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フラグ、無事(?)回収




(あー……マジか)


例のアレの発動なし。そしてやってきた、あの二人。


「悪意なしかー、アイツら」


ドアを開ける前に思わず、ボソッともらす俺。


ただ、『来客者あり』とだけ出て、時間が来たらインターホンのアレに二人の姿が現れたってもんだ。


このシステムの信ぴょう性がどんなもんか知らないけど、あのオッサンだのじーさんらとの比較をしたら…って思えば、信じてもいいような気もするようなしないような。


「悪意がなきゃないで、やりにくいぃ…」


ガックリと肩を落として、玄関へと向かう。


五分前にやってきた二人。服装はあの時のあの格好じゃなく、私服っぽいもので。


「…お待たせしました、中へどうぞ」


すこしの緊張を含みながら、俺は二人を家の中へと招き入れた。


「おじゃまします」


「どーもー」


靴を脱ぎ、中へと入ってくる。


どーもーと挨拶をした方が、なんでか相方の靴までもキレイに整理してから家の中に入ってくるような人で。


(え? まさかの、いい人?)


テキトーな挨拶だったから、その辺も雑かと思ったのに。


とはいえ、それだけでいい人とか言い出していたら、それがバレた日にゃあのオッサンとか所長がそれっぽく見える行動だけしてきそうだ。特に所長あたり。なんとなくだけど。


「こちらへどうぞ?」


そう言いながら、あの掘りごたつの部屋へ。


とりあえず、と、二人が座る場所を指定しておき、飲み物を取りにいく。


(目の前で出せたら楽なのにな)


心の中で文句を言いつつ、アイスティーを用意する。


ガムシロとミルクと、念のためでレモンっぽい果物の薄切りも数枚用意。


っと、長いスプーンも準備。ガムシロ、俺はしっかり混ざるまで混ぜたい時はコレの方がいい。


ストローは好みだろうから、別で準備。ストローだけで混ぜて終わりってのもいるし、なんなら普通の店ならストローだけなんだろ?


トレイにいろいろと準備をしながら、こんな風に誰かを家に呼ぶなんてこれまでなかったかもしれないと思った。


両親が共働きで、俺一人で誰かをもてなすとか出来る自信がなくて、いつも何かと言い訳つけては人の家に行くことの方が多かった。


幼なじみに言わせると、両親がいない=やりたい放題だったのにってことで。


でもそれを聞けばなおのことで、人を呼ばなかった気がする。


やりたい放題をして、部屋の中が汚くなったって、きっと全部をキレイには出来なかったんじゃないかなぁ。


親が帰るまでに片づけ終わらないとか、さ。


どっちにしろ、そこまで友達が多かったわけじゃなかったし、高校ん時に両親が亡くなってからは更にそういうことをする感じでもなかったしさ。


「……茶請け、いるかな」


なんとなく、なんとなく…な? 叔母さんの声が脳内で響いた感じがしてさ。お客さんに飲み物だけなんて、ダメでしょ? って。


んなことを考えながら頭に浮かんだのが、母親が好きだったお菓子バウムクーヘン。それが個別包装になっているものが、学校から帰るとテーブルに置いてあった。


『ママの分、食べないでね?』


とか書かれたメモと一緒に。


俺は出された以上のお菓子を食うわけもないから、何言ってんだか…と思ってた。


その辺の子どもってのは、お菓子に関してはいきなりマイルールが発動したりして、お菓子を好きなだけ食べていいとか言い出すのもいたりいなかったり…って叔母さんが言ってたっけな。そういや。


俺があんまりにも大人しすぎて、おりこうさん過ぎるのは、子どもらしくないなって。よく言われたな。


「んー…」


なんかいろいろ思い出すもんだな、いろんなことをキッカケにして。


元いたとこにいるうちにこんな風に思い出したことなんか、一切ないのにさ。


「自分の手から離れると、物想うものかね…」


とか呟きながら、俺は懐かしいものをイメージした。


ここにあるのか知らないけど、バウムクーヘンの個包装のやつ。


二枚の皿にに三つずつのせて、トレイで一緒に運ぶ。


部屋に入る前に様子を伺う。


(…俺がいない間に何かをしていた気配は…ないな)


ここまで対照的だと、やりにくいことこの上なし。


(あのオッサンとかじーさんがわかりやす過ぎるのか)


わかりやすい方が、扱いやすいのか? こういうのって。


(ってことは、今日来たこの二人の方が実は扱いにくい? この二人を選んだのって、失敗?)


