そして、二人旅
愛くるしい顔をして、首をかしげ、名前を聞いてくるカムイといううさぎ。
声はイケボなのに、見た目がこれって…頭ん中がバグりそうだ。
せめてイケボな声に合った見た目にしてくださいと、どこかの誰かに乞う。行き先不明だから、願いが叶うわけないけどね。
「俺の名前は」
と言いかけて、言い淀む。
名前、水兎のままでいいのか? と。
もしもこのまま逃げるのなら、名前も変えた方がいいんじゃないか? 見つかる確率は、これでまた下がる?
ゴク…っと唾を飲み、カムイといううさぎへヘラっと笑いかけながら頼んでみた。
「俺、名前ないんで。…名前、つけてもらってもいい?」
自分で考えてもいいんだろうけど、系統的に似た名前にしちゃいそうでダメな気がした。
「名前がないって…お前」
目の前のうさぎは、その先を何も言わない。聞かない。
ハッキリと表情を読むのは難しいけど、俺に対して悪い印象は持たないでいてくれている。そんな感じがして、俺は言葉を続ける。
「今はまだすべての事情は明かせないけど、逃げてて。俺。前の名前はあの街に置いてこようって、今……決めたんで」
全部は話せないけど、大事な部分だけは明かそう。きっとそれが礼儀だ。
「訳アリ、ってか。…ふぅん」
そう言いながら、カムイ…さん(呼び捨てする感じにはなれないから、さん付けで)は、腕を組む。その仕草、反則だなぁ。ちゃんと話をしなきゃって思うのに、可愛さの方に頭がいきかける。
「ま、誰しもいろんなことがあるからな。人生生きてりゃ、いい時もありゃダメな時もあるってもんだ。が、ひとつだけ聞かせろ。…誰か殺したのか? それが原因か?」
俺を慰めてくれているのかと思ったけど、気になることだけは聞いてきたみたいだ。
「人は殺してない。そんなこと出来る心臓ないですって」
「そうか。人は殺してないか。まあ…いろいろあるよな。人生ってのは」
うんうんとうなずくその姿も、どう見ても可愛いです。カムイさん。いい話なんだろうに、ちっとも頭に入らない。
「じゃ…じゃあ、しゃーねえか! 俺が名づけ親になってやらぁ。どんな名前にしてやろうか。…いっぺん聞いたら、絶対に忘れないような名前にするか? それとも、バカみたいな意味を持つよその国の言葉とかよ」
「ちょ、人の名前で遊ばないでくださいね? カムイ…さん」
初めて名前を呼んでみる。反応が怖くて、ドキドキする。
「ん? あー…おう。さん付けしなくて、いーぞ。…えっと、名前がねぇと不便だな。おい」
俺が名前を呼んだ瞬間、また長い耳がほんのり赤くなった。照れ屋さん? もしかして。口は悪いけど(笑)
「不便…ですねぇ」
名前はあってもなくてもいいって…ちょっと思いかけていたけど、考えたらカムイさんと一緒に行くのなら必要かもしれない。意思の疎通とかもあることだし。
「カムイ…が、好きな食べ物の名前とかでもいいんですよ?」
心の中じゃ”さん”付けだけど、嫌がりそうなんで勇気を出して呼び捨ててみた。思ったよりも照れくさい。
なかなか決まらない時には、妥協案を出してみる。これは、いつか読んだビジネス誌に書いてあったっけ。役に立つ機会に恵まれなかったけど。なんせ、妥協してくれそうな人いなかったからね。
「食い物? 俺が好きな? ……んなこと言ったらな、アペルとか言い出すぞ?」
「アペル…?」
どんな食べ物だろう、それ。
「さっきお前が食っただろう? 赤くて丸い実だよ」
「リンゴのこと? あれ、アペルっていうの?」
あの実は、鑑定しても『APPLE』としか書かれていないから、なおのことりんごっぽいなって思ってたのに。
そのつづりを思い出しながら、最初に名付けた人のある可能性に気づく。
(アップルって読めなかったクチ? もしかして。あのつづりで、アペルって読んじゃった? 鑑定か何かしたのかな、その人。っていうか、なんで英語表記?)
まさかそんなはずないだろ? とどこかで思いつつも、可能性はゼロじゃない。…よね?
