俺の個人情報…大丈夫か?
風呂上がり。
さっきのアイスティーを飲み干して、お代わりで今度はアイスレモンティーをグビグビ飲んでいた俺。
脳内にちょっと控えめな音量で、これから訪問者が来ると伝えられる。
「えぇえええー…」
何の用で来るやつだよ。
ため息まじりに、そういうのも分かればいいのにと一瞬頭に思い浮かべただけなのに、名前と顔の一覧が頭の中に表示された。
どんな便利機能?
これってみんなが持ってる機能? それとも、俺だから?
とか不思議に思いながらも、頭の中に送られてきたようなその一覧に、見覚えがある人しかいない。
「なんでここに来るんだよ。普通、そういう時って一旦他の連絡方法で連絡をして、訪問していいのかの伺いを立てるもんじゃないのかよ」
あのオッサンと、所長。それと、スクールのオオアリクイの先生と、オッサンと一緒にいたのもぞろぞろと連れ立ってやってくるみたいだ。
「そんだけの人数で来るつもりなら、なおのこと前もって約束なりなんなりしろって話だ」
着替えをしながら盛大にため息をつく。
一応着替えをしてはいるけど、とりあえずインターホン対応みたいなもんでも許されるよな?
向こうの都合に合わせてやる必要も理由もないよな?
『到着まで10分』という表示に変わり、その時点でものすごく疲れてきたのを感じた。
っていうか、大問題じゃないのか?
これって、個人情報ガバガバってんじゃないよね? 俺の家、いろんな上層部だかに顔写真ついでにオープンにされてないだろうな。
俺の扱いがいいのか悪いものなのか、わからなくなってきた。
金に関係しては、かなり優遇されているのは理解した。おかげで、何の不安もなく買い物や食事に使わせてもらってるからな。
ついでに、黒歴史になったけど謎の衣装も、高かったけど買わせてもらったし。
あの時、自白剤でポロポロもらしていた本音だろうアレの用事…か?
恩恵に~とか、恩を売りたい~とか、顔を売りたい~とか?
「……あ。まさかだけど、雨の中で使った魔法の重ね掛けしたやつ。アレは多分、新しい魔法の分類に該当するか。……早々にバレて、申請をしろって言われるパターンか?」
そもそもで、どこに申請するんだったっけ。魔法課なんて名称の機関でもある? それとも、全部ひっくるめて役所? 総まとめで警察みたいなとこ?
『まもなく到着』
とかお知らせがあった途端、うろうろしていた足が止まる。
「どうする? どうする? 出る? 出ない? 着替えたけど、居留守って手もあるよな? それとも俺がここにいるってバレてるから、ここに来てる?」
俺の位置情報が、何らかの方法で特定の場所に知らせられるシステムがあったら? なんて、もしもを考える。
どこからどこまでが優遇されてて、どこからどこまでが俺にとって窮屈な扱いになってるのか。その匙加減みたいなのが、どうにもつかみにくい。
あの所長たちのアレは、もしかしたら所属しているところの総意とかじゃなく、個人的な感情も含む…かもしれない気がしたし。
自白剤の時の反応だけじゃ、所属先の考えかどうかなんて図図れなかった
『到着いたしました』
インターホンの音がする前に、知らせがあって。俺はビクンと肩を震わせた。
その直後、元の場所よりも若干控えめな音で、アナログなベルの音が聞こえた。
チリリリン…って。どこかの喫茶店みたいな、そんな音。
そして、宙にモニター画面が開き、全員の姿が表示された。
さっき頭の中で見た人たちで間違いなさそうだ。
正直出たくないし、俺が出ませんって言っても、俺の権限はそこそこ高位らしいから断れるかもれない。
「……でも、な」
警戒もしつつ、元の性分が相手をしないことを許せないんだろう。
殺されないなら…って、どこか甘く考えているのかもしれない。
でも…受け入れなきゃと思う反面、またこいつらのせいで嫌な思いをする気もしていて、結局どっちつかず。
ベルの音がして、まだ答えを出せずにいる俺は、玄関の手前で腕を組みつつため息を吐いている。
「水兎さん! 水兎さん! いらっしゃるのはわかってるので、顔を見せてくださいませんかねぇ」
この声は、あの所長の声だ。
ドアをドンドンと叩くわけじゃないけど、それでもあれだけよく通る声でしゃべられたら、まるで元の場所でドラマにありがちだった借金取りみたいじゃん。
「俺、借金はないぞ」
ドアの向こうにいるやつらを頭に思い浮かべて、顔が見えるわけでもないのに睨みつける俺。
「えー…っと、返事するのってどうやるんだ?」
ドアを挟んで話をしたところで、声が通るとは思えない。だったら、インターホンみたいなものがあるんなら、そっちを使った方がまだマシかもしれない。
さっきのモニター画面の端の方に、スピーカーみたいなマークを発見。
指先でそっと触れてから、声をかける。
「お帰りください」
とだけ。
その俺の声に、所長は「お!」と声をあげ、オッサンは渋い顔になった。
オオアリクイの先生は、所長の肩に触れて何か話しかけている。
オッサンの部下っぽいのは、あの時も今も無表情のまま。
ローブを着たいかにもえらそうなじーさんが、かぶっていたフードを脱ぎ、おもむろにドアの方に向かって手をかざしだした。
(おいおいおいおい。まさかだけど、実力行使とかいわないだろうな?)