また別の意味で緊張しつつ、部屋の中へと入っていく。


「これ、よかったらどうぞ。飲んでみて甘い方がいいならこれを入れて、ミルクが欲しければこれを。ミルクじゃなく、さっぱりした味の方がよければこの果物を入れて飲むといいです。それと…これも。バウムクーヘンなんですけど…」


トレイを掘りごたつのテーブル板に置き、グラスにガムシロにミルクにレモンの薄切りと、それぞれに皿に乗せたバウムクーヘンを配膳。


「…うん。いいかな、これで」


とかうなずき、トレイを傍らに置いて、自分の分をいつものくせでポンと出してしまった。


「……あっ」


せっかくここまでアレコレ考えて、わざわざキッチンで準備して持ってきたっていうのに。


「あぁあ……」


一人で動揺しまくってオロオロしている俺を、二人がポカンとした顔つきで見ている。


(こんな俺を見ないでほしいのに)


あうあう…と何も言えずにいる俺に、最初におじゃましまーすと入ってきた方の彼が一言。


「グラスもそろったことですし、乾杯でもします?」


と。


この彼は黒髪の狼…だろうか。目つきは鋭いけど、言葉というか話し方は柔らかい感じだ。細身だけど、鍛えているんだろうなと思える。装飾のない、シンプルな服で体のラインが結構はっきりしているのに、こうして座ってても腰のあたりとか背中とか…無駄な肉がはみ出ていない。


靴を揃えてくれた彼は、豹の模様に似た柄の耳をつけている。小さくて丸くて、時々ピクピク震えてて。少し小さめの目は、俺の方へまっすぐに向いている。彼も鍛えられた人なんだろうなという印象だ。すごく姿勢がいいし。


「…はあ。それじゃ…その…」


彼からの提案の乾杯をするために、グラスを手にして少しだけ掲げる。


「今日はよろしくお願いします…の、乾杯」


なんとか言葉を考えて、乾杯を示した。


二人は俺を見て、互いを見て、また俺を見て。


「ぷはっっ」


「ふ…クックック…」


と何故か笑いだしてから、「「か…かんぱい」」って同時に口にした。


(あーぁ、失敗したなぁ)


肩を落としながら、グラスにガムシロを入れて混ぜていく。


ちゅう…と飲み、バウムクーヘンの包装を破き、口に放る。


「…んま」


の声に、右へと視線を動かす。


声を発したのは、狼だろう人。


「もしかして甘いもの好きですか」


何の気なしに聞けば、左の方から豹の人が返事をする。


「コイツ、めちゃくちゃ甘いもの好きなんです。ただ…ほら、男だからとかいろいろあるみたいで。いっつも通販とかで買ってばかりで。本当は街でその手に店に行きたいらしいんですけど、カッコつかないから行けないって言うんですよね。そんなの気にしないで食べれば? と思うのに」