「それ、カムイは…好き?」
「美味いだろ、あれは。好きにならない奴がいたら、会ってみたいもんだ」
「…ぷ。そこまで言うんだ。……じゃあ、カムイが好きなものの名前でいい。アペルって名前にする」
「おい! そんな名前の決め方でいいのかよ」
決めた俺じゃなく、カムイさんの方が焦ってる。…ふ。いいうさぎさんだ。
「いいんだ。名前なんて、ただ誰かって認証するためのモノでしかないでしょ? いいんだよ、アペルで」
「お前なぁ…」
呆れたような声を出すカムイさんに、俺は笑っておねだりする。
「呼んで? アペルって。最初にカムイが呼んでよ」
口をポカンとあけて、呆れたのかな? って感じで俺を見上げているカムイさん。
「……ったく。しゃあねえからな! 呼んでやるよ。やっぱやーめたってのは、ナシだからな? …アペル」
うっわ。ムズムズする。照れる。恥ずかしい。
「なんで、んな…なよなよしたメスうさぎみたいに真っ赤になって顔を手で隠してんだよ。しゃんとしろよ、しゃんと!」
例え方が、やっぱりうさぎなのか。
「はははっ。やっぱり俺、カムイと一緒に行くの決めて…よかった。これからよろしくね?」
なんだろう。胸の奥がふわっとあたたかくなる。
「なんなんだよ、急に笑って。ゴキゲンか、おい」
口は悪いけど、俺が笑ってることを怒ったり嫌がってる風ではないな。うん。
「多分ね」
「多分ってなー」
へへへと笑い、顔を上げる。
眠って、美味いアペルを食べ、こうして笑っていられている。俺は。
(まだ…大丈夫そうだな、俺)
カムイさんと一緒にいたら、これっぽっちでも笑えるんだもんな。
「美味いアペルも食べたし、探索を続けてもいい? カムイ」
「おう! って、なーに探してんだ?」
って言いながら、土でもついていたのか手で体を軽く叩くカムイさん。…可愛い。
「あ…あぁっ。一瞬、意識がどっかに行ってた。…マズイな。…って、アレ探してる。ミスリル銀っての。創りたいものがあってね」
とか説明をした俺に、「はあ?」と首をかしげて険しい顔をしているように見えるカムイさん。
険しい顔つきになると、可愛い顔が一気に凶悪になるな。あの前歯で噛みつかれそう…。
「んなもん、この先の壁にあるぞ?」
カムイさんの言葉に、俺は自分の『サーチ』をかけなおした。
「…反応ない。え? 本当にあるの? この先に? ミスリル銀って、どういう感じで取れるの?」
サーチに引っかからないなら、引っかかるような探索の条件に変えなきゃいけない。
「石なんだからよ、石になってるに決まってんだろ? …あぁ、ミスリルは他の石と一緒に見つかることが多いな。んで、一緒の素材で阻害されてて見つかりにくくなってる場合がある。ってお前、どうやって探すつもりだったんだ?」
「え。魔法で素材を…探してました」
しらみつぶしでやるつもりか? みたいな勢いで言われたもんだから、思わず事実を漏らしてしまった。
「あ? 魔法? どんな」
「えー…と、その…探索の魔法で、探したい素材だけを狙うように…案内シテクレマス」
先生に叱られているみたいだ。
「んな便利な魔法があるか! ってか、んなやり方してっから、他の石に邪魔されてっと見つけられねぇんだろ」
そして、怒鳴るカムイさん。迫力は足りないけど、声だけは怖い。
「だってあるんですから、使うでしょう? 俺にはあるんですー。素材がどんなものかわからないから、その素材を指定して見つかって、初めてこれがそうなのか! ってなったんです。しょうがないじゃないですか! この世界の住人じゃないんだから、どんな形かなんて知らないし。見たことがなきゃ、探しようがないんですって!」
怒鳴り声に反応しすぎて、余計なことをまた…もらしてしまった。
「は? この世界の住人じゃない、だぁ?」
「すっ、すみませーーーん!」
「どういうことか、説明しろや」
「すごまないでぇー」
「聞いてんのか? おい。アペル!」
「可愛い顔ですごまないでぇ!」
「今、顔の話はしてねぇだろうが? あぁん?」
「なんでそんなにガラ悪いんですか!」
