はじまった一人旅
洞窟を奥へ奥へと進んでいくと、道が三つに分岐している。
「っても、危険度とか無関係で素材はこちらってなってる方に行ってみるほかないんだけどね」
サーチで魔物への探索もレベルを上げてあるから、どの程度の相手がいるのかとかは多少は把握できる。
この場所に来たこと自体がよかったのか悪かったのか、今となってはわからないけど、あの会社にい続けても何もなかったかもしれないしね。
あのマニュアルをいつか誰かに手渡す日があったかもしれなかったとして、それがこんな形になってしまっただけで。
後任の彼があのまま何も困らずに仕事が出来るのなら、それでいいや。あのまま俺が仕事をマニュアルに合わせて進めていたところで、彼らは俺を認めずにいた気がした。
あの時の映像で、それはわかりたくなかったけど、知ってしまった。
認められる人とそうじゃない人がいる。それだけだったんだろ?
あの会社で認めてもらえなかったとしても、こんな形とはいえ人生のやり直しをすることになった俺。持て余すようないろんな力を与えられ、危うく利用されかかったけれど、こうして逃げるキッカケが出来た。
あの会社から消えるキッカケが出来、下手すりゃ人としてすら見てもらえなかったかもしれない環境に入る前に消えることが出来た。
いつか…ってどこかで思っていたことへの踏ん切りが出来たようなもんだ。
ただ、わずかな人とはいえ、さよならって言いたかった。ありがとうって言いたかった。一緒に遊びたかった、もっと。
猫の齋藤と、イチさんと、ナナさん。
猫の齋藤さんとは、買い物に付き合ってもらいはしたけど、映画を一緒にとはいかなかった。
結構見に行ってるって感じだったから、一緒に見に行って、帰りに一緒に何かを食べて。映画の感想を言い合って、いつかまたねって約束をしたかったなぁ。
イチさんとナナさんは、あの楽しい食事の場の空気を悪くしないようにしてくれてたんじゃないかな。
本当はきっと…何かしらもっと…俺に対してやってこいとか探って来いとか言われていそうだったのに。
ずっと気を使わせていたかもしれないのに、なのに…襲撃を受けた時に、こんな俺のために相手に怒ってくれていた。
ナナさんは俺を何度も呼んでくれた。
あの連中がやってきたことは、きっとイチさんたちの上司とは別なんだろ。
許可を取る必要が? と言い返していたもんな。
あの手の連中とイチさんのとことは、部署が完全に違ったっぽいから、きっとどっちに優先順位がとか何のためにそれをやるかの理由とか違ってそう。足並みがそろってないっていうかさ。
イチさんのとこは、あの日の所長とオッサンの自白剤でのアレが行動の原理で。魔法課のそれは、きっと俺の魔法について研究だの攻撃を防がれたりして面白くなかったから…とかの私的感情がかなり含まれている気がする。
「今となっては知りようもないけど、知りたくないや。知ったからって、協力する理由ないしな……っと」
矢印が黄色へと変化した。方向はまっすぐのまま。
対象物までの距離を表示できるよう設定したから、本格的にナビっぽくなった。
「…あ。いた」
次の対象物は、ウォータースライムって書いてある。これからも、さっきと同じ魔石が手に入るらしい。しかも、倒さなきゃわからないけどアイテムがドロップする可能性もあるみたい。
名前のままなら、水だよね。さっきみたいに火は使えない。よくある話でいけば、木とか風とかが相手になるのかもしれないけどさ、どうせなら同じ水属性のものでもいいんじゃない?
「いっそ、凍らせて…割るとかは?」
粉々にしてからなら、火魔法で蒸発させたって消滅させられるんじゃないかな。
「…よし、試してみよう」
見えている範囲で、5体。透き通ったアレみたいだ…。えーっと、きな粉をかける前のわらび餅! それ!