思ったよりも喋る人だ、この人。


「あー…えぇと、どういったものが好きなんで?」


とか聞いてみれば、「フルーツいっぱいのケーキと、パッフェルっていう、こう…容器に入ったのにいろいろ入ったのが好きで」


なんて感じで説明をしながら、どこか恥ずかし気にモゴモゴと喋る狼の人。


まあ…わからなくはないんだけどねー。


たしかに見た目がクールな感じだしね。年齢がいくつか知らないけど、カッコつけたい年頃なのかな。


ってか、パッフェル…パフェか? 似てる名前だし、ちょっと試してみようか。どうせ、もう目の前から出すのも見られたんだしね。


「………じゃあ、こういうのは…好きですかね」


どの程度食うかわからないから、ミニサイズのチョコバナナパフェと、フルーツタルト。どっちもうちの母親が好きだったやつだ。


目の前に、コトンという小さな音と元に現れたスイーツたち。


「…うわ」


「…は? ……はぁあ?」


二度リアクションをしたのは、狼の方だ。驚きという声じゃなく、歓喜の声。


「どうぞ。人をもてなしたことがないんで、どうやってもてなしたらいいのかわからないんで、好きなものがわかってるならそれでおもてなしを…と思ったんで」


手のひらを上にして指を揃え、どうぞどうぞ…っぽく手を差し出した。


「いっ…いいんですか!」


表情はクールなままなんだけど、口元だけがゆるみっぱなしになった。


笑いたいのをこらえて、笑顔を顔に貼りつけて「どうぞ?」と返す。


狼の彼は豹の彼に目で同意を得てから、壊れ物に触れるような仕草でそっとそーっと長めの先割れのスプーンで食べ始める。


「うわ、すげ、甘っっ! ふわ…っ、中になにこれ…やわらかいのこれ…なんだ? これも甘っ」


一口食べるたびに感想が飛び出てくる。


(だめだ…可愛すぎて笑いが)


声を殺して、彼の方とは反対へと顔を向けてプルプル震えながら笑う。


反対側なもんで、どうしても豹の彼には笑ってるところが見られちゃうんだけど。


(ま、いっか)


豹の彼の方が、俺よりも笑ってるし。


「中のそれは、ムースって言われているものかなと。こっちの世界じゃ、名前違うのかな。最後の方にもアイスって冷たいのが入ってますよ」


そう言いながら、パフェのグラスの底の方を指さす。


途端に顔がパアッと明るくなって、スプーンと口の動きが早くなった。


「すみませんねぇ、うちのが」


豹の人の方が上なのかな。


「いえいえ。これっくらいしか出来ませんし」


俺が遠慮がちにそう言えば「こういったものは特に高級品なので、なかなか食べられないんですよね。今は」と彼が言う。


「…今、は」


思わず語尾を取って繰り返した俺に、彼も同じように言葉を繰り返す。


「はい。今は、ですね」


なんだろう。昔は気にせず食べられた…みたいな物言いだな。


「経済的に、ですか?」


「何と言って説明をしたらいいのかわからないんですけど、端的にいえば政治的な理由になるんでしょうかね」


そう言いながら、豹の彼は二つ目のバウムクーヘンを手にした。


「あの…あなたは、こういったものは?」


何か好みがあるなら、出したいと思った。片方だけ特別扱いになるのは嫌だ。ましてや、片方が食べているのが、最近はなかなか食べられないものを食べているとなれば、余計に。


「あー…うーん。なんでしょうね。僕は、食に関してそこまで好みがあるつもりはなくて。ただ、何かと言われたら甘味よりも辛いものとか、酒の肴になりそうな物…ですかね」


「酒の肴。……えっと、つかぬことをうかがいますが…この時間って就業時間に含まれるんですよね?」


「まあ、はい」


「ここから、職場の方に戻られます?」


「いいえ? お邪魔した後は直帰です」


久々聞いた、直帰。ここでもその言い方するのか。


「……えーっと、初めて会ったどこぞから来た人間の家で、一杯飲むのは抵抗がありますか?」


あわよくば、という言葉が頭に浮かんだ。


アルコールで口が滑らかになるやつっているよな? 酒に弱ければ、だけど。


片方は甘いもので懐柔、もう一人は酒と肴で何かしらこっちが聞きたいことを聞きだせたりしないもんかな。


(なんせ交渉とか得手じゃないから、卑怯かもだけどいい条件の状況を作りたい)


こういう手はあの、いわゆる大人組っぽい連中には使えなさそうだけど、もしかしたら…イケるんじゃないか?


ナメているつもりはないけど、本当にあわよくばなんだ。あわよくば!


