなくていいんだ…へえ。


そんな人たちに混じって、中に入るための手続きをする。


カムイさんを抱きあげて、警ら隊っぽい人に従魔の証でもあるあの印を見せる。


俺自身については特になんの手続きもなく、すんなりと入れた。


「ようこそ、アノ市へ」


敬礼も元いた場所と同じだ。真似て返せば、相手がくしゃっと笑った。


「もしも移住をするようでしたら、この施設で手続きをお願いします」


街の案内図を受け取ると、役所らしい場所を彼が指先で示してきた。


「わかりました。教えてくださって、ありがとうございます」


ひとまずって感じでお礼をいい、その場を去る。俺は受け取った案内図を持ち、一点をジッと見つめていた。


「住むかどうかはひとまず置いとけ、アペル。相手に言われたからって、そうしなきゃってことはないからな? 観光って名目で街に来るやつは、五万といる。いちいち気にかけてやる必要なないぞ」


俺の様子で察してしまったか、契約のよくも悪いところなのか、気づかれたっぽいな。


「あー…はははは。わかってるってー」


力なく返す俺。いろいろバレすぎ。


元いた場所でだって、旅行っていう名目で他の街に行くことなんか普通の話なのに。なんでか重く考えてしまっていた。


「アチコチぷらぷらしてたら、そのうち離れたくないって思える街に出会える。その時になって、自分が置かれている状況や金や、いろんなことを考えた上で…それから決めたっていいじゃねぇか」


「ぷらぷら…か。したことないから、ぷらぷら出来る自信がないんだけど」


「んなもんに自信なんてもん、なくてもいいんだよ! 真面目か」


社畜みたいな生活をしていた弊害かな。そういうのがあまり得手じゃない。ココ市での生活だって、金を使ってくれたらって言われはしたけど、どこか落ち着かなかったもんね。


せいぜいあの謎衣装に金を使ったかなってくらいで。


「……え? あれ? …ちょっと待って。俺、あの家に置いてきてるってことは、あの服…」


「んー? どうした? 今度は顔が真っ赤だな」


しゃがみこんで頭を抱える俺に、あの手で頭をぽふぽふと軽く叩いてくるカムイさん。


「よくわからんけど、上がったり下がったり…忙しいな? お前の感情は。情緒不安定かよ…ったく」


しょうがねぇなーって感じでそう言いながら、叩いていたはずの手がそのうちイイコイイコに変わってて。


「何があったかは聞かないけどよ、済んだことはどうしようもないってことだ。…今度は何をやらかしたんだか」


そう言われても、説明のしようがない。


「恥ずかしいものを置いてきたって感じ?」


それ以上の説明のしようがないよ。恥ずかしいといえば恥ずかしいんだから。あの時のおかしなテンションが悪いんだ。


「あー…なら、なおのこと忘れちまいな」


クックック…と面白そうに笑いはじめて、イイコイイコをする手が激しくなった。


「痛いってば! もう」


痛いやら恥ずかしいやらで、カムイの手をそっと外す。


「でも、ありがと」


「ん」


さすが俺よりも年上※でもうさぎ年齢で2歳。


ひとまず、木の実ばかりだったから普通に何か食べたい。とはいえ、懐はすきま風しか吹いていない。スッカラカンだ。


「さて、と。換金できる場所探そうか。案内図にギルドっていうの? そこに換金のマークが描かれているよ? ミスリルでも換金しちゃおうか」


なんてカムイさんに話しかけたら、カムイさんは首を横に振る。


「そっちの道に入れ。まずは換金してもいいのか、損がないのか、ちゃんと見てからだ。それと、いきなりミスリルは金額と話がデカくなる可能性がある。まずは魔石にしておけ。…ほら、これとこれ。どうせ飯を食うとかどっかに寝泊まりって金がいるだけだろ? なら、こいつらだけで十分のはずだ」