そう思いながら魔方陣を構築していく。
5体まとめて、固められないかな。……ん-っと、冷凍庫みたいなものにぶち込めたらいいのにな。
「…お! これ、使えそう!」
これも念のために着弾と同時に結界を展開させて、四角いエリアを作ってその中を急速冷凍みたいにして…っと。凍ったら、土魔法で地面を揺らして振動で対象物を砕けばいいか。
『フリージング』『アースクエイク』
その二つを重ね掛けすると、水で薄まったきな粉の水みたいになって、いよいよもってアレがわらび餅に見えてきた。
「…うわぁ」
想像するだけで、おかしくなってきた。
「さー…て、と。上手くいくかな?」
洞窟の上めに魔方陣を放って、スライムたちの上から攻撃開始。
魔方陣が展開されると、一気に淡い茶色の光が地面まで広がっていった。
四角く区切られたかのような空間で、スライムたちは一瞬で凍らされたと同時に揺らされた地面によって細かく砕けていく。
「ッと、威力ありすぎたかな」
すぐさま魔方陣を解除して、粉々のスライムの方へと駆けていく。
「あー…どれが魔石でどれがスライム?」
ってくらいに、色が酷似している。鑑定をかけて、魔石と表示されているものだけ拾ってインベントリへ。
それから、魔石とは別で小さなビー玉みたいなのがいくつか転がっている。
「…へえ」
見ると、どうやら薬を作る際に魔力を照射する媒体に出来ると書かれている。
魔石以外にも意外なものが手に入った。
薬草だけで作るわけじゃないんだな、薬って。魔力の照射…ふぅん。
薬…錬成スキルで出来るかも? 薬とかも売ること出来ない? 魔石だけじゃなくて、他にも売れるものがあったらいいな。
っていうか、この洞窟を探索しているのいいけど、俺…どこにいけばいい? どこに行こう。
しゃがんでちまちま戦利品を拾ってから、凍ったままの粉々スライムの残骸を火魔法で蒸発させる。
結界を展開させてやると、洞窟の中に影響がなくていいな。戦うのはいいけど、洞窟が崩れたら俺…死ぬじゃん。生き埋めだ。冗談じゃないからな。
「…あ。サーチがあるなら、マップも…あぁ…行ったことがある場所しかマッピング出来ないのか」
こういう時にあの時計があったら、隣の街とか国とかを検索出来たかもしれないってのに。
「とにかく今は素材探しだ。洞窟内でどうにかなりそうな感じだから、このまま潜って素材を集めたら錬成してみよう!」
他にどこにも行きようがないんだし、今の目標を達成させることだけを考えていくしかないや。
…っと、『対象物を踏みました』といきなり表示される。
「あ? え? なんも表示出なかったのに、いきなり?」
そう言いながら、踏んだ=足元を見る俺。
「………角が生えたうさぎ?」
鑑定で見れば、ホーンラビットと書かれていて、そこそこのレベルだ。こんなに小さいのに強いのか?
素材は…角がそれに該当? 角…どうやって取るんだよ。倒せば角だけ残るの?
「というか…この状態で倒すとか…やりにくぃい…」
ケガをしているようで、俺が何をするでもなく死んじゃいそう。ちょっと手をかければよさげだけど、見た目のせいか可愛いものを殺すとか…罪悪感が半端ない。
よくある大きさのうさぎに、眉間から白い角が生えていて、首のまわりにはマフラーかなんかみたいにモコモコした毛を纏ってて。
「あぁあああ…どうしよう。可哀想…」
このままなかったことにして、他の素材でどうにか代用出来ないのかな。
検索をかけてみても、ホーンラビットの角は代用がきかないと書かれている。
「この素材、結構重要なんだよな。創ろうとしているもののベースになるやつだから」
素材はあと二つ。赤い魔石と、ミスリル銀。ミスリルとホーンラビットの角がベースになるんだ。この角が、阻害の魔法の効果を高めるのにいいようで、使わないという選択肢がない。
「角だけ…もらえないかな。ちょっとでもいいから」
眼下には、ハアハアと細かく息をして横たわるホーンラビット。
「…ぐっうううう…」
変な声が出た。
言葉が通じるはずがないのに、どうにかしようとしてんだから。
「す、すみません…苦しんでるとこ」
とか話しかけといて、なんかおかしなこと言ってるって気づく。
「うわぁあああ、訳わかんないこと言ってんなよ! 俺」
でも、どう交渉すれば角だけでも手に入れられる? 話さえすれば、風魔法で切り裂けるはず。
「これを…こんな風に小さくして…こう…魔方陣を組めば…」
指先に小さな魔方陣を作っていく。エアーカッターとかいうやつ。かまいたちみたいなのもあったけど、それだと範囲が狭く出来なさそうで、ホーンラビットを切り刻みそう。
汎用性が高そうなのは、多分こっちだ。使いようによっては料理にも使えるんじゃない? みじん切りとかなんとかってさ。
瀕死のホーンラビットに許可なんかいちいち取らなくてもいいじゃんって言われそうだけど、やっぱりここは譲れない。
「ごめんなさい。ちょっと…お話いいですか」
ほら…。なんか、怪しい話しかけ方になってるじゃないか。
「あああああぁっ。恥ずか死しかねん…。お願いだから、返事してくださーい。これ以上、恥ずかしい思いしたくないんですぅ」
顔が熱い。恥ずかしすぎる。こんなとこ、誰にも見せられない。誰もいなくてよかった。目の前の一匹のうさぎ以外。
「……るせぇ。さっきから…ハァハァ…なんなんだよ。どうせ…死ぬんだから……ほっとくか、とどめさせよ」