俺が豹の彼に提案をしているうちに、狼の彼はパフェの最後の一口を美味そうに食べていた。


その彼の姿を豹の彼はチラッと見てから、「それじゃ、甘えてもいいですか?」と微笑んだ。


これが好機になるのか、転じて危機になるのか。


「辛い物だけがいいですか? それと、海産物は大丈夫ですか? アレルギーや苦手なものがあったら聞きたいんですけど」


ひとまず情報をと俺が聞けば、なんでもいけますと彼。アレルギーもなく、海産物は好物の類だという。


「酒は…なんでもいけます?」


「もちろん。あの、一緒にいた上司に付き合わされたりもありますんで、そこそこ強いかと」


酔い潰すとか出来なさそうだな。


「…あぁ。たしかにあの人が一緒だとすごく飲まされそうですね」


と俺がいえば、顔が無表情になって「…ええ、すごく」と口角をあげて無理矢理口元だけ笑ったような顔になった。


「そう、ですか。……それじゃ…この辺はどうでしょうかねぇ」


頭の中で思い浮かべたのは、日本酒と、たこわさ。あと、コチュジャンたれをつけて食べる水餃子、あとは箸休めで辛くないけど、肉じゃが。


「これは、水…みたいに見えますけど……ん? あぁ…酒の匂いですね。甘いな、匂いが」


そういいながら、冷酒が入っている徳利を手にしようとしたのを制して、お猪口を持ってほしいと指さす俺。


「最初は、注ぎますよ」


なんて言いながら、トクトクトク…と日本酒を注いでいく。


お猪口の中からも、甘い匂いを放ちながら、目の前の彼を誘う日本酒。


「日本酒ってお酒ですね。故郷にある酒と同じかと思います。これは、たこわさという鼻に来るピリッとしたのが入っています。こっちは、このたれが辛いんです。水餃子って食べ物です。こっちは辛くないんですけど、ひとつだけ辛味消しになりそうな箸休めを」


ひとつひとつ説明をしていく俺を、不思議そうな顔つきで見ている彼。


「説明…聞いてました?」


って、わざとらしく聞くと、耳はいい方だという謎の返し。


アアソウデスカと返せば、彼が箸をつけた。


最初に箸をつけたのは、たこわさ。


「……っっ!!!」


鼻に来たらしい。


そこに日本酒をククッと煽ると、「…は」と短い息のようなものがもれた。


目を瞠って、固まってる。


「どうです? 口に合いますかね?」


彼の様子を伺っている俺を、右隣からフルーツタルトを半分ほどまで食べすすんだ狼の彼が見ている…気がする。視線が痛い。


「思ったよりも鼻に来るんですね」


辛さの種類は様々だ。わさびは、ここにはないのかもしれないな。


「えーっと、これが苦手なようでしたら、この緑色のが辛味の成分なので、避けて食べてもいいかと。とかいっても、若干味には混ざっているので、完全に辛さがなくなることはないんですけど」


俺がそう説明していると、右横の狼の彼が「そんなに辛いのかよ」と興味深げに聞いてきた。


「ケーキとは合わないと思いますけど、味…みてみたいですか? もう一つ出しましょうか?」


と俺がいえば、左横から豹の彼が箸でひょいとつまんで「ほら、食え」と俺の目の前を横切る格好で右にいる狼の彼へと差し出した。


「多分、コイツには食えないんで、別で出さなくていいですよ」


って、俺に言いながら。


その呟きを聞いていないのか、差し出されるがままに狼の彼が口を開いた。


「あー……ん! ……ふぐっ!!! んんんんんんーーーっ! 鼻! 鼻、取れる!」


そう言いながら瞬時にもだえて、床でジタバタし始めた。


とりあえず…と水を出して、悶えている彼に差し出した。


「ううっ…ゴクゴクゴクゴクゴクっ」


涙目で一気に水を飲み干して、「毒を盛られるとは思ってなかったです!」と睨まれる。


んなこといわれてもなぁと思いつつ、俺は自分の分の箸を出して、同じ小鉢からたこわさを口に含む。


自分に出した酒は、熱燗。


たこわさを食い、熱燗を煽り。


「…はーっ、美味っ」


いたって普通に食ってみせた。


俺のその姿を、左横から豹の彼がまじまじと見つめていた。


そのタイミングで気づく。


「そういえば、お名前伺ってもいいですか?」


自己紹介もなにもなく、こういう状況になったんだということに。



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