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男子会開催


「「ぶふっ」」


イチさんと俺とで、ほぼ同時にふきだす。


予想以上に可愛らしい声だ。


「ぶ…っ、くっくっくっ…」


イチさん。いっそのこと普通に笑えばいいのに、なんで堪えてるんだ?


俺はといえば、小さく笑っている程度で。俺とは対照的に、イチさんが思ったよりもいいリアクションを取っている。もしかして、いわゆるツボだった?


「ぶっふ…」


肩を震わせて、顔を俺とは反対側に向けてうつむきがちになって。


「あのー…イチさん?」


向けられた背中を手のひらで、トントンと二回ほど軽く叩くと。


「ぶっふーーーっ」


まるでそれキッカケかと思えるようなタイミングで、思いきりふき出してから「ゲホッ、げっへ…ごほ」とむせた。


「だ、大丈夫ですか!」


自分よりも笑っている人がいたら、なんとなくその熱が引くというか笑いにくくなる…の法則か。これ以上、笑いがこみあげてこない…。


俺はそんなイチさんをみてて、ナナさんのおかしさへの熱みたいなものが引いていくのを感じながら、イチさんに水を渡す。


「す…すみま、せ…ゴッホ、げほ…ん、です」


謝ってるのかむせてるのか、どっちだ。おい。


「いいから、水をちゃんと飲んでくださいよ」


ナナさんよりもこっちのイチさんの方がおかしくて、顔が自然とゆるむ。


「落ち着きましょう? ね? イチさん」


と、可愛い女の子の声でナナさんが声をかけてきたところで、イチさんが壊れた。


「ぎゃはははっ、や…やめろって…顔と…ギャップ…ぶっふぉ…くははははっ」


腹を抱えて笑うって、本当にやる人いたんだな。元の場所含めて、初めてみることが出来た。


「イチさんってばー」


ナナさん、もしかして確信犯? イチさんがふきだすのを見ながら、声をかけているもんな。


「んもぉ…っ、イチさんって面白ぉーーー……い? あれ?」


そして時間が来たようだ。途中から声がナナさんの地声に戻っていった。


「五分で設定してました、内緒で」


そういいながら、人差し指を立てて内緒を示す。


「……あぁあああ…俺、可愛かったのに…」


ナナさんが、顔をこわばらせてガッカリしている。


「すみません。万が一ミスった時のことを考えたら、体に負担がかかるのはよくないなぁと、制限を」


「もう一回! もう一回試しましょう! 今度は俺の希望を…」


ナナさんが必死な顔つきをして、両手で俺の手を取る。まるで包み込むように。


獣人だけど、手は普通の人の手。けど、手の甲にはすこしのモフモフ。肉球じゃないのが残念だなと思いながら、笑ってごまかす俺。


「やめろ!」


俺とナナさんの手を手刀でぶった切ったのは、イチさんだ。


「俺の腹筋を崩壊する気か!」


やめろって言った理由が、それ?


っていうか、違和感に気づいた。


(”俺”呼びになってる)