不意に聞こえた声は、無駄にいい声で。
「…え」
どう見ても、こっちを見上げながら愚痴るようにうさぎの口から吐き出されたセリフにしか聞こえず。
「うさ…ぎ、しゃべ…った」
意思の疎通が出来るとも思っていなかったのに、とにかく言質をどうにか取れる状況にと話しかけていたのに。
「あぁん? うる…せっっ…ハァハァ…そのうち…死ぬから……そしたら好きにしろよ」
とか言われても、この状態で『はい、そうします。じゃあ、死ぬの待ってまーす』とか返すか! んなこと言えねぇよ。
「あー…の、角だけもらえれば俺は…」
会話が可能なら、交渉もやりようがあるかもしれない。
「あ? 角? …あー、もう…死ぬだけだ。好きにしろ」
よっしゃ。言質は取った。
「痛くないようにしますんで、すぐ終わらせます! 角だけこの状態で切っても、痛みはありますか?」
「ハァ…ハァ…ねえよ。死にかけに、気ぃ使ってんなよ。バカか、お前」
確認も取れた。ならば、あとはやるだけだ。
「じゃ…失礼して『エアーカッター』……ッと、素材ゲット! ……じゃ、お礼に」
と前置きしてから俺は、自分には使えないあの魔法を初めて使う。
『ヒール』
淡い白い光がホーンラビットを包みこむ。
「……は? お、まえ…っ、な…」
ひと際光が一瞬強くなってから、パンッ! と弾けるような音がして光が消える。
「…うん。よくなったみたい。…っと、あとは汚れてる体を…『クリーナー』…で、うん、キレイでふわふわモコモコになった」
放心しながら地面に寝転がったままのホーンラビットを、そっと撫でる。ヒールをかけた影響か、俺が切ってしまった角も再生されている。
「角も無事に戻りました。よかった、よかった」
驚かせちゃったかな、いきなり魔法なんてかけたから。
「許可なく魔法かけちゃってごめんなさい。角のお礼にって思ったから。…じゃ、お元気で」
俺は次の素材探しのために立ち上がり、さらに奥へと歩き出す。
「お前…っ」
ホーンラビットの声が聞こえたけど、一度だけ振り返って小さく手を振ってまた道を進んだ。
途中でフレイムスライムの集団を見つけて、目的の赤い魔石もゲット。あとはミスリル銀か。
こっちって方向は出ているんだけど、どうにも今までとは入手方法が違うようだ。
銀ってことは、鉱物? 岩とか石とかそういうところから採掘する形になるんだっけ。
採掘するための魔法か。さっき使ったエアーカッターとか、土埃をよけたつむじ風の魔法とか…上手いこと組み合わせられないかな。
(なんかこうしていると、つくづく一人での作業に向いている気がしちゃうな)
寂しい事実に気づき、小さく息を吐く。
やっぱりその方がいいのかな、なんて。
召喚されて以降、何かをやろうと動いてマイナスなことにつながった。
かろうじて何もなかったのなんて、映画鑑賞とあの二人との食事だろうか。
人との関わりは、近からず遠からず…にするしかないのかな。
そう思いながらも、最初に手に入れた魔石で創ろうとしているもののことを考えると、自分は優柔不断で矛盾ばっかりだなと呆れてしまうわけで。
「もしも出来上がったら…使ってくれるかな」
錬成の中にあったアイテムの応用。あの本にはない、ほぼオリジナルになるだろうアイテムだ。
魔法を使う時のコントロールの自動調整が効いている自分だからこそ、あの細かい作業も可能なはず。
残りはミスリル銀だけになった状態で、結構時間が経っていたよう。腹も減ってきたし、疲れてきた。眠い。
とはいえ、あの機能は家にいる時だけのものだったんだろうしなー…と、食いたいものをなんとなしにイメージした。
ファストフードと言われるアレが食いたいなぁ、って。
すると、脳内に『圏外』とか出る。
圏外ってなんだよ、圏外って。スマホじゃないんだからさ。
「…腹減ったー」
そう言いながら、その辺の壁にもたれかかる。結界を大きめに張って、認識阻害で見えないようにして…っと。
目を閉じれば、すぐに夢の中に落ちていく。
夢の中じゃ、あの出来事はなかったことになってて、イチさんとナナさんに朝飯を一緒にって誘ってた。
一緒に食べた朝食は、ベタな朝食でさ。
夢の中のイチさんはご飯派、ナナさんはパン派。二人して、朝は飯だパンだって言い合ってて、くっだらないなぁって思いながらも、揉めている二人を見ている時間がいいなと感じていた。
「…夢、だよな? やっぱ」
どれくらい寝れたんだろうか、目尻には涙で濡れた跡があって。
「後ろ髪ひかれすぎだろ」
それくらい、あの時間がここに来てからの中で心地いいと思えたんだな。俺。
「腹減ってるけど、進むしかないな。…食えそうな物、この洞窟に何もないな」
サーチするものの中に、食べられるモノも含むことにした瞬間、青い矢印がすぐそばに点滅した。
「へ?」
結界を解除して、矢印が示す方へ向かえば、そこは広めにした結界の端っこ。
「お前なぁ…見えるようにしとけや。おかげで探し疲れたってんだ!」
あのホーンラビット? もしかして。
「えーっと、まだどっか痛いところでも?」
初めて使ったから魔法のかかり方が悪かったのかなと聞いてみれば、「絶好調だ、バカヤロウ」と何故か怒ってる。
「じゃあ、何か用で?」
なんて聞き返した俺に、まだあの青い矢印が点滅して目の前のうさぎを示している。
(え? まさかだけど、ケガを治したうさぎを食えってこと?)