何らかの魔法でも使う気か? よく聞こえないけど、多分詠唱でもしてる? 何らかの魔法の。
俺はあわててステータス画面から、魔法の一覧を出して、結界か無効化の魔法がないかを探す。
あわててるもんだから、流し見しすぎて見落としてるのかもしれない。
この間にも、まだあのじーさんはずっと口が動きっぱなしだ。
(…え。そんなに時間かかるようなもの、発動しようとしてるの?)
猫の齋藤がかんたんそうに、エアーカーテンを唱えていた記憶が残っている俺は、そこまで時間がかかるのが逆に不思議で。
それか、あのエアーカーテンが初球のものだから、あの程度ってだけの話か、猫の齋藤が実は結構な実力者か…とか。
そんな他愛ないこと考えている余裕なんかないっていうのに、余裕ない時に脱線するってなんなんだろう。
「…っと! あった! とりあえず、結界魔法の方が先に見つかったから、そっちを使おう」
範囲を家全体にイメージして…っと。
特に玄関のドアには厚めにかけたいから、部分的に三重くらいにしよう。
「んんーーーーーっ」
イメージが大事! イメージだ!
ドアの方へと意識を向けて、『シールド』と呟く。
パシンッと乾いた音がして、魔法を調べるのに開きっぱなしにしていた俺のステータス画面に、俺の姿のイラストの下にコメントが追加された。
『場所:結界』
と。
「おおおおお…」
瞬時に情報が更新されるんだな。イリュージョンの時もそうだったけどさ。
思わず感心していた俺のその声に、同じ言葉が違う声で重なったのが聞こえた。
「おおおおお…」
って。
モニター画面の中では、あのオッサンが驚いている。声をあげたのもそれっぽいな。
で、いかにも魔法士つか魔法使いみたいなじーさんが、ポカンと口を開けたまま固まっていた。
詠唱の途中で、結界張られたからか? なにをしようとしたのか知らないけどな。
じーさんの魔法が上か、俺の結界が上か。試されたら嫌だなとは思ってるんだけど…どうなんだろう。
結界を張ってから、様子を見る。
…が、懲りてくれない。物理的な方法で出るのが、あの所長とオッサンだ。
「水兎さん! 水ぃ兎ぉさぁーん」
ドアを叩くわけじゃないけど、所長が最初にそう叫び、その後オッサン→若いの二人→渋々といった感じでローブのじーさん…の順に、同じように俺の名前を呼び続ける。
うるさい。近所迷惑だし、それじゃなくても目立つだろう?
「あー……もう、メンドクサイなぁ」
玄関の手前でしゃがみこみ、頭を抱える。
このままああやって叫んでいたら、折れるとか思ってるのか?
「ただ…ただ、いい迷惑だ」
しゃがんだまま、そのやかましい声を聞きながら魔法の一覧から何かをと調べていく。
「……いいのあった! …あ、でも相手の目の前まで行かなきゃ難しいのかよ」
ためらって、悩んで、それでも魔法を使えばひとまずどうにか出来るかもしれない…と、自分を励ます。
とかいっても、このやかましいのだけがどうにかなるだけの魔法なんだけど。
それ以上のことをされたら、また別で対策を投じなきゃいけない。
ひとまず、やるだけやってみるか。…と、勢いよくドアを開ける俺。
「ああ! やっと出てきてくださった! 水兎さん! あのっ、先日は大変失礼…」
所長がいかにも営業用ですって笑顔で、姿を現わした俺を迎えるような言葉とあの時間への詫びでも告げようと思ったんだろうタイミングで俺は。
『サイレント』
範囲を全員に。声だけじゃなく、全員が出す物音に関してもミュートがかかるようにした。
口を動かしているのに、声にならない。驚く所長にオッサンが声をかけるが、オッサンも自分も声が出ないとわかって慌てる。若いのは若いので、二人ともその状況が面白いのか、無表情から急に年相応の顔つきになって大笑いをしている。ローブのじーさんといえば、俺の方を見てものすごく険しい顔つきになった。オオアリクイの先生はというと、なぜか拍手をしている。
そんな感じの全員を一瞥して、俺はこう告げる。
「うるさい」
とだけ。
目の前で俺が魔法を使ったからか、全員が「え?」という顔つきになった。本当にお揃いか? ってくらい、同じ顔で。
そうして、ドアを閉めて鍵をかける。
モニターには、全員のポカン顔。そして、お互いに話をしようにも声が聞こえないので困っているようで。
「…ふ。すこしスッキリした」
モニターの中では、家の前でまだワアワアと声にならない声で騒いでいる様子が見える。
「家から1キロくらい離れたら、魔法が解除になるように仕込んであるけど、このままここにいるのかな? それとも、あのじーさんが解除を試みるのかな?」
解除出来る内容なのか、俺はさっぱりわからない。なんせ初めて使った魔法だからな。
ぎゃあぎゃあ声にならない声で揉めたのか話し合ったのか知らないけど、そのうち所長とオオアリクイの先生が持参したカバンから紙を取り出して、二人で何かを書きはじめた。
…と様子を見ていたら、玄関の中に一瞬光の球が見えたなと思ったら、その中に二人が書いたんだろう手紙かメモらしきものがあって。
俺が光の球に近づき、下から手を添えるようにすると、球が弾けて手紙らしきそれだけが残った。
「…へえ。なんていう魔法なんだろ、これ」
お届け魔法? 郵便魔法? そんなネーミングな訳ないか。
光の球が割れると、魔法を使った相手にはそれがわかるのか。オオアリクイの先生が何度か首を縦に振っている。
使ったのは、先生ってことか。あの様子だと。
俺の魔法の感覚を教えてくれようとした先生。棒の端と端をつかんで、魔力を流すようなことをやったけど、とにかくくすぐったかった記憶しかない。それと、その後に嫌な思いをしたこと。
『私たちにもう一度お話をする機会を下さいませんか? 全員と一度ですと、水兎さまにまた不快な思いを与えたり、不安なお気持ちにさせてしまうかもれませんので、お時間が許すのであれば個別に。お返事は、水兎さまの端末の方へメッセージを送らせていただきますので、そちらから下さってかまいません。いつまでとは申しませんので、どうかよろしくお願いいたします』
と書かれた後に、下の方にもう一行。
『お返事がいただけるまで、我らはお邪魔をいたしませんので、ご安心を』
最後の文章に、内心ホッとした。
人を拒むような魔法は、正直あまり好きじゃない。それに、サイレントって魔法は、使いようによっては他の魔法と併用すれば隠密行動に向きそうで…。
「魔法って、ホント…怖ぇな」
使いようによってと、使う場所によっては、人を傷つけたり困らせる武器になりそうで。
俺はフルコンプしてるらしいから、応用していけばなんだってやれそうだ。それこそ、世界征服とかだってさ。
顔を歪めて、まだそこにいるやつらをドア越しに睨みつける。
「…マジで、おかしな魔法…考えさせないでよね」
創造魔法も可能という俺は、他の誰よりも力があるんだろうけど他の誰よりも窮屈になるのかもしれない。
強ければ強いほど、考えなきゃいけないことも気を配らなきゃいけない相手も一気に増える。
会社の仕組みと同じだろ?
上に上がれば何でも権限や金が使えて一番自由かっていうと、俺的にはそんな風には思えなかった。
俺が手にしてしまったモノは、”そういう“モノに該当する気がして、急に怖くなった。
すっかり普通に使いこなせるようになった魔力に魔法。イメージだけでどうにか出来るんだから、あのじーさんが放とうとした魔法の内容が分かれば、俺なら一瞬で放てちまう…かもしれない。
手に余る? …じゃないな。意味が違うか。
なんだっけな、こういう…大きすぎる力を持ちすぎたってやつ。
それとは違うけど、過ぎた野心は身を亡ぼすとかいうから、身の程は弁えておこう。
野心っていう野心もないけどね。
(どっちかっていえば、俺をほっといてくれないアイツらのが野心がありそうだけど。それ絡みで俺と繋がろうとしているのか、ちゃんと見極めなきゃ)
それぞれが同じ気持ちや同じ都合で、俺に会いにきたのか。それすらもわからない。若いの二人は、ただ上司の付き添いで来たっぽくしか見えなかったな。
この場所に来てから感じた、嫌な思い。その二つがこれをキッカケでどうにか出来るなら、会うべきなんだと思う。
何の用事? って聞いて、それ次第で振り分けてもいい立場にいるよな? 俺。
「多分…間違いないよな?」
しゃがんだまま、自分に確認をするように呟く。
気づけば外の気配は消えて、その静けさにまたホッとする。サイレントを使った影響で、音自体としてはずっと静かといえば静かだったんだけどさ。
「……はぁーーーーーーーっっ。つっかれたー」
受け取った手紙を手に、掘りごたつの部屋の方へと向かう。
そういえば、飯食ってないかもしれない。
おだまき蒸しを食ったきり、かな?
掘りごたつに足をつっこみ、手紙を両手で持ってため息を吐き、天井を仰ぐ。
「……シンプルなおにぎりが食いたいかも」
変わった飯なんかじゃなく、よく叔母さんのとこでガチで疲れた時に一番食ってたメニュー。
「鮭とおかか。それと、鶏五目も。…それと、なめこの味噌汁。たくあん。……かな。あと、わかめときゅうりの酢の物。梅干し一個」
おにぎりは、食べたい具材を言ってから握ってくれた。かなりなバリエーションがあった。明太子なんかは、昔馴染みの業者さんがかなり安くていいものを仕入れてくれていて、お茶漬けにすこしのせても美味かったなぁ。
でも今日はシンプルなやつ。それと、疲労回復しそうなやつったら、酢のものと梅干が頭に浮かんだから。
ため息まじりに、イメージをしっかりして…っと。
叔母さんの店で使ってたトレイにかなり似た、木製のトレイに乗った俺の飯。
「いただきます」
手をあわせて、まずは味噌汁。普通に美味ぇ。
それから鮭のおにぎり。
「……ん。シンプルに美味ぇ」
よく噛んで、たくあんを一つ噛んで。
静かな部屋に、たくあんを噛む音がやたら響く。
「シンプルなものが…いろいろ……しみる」
味噌汁をすすってるだけなんだけど、それと一緒に鼻もすする。
「…っんで、こんな…っ」
普通に生きたいだけなのに、面倒なことになってんだろうな。
「あー…もう」
ガキみたいにボロボロ泣いて、無言で飯食って。飯は美味くて、温かくて。
「はぁー……、いつになったら落ち着けるんだよ」
まだわずか数日しかここで過ごしてないけど、もう…イヤだ。
メリットはでっかいけど、デメリットの部分に凹む。
「味方になりそうなやつ、欲しいなぁ」
元の場所では、会社にいるうちには一人も味方がいた記憶がない。せいぜい、叔母さんくらいだろう。
けど、ここじゃ…まだ、その辺を図れない。
結局のところ、向き合って関わらなきゃなにもつかめない。分かんない。
「滅入る…。飯食えなくなったらおしまいだから、食えているうちにしっかり食っとこ」
一人じゃ答えを出せないことで悩み、また飯に逃避に近い状態で縋る。
飯は俺を満たして癒してくれる。いつ、どんな時も。
「んな相手、いるわけないってな」
とかボヤきながら、鶏五目のおにぎりに手を伸ばす。
口の中にしいたけの独特の香りと味が広がって、またホッとする。
「一生、飯だけ食っているかなぁ」
んなことが通るわけねえだろ? と誰かからツッコミが入りそうなことを考えながら、また一枚たくあんを噛んだ。