さっきまでのイチさんは、仕事モードとかだったんだろうか。笑いすぎて地が出るとは。


それに気づかないふりをして、「ダメです」と笑顔で返す俺。


「イチさんのせいじゃないですかぁ」


「お前のせいだ」


二人のやりとりを見ていて、なごむと同時にやっぱりどこか羨ましいと思う気持ちが拭えない。


複雑な気持ちを抱えながら、俺はその気持ちから目をそらすかのように食い物のことを考えることにした。


「……あの」


ためらいながら二人に話しかけ、「時間も時間なんで、夕飯でも…食いませんか?」と聞いてみた。


時間は特に確かめていないけど、さっきから飲み続けていた影響か食欲が増したか腹が鳴っている。


「…ああ、そういえばそんな時間ですかね。ここまで長居する予定なかったですからね…」


話を聞けば、日中最低限の仕事をこなしてきてから、私服に着替えてここに来たんだという。


「どうしましょうか」


と、ナナさんがイチさんに問いかけると、イチさんが俺の方をチラッと見てから右上に視線をむけてから首をかしげる。


「んー……」と、うなりながら。


まだ聞きたいことはあったのに、聞き出せていない。だから、このままでいいわけがないんだけど…でも無理強いはしたくない。


「予定があるなら、無理にとは」


って言いかけた俺の言葉を、イチさんが遮る。


「麺! 麺ものが食べたいです」


しかも、リクエストをするというもので。


「…え」


「あ。麵ものはダメですか? 辛いのとかないかなーと思ったんですよねー。麺じゃなきゃ、なんだろ。今日の俺…何食いたいかな」


「いや、そうじゃなく」


自分から話を振っておいて、話に乗って来られたら来られたでビクつく小心者の俺。


「あ! 俺は肉! なんか、肉! あっさりした肉とか!」


そこにさらにかぶせてきたのが、ナナさんだ。


「に、肉?」


思わず聞き返した俺に続いて、イチさんがツッコミを入れた。


「肉かよ。お前なー、昨日も寮で肉食ってたろ。他のもんも食えって、サンに言われてたよな?」


「…だって、肉オイシイカラ」


「今日の俺は麺の気分だったのに」


「麺はいつでも食えます」


「肉だって食えるだろ」


なんて言いあっている二人の姿は、正確な年齢は知らないけれどどこか幼さがあって、勝手に親近感を抱きはじめていた。


肉。それと、麺。どっちも叶えられるモノを用意すればいいのかな。


「じゃ、じゃあ…その……食べていきます、か?」


もう一度、確認。


「まあ、最終的に俺たちは何でも食べられますんで、ごちそうになっていってもよけりゃ」


「俺、楽しみです! さっきから見たことがないものばっか出てくるから」


「あ、俺はついでにもうちょっと飲めたら飲みたいですけど…ダメですかね」


飲む飲まないのとこだけでいえば、今更って感じだ。


「かまいませんよ? 別に」


そう返しながら、俺は頭の中で二人の希望を叶えられるメニューがないかを考えていた。


叔母さんの店のメニューの中には、それっぽいのがないな。何度かあった会社の飲み会で、使えそうなのなかったっけ?


「んー……っと、あれなら…いける…?」


思い出したのが、冬にやった飲み会。忘年会かなんか。


鍋の中心をゆるく波打った感じで半分に区切っていて、二つのスープでしゃぶしゃぶを食べていた。


肉も食えるし、シメで麺を入れてもいい。スープの片方を辛いのにすれば、全部叶うんじゃないか?


片方のスープは決まった。あとは、肉以外の具材ともう一つのスープだ。


鶏白湯だと、紅白って感じで、見た目もいいな。うん。


えのきと、白菜、水菜、薄めの輪切りにした人参。白滝もすこーし欲しいな。ネギは……狼なナナさんの体にはよくなかったら困るな。マズいよね。野菜はそのあたりかな。水菜が好きだから、水菜は多めで。


肉は豚肉でもいいかなー。豚バラと肩ロースあたりとか?


酒はひとまずでウーロンハイとかでもいいかな。


シメはラーメンを入れたら麵が食えるし、辛い方のスープだとどっちも取りだ。


「…じゃ、これでどうでしょうかね」


うっすいIHっぽい卓上コンロの上に、あの鍋がドン! と置かれ、二つのスープの匂いがふわりと部屋中に広がっていく。


「これは、しゃぶしゃぶって食べ物ですね。えーっと、野菜を入れてー、煮て―、煮えてきたところにこの薄切りの肉を…こういう…感じで……ホラ、火が通るんで、野菜と一緒に食べるといいです」


「…へえ。この色が違うのは、味が違うんですか?」


「こっちが辛いので、こっちは鶏ベースのスープです。いいとこ食べたら、終わりの方に麺でも入れたらイチさんが食べたがってたもの…全部叶いそうです」


説明をしつつ、イチさんにはウーロンハイ、ナナさんには相談した上でさっき出した水がいいということになった。


「さあ、どうぞ。召し上がってみてください」


ご飯も出して、取り皿を渡して…二人の反応をうかがう。


二人が肉を箸で摘まんでスープにくぐらせている間に、箸休め用の浅漬けを出す。たまに食べたいよな、シンプルなやつ。


箸休めといいながらも、先に二人が食べ始めた様子を見ていたくて浅漬けを一つつまむ。


きゅうりをパリパリ言わせながら、二人がぎこちなく肉を熱々のスープにくぐらせる姿を見ていた。


「………」


「どう、ですか?」


反応がないので、声をかける。


「ナナさん、こっちの肉の方が脂が甘くていいですよ」


「……」


「野菜追加で入れますね? 白菜だけすこし時間を置いてから食べた方がいいですよ?」


「………」


「野菜、これがもっと欲しいっていうのがあれば」


「……」


「あ、人参、好きなんですか? 多めに入れておきますね? 人参も少し置いてからの方がいいですよ?」


「………」


「えー……っと、二人とも、食べてる様子でだいたいわかってますけど、口に合いますか?」


あれ? 俺、完全に放置?