脇道でインベントリを表示させて、こそこそと二人で相談。


あの黒いオブシディアン? 噛みそうな名前のは、ミスリルと同じで鉱物=宝石の扱いで、魔石とは別扱いだとか。


それも買い取ってもらえそうだけど、今すぐじゃなくてもいいかなって話で終わった。


あと、同じギルドでは、偽名でも身分証が発行してもらえるって。…え? 大丈夫なの? それ。


今回の自分にはありがたいシステムだけど、保安の部分で不安が大きいシステムだな。


「まずは、身分証発行。口座を開設。それと、魔石の買取。…で合ってる?」


カムイさんが、(多分)親指を立ててオッケーと示してくれた。


案内図に従って、ギルドへ。あの契約をした時のように、指先を針で刺して血を出して、それに魔力を纏わせて身分証になるカードに一滴たらす。


名前を書いたカードがかすかに光ってから、最初は白かったカードの色が10円玉みたいな色合いになった。


「変わった色だな」


カードを指先で摘まみ、持ち上げて表、裏…と何度もひっくり返す。


アペルと書かれた身分証が、なんだか不思議だ。


(詐欺でも何でもやりたい放題だな。こんなに簡単に身分証が作れるなら)


カードを受け取り、頭を下げて去ろうとする俺に、ギルドの職員が声をかけてくる。


紛失したら、必ず届け出てくれって。同じ血液から、同時に二枚のカードは作れないようになってるって。


誰かに自分のカードを渡してる間に、他の名前では作れないってことか。血液の方でっていうなら、さすがに血は偽れないよな。他の誰かの血を持ってきていても魔力を纏わせるから、照合してダメなら却下…みたいな?


まあ、完全に危ないってわけじゃないのかも。…どっかに穴がありそうな気はするけどね。


で、そのカードを持って、口座開設に銀行へ。


あっさり作れた口座に、まだ何も入れられないや。元いたところだと、最初にいくらか入れなきゃ開設できなかったのに、それがなくてよかった。無一文だもんね、俺たち。


口座のカードを手に、今度はさっきのギルドに戻って買い取りの交渉だ。


身分証と魔石を出して、鑑定をしてもらう。


傷も少なく程度もいいってことで、思ったよりもいい金額になったみたい。カムイさんも、またグッて感じの手をしてたしね。


カードにお金を入れてもらい、そのカードをかざせば買い物とかも支払いできるんだって。財布がないのはいいな。カード失くしたら大変そうだけどね。


とか考えていたら、ご飯の前にカード入れか小さいのでいいからバッグを買えって言われた。


カムイさんがいうことは、たいてい合ってる。ま、買いに行こう。おしゃれセンス皆無だから、選んでもらおうかな。


皮素材のなんていう色だ…これ。エメラルドグリーンだっけ? それがくすんだような色合い。結局なんて色?


その色のボディバッグみたいなのを買い、ポンと二枚のカードを収めて口を閉じる。


なんだろう。中身が寂しすぎるバッグだ。スカスカ。


ポンポンとバッグの上から何度か叩いていると、カムイが呆れたように俺を見上げていた。


傘が必要なら折りたたみ傘とか入れておけばいいんだろうけど、魔法でどうにかなるしね。


「ま、しゃあないか」


苦笑いを浮かべながら呟くと、「そういうもんだ」と言ってからカムイさんが先にぴょんとフードコートっぽい場所へと進んでいってしまう。


「そういえば、カムイって普通の食事って食べられるの? 木の実が主食なんだよね?」


アペルが好きなカムイさん。というか、普通のうさぎは人間と同じ食事は食べないもんだ。


前のとこの常識は、ここでは違うことも多い。


カムイさんが食べられるものがなかったら? 一緒に食べる相手なしで一人で食べるのも嫌だな…とかいろいろ考えていけば、不安が胸にあふれ出してくる。


そんな俺の不安や心配をよそに、カムイさんはある店を指してこう言った。


「あれ。あれ、俺好きだぜ」


って。


彼が指さした先にあったのは、元いた場所にあったある食べ物。


「あぁっ!」


試しに出てこないかなって思っていた、あの…。


「ハンバーガーじゃん!」


めちゃめちゃファストフードの趣がある、ハンバーガー屋さんだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