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閑話 ある意味、危険な人



ここんとこ、クッソ忙しかった。


例の、今期の決算前の漂流者絡みの書類作りがあったからだ。


俺はナンバーズと呼ばれている所属先の中のトップに位置していて、下っ端に共有できない情報についての書類は1~3のナンバーズまでの中でいろいろ処理をすることも少なくない。


今回の関しては、俺が…と指名してきたのは、あのクッソ上司(じじい)だ。


かなりな能力持ちが予想されるのと、メンタル的にかなり不安定だということで、まかり間違って暴走をされでもしたら? ということで、過去の事例に沿った対策用のマニュアルを新規作成の後、配布。


そこまで俺一人でやれって話。俺が指名されたのは、もう一つ理由があって、そのマニュアルに参考とする内容を、場合によっては書けないものもある部分があり、その辺の取捨選択が俺じゃなきゃ任せられないと。


まあ、あれだね。あれ。


仕事が出来る俺、忙しいなぁ←っていう? (笑)


脳内でそんなことをボヤキながら、書式に数値を入力していく。


「…おい。書類、ひとまず後回しにして出るぞ。…ナナあたりでいいから、一緒についてこい」


半分くらいまで打ち込んでいたあたりに、あの上司が「おい、飯行くぞ」くらいの軽さで誘ってきた。


どこに行くって? 何しに行くって? 何一つ説明がねぇな、クソ上司め。


「ナーナ、じじいがどっか行くって。ちゃんと制服着てから、ついてこいよ」


「えー…マジすか。制服…めんどい」


「まあ、そういうなって」


そんな感じでナナを誘って、上司の後を追った俺たち。


行った先では、黙って立ってろとしか言われない。何の役目だよ、俺たち。


バタバタと行った先で、俺たちが待つ部屋に入ってきたのは俺より身長が低めの細身の男性? 男子? どっちだコレ。


髪は濃い目の紫で、すこし後ろに流した感じの髪だ。瞳はそれよりもすこし淡い紫で。


(紫がにぎやかすぎだろ)


そんな感想を頭に浮かべながら、上司が言っていた通りに黙ってナナと並んで突っ立っていた。


その上司といえば、行った先の施設の人間と並んで若干威圧を放っている。カルチャースクールの先生だ。


プラス、何故かローブを深くかぶって顔をあまり見えないようにした魔法課の課長もいるじゃないか。


入ってきた相手はそんなに要・警戒な相手なのか? と一瞬頭によぎったものの、目の前にいるコレがどう見てもそんな対象には思えない。感じられない。


んな感じで相手を見ていたからか、ソッコーで相手に逃げられ、俺たちに追え! とか言って追わせ、ギリギリ転移されて相手を捕まえられず。


何一つ情報がない中で、人を捕まえるとかいい気分にはならない。


かろうじて情報があるとするならば、あの人の名前だ。水兎さん。あの先生が叫んでたから、俺も追う時に一回だけ呼んだ。


逃げながら何度もこっちを振り向いた彼は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「逃げられましたー」


ナナがそう言いながら部屋に戻ると「そうか」しか言わない二人。


あの先生も上司も、俺たちにもうちょっと情報くれたって…と思うのは当然だろ?


ナナが運転をして上司と俺が同乗した車の車内で、小さなメモ程度の紙が渡された。


「これを持っておけ。あの髪色と奴の感情はリンクする。その様子を見ながら話を進めていく」


そして、新しく共有された情報はそれだけ。


「って、何の話を進めるためにコンタクトを取ろうとしているんですか? あんな風に威圧していたんじゃ、このメモのままなら彼は相当戸惑っていたんでしょうに…」


まるで小動物みたいだと思った。どこかでそんな気になりながらも、上司の命令に従って小さきものを追い込んだ俺。


(正直、気分はよくない)