ここまで二人は無言で黙々と食べていて、口に合っているようだと思ったものの、ちょっと寂しくなってきた。


「飲み物、同じのがいいですか? それとも違う酒にしますか?」


イチさんの肩を軽く小突いて、飲み物のお代わりを聞く。


「…あっ。す、みま…せん。美味いです、はい。……飲み物は、今のでお願いします」


「ご飯のお代わりもいりますか?」


「あ、はい」


「俺もっ! 俺も飯が欲しいです! ください!」


「ナナさん、美味しいですか?」


「はい! 感想を言う前に、その口に肉を入れてしまいたくなるほどに! 野菜も甘ぁーいんですね。俺は、この細っこいきのこがいいですね。すぐに火が通るし、甘いし」


「なんでも甘いのがいいんですねぇ」


「…ははっ。甘いものは何でも好きです」


やっと二人との会話が始まった。


「俺の存在、忘れられてるなと思いました。ちょっとの間」


意趣返しじゃないけど、ちょっとだけ意地悪なことを言ってみる。放置されてたなって思ってたし。


やっとホッとできて、二人に混じって肉をスープにくぐらせる。


野菜と一緒に取って、熱々なうちに口へと運ぶ。


冬じゃなくたって、鍋は美味いもんだ。


食べ進んでいくと、互いに会話も進む。こんな風な会食って、やったことないな。ただ飲まされてるだけ…みたいなのばっかだったな。早く帰りたいって思ってた。


「ね…水兎さん」


イチさんの飲み物が、レモンサワーになってそれを二杯ほど飲んだあたりか。


「はい」


俺はそろそろ麺を入れようと準備をしていた。


どっちにも固めに茹でたラーメンを入れて、中でほぐしてから水菜を追加で入れて火が通るのを待つ。


「聞きたかったこと、あるでしょう。俺たちに」


僕から俺へ、呼称が変わってからはずっとそのままのイチさんが話を振ってきた。


俺はというと、若干酔っていて、何杯目かのジントニックを飲んでいたんだ。


「聞きたかったこと、ねぇ」


この頃には、ナナさんもすこしお酒が飲みたいと言い始め、甘い酒とかいうからカクテルを出していた。


シンガポール・スリングかな。俺のジントニックと同じで、ジンベースのカクテル。


これか、テキーラ・サンライズで悩んだ。


あまり強くないのか、たった一杯目のこれで顔が赤くなっているみたいで。


「ナナくんって、弱いの? 酒」


イキナリ「ナナくん」って呼んで、多分聞かなきゃいけないことじゃないやつだ。


「あー、わかんないです。顔には出やすいって言われてますけどねー。これ、美味いです。甘いし」


ナナさんと会話をしている俺に、イチさんが「水兎さん、水兎さん」とちょっと笑いながらもう一度声をかけてくる。


「俺たちがいるうちに聞きたいことがあったら、酒の力借りて聞いちゃってもいいですよ? 俺がオッケー出しますんで」


とかなんとか。


ぽやーんとしながら、俺は笑いながら言い返した。


「あのね? イチさん。俺はそんなこと出来ないですよー。卑怯じゃない? 俺が。酒の力借りなきゃ話が出来ないポンコツみたい。…こんな俺だと、たったそれだけの話もお膳立てしてもらわなきゃ出来ないの? って思われちゃうじゃないですかぁ」