「俺は元からこういうしゃべり方だ!」
「知りませんってーーー」
――――とかいうやりとりを経て、今は明かせないとしんみり話したはずのこれまでの話をするハメになった。
その話のついでで認識阻害も解除することになり、素顔を晒すこととなった俺。
髪色を見られて、「どういう派手さ加減だよ、その髪は」って何とも言えない顔をしていた。多分。うさぎの表情、ワカリニクイ。
…で。最初は若干明るく話しはじめていたけれど、話が進むにつれて俺自身…胸が痛くなってきて。でもなんとか努めて明るく話をしたつもりだったんだ。
「うぉおおおおおーーーっ。んな、笑いながら泣くんじゃねぇよ! アペル」
ただ一つだけ、水兎という名前だけは明かさずに、それ以外のことを話した。それはきっと、カムイさんだから。
「お前はな? ちぃーーーーーっっ…っとも悪くねぇ。いいか? お前は、ちーーーーーーーぃっっっとも! 悪くねぇんだからな? そこだけは理解しろ」
って、俺よりも号泣しながら慰めてくれるうさぎだから…話せたんだ。
「あははっ。わかったよ、カムイ」
俺の目尻からはまだ、涙がこぼれてしまってて。
「あぁ、もう。俺が拭ってやらぁ」
なんて…俺よりも涙がこぼれまくっているのに、言葉は乱暴なのにふかふかもふもふの手で、グイグイと涙を拭ってくれる。
「痛いよ、カムイ」
「痛くしてんだよ、ワザとだよ」
ワザとだって言いながらも、俺が痛いって言った後には力をゆるめてくれてる。
「優しい! カムイ!」
思いきって抱きついてみたら、頬ギリギリにあの角が擦れてヒヤッとした。
「あっぶねぇな!」
驚いたのは、カムイさんの方で。
「それに、暑っ苦しい!」
耳を今までになく赤くして、俺を突き飛ばした。
「と、とにかくな! ミスリルがいるんだろ? お前がこれからを無事に過ごすために」
「うん。…それでなんとか創れるんじゃないかって思ってる。なんせ、初めての錬成だからさ」
「はじ、めて?」
カムイさんが、ちょいちょい固まる。俺が言うことの中には、カムイさんが知ってる常識から外れたことが多いようで、「わっけわかんねぇ」とよく叱られる。何で叱られているのかは、謎。
「そういうことを口にすんな。今後よそで暮らすんでも、自分がやれることを大っぴらにしすぎるな。お前はいつかやらかすぞ? 断言してもいい。テメェでテメェの首を絞めかねん。…今まで誰にも言われてこなかったのか?」
とか言われたって、そういう関係性の知り合いがいなかったからな。
「いない…な。お一人様のプロだからね」
「…あー…悪い。変なこと聞いて」
気を使ってくる、口の悪いうさぎが可愛い。
「いいよ、別に。気にしてない」
「気にしろ!」
「へへ」
こうやって俺の危うさや非常識さを、ちゃんと言葉にしてくれる人が出来た。人というか、口の悪いうさぎ。
「ほーら、また話が逸れた。ミスリルの話に戻すぞ? いいか?」
「あ、うん」
なんでか正座をして、話を聞きはじめた俺。もちろん、背筋はピンと伸ばして。
「…………なんだ、その格好は。って、まーた話が逸れそうじゃねぇか。ったく。……いいか? ミスリルなら、俺が探せる」
急だな、話が。
首をかしげている俺に、カムイさんはこう続ける。
石同士は、共鳴できるって。
呼び合うっていう感じらしいけど、よくわからない。
なんでもホーンラビットの角は、鉱物=石と同等だとかで近くなると角が熱くなってくるんだと。
「俺がこっちだってとこまで進んで、角が熱くなる場所を見つけたら掘れ。そんだけいろいろ魔法があるなら、道具なくてもどうにか出来んだろ? あとな、ミスリルは金になる。相場は…その時々だ」
最後をあいまいにしたな。
あの魔石の時みたいに、今日の買取価格っていうのを参考にしたら大丈夫か。でも相場がわからないとな。
「わかった。…じゃあ、多めに取れそうだったら取ろう。俺が錬成に使う分取ったら、他はインベントリに入れておく」
と返したら、そこでまたストップがかかった。
「お前のインベントリ、つまり収納魔法なんだけどよ。容量は?」
大きさの話かな。
「無制限」
即答する俺に、どうしたの? って思うほどに口をパッカーンと開けて驚いている。
「ん? どうかしたの?」
アゴが外れちゃうよと、アゴを手のひらでグッと持ち上げるようにすると、その手をペチッと叩き落とされた。
「ほら! まただ! お前なー…インベントリが無制限なんて、そうそういないんだぞ? 魔力の総量に関係するって聞いたことがある。無制限だとかその辺で世間話レベルで話せば、どっかに攫われて便利な荷物持ちにされてちまうだけだぞ? いいか? それに関しては、黙っとけ。よくわからないって。あとは、目の前でデカいものは出し入れしない。コッソリやれ」
「そうなんだ……。なんか、不便だね。俺って」
「いやいやいやいや、不便じゃなく…もしもいうなら不自由だろ。能力がありすぎて、相手を選んで事情を明かさねぇと、人生がどっちに転がるかってだけだ。ま、それでも…だ。それを不便だの不自由だのって思うかどうかも、お前次第だ。力があるやつは、取捨選択の幅が能力がないやつよりあるだけいい。…なきゃないで、あるもので満足できるか。他の選択肢を増やせる努力が出来るか…って感じだな」
カムイさんが、叔母さんの食堂によく来ていたおじいさんみたいなことを言ってる。
「カムイの年齢詐称疑惑…」
言うつもりなかったのに、ポロッと口からもれた。
「あ? 俺がいくつだと思って…」
「え? あ…っ、いや、その……そういう」
「まーた、やらかしたのか。お前は。気がゆるみすぎなんだよ、お前は」
気がゆるみすぎ、か。
「だって、カムイがいい人でさー。あ、うさぎか」
「…………はあ。もう、いい。俺の前だけにしとけ。ちなみに年齢は2歳だ」
今度は、俺の方が口をパックリ開けたまま固まってしまう。
指をちょきにして、「2歳?」と聞き返す。
「しつけぇな。2歳だってんだろ。言っとくけどな、俺らは1歳で成人だ」
「え。うさぎの成人って、1歳? 俺たちの年齢換算でいくつなのかわかんないよー」
「お前らの感覚でか? …あー、っと…1歳で20。2歳で28だ」
「上ぇええ? まさかの年上? そうじゃないかなって思ってたけど、本気で年上?」
「…んだよ、さっきからやかましいな」
「いや…だって」
たしかに言っていることが大人びているし、いろいろ人生経験ありそうではあるけど。
「見た目、こんなに可愛いのに28歳とか…詐欺だ。俺の元の年齢と大差ないじゃん」
「元のって、今のお前はいくつなんだよ」
「たしか19」
「…なんだ、ガキか」
急に子ども扱いされる俺。
「ガキって! 実年齢は大差ないって言ってるってば」
「あー…はいはい」
子どもをあやすみたいに、もふもふの手ですぐ目の前の俺の膝をポンポンする。
「頭撫でてほしけりゃ、頭下げんだな?」
って、本当に子ども扱いだ。
「撫でなくていいよ、別に」
「…そうか?」
長い耳をぴるぴるさせて、楽しげに笑ってるカムイさん。
「…さ。何回目かの話の脱線は、もう終いだ。ミスリル掘りに行くぞ、アペル」
多分スクッと立ち上がったんだろうけど、思ったよりも頭の位置が変わってないや。カムイさん、本当に癒される。
(たとえ、28だとしても可愛いや)
「じゃ、案内お願いします。カムイ」
数歩前をカムイが進んでいく。その後をゆっくりと歩いていく俺。
「おう。まかせとけ。その代わりよ、錬成するとこ俺にも見せろよ」
「ん? 失敗するかもしれないけど、いいの?」
「初っ端は失敗がつきものっていうんだろ? 当たり前の話だ」
「カムイって、人みたい。それか、人生何度目か…みたいな」
「いや? 前世とか記憶ねぇぞ。それに、どこをどうみてもうさぎだろうが。角つきの凶悪な」
そう言いながら振り向き、口を開けて前歯を剥きだすみたいにして、威嚇して見せてきた。
その顔がちっとも凶悪じゃなくて、ただ可愛く歯を見せびらかしているだけにしか見えなくて。
「ぷ…っ、くはっ…はははは」
思わず笑った俺に「すこしは遠慮ってもんを覚えろ」とガミガミ言ってくる顔ですら、なんて可愛いんだろうなと思えた。