メモを流し読み、そしてポケットにしまってからポケットの上を手でポンと叩く。


俺が上司にそう言い返したのが、後日別の形で天罰を受けることとなる。


別の施設を訪問した水兎さんというあの彼を、そこの施設長とうちのバカ上司が別室に呼び出して無理矢理話をしようとしたらしい。


そこで、どういう経緯か知らないが施設長と上司は自白剤を盛られて、自白剤の質がよかったようで、副作用で若干酔っぱらったみたいになっていたとか。


自白剤って、なにを吐いたんだろうな。その時の記憶はかなり曖昧なものになっているという話だ。


そうやってやらかしたのなら、すこしの間、相手との距離を置けばいいっていうのに…訳の分からない持論を展開して、また俺とナナについて来いと言い出した。


今度はどうやら相手の自宅へ向かうらしい。


ナナと顔を見合わせて、また失敗に終わるんだろうなとか小声で話していた。


今回は、施設長と上司と俺たちの他に、最初に一緒にいた魔法課の課長も一緒にいた。


そして、初っ端のカルチャースクールの先生までも。


こんな人数でいきなり来られても、嫌だろ。普通。


んな感じで襲来に近い形で訪問して、魔法が使えるようになったのか…結界を張られ、それに妙な対抗心を露わにした魔法課の課長が詠唱に時間がめちゃくちゃかかる魔法を詠唱しだし、それが原因か訪問自体が原因か、ドアが開いたかと思えば俺たち全員は話し声も物音も立てられなくなった。


正確にいえば、自分たちが立てる音が聞こえなくなった。


こんな魔法、あったっけ。知らないとするなら、属性違いかランク違いで情報がないもの。


俺とナナはやっぱりなと呆れた顔になり、所長と上司はどうにかして互いの意見を交換し、それを文書にしたためて相手の手元へ届ける魔法を行使していた。


魔法課の課長は、放心状態。ドアが開く→俺たちを見たなー…と思ったわずかな時間で、無詠唱にも近い時間で魔法をかけられ→自力で解除を試みたものの分析がその場では不可能→魔法課の課長として面白くない…という流れだ。


これだから、プライドばっか高いやつらはダメなんだ。自分よりも強者に普段会わないもんだから、いざ対峙してみたらポッキリ折れて立ち直るまでに時間がかかるパターン。それと、八つ当たりだの自尊心がどうとかっていつまでも文句を言ってるパターン。


とにかく後からめんどくさい人間化しがちだ、この手に人は。


最初に会った時にいた場所は、魔法の使い方を学ぶスクールだった。


上司の話でいけば、次に上司が無理矢理話そうとした場所でも、魔法の使い方が学べたという。


二回もその機会を奪われた彼は、どうやって魔法の使い方を学べたのか。誰か、頼れるの人がいたのか。


ポケットに入れっぱなしにしていたメモを開く。


『赤:怒り』


と書かれていて、そりゃそうだろうよと思った。真っ赤な髪に、淡い紫色の目。かなり派手だった。


彼の感情と髪色がリンクするシステムが、今期の決算前の漂流者だからなのか、彼独自のものなのか。それについてはまだわかっていないと上司が愚痴る。


家を離れてしばらしくて、急に全員の足音が聞こえた時になって、初めて魔法の効力が切れたか解除されたんだと気づきた俺たち。


上司と所長が相手に入れたメモには、向こうが会おうとしてくれるまで待ちます…みたいな内容を書いたらしいが、やっとかよって俺たちは思った。


そんなこんななことで、俺たちはいつも通りの仕事をこなして過ごしていたわけだが、ある日またあのクソ上司が俺とナナを呼んだ。


「お前らだけ、お呼びだとよ」


たったそれだけで、あの家か…とナナと俺は互いの顔を見合わせた。


「こっちにあがってきていない本人の情報を手に入れて来い。それと、友人くらいにはなってこい。お前たちなら年齢的にも近いから、懐に入ることも可能だろ。それが叶えば、魔法課の方で実験段階で失敗した魔法や国の開発に流用可能な魔法の行使を頼み、貢献していただくことにしようか。…ハッハッハ。予算を使いきるという…何の心配もいらぬ暮らしを提供してやるのだから、使い潰しても文句は言えまい? ギブアンドテイクとかいうらしいぞ、奴の国の言葉で」


「ギブアンドテイク…ですか」


「持ちつ持たれつ。お互いさま。他になんと言ったか、忘れたわ。ハッハッハ。感情が不安定な部分は、髪色を見ながら対応をすればいい。威圧をかけて言うことを聞けば、もっと事は楽に進んだはずだったのになぁ。手間を取らせおって。いいか? 使えるものは、なんだって使え。たとえそれが、この国にとって要人であってもな? かの国の住人は、お人好しという…こちらにとって都合がいい性質らしいからな。…懐柔してこい、わかったか」


髪色で感情を読まれてしまう。それは彼にとって弱点でしかない。


感情をコントロールした方がいいと伝えられたらと考えもしたが、見地らぬ場所に召喚されて、その上で心を殺せと言わんばかりなことを言われては…コントロールなんかじゃなく、本当に彼の心が壊れてしまう可能性も出てきてしまう。


「…予定はいつですか」


「そうだな…この日だ。日中に仕事は終えていけ。直帰していいから、この時間帯に行ってこい。…あぁ、家の中に入ったら、構造など報告をするように。何か仕掛けて来いと言いたいところだが、あの調子ならすぐさま解除されかねん。これ以上、奴の感情を揺さぶっても好機へ転がる気がせん。まずは、懐に入ってこい。いいか?」


――――とか、俺とナナからすれば、くっだらなくてどうでもいい命令だった。


「あんな人、懐柔してこいとか……無理ですよ。俺。…無理です。仲良くいられたら楽しいかもなと思いはしましたが、あまりにも……痛いです」


ナナがそう言いながら、自分のシャツの胸元をギュッと握る。


胸が痛い、か。


「俺はさ…最初に『どーもー』とかくだけた言い方で入ってきただろ? あれで、反応を見ようと思ったんだ。どっちの方が正解か、って。一応俺はナンバーズのトップで、アレはあれでも上司だから、水兎さんに探りを入れつつ懐に入れるかを様子見してた。仕事は仕事だと、割り切ろうって。…こんなに仕事しにくい仕事、初めてだ。俺」


「…わかります」


俺とナナは、あの足を楽にしながら座れるテーブルの部屋で、残り物を片しながら話をしていた。


「ここに来てから、何回…髪色が変化しましたっけ。その度に、胸が痛むんですよ。これっぽっちのことで喜ぶの? 楽しいの? え? こんなことで悲しむの? え? 今…何か羨ましそうじゃなかったか? って、水兎さんの喜怒哀楽に揺さぶられて、表情を読まれないようにってするのに必死で……。こっちが何か言ったわけでもないのに、雨水を飲み水に出来るから何かあったら言ってねとか言い出すし。…っていうか、やりにくいです!」


「…お前はどの辺がやりにくかった?」


俺がそう問えば、ナナがため息まじりにこう言った。


「なんていうんでしょうね。本人的にいろいろ画策でもしようとしていたのに、やらかしてネタバレしまくってる…みたいな。(はかりごと)が得意じゃないんでしょうね、水兎さんは」


「あー……、初手からやらかしてたな」


「俺、ふきだすの堪えましたもん。俺らに飲み物だのなんだのって他の部屋から運んできておいて、自分のをいつも通りって感じで出しちゃって」


「…ぶふ…っ。あれは…本人が絶望したような顔になってたな。…クックック」


乾杯しましょうかって言った時にも、なんかオロオロしてたっけ。


…と、ここまで話してる間に、目の前の鍋だのなんだのが消えていく。


残ったのは飲み物だけ。


「美味かったっすね、鍋」


「…ああ」


俺たちがテキトーに口にしただけのリクエストを、初めてまともに話した相手にもかかわらず叶えようとかなり考えてくれた内容だった。


「水兎さんがいたとこって、食文化ってんですか? かなり発展してるんですかね? こっちと食べ物や道具が似通っているという話をしていた記憶がありますよ? 俺。だから、別の場所にいる気がしないから困るって」


彼が言う”困る”はきっと、もう帰れない場所のことか?


「そろそろ一回、様子を見てくるか」


「あ、俺も気になるんで、一緒に行きますよ」


静かに、なるべく足音を立てないようにして寝室へと向かう。


あまりにも静かすぎて、生きてるのか? と腹と胸のあたりが上下しているかを確かめる。


「生きて…ましたね」


「ああ」


実年齢は、こちらに明かされている年齢よりもいくらか高く、俺と大した変わらないよう。


俺の方から、聞きたいことはないかと聞いた時、酒の力を借りるのは卑怯だから出来ないと言った彼。


それでも、最初の飲み物の時のようにやらかして、言うつもりもなかっただろうことを一気に吐き出したんじゃないか。あの時。


ほっとくと、ずっとしゃべっていた。


最終的にうちの上司たちへの愚痴も含まれてて、言われて当然な内容に俺は感じた。


元の場所に、彼は居場所がなかったのかとふと思うような言葉が垣間見えた。


誰かが彼を認めてはくれなかったのかと感じるような表情が見えた。


「あの部屋に戻ろう、ナナ」


「はい」


そっとドアを閉め、静けさだけの廊下を歩き進める。


「ここに…一人なんですよね? 水兎さん」


「…ああ」


元は俺だって一人暮らしをしていた。今は寮生活で、賑やかすぎるくらい。


けどそれだって、自分がそうすると決め、場所も選び、まわりには見知った仲間がいる。


彼はいきなり召喚されて、仲間も友人もなく、知らぬ文化に触れながら生きようとしている。ただ、それだけ。


金だけ使ってくださいと言われても、楽しみをどう得ていいのかも聞く相手もいなく、見たところそこまで金を使う性格じゃなさそうだから使いどころにも悩むのだろう。


食に関してだけなら、手も金もかけてくれそうではあるけれどな…。


それでも、いくら金が使えたって、一人でここに放り込まれたという事実は変えられない。


彼にはまだ、自信で決めた生きるための目標が見つかっていないようだ。


なにもなく、ただ生きる。それは楽かもしれないけれど、時が過ぎて自身を振り返った時に、あの彼なら絶望してしまうかもしれない。


俺は何なんだ、と。


何も出来ない、と。


求められていない、と。


初めての世界で、初めての魔法で、だから楽しくて興味本位も相まっていろんな魔法を試しはしてみても、彼はきっと誰かの中に存在したいんじゃないか?


自分に持てる武器で、自分を見て? 役に立てる? と上手く言葉に出来ない歯がゆさを抱えながらも、やっぱり言葉に出来ず。


そうして、さっきのように悲しそうに微笑むんだろう。


「…仮眠しておけ、ナナ。二時間交代で」


「わ。いいんですか? 俺が先で。…じゃ、遠慮なく」


「おやすみ」


「おやすみなさーい、イチさん」


番号で呼び合う俺たちは、本名を明かせない。俺たちが本名を明かして、相手の魔法などでその真名(まな)を縛りつけられて、服従されることが過去にあったからだ。


持参してきていたバッグから紙を出し、報告書に書き出すことの内容を箇条書きにしていく。


どこまで明かすかが、かなり難しい。そう思った。


(水兎さん、俺と友達に…なんて無理かな)


仕事の都合じゃない関係になりたい。なっておきたい。いつか、彼が自分のやらかしで困ったことになった時、俺なら力になれるかもしれないなんて、驕ったことを思ったからだ。


あの、無自覚、無意識、やらかしモンスターは…きっといつか、自分で自分の首を今日以上の強さで締めつけてしまう。


やり直しも、尻拭いも、なにも手が打てなくなるほどの…彼の失敗。


それもきっと、彼のことだから自分のためにじゃなく、誰かのためにって動いて自分を後回しにして…。


(どうせなら、あの飲んでいた時みたいに楽しそうにしててほしいや)


少しの時間だけ変わった、髪色。黄色は、楽しい時の色だ。


見た目を変え、声を変え、俺が腹を抱えて笑っていた時に口が大きく弧を描いていた。


もっと声に出して笑えばいいのにと思うほど、明るい顔で。


雨は一時止んで、つい一時間ほど前からまた降り始めていた。


「明日は止むといいですね、水兎さん」


俺は雨男なんで…と口にした彼は、寂しそうだった。


晴れた時に、もしも俺の立場が許すのなら一緒に出掛けてみたい。


俺は晴れ男って言われているから、どっちが強いか確かめましょうとか声をかけるのもいいかもな。


箇条書きにした中で、いくつかを線引きして消していく。


『姿と声を変えられる』


そう書いた項目も、俺はそっと線を引く。


いつか、あの言葉通りに水兎さんがここから逃げたくなった時に必要になる。そう思えたから。




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