言いながら、乾いた笑いが浮かんでくる。


「俺はねー、なんでなのかなぁーって思っただけなんですよぉ。俺がここにいること、召喚されたこと、たまったま魔法の使い方を知りたくて行った先に集まって威圧しまくってた訳の分かんないオッサンと、その群れにくっついていた二人が、なぁんであそこにいたのかと、俺がその場所に呼びつけられたのかとさ、俺が逃げたからか追っかけてきてまんまあのメンツで俺んちに来たのだって、わっけわっかんないしぃー。ローブじじいがなんの魔法ぶっぱなそうとしていたのかも謎ぃ。……俺が声かけなきゃアクション起こさないっていったくせに、メンツだけ変えて俺んちに毎日人が来まくってたしさー。…毎回相手すんの、骨が折れたし。めんどくさかったけど結界切らすわけいかなかったし。そしたら、一番害がなさそうな二人に来てもらおうと思ったらさー、俺……初手からやらかすし。途中からどうでもいいかーって思ったり思わなかったり? でも来てもらってからやらかしたことで、俺が確認したかったことのいくつかはわかったからー。…だから俺、やっぱさー…出てけそうだなってー。そう思いもするのに、俺に利用価値なきゃ元いた場所と同じじゃんって思ったら、使えそうな魔法かもなってチラッと思ったのか…魔法見せちゃったし? 両親が死んでから一人で生きててさー。可哀想に思ってね? って思ったことはなくって。でも、寂しくはあったけど、ただ普通に生きたかっただけなんだよねー。なんていうの? ほら…あぁ、承認欲求ってほどじゃないけど、俺がやってることを理解していいことはいいことって言ってほしいし、ダメなことだったらイカンでしょ? って言ってほしいだけなのにさー。なんなの? 二人の上司とかその後にやってきた人たちって…。俺に話があるなら順序だてていらっしゃいって話だしぃ。俺の利用価値が、金を使うことだけなんなら、あんな風に恩を売りたいとかわけわかんないこと言わないだろうしね。…あ、オッサンと所長の話ね? 自白剤使ったらボロボロ吐くんだもん。っていうか、先に自白剤入りのお茶を飲まそうとしたのはあっちだし。意趣返しって知ってる? それやったって、責められる謂れは俺には……ない! …………風呂、入る。風呂」


頭に浮かんだことを、ただただ…延々と話していた俺。何を話しているのかの自覚もなく。


で、ふらっと立ち上がって、寝室の方へと向かっていく。


「ちょ…水兎さん! その状態で風呂はマズいですって」


イチさんが俺を止めようとしているらしいけど、指先で風魔法を使って軽く押す。


よろっとしたイチさんが、なんでかこっちをみて困った顔をしている。俺はなんだか楽しくて、勝手に笑顔になってた。


「ふ~ん…ふふ~ふ~ん♪」


鼻歌まじりに寝室へ入って、クローゼットを勢いよく開いてから。


「…ぐぅ」


そのままクローゼットの鏡に寄っかかるようにして眠ってしまった。


「……なんで魔法で攻撃しといて笑って…る、んで……ん? ここって、寝室か?」


イチさんが寝室まで追ってきて、その後をナナさんが追いかけてきたよう。


「お。…寝てますね、水兎さん。俺、ベッドに寝かせますね」


体が大きく力持ちなナナさんが俺を抱きあげて、ベッドに寝かせたらしい。


「……イチさん? どうかしたんですか?」


俺をベッドに寝かしたナナさんが、クローゼットの前で立ったままのイチさんに声をかけると。


「これ、どういう?」


心底不思議そうだと言わんばかりな顔つきで、俺のクローゼットに掛かっているものを見て首をかしげていたとか。


「着ぐるみ二つに、タキシード? それと…なんだこれ。どこで着る服だ?」


俺の、あの黒歴史の衣装をみて。


「見なかったことにしよう、きっとその方がいいはずだ」


クローゼットを閉じて、二人が寝室から出ていき。


「今日は、ここに泊まらせていただこう。あの様子じゃ、体調を崩すかもしれないし、酔っぱらったままで風呂に入るとかまた言いだすかもしれない。…危ない、あの状態は」


「そうですねぇ。あの部屋でごろ寝させてもらいましょうか」


「勝手に泊まってもいいか、悩ましいところではあるけどな」


「要・観察ってことで」


「…ああ、だな」


そんなやりとりをして、彼らは残っていたものをゆっくり食べたり飲んだりして。


やがて夜が更けていき、気づけば俺の魔法の影響でテーブルの上はきれいに片づけられていて。


「楽な魔法だなー、水兎さんのって」


とかナナさんがひどく羨ましがっていたことを、後日知ることになる。



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