嫌だなぁ…と思いつつ、相手の言葉を待っていた俺の目の前に、あるものが差し出された。
「…食いな、これ。美味いから」
どこにしまってたの? と思えるような数の、小さなリンゴに似たモノや見たことがない木の実。
「腹減ってんだろ? お前のこと追っかけてたのに、腹減ったって言いながら消えるからよ。…下手に探すより、ここにいた方がいい気がしてな。…お前のこと待ってたわ」
気のせいか、長い耳がぴるぴる動きながら徐々に赤くなっていくんだけど?
「美味しそうですね」
「だーから、美味いんだっての」
「でも、施していただくような関係じゃ」
「十分、その関係だ! バカが」
口の悪いホーンラビットが、なんだか優しいや。
「じゃ…遠慮なくいただきます」
こういう人がモノをくれる時は、素直にもらっておいた方がいい。たしかね。
叔母さんの食堂に来ていた常連のおじさんに、どっか不器用な優しい人がいたっけ。
リンゴに似た実は、すこし固めだけど甘酸っぱくてほんのりいい香りがして。
「美味し…」
胸の中を満たしてくれるほど、あたたかさを感じる香りに思えたんだ。
「そうか! そうだろう? 俺が大事に残していた特別なものだ。美味くないはずがない!」
「って、そんな大事なものなら、こんなにはいただけませんよ」
慌ててそういいながら、口をつけたリンゴ以外を返そうとした。
「あぁん? 俺がやるっていったら受け取れや」
うわぁ…本当に口が悪いのに、やってくれていることはすごくいいことだ。正直助かるんだよね。
「…困らないですか? こんなにもらっても」
なんて聞いてみれば「問題ない!」と二足で立ち上がって、胸をドンと叩くような仕草をして見せた。
見た目が可愛いうさぎがベースなだけに、可愛さしかない。ほっこり癒される。…口は悪いけどね。
「なら、今はこれだけ食べて後はインベントリに入れてもいいですか」
と言った俺に、「収納持ちか」とすこし驚いたよう。
「まあ、いろいろありまして。持ってます…いろいろ」
そう言いながら、インベントリからあの飲み水を取り出す。とか言っても、グラスがないんで、顔を洗うように両手をくっつけてそれで水を掬うようにすると。
「おい。どっから水を出した、お前」
って、赤みを帯びた目をキラキラさせている。
「飲みます? よかったら」
掬った水をその手のままで差し出すと、顔を近づけてちゃぷちゃぷ言わせて水を飲んでいる。
可愛い…。両手が水でふさがっていなきゃ、頭を撫でていたパターンだ。
「うっまいな! これ」
口にあったようだ。リンゴや木の実のお礼になったかな、これ。
「飲みたかったら、まだ出しますよ?」
笑顔でそう告げた俺に、ホーンラビットは「もらって困らんのか?」と聞いてくる。
「バカみたいにストックしてあるし、雨の中をある魔法使って歩いていけばまた増やせますんで」
「…んな魔法あったか」
俺が教えた情報に、首をかしげているホーンラビット。かしげているというか、なんというか。…とにかく見た目だけは可愛い。どんな仕草をしてても。
「あはは…。詳しくは言えないんですけどねー」
笑ってごまかす俺に、腕組みをして何やら考え事をしはじめたホーンラビットが呟く。
「おい」
と、いきなり呼びつけてから「俺は、お前についていくからな。これは決定だ」と。
「ついていく…って、俺と一緒にいたら」
もしかしたら危険なことに巻き込んでしまうかもしれない。
そう思うのに、一人が寂しいのも事実で。
言いかけた言葉を飲み込んだ俺に、ホーンラビットが言葉を続けた。
「俺の名前は、カムイってんだ。…なあ、お前の名前は?」